件の偽物がカルネ村へ侵入したことをいち早く察知したのはルプスレギナ・ベータであった。
ナザリック地下大墳墓の戦闘メイドチーム“プレアデス”の一員である彼女は、事態を重く受け止めすぐさま『奴』の対応を主より任されたデミウルゴスへと報告しようとした。しかし、連絡が繋がらない。彼は最近非常に忙しい身である。主に仕える全員が羨むほどに、重要な案件をいくつも任されて、それこそ休む暇もない――どころか第九階層の廊下を急ぎ足で進むほど多忙を極めていた。
最も迅速に行える魔法による連絡に応じないということは、盗聴などの対策をすぐさま行えないほど手の離せない状況ということだろう。デミウルゴスならばすぐに仕事を片付け、間もなく折り返しの連絡を送ってくるに違いないが、事は一刻を争う可能性がある。
ルプスレギナは迷ったが直接、主へ指示を仰ぐことにした。
すると奴へ接触し、少しでも情報を引き出すよう命が下った――――もちろん安全重視、何かあれば即逃亡を厳命されている。
そして彼女は村の片隅で待つことにした。
ナザリックにとって重要人物であるとされるンフィーレアが住む家。その中へ入った者に向かって殺気を飛ばす。
鈍く愚かな人間なら気付かないかもしれないが、奴の実力は忌々しいが保証されていた。
鬱陶しい雨だ。雨除けの魔法を自らにかけていても、至高の存在より賜ったメイド服が濡れて汚れてしまうのではないかとヒヤヒヤしてしまう。
だから、漆黒の鎧を纏った偽物が早めに現れてくれたのは喜ばしかった。
「随分と熱烈なお誘いだな」
軽い調子に苛立ちを覚えてしまう。
それも仕方のないことだ。なにせ奴は主より“漆黒のモモン”という外蓑を奪い、ナザリックの仲間他、彼女の姉妹を傷付けたのだから。
今すぐ襲いかかってその首を撥ねてしまいたかった。
だが実力的にも、なにより主から受けた命令的にもそれは許されない行為だ。
泡立つ心を鎮めるように息を吐いて、ちらと自らの足元へ目をやる。そこへ潜む“身代わりの盾”を強く意識し、鋭く偽モモンを睨み付けた。
「怖い目だ。美人が台無しだぞ」
「やめてくれる? アナタにお世辞を言われても寒気がするだけ」
「つれないな……とりあえず、この村に来た理由辺りを話せばいいのか?」
「あら、意外と素直ね」
「天気も悪い。お互い下手な小競り合いなどしたくないだろう」
すっ、と彼の頭がバレアレ家の方角へと向けられた。
それで十分意味は伝わっただろう、と肩を竦めて見せてくる。
無言で頷く。
以前、カルネ村の重要性を説かれた彼女は互いの立場を理解できた。
「さて、理由だが大したことじゃない。雨に降られたから宿を貸してもらうだけさ」
「……それだけ?」
「ウソだと言って欲しいのなら、そう口にするのもやぶさかではないが」
「わかったわ。それで納得しましょう」
「それはなにより。ではこちらからも聞きたいことがある」
「答えるとでも?」
「閉口するならそれで構わない。私もこれ以上は何も答えなくなるだけさ。最低限キミは聞きたいことを聞けて、私も伝えたいことは伝えた。平穏な夜を享受できるなら、それ以上を望むのはワガママだからな」
飄々とした態度。何もかも見透かしたかのような言い草は、腹立たしさを過熱させる。
ルプスレギナは自身が頭脳面で優れているとは思っていない。偽モモンに対して優位に立つのは難しそうだ。不安がある。この場に立つのが姉のユリ・アルファ辺りであれば、もっと毅然とした態度を貫き通せたのかもしれない。だが今は自分一人でなんとかするしかなかった。
これは好機だ。こちらが質問に答えれば、相手の情報をより多く得られるかもしれない。
もちろん嘘ということも考えられるが……話を聞いてから答えるかどうか選ぶこともできる。
ならば、と無理をしない範囲で踏み込むことを決めた。
「聞くだけ聞いてあげましょう」
「難しいことじゃない。アインズ・ウール・ゴウンはどんな奴だ? キミから見た奴の人物像を教えて欲しい」
「……一体アナタはどんな言葉を望んでいるのかしら?」
「ありのままを。私が持つ奴の人物像と、近くで見る奴の姿。その擦り合わせをしたいだけだ」
ルプスレギナの警戒心は最大にまで引き上げられる。
質問の答えを知ったことで相手が得られるメリットをはかりきれない。自身の考えが至らないことで致命的な情報を与えてしまう可能性がある。故に、口を開くことを躊躇う。
もうここで切り上げるべきか――――そんな迷いを見抜いたように偽モモンがまた口を開いた。
「ではこうしよう、私の推測を聞いて間違っていたら指摘してくれ」
答えを待たず、彼はつらつらとアインズ・ウール・ゴウンへの評価を語り始める。
そしてその評価は、的確と言うしかなかった。
絶対的支配者に相応しい圧倒的力を持ち。
堂々と佇みながらも、荘厳な気配を纏う。
冷酷、残酷でありながら慈悲深く。
時には虫けらにまでも、救いの手を差し伸べようとする。
強いて指摘するのなら、さらに他の追随を許さぬ叡智を宿していることぐらいか。
そんな主、アインズ・ウール・ゴウン。
至高の四十一人をまとめ上げた、最高の支配者。
「――――とまあ、こんな感じであろうと思っているのだが、どうだ?」
「……そこまで……そこまでわかっていながら」
はらわたが煮えくり返りそうになっていた。
どうしてこの偽物は、ここまで人の神経を逆撫でするのが上手いのだろう。
「どうして……アナタはアインズ様が如何に素晴らしい御方であるかを理解している。なのに何故、あの御方に逆らうような真似をするの!? わかるでしょう、至高の四十一人すらもまとめ上げたアインズ様に支配されることこそが、全ての者にとって幸福になる道。逆らうな、従え。その首を差し出せと求められれば黙って跪き首を垂れるべきなの。それこそが正しい選択よ」
なんとか激情を抑え込もうとする。
だが返ってきたのは、嘲るような笑い声だった。
「何が可笑しいのかしら?」
「失礼……あまりに狂っていたもので、ついな……おっと、勘違いしないでくれ。キミの奴への崇拝を否定するつもりはない。どれだけ狂っていようが、何を信じ、何を胸に生きていくかはそれぞれだ。間違いじゃない。正しくもないだけで。私だって同じだ。だから勝手にすればいい」
だが、と彼は続ける。
「そいつを他者へ押し付けるべきじゃない。キミが奴を崇拝するように、他の者も何か大切なものを胸に抱いて生きているんだ」
「それこそが間違いなのよ。アインズ様こそが至高の絶対、それ以外の塵芥も同然だわ」
意見が平行線を辿ることは目に見えていた。
だからルプスレギナは冷たい視線を決して偽モモンから離さず、彼もまたどうしようもないと肩を竦めた。
「もうこの話はいい? だったらこっちの質問。さっきも言ったけど、どうして逆らうの?」
「困っている人がいて、助けたらキミたちと敵対した。それだけだ」
「それだけ? ナザリックから、アインズ様からモモンの鎧を奪っているくせによく言うわ」
「それに関しては奴が悪いとしか言えない。そもそも私が現れる時点で、モモンという存在が導く可能性は潰えていた。ゴウンは英雄には相応しくないと判断されたんだろう」
「……誰がそんな勝手な判断を?」
「さてな、それは私も知らない」
嘘を吐いている様子は……ないように思える。
だがいくら注意深く観察しても、のらりくらりと真意を感じさせない態度には疑いの目を向けざるを得ない。
「わけのわからないことを」
「私だってわからないことだらけさ。だから自分の意志に従って行動している」
「誰かに命じられていたり、協力者がいるわけじゃないの?」
「どう思う?」
「質問を質問で返すのは礼儀知らずのすることだわ」
「それもそうだな、ならずっと質問するのも不公平だと思わないか。平等にいこう、私からもまた一つ聞きたい。キミが先ほど口にした“至高の四十一人”とは何者だ?」
「ッ――――!」
喉が引っかかるような音を発した。ルプスレギナは自身の失態にやっと気付いたのだ。
感情の荒ぶりを抑えたつもりでいたが、無意識に余計な言葉を口にしてしまっていた。まるで穴倉に籠っていたはずが、誘い出されたところを一刺しされたような気分だった。
――――至高の御方々の存在を知られるのは致命的か?
否……のはずだ。彼らはもういない。ナザリックを離れ、姿を御隠しになられた。
現在大墳墓に残り、ルプスレギナたちを支配するのはアインズ・ウール・ゴウンただ一人。
――――ならば、問題はない。
そう思いたかった。
しかし――――目の前にいる漆黒の戦士へ目を向ける。
憎き相手であるが、それ以上に奴と話していると異様なほどに感情を揺さぶられる。いや、感情なんて表層のものではない。そのさらに奥、心や魂と呼ばれる根源が偽モモンの言葉や仕草一つ一つに熱を帯びて反応を示している。
デミウルゴスなどが持つ精神に働きかけるような
彼の存在や在り方というものがそうさせるのだとルプスレギナは感じた。
「答えたくないなら、また私の推測を聞いてくれ。話しぶりから察するに、ゴウンと同格の存在でキミたちが崇拝していた相手だ。だが今はもうゴウンを残していなくなった……亡くなったのか、なんらかの理由で離れていったのか? 少なくともナザリック地下大墳墓からは姿を消した」
どうだ、と問うてくる声が嫌味のように聞こえる。
忌々しい。本当に、忌々しい。
この男、言葉だけでなく表情を僅かな身じろぎからすらも情報を掠め取っているようだ。
でなければ短いやり取りの中で、あれほど的確な推測をたてられるはずがない。
――――これ以上はもう無理ね。
ただ此処に立っているだけで、ナザリックに不利益をもたらしかねない。
それは御免だ。失望され、もし最後まで残ったアインズにまで姿を隠されたら――――。
想像しただけで血の気が引く。目の前が真っ暗になる思いだ。
ルプスレギナ含め、至高の存在に想像された者たちが最も恐れる事態。
その原因をつくるわけにはいかない。
淡く崩れそうになる精神を立て直し、彼女は努めて仮面を被った。
「チッ、チッ、チッ、そいつは教えられないっすね。私はこれでも仕事中はできるメイド! 敵にむざむざ情報を与えてやるようなヘマはしないっすよ」
「……できるメイド相手なら仕方ない。これ以上聞くのは諦めるとしよう」
「賢明な判断っす。じゃあ私はこの辺で、村で悪さしちゃ嫌っすよ?」
「ああ……っと待ってくれ。大事な用を忘れるところだった」
空を飛んで村を後にしようとするルプスレギナをモモンが引き留めた。
彼は懐から何かを取り出す。見れば何かを包んだ布らしい。それを差し出される。
罠などを想定し訝し気な視線を送るが、そう警戒するな、と笑われる。
やはりイラッとくる奴であるが、確認もせずに去るのは憚られた。
「なんっすかそれ? もしかして指輪!? 求婚っすか!? 出会っていきなりプロポーズっすか!? いくら私が超絶美少女だからって! 無理っす無理っす、私には心に決めた人がッ!」
「いるのか?」
「……マジトーンで聞かないでくれる? まあいいっすか。で、なんなんすか?」
「バレアレ氏の成果だそうだ。あの場で預かって、キミに渡した方が何かと都合が良かったから受け取っておいた。ゴウンに渡してやってくれ」
警戒しながら素早く包みの布をひったくった彼女は中身を確認した。
確かに、ンフィーレアたちが開発している
「ついでに言伝も二つ頼む」
「おたくのルプー嬢をを嫁に下さい、って伝えればいいっすか?」
「じゃあそれを含めて三つだな」
「……冗談じゃないっす」
べぇ、と舌を出して拒絶する。それが可笑しかったのか、彼は肩を揺らしていた。
「クク……それで一つ目だが、ガゼフ・ストロノーフが礼をしたいと言っていた。手紙の一つでも送ってやれ、と」
「ふむふむ。それならまあいいっすよ。もう一つは?」
「いつでもかかってこい。そう伝えてくれ」
それだけ言うと彼は踵を返し、手を振り去っていく。
紛れもない挑発発言。だがあまりにもあっさりとし過ぎていて、ルプスレギナは一瞬呆気に取られた。
雨が強くなる。雷鳴も煩くて。
なんだか気が抜けた。
「一体何なんすかね、アイツ?」
盗聴、盗み見対策や防音の魔法を次々解いていく。直後にデミウルゴスの配下より《
暗澹たる雲の下で、次にしなければいけないことを考える。
まずはアインズへ報告。そして成果の提出。そして伝言。
だが、あの挑発を主へ伝えるのは如何なものだろうか?
うんうんと頭を悩ませ唸りながら、彼女はナザリックへの帰路を急いだ。
ルプスレギナルートのフラグ建立(はないです)