ラキュースが難しい顔をする。
カッツェ平野。
呪われた地とも呼ばれる、王国、帝国、法国、竜王国という四つの国の境に存在する場所である。
緑がほとんどない荒涼の大地であり、毎年秋になると王国と帝国が戦争をする合戦場として有名である。一年を通して薄い霧に覆われているのだが、両国の戦争が行われる際に、まるで大勢の死者を歓迎するかのように霧が晴れると言われている。
戦争によって多くの者がこの平野で命を落とし、大地が血を吸う。
赤茶けたその様から“血染めの大地”などといういわく付きの名で呼ぶ者もいる。
いや、実際呪われているのだろう。
カッツェ平野はアンデッド多発地帯。さらにアンデッドは近くに寄り集まると強力な個体が生まれるらしく、それを未然に防ぐ意味合いもあって軍や冒険者、ワーカーまでもが定期的な討伐に動いている。だがそれでも稀に、大軍が発生したり強力な個体がいきなり現れることもある。
今回もその類の偶然であるのだろうが。
「……早すぎるわね」
「確かモモン様は以前、カッツェ平野から流れて来たアンデッド師団を壊滅させたのですよね?」
「数ヶ月ほど前だったかな? 全滅とまではいかなかったが、相当数は倒しきったはずだ」
漆黒のモモンが成し遂げた偉業の一つに数えられる出来事だ。
その後も帝国が軍を派遣し、王国も冒険者組合へ依頼を出すことで掃討作戦を決行している。
なので今回の件が、以前モモンが壊滅させた集団と関係があるとは思えない。
「なら、また新しく大群が発生したということなのだろうが……」
「いくらなんでも、間隔が短すぎる」
「変。リーダー、これは慎重に行くべき」
イビルアイの疑問の声を、双子が引き継いで話す。
ラキュースもその声に頷くが、どうやら彼女は他にも疑問があるらしい。
「どうかされましたか?」
「いえ、この謎のアンデッドというのが気になるんです。本来、アンデッド師団程度ならばアダマンタイト級を呼ぶほどの依頼ではなく、精々がミスリル、オリハルコン級のもの。ですがそれを飛ばして私たちにまで声がかかるとなると……」
「謎のアンデッドが非常に強力、ということでしょうね」
「それだけじゃねぇぜ。ほら、依頼主のところを見てみろよ」
ガガーランの太い指が示す先にあった文字に、一同が驚く。
そこにはバハルス帝国という国からの――言い変えれば鮮血帝直々の――依頼である旨が記されていた。
「
「なるほど。それが巡って、王都にまで届いたというわけですか」
モモンたちがエ・ランテルを出立したすぐ後に、この依頼が帝国より寄せられたようだ。
しかし“漆黒”がしばらくあの都市を離れるということで、代役になり得る者がいる王都へ流れてきた。
厄介だろ? とガガーランが二人へ問いかける。
その意味を帝国出身であるアルシェは理解できた。
バハルス帝国では冒険者の地位が、王国よりもやや低い。その理由は有能な軍――帝国騎士団の存在があるからだった。常備兵として国に雇われている彼らはかなり質が高い騎士である。モンスター退治など、多少の問題ならば彼らが派遣されれば解決できる。もちろん騎士団だけで手が足りるはずもないので冒険者組合がしっかりと機能しているのだが、帝国民にとって最高の盾とは冒険者ではなく騎士団のことを指すのだ。
そんな帝国から、わざわざ毎年戦争を仕掛けている王国の冒険者組合へ依頼。
冒険者が国境に囚われにくい存在であるにしても、違和感がある。
まず可能なら、軍や自国の冒険者を動かすだろう。
それをしていない? まさかあり得ない。ならば――――。
「実は帝国は既にこの問題に対して騎士や冒険者、ワーカーも送り込んだらしい」
「結果は?」
「壊滅だとよ。生き残った奴の証言で、謎のアンデッドが現れたことがわかったそうだ」
アダマンタイト級に相応しい依頼、というのも頷ける事態だ。
だが、帝国にも二つ同格の冒険者チームがあったはず。そこへの依頼を飛び越して“漆黒”への実質指名依頼とした理由は……考えられるのは一つ。
「さすがは鮮血帝ね。気に喰わないところもあるけど、賢帝と呼ばれるだけあるわ」
「ヤルダバオトの一件を聞いて、モモン様の実力をそこらのアダマンタイト級冒険者とは比較にならないと見抜いたのだろうな」
ラキュースはどこか悔しそうに目を瞑り、イビルアイが誇らしげに頷く。
ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。
瞬く間に国の体制を変え、富国強兵を成し遂げた前代未聞の天才皇帝。
実家が貴族位を剥奪され苦労したアルシェでさえも、その評価には同意するしかなかった。
「つまり、あの血みどろ皇帝から見て」
「この依頼は、“
「だが受けないわけにもいかねぇ……俺たちは冒険者なんだからな」
ガガーランが笑う。そこには積み上げて来た矜持と、ちっぽけな強がりが含まれているように見えた。
決意のある言葉を聞き、モモンが腕を組んで何かを考え始める。
しばらくの沈黙があって、あまりに彼が微動だにしないものだから、声をかけるかどうか蒼の薔薇のメンバーたちが視線を送り合う。無言のコミュニケーションが結論を出すよりも早く、アルシェが声を出した。
「あの、モモンさん……?」
「ん、すまない。ちょっと考え事をしていた」
「何をそんなに悩んでいたんですか?」
「悩みというほどのものじゃない。ただ“漆黒のモモン”は奇妙なアンデッドと縁があるな、と」
どこか他人事のような口ぶり。
時々彼は、そんな風に存在を希薄にする時がある。
「まあいい。蒼の薔薇の皆さん、よろしければ私たちにもその依頼手伝わせてください」
「有り難い申し出ですが、元々そちらに来た依頼。モモンさんたちが主導で、私たちが手伝いという形でも構いませんよ?」
冒険者たちが合同で依頼を受けることは多々ある。
それは人数不足であったり、メンバーの足りない部分を補うためだ。
なので報酬は人数割り当て、もしくは参加チームで均等に分けることが多い。だが難しい依頼を成し遂げたという名誉は、大体が主導で依頼を受けたところに与えられる。もちろん協力チームにもその栄光は与えられるが、主導のチームが最も多いことは間違いない。報酬の分配に関しても、一言物申すことも可能だろう。
だが彼は、その有利な提案に対して首を横に振る。
「元々はそうでも、今は違います。こちらが手伝うのが筋というものでしょう」
「さすがはモモン様、器の大きい御方だ……はぁん……」
「何より名誉や栄誉など、私にはどうでもいいものだ。たとえ依頼などなくても危機を知れば駆けつけよう。未来に誰かが涙を流すなら、現在でその種を斬り捨てて見せよう」
黒い兜の中から、相棒へ力強い視線が送られる。
「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前だからな」
「……はい、何も問題はありません」
あとはそちらの意見次第だ、と視線をラキュースへと送る。
彼女は安堵か、それとも英雄の度量に関してか、微笑を浮かべた。
「ではモモンさん、アルシェさん、よろしくお願いします」
「こちらこそ。早速ですが準備に取り掛かりましょう。あまり放置すると、さらに強力な個体が生まれる可能性もある。仕事は早い方が良い」
「そうですね。すぐに必要なものを買い揃えて……まずは平野に一番近い都市、エ・ランテルに向かいましょうか?」
漆黒と蒼の薔薇のパーティー
男:1 女:6
……何これハーレムじゃん!?