モモン・ザ・ダーク   作:テイクアンダー

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お待たせいたしました
盛り上がりに欠けるため、二話同日に投稿します


2018.10.22
感想にてご指摘を受けた部分を訂正





 カッツェ平野は濃い霧に覆われていた。

 

「なに、これ……?」

 

 白く、白く、白い世界だった。

 実りのない荒野だけがこの地に広がっているはずだった。しかし今、眼前に広がる光景は濃密な霧に覆われた白色の世界。風に揺られ、不定形の白い幕が漂う。どこまでも、どこまでも、変わらぬ景色が続くように思えた。

 

 この地は呪われている。

 アンデッドが多発する地帯であり、戦争が起こる僅かな期間を除き、年がら年中霧が覆っていた。

 だがここまで濃く、視界を無意味にするほどのものではなかった。

 

 少し離れた丘の上からアルシェは目を細め、自分の視力では何も見通せないことを理解して仲間たちの方を見た。馬から降りじっと霧の世界を見つめるモモンには動揺は見られない。“蒼の薔薇”の面々は、最初こそ驚きを露にしたがすぐに状況の分析へ移行する。

 

「これじゃあ視界が全く利かないわね……」

「魔法で一時的に晴らすこともできるが、効果は薄いだろうな。魔力の無駄だ」

「私たちなら音である程度の索敵はできる」

「視覚もここでなら少しは働く。けど、中に入ればわからない」

「しかしこの霧の中にやべぇアンデッドがいるんだろ。ちっとマズイな……」

 

 あれやこれや、と意見を言い合う五人。その光景にかつてワーカーとして働いていた時のことを思い出す。

 未知が目の前に広がった時、アルシェもまた仲間たちと色々話し合っていた。緊張感がありながらも、少し楽しい一時でもあった。

 

 彼女たちに交ざるべきか、と迷った。

 だが今の自分の立ち位置は、違う場所にあると自覚し相棒の隣へ向かった。

 

「モモンさん、どうしましょうか?」

「厄介だな。視界不良による不意打ちは警戒を怠らなければ対応できるが、このレベルの霧だと戦闘にも支障が出る」

「はい。しかもこんな中から正体不明のアンデッドを探すとなると……」

「困難を極めるだろうな。時を改めるべき……だろうか?」

 

 彼の提案は悪いものではない。だが問題の解決にならないのではないか、という疑問も浮かんだ。

 おそらく彼自身もその考えに至っているが故、何処か歯切れの悪い物言いをしているのだろう。

 

 フォーサイトとして活動していた時、アルシェは何度もこの地を訪れている。

 アンデッドは狭い範囲でその数を増やすと、さらに強力な個体が生まれるという性質がある。そのためカッツェ平野に現れるアンデッドを狩ることで、国より報酬が支払われる制度があるのだ。彼女たちは指名の依頼などがない時はこの地を狩場として、金銭を稼いだりもしていた。

 

 その際も、この地を覆う霧に何度となく悩まされたがちょっと面倒程度。

 これほど濃い霧が出ていれば狩りは中止されただろう。真っ直ぐ歩いて進むことも難しい。しかし幾度も此処を訪れたが、一度としてこれほどの濃霧を見たことはない。どころか、話にすら聞いたことはなかった。この地の歴史について調べたこともあったが、思い当たる記載もなし。

 

 つまり、これは明らかな異常事態だ。

 特殊環境変化と呼ばれる現象なのかもしれないが、その原因も不明。考えられる可能性を挙げ連ねて行けば、自然と謎のアンデッドの目撃情報にいき着く。モンスターの中には魔法の力などで霧を発生させるものもあるらしい。件の存在が、そういった能力を持っている可能性はある。

 

 もしこの濃霧が時間が解決してくれる自然現象であったなら一度退くべきであろうが、その保証もない。その上アンデッドが関わっている以上悠長に構えてはいられない。アンデッドたちが増殖し手に負えない強力な個体が生まれて、最悪近隣の町や都市に多大な被害が出ることも考えられるからだ。

 

 故に人類最高峰のアダマンタイト級の冒険者である彼らは、どうしたってこの霧の中へ踏み込まなければならない。多少先送りにもできるが、意味はないだろう。今できるのは不測の事態を想定し、対応策を話し合って練っておくくらいだった。

 

「彼女たちはさすがだな」

 

 モモンの視線は“蒼の薔薇”に向けられていた。短い時間の内に幾つか出た案を素早く検討し、可否を決めている。あの濃霧への対策として、すでに何やら実験を試みようとしているようだ。

 未知と遭遇した時の適応の早さも、冒険者としては求められる能力である。

 

「私たちも交ざって、一緒に話し合った方が良いのではないでしょうか?」

「ああ。だがその前にアルシェ、新しい装備の感触にはもう慣れたか?」

 

 新たな杖を持つ手に力が籠る。

 彼の言葉に気負っているからではなく、その感触を改めて確かめるため。

 

 以前愛用していた魔法用の杖は、ナザリック地下大墳墓にて喪失した。さらにはローブやグローブなどの他装備もアインズ・ウール・ゴウンたちの追跡のきっかけになってもつまらない、とエ・ランテル滞在中に新しく買い替えている。デザインや性能こそ大きな違いはないが、当初は確かに違和感があった。

 本来ならゆっくりと鍛錬するか、力量にあった実戦を繰り返すことで体に馴染ませる。

 だが腰を落ち着けて鍛錬する環境でもなければ、実戦と呼べる遭遇もほとんどなかった。

 

 なのでこれが新装備になっての初実戦になるのだが、アルシェは力強く頷いた。

 

「問題ありません、十分です」

 

 本当はまだ僅かに慣れきっていない。だがそんな弱音を彼の前で吐くわけにはいかない。

 戦闘を行うには十分であり、足りないなら考えればよい。

 彼の隣に立つのだ、それくらい一人で何とかしなければ。

 

「そうか、だが無理はするな。なるべく私から離れないように気を付けろ」

 

 二人で行う連携を最低限確認し、霧の中に何かのアイテムを投げ入れている五人へ合流する。

 一体なんの実験だろうかと疑問に思っていると、爆発音が連続して聞こえ、それに合わせるように白い霧のスクリーンに閃光が灯り照らした。

 

「何をされているのですか?」

「実験。音の伝達と、光が届く距離の」

 

 ティアが先ほど投げ入れていた球状の道具を見せながら言う。

 爆音と閃光を撒き散らすもので、本来は敵の視覚と聴覚を阻害する目的の使用らしい。これを霧の中で起動させることでどの程度音と光が情報伝達手段として有効かを調べているのだそうだ。

 

「私たちが投げて届くくらいの距離なら、音は十分有効」

「光もそれなり。ガガーラン、よろしく」

「任せろ。思いっきり投げればいいんだな?」

 

 道具を受け取ったガガーランは力を込めて遠投した。丸い影はすぐに霧の中に消え、ややあって小さな音が聞こえる。だがアルシェの目には光が瞬く光景は見えなかった。

 

「うーん、私の目には光は見えないわ」

「私たちも同じ。音もかなり小さい」

「多分この霧、音の伝達率もかなり悪い。遠くにはぐれると、まずいかも」

 

 ラキュース、ティナ、ティアの目にも霧の中から光を見つけることはできなかったようだ。ガガーラン、イビルアイも特別反応を示してないことからも同様だろう。ただ一人、モモンだけが別の反応をした。

 

「微かにですが、私は見えました」

「あの霧の中で?」

「モモンさん、目が良い?」

「ええ、まあそうですね。目はいい方だと思います」

 

 ティアとティナが驚き半分、呆れ半分のような表情を浮かべる。

 彼女たちは盗賊系の職業であるため、索敵や罠察知などに利用する感覚が鋭い。そんな彼女たちよりも優れた視力を持っているというのは驚嘆に値する――――それが半分。もう半分はこの英雄なんでもありか、という呆れであるようだ。

 

「と言っても、本当に微かです。これ以上離れた場合はさすがに見えないでしょう」

「もっと強烈な光や音を出せる道具は、手持ちには無い」

「じゃあもし遠くにはぐれちまったら、自力でなんとかするしかねぇな」

「そうならないよう、戦闘中も気を付けましょう」

 

 実験の結果や意見をまとめ、調査の方針を固める。

 最終目的は謎のアンデッドおよびアンデッド師団の殲滅。霧の中における調査は全員で固まって動き、戦闘になった際も極力距離を離さず行える連携を中心とする。もし離れてしまった場合、先ほどの道具を各人に分配して使用することとなった。それでも孤立してしまった場合は、なんとか自力で霧の外を目指すことになる。

 

「とりあえず、今日の所はあまり奥まで進まずに調査しましょう」

「進んだルートに目印を付ければ、帰り道の確保は可能」

「最悪目印も見失った場合でも、霧の外に出るだけなら私がなんとかしましょう」

「流石モモン、頼りになること言ってくれるじゃねぇか。まっ、そん時は任せるぜ」

 

 カルネ村を出たのは朝早く。そこからほとんど休むことなくカッツェ平野に馬を走らせ、現在はまだ日が出ている時刻。しかしのんびりとしていては夜になってしまう。一行は早速、と準備に取り掛かった。

 

「馬や荷物、野営地での見張りは俺とティアでやっておく」

「ええ。夜になったらそこで切り上げて戻って来るわ」

「しかし面倒だぜ。できれば今日中に見つかって始末をつけられるのがベストなんだがなぁ」

「そう上手くもいかんさ。何日がかりの調査になるかもわからん、野営地の設置はしっかり頼むぞ」

 

 ガガーランとティアの二人がカッツェ平野を見渡せる丘の上で野営地の準備で待機することになった。

 モモンたちを含む五人で霧の中を調査するのだが、アルシェがふと感覚の優れた三人が平野の方向を注視していることに気付いた。

 

「モモンさん、ティアさんにティナさんも……どうしたんですか?」

「妙だと思ってな」

「……妙?」

「先ほどの実験で光や音を無作為にばら撒いた。アンデッドの中には音や光に反応する個体もいる。ならもう何体かはこちらに寄って来てもおかしくないはずだ。だがその気配がない」

「音が届く範囲にアンデッドがいなかったとかじゃ?」

「可能性はある。けど――――静かに」

 

 ティナが手で話し声を制し、静寂を求めた。

 澄まされた耳と鋭く細められる双眸は、霧の奥に何かが動くのを捉えたようだ。

 

「……何かこっちに近付いて来る」

「あれは……人でしょうか?」

「人型のアンデッドの可能性もあるけど足音は走ってるみたい。なら多分人間」

 

 三人で何やら話しているが、アルシェにはこれっぽっちも見えない、聞こえない。

 だがしばらくして、彼女の目にも人影が映った。そのシルエットは走ってはいるが酷く不格好な走り方で、体力の底を尽きても無理やり前に進んでいる様子に見えた。

 

 もう少し様子を見るべきかと迷っていると、モモンが飛び出した。

 ほぼ同時、走る人影も霧を抜け出た。男のようだ。野伏(レンジャー)のような恰好をしている。明瞭な景色が見え彼は表情を変えたが、昨日の雨によってぬかるんだ地面に足を取られ盛大に転んだ。そこで彼を突き動かしていたものが尽き果てたらしい。寝そべったまま動かず、荒い呼吸で体を揺らしていた。

 

 泥まみれになった脱出者に駆け寄り抱え起こし、モモンは水薬《ポーション》をその体にかけた。

 アルシェも慌てて後を追う。野伏風の男に見覚えがあったのだ。

 

「大丈夫か、霧の中で何があった?」

「あっ……あああ……」

 

 見るからに精神的に不安定な状態になっている。目の焦点は合っておらず、怯えるように視線がせわしなく動き続けている。唇は震え、呂律は回っていない。モモンの声もほとんど聞こえていないのだろう。

 

「モモンさん! 私はその人を知っている。帝国のワーカー」

「知り合いか?」

「何度か顔を合わせたことがあります。名前までは、憶えていません」

 

 かつての記憶にこの野伏風の男――いや、野伏の男と言葉を交わした記憶がある。

 酒を飲んだ時のフォーサイトのリーダー以上に軽薄な態度であり、女性陣から受けは良くなかったが、生まれつき耳が良く優れた野伏であると評判だった。チーム自体は白金(プラチナ)級に匹敵するとされていたが、彼自身はアルシェたちと同じミスリル級の実力だろうと仲間の誰かが言っていた。

 

 それほどの実力者がここまで怯えた姿を晒すとは。

 ごくり、と息を呑みアルシェは霧の奥に隠れた存在に警戒心を募らせる。

 

「リーダーを連れて来た」

「その人は一体……酷い恐慌状態ね、任せてください。〈獅子のごとき心(ライオンズ・ハート)〉」

 

 ティナとティアに連れられたラキュースが信仰系魔法を唱える。

 精神が錯乱し恐慌状態になった者を落ち着かせる効果があるものだ。

 

 ゆっくりと、彼の呼吸が整っていく。荒れ果てた精神が落ち着きを取り戻し回復していった。

 やがて顔色も正常になった彼は周囲を見回し、知っている顔であるアルシェに目を止める。

 

「キミは、確か……フォーサイトの……」

「今は王国の冒険者をやってる。それで、何があった?」

「ああ、えっと……――――」

 

 まだ呂律が不確かなままだが、彼は事の成り行きを語り始めた。

 曰く、帝国で冒険者たちにカッツェ平野でのアンデッド狩りを自粛するように勧告が出ているそうだ。理由は濃霧が酷く危険であるためとされ、他の者がいない間に自分たちだけで狩りまくって稼ごうという意見がチーム内で出た。血の気の多い彼らは誰もそのことに反対せず、濃霧の中へ入っていった。そこで、見たのだという。

 

「ば、化物だ……あんなアンデッド見たことねぇ! 俺はちゃんと警戒してた。あの化物の気配だって察知して、すぐに逃げ出せるようにしてたはずだ! でも、間に合わなかった! ……み、皆やられちまって……ああッ!」

 

 頭を抱えて蹲る野伏を見てラキュースはこれ以上聞き出すのは無理だと判断したのだろう。

 目を瞑り首を横に振った彼女を見て、全員が同意した。

 

 それよりも、と重要な情報がもたらされたことに全員が互いの視線を交差させる。

 精神がまたも不安定になった男を野営地まで運び落ち着かせると、七人は再び集まった。

 

「まず間違いなく、私たちが探しているアンデッドでしょうね」

「そう遠くない所に来てるかもしれねぇってことか。千載一遇の好機だな。霧の中を探す手間が省ける」

「そのアンデッドを倒せば、霧も薄くなるかも」

「アンデッド師団の殲滅も楽になる」

「ここで動かない手はないな。アンデッド相手には速攻でケリを付けるべきだ」

 

 “蒼の薔薇”の方針は固まったらしい。リーダーであるラキュースがモモンに視線を投げる。

 それに頷いた彼は、アルシェに言った。

 

「気を引き締めろ。いきなり最終決戦となるかもしれない」

「はい!」


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