短めです
漆黒の鎧に向かって、なんのブレーキも利かせず飛びついた華奢な少女は知り合いだったらしい。
小柄な体躯で、漆黒のローブによってその身をすっぽりと覆ってしまっている。額に朱の宝石を埋め込んだ奇妙な仮面で顔を隠しているが、その声色から――騎士に抱かれる姫君のように――恍惚とした表情を浮かべているのは想像に難くなかった。
「イビルアイと呼び捨てにして欲しい。それより、どうして王都に? もしかして私に……」
「ガゼフ・ストロノーフ殿に用がありまして」
「戦士長に?」
小首を傾げて見せるイビルアイ。仮面を取れば可愛らしい仕草なのだろう。
しかし隣でその姿を見るアルシェには、不審者が怪しい素振りを見せているようにしか思えなかった。
「ええ。ところでイビルアイさ……イビルアイはどうしてここにいらっしゃるのですか?」
「口調もそんな改まったものでなくていいです。共に死線を潜った仲なのだから」
「……それもそうですね。では遠慮なく改めて――――こんな所でどうした?」
「“
イビルアイは王城の方へと視線を向ける。
さて、この少女は誰だろうか。二人はどんな関係だろうか、とアルシェが疑問に思ったところで、また新しい声が響いた。振り向いて見れば、非情に大柄な人物が小走りでこちらへ近寄って来ていた。
「おいイビルアイ、いきなり飛び出してどうした? ……ってモモン? ははん、なるほどなぁ」
愉快そうにその表情を歪める男……いや女か。
巨石という印象がまず脳裏に浮かんだ。鍛えに鍛え抜かれた肉体は、全体的に太く逞しい。鎧に身を纏われていてもわかる。ある意味女性的な特徴であるはずの胸は胸筋に差し変わっている。もはや胸ではないのだろうう。鋭い眼光は肉食獣を思わせ、歴戦の戦士であることを如実に語る。
「よおモモン、久しぶりじゃねぇか」
「お久しぶりですガガーランさん。お二人共、お元気そうで何より」
いっそ男女と呼んだ方が良いかもしれない女性はガガーランというらしい。
その名に、アルシェはかつて聞いたことがあると記憶を遡る。
「あのモモンさん、この方々はもしかして……」
「王国のアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”に所属される人たちだ」
丁度話題に挙げていたので驚いた。
女性五人で構成され、王国最高戦力とも言われるチームだ。
仮面の少女はともかく、ガガーランの体躯を見てばその評価も納得できる。
「あん? なんだモモン、新しい女を引っかけたのか?」
「まあ、そんなところです。紹介しておきましょう。“漆黒”の新メンバーのアルシェです」
「ご紹介にあずかりましたアルシェ・リーブ・イエル・フルトです。よろしくお願いします」
礼をして、頭を上げるとすぐ近くにガガーランの厳つい顔があった。
品定めするような目でじっと見つめられ、そのまま抱きかかえられているイビルアイへニヤケた表情を向ける。
「悪くないねぇ。美姫ほどじゃないにしても、ライバル二号登場だな」
「う、うるさい! ……というかモモン様、ナーベの奴はどうしたんですか?」
「彼女とはチームを解散した。今はアルシェと二人で組んでいる」
「なっ!?」
「へえ、あんな美人を手放すとは……趣味が変わったのか?」
「まるで私が最低な男であるみたいな言い方は止めてもらえますか?」
違うのか、違いますよ、と苦笑い混じりの応答をする二人。
その傍らで少女たちの視線が交わる。とはいえ、ある意味一方的なものでイビルアイがアルシェを睨み付けている形だ。仮面越しであっても、その不躾な視線はグサグサとアルシェを突き刺してくる。
耐えかねて視線を逸らすと、ふんと勝ち誇ったように鼻を鳴らされた。
――――なんなんだろうか、彼女は?
「しかし都合がいいタイミングで現れる奴だな、お前は」
「なんの話でしょうか?」
「いや、もしかしたら俺たちの手にも余るかもしれねぇ依頼があってな。本当ならミスリル級やらオリハルコン級の連中を連れて行こうかと思ってたんだ。そこへ颯爽と現れた英雄様、これは運命的なものを感じちまうだろ?」
茶化したような言い方をするガガーラン。
ただその表情は真剣で、彼女たちが抱えた問題の重さを伝えていた。
「時間あるなら、せめて話だけでも聞いて行ってくれや。結構物知りなんだろ?」
「……わかりました。とりあえずお話を聞かせてもらいましょう。構わないな、アルシェ?」
「はい。勿論です」
地面に下ろされたイビルアイが名残惜しそうにしているが、一度ここで別れ冒険者組合でまた顔を合わせる手はずとなった。モモンとアルシェは先に組合へと向かい顔を出すと騒然となった。ここだけならエ・ランテル以上かもしれない。ヤルダバオトの一件の際、モモンはその度量の深さを王都の冒険者たちに見せつけたらしい。
人が押し寄せ、隣に立つのが美姫出ないことに気付き、当然というべきか勝手を知らない少女は非常に肩身の狭い思いをする。
彼が気を遣ってくれて、隅の方でぼんやりと待っていると、イビルアイとガガーランが女性を三人引き連れて到着した。
先頭に立つのは、金色の髪に緑色の瞳をした美しい女性だった。若くも貴族然とした気品と魅力――生命の輝きとでもいうべきか――を漂わせている。きっと彼女が噂に聞く“蒼の薔薇”のリーダーであるラキュース・アルベイン・デイル・アインドラなのだろう。
「遅くなりました、お久しぶりですモモンさん」
「お久しぶりですアインドラさん。さあ、こちらの席へどうぞ」
再会を握手で祝福し、モモンはあらかじめ空けておいてもらったテーブルへ案内する。王都最高冒険者チームと、紛うことなき本物の英雄の会合に、組合の内部は静寂のまま熱を持つ。
周囲が興味や好奇心の視線を向けるなか、隅っこに座るアルシェも他人事のように眺めていた。
取り分け目を惹くのは、ラキュースの持つ剣だろうか。ガガーランが隣に立てば華奢な棒切れにすら見える、彼女の体格に不釣り合いなバスタードソードほどの剣。しかし鞘に収まったままでも感じる凄まじい力は、アダマンタイト級の冒険者が持つに相応しい魔剣であることを知らせてくれる。
対照的に、貴族の娘たる彼女にぴったりな煌びやかな鎧もまた目を奪ってくる。白金と金でつくられたような輝きを放ち、細部に幾つものユニコーンの紋章をあしらったその鎧はまさしく
そんな戦乙女のような女性を眺めていると、背後に影の用に付き従う二人を見つける。
双子なのだろう。顔つきはそっくりで見分けがつかない。体にぴったりとした黒い衣装もまた同様。音を立てないその足運びからおそらくは盗賊系の役割なのだろうと推察するが、彼女たちのことはアルシェの耳には届いていない。
というのも“蒼の薔薇”はリーダーのラキュースと、厳つい見た目のガガーランが良く目立つ。
なので帝国にいて強者に関する情報の収集をそこまでしていなかったアルシェには、その二人のこと以外あまり聞いたことがなかったのだ。
「すごい……」
それでも、見ればわかる。
ラキュース、ガガーラン、双子に仮面の少女。五人とも全員、人類最高戦力に相応しいオーラがある。
あれだけのモノを持って初めて、人々は
それでやっと
――――私とは大違い。
なんと輝かしいのか。なんと眩しいのか。
与えられただけの自分の矮小さに恥を覚え、思わず目を背けたくなる。
「アルシェ、キミも来い。話し合いだ」
「えっ……」
モモンから、声が飛ぶ。いつもなら駆け足でその傍へ向かうだろう。
でも今は、果たして彼の隣にいていいのかという疑問に足を縛られてしまう。
どうしてか動こうとしない少女に、モモンが不思議に思い表情を変える。その脇を抜けるように小さな影が飛び出した。人や備品の間をするりするりと抜け、呆けた様子のアルシェの前にイビルアイと呼ばれた少女が立つ。
「何をしている? お前も
冷たくぶっきらぼうな言い方だが、今の彼女には効果覿面だった。
迷いが一時的に払われ、急いで席へ着く。
七人が揃ったところで、さてとガガーランが切り出した。
「ラキュースたちには簡単な説明は済ませたがモモンたちにはまだ何も教えてないから、詳しく話すぜ?」
「お願いします」
「まずコイツが依頼書だ」
テーブルの上に一枚の丸めた紙が広げられる。
冒険者組合でよく使われる紙で、依頼内容や条件がびっしりと書き込まれていた。
「謎のアンデッドの討伐……?」
「ついでに無数のアンデッド師団も、だ」
アルシェも目を通す。帝国と王国で使う文字は違うが、似ているためある程度なら読める。
依頼内容をまとめるとこうだった。
『カッツェ平野に出現した謎のアンデッドとそれに付き従うアンデッド師団の調査、および討伐』
今日中にもう一話投稿すると思います(多分)