モモンが用のある人物は、エンリが住む村長宅の隣にある何やら奇妙な臭いを漂わせる家屋にいた。
雨で多少和らいでいるが、玄関前に立つと案内してくれた
小鬼が扉をノックする。反応がない。諦めずに、二度三度と叩いた。
しかし相変わらず反応はなく、不在なのだろうかとモモンが問うと小鬼が首を横に振った。
「これは研究に没頭し過ぎているか、寝不足でぶっ倒れたかのどちらかですね。万が一倒れていたらヤバいんで、開けて入っちまいましょう」
そう言って無遠慮に扉を開け放つ。
瞬間、粘膜という粘膜を突き刺すような刺激臭が襲った。
家屋の外に漂う異臭など残り香でしかなかったようだ。家の中に籠ったその匂いは強烈で、流石のモモンも兜の中で表情を険しくした。小鬼は慣れているのか、顔の前で手を払いながら中に入っていく。
「ンフィーの兄さん、客人を連れてきましたぜ!」
大声を張り上げると、部屋の中で鈍く響いた。
すると小走りする音が聞こえて来た。部屋の奥の扉が開き、前髪で目元を隠した少年が口に人差し指をあてながら出て来た。しー、と静寂を求める彼に従い一人と一体は押し黙る。
「ごめん、今ちょうどおばあちゃんを無理やり寝かせたところだからさ」
「まぁたぶっ倒れそうになるほど研究してたんですか、リイジーさん?」
「そうなんだ、困ったもんだよね……っていうかゴウ――――じゃなくてモモンさん!? どうしてこちらへ?」
「お久しぶりですンフィーレアさん。大雨に降られてしまい、この村に一晩お世話になることになったので、挨拶をさせていただこうかと思いまして伺いました」
ンフィーレア・バレアレ。
元は凄腕薬師リイジー・バレアレの孫ということと、希少な
「そんなわざわざ挨拶だなんて。本来ならこちらからお伺いするべきなのに、すいません」
「いえ、本当に偶然立ち寄っただけなので、そんなお気になさらないでください」
ただ一度依頼を介して知り合った相手、という割には腰の低いンフィーリア。
小鬼は前髪の隙間から見える彼の瞳に憧憬の念を見て取り、そういうものかと納得する。
「んじゃ、旦那にンフィーの兄さん。オレは戻りますね」
「道の案内をありがとうございました」
「うん、ありがとう。えっと……カイジャリさん」
「気にしないでくだせぇ旦那。ンフィーの兄さんも俺たちを見分けられるようになったみたいで」
「エンリほどじゃないけどね」
雨外套を被り直し、小鬼が雨の中へ消えていく。
逆にモモンは雨外套を脱ぎ、玄関へと置かせてもらった。長居をする用はないのだが、すぐに仲間たちが待つ家屋へ戻れない事情がある。バレアレ家の二人が生業とする
普通の部屋に、無理やり専門の器材を敷き詰めるように置いたそこは『雑多』という言葉がふさわしい。怪しい色をしたお茶を淹れて来たンフィーレアに丁寧に遠慮の断りを入れ、モモンはとある器具に目をやった。彼は詳しい知識を持っているわけではないためその器具の正体を正確には掴みかねたが、水薬や錬金アイテムの製造に関わるものであることは間違いなかった。しかし、他の器具たちと比べて異様な雰囲気を感じ取れる。デザインからして技術レベルが突出しているように思えるのだ。
まじまじと眺めていると、ンフィーレアが申し訳なさそうに言う。
「すいません、まだソレの使い方は完全に把握できてないんです」
「私に謝ることなんてありませんよ」
「そう言っていただけると……さて、他に誰もいなくなりましたしおばあちゃんも寝ています。それでは本題に入りましょうか。今日お越しになられたのは進捗具合の確認ですか? でしたら一応こちらに今のところの成果があります」
液体の入った瓶をいくつも立てかけた棚の中から、二本の瓶が取り出される。
少し赤みの強い紫色をした液体が入っていた。
「ゴウン様がお貸しくださった器材はやはり凄いですね。研究を進めれば進めるほど
瓶がモモンへ差し出される。
それを前にして、彼は沈黙し、動きを見せなかった。
「ゴウン様? どうかされましたか?」
「……………………いえ、なんでもありません。では拝見させてもらいますね」
「はい。前回お渡ししたものと大差はありませんが、色味が赤に近くなりました。効能は実験もまだなのでなんとも。ただゴウン様のご依頼である赤い水薬の再現に、僅かずつですが近付いているという感触があります。それと――――」
ンフィーレアは饒舌に新しい水薬について語る。
きっとそれは素人にはよくわからない話なのだろうが、それ以前に今のモモンの耳には届いていなかった。
彼が口にした名が頭の中を駆け巡った。
同じ名を語る化物を知っている。
同じ名をガゼフが挙げたことを憶えている。
その話ではゴウンなる
さらには先ほどの小鬼はカルネ村の防備を固めるために、とある魔法詠唱者が協力してくれたと言っていた。
あの化物が根城にしていたナザリック地下大墳墓は、この村のほど近くだ。
最後に、ンフィーレアがモモンのことを「ゴウン様」と呼んだことを思い出す。
彼自身、漆黒のモモンという存在に対して理解しきれていない部分があった。
バラバラだった情報が一つに繋がり、モモンへ真相を提示した。
「――――そうか……奴が……」
「えっ、奴……?」
「なんでもありません。ふむ、さすがはバレアレ氏。いい仕事をされる」
受け取った紫色の液体をまじまじと眺め、満足げに頷いて見せる。
「キミに会いに来た甲斐があったというものだ」
「お褒めに預かり光栄です」
「では一度これはお返し――――いえ、やはり成果としてこのまま受け取らせていただきましょう」
「はい。また進展がありましたらルプスレギナさんを通して連絡させてもらいます」
「よろしくお願いします」
受け取った水薬の瓶を丁重に布で包み、割れてしまわないように収納する。
別れを告げ、また雨外套を被る。雨はさらに激しさを増しているようだった。
そろそろ女性陣が着替え終え戻ってもいい頃だろう。
しかし、彼は一人肩を竦め別の方向へと歩を進めた。
雨を嫌い村人たちは皆家の中にいる。酷く目立つ偉丈夫も、この時ばかりは誰の目にも晒されない。
そのまま村の隅へ――誰にも見つからない死角となる場所へ向かった。
誘われた、というべきだろうか。
村の片隅には一人の女性が立っていた。
目を釘付けにするような絶世の美女だ。褐色の肌と三つ編みの髪が良く栄えている。それだけでも十分だが、美しい細やかな刺繍が施されたメイド服に、背に提げられた奇怪な武器がより彼女の存在感を引き立てていた。
モモンはまるで待ち合わせでもしていたかのような軽やかな足取りで彼女の前に立った。
「随分と熱烈なお誘いだな」
「この程度の殺気、アンタにはなんてことないっすよね?」
「お名前を聞いても、美しいお嬢さん?」
「しらじらしいっすよ……まあいいか。ルプスレギナ・ベータよ。ここに呼んだ要件は、言う必要あるかしら?」
ンフィー痛恨のミス(?)