モモン・ザ・ダーク   作:テイクアンダー

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前回のあらすじ

エルダー・リッチさんめっちゃ喋る


船上の舞踏会

 どれほど離されてしまったのか。

 衝角を剣で受け止めながら、モモンはこのままカッツェ平野の外まで押し出されるのではないかと考えていた。

 

 抵抗しようにも船の推進力は凄まじく、何よりやわな足場のせいで踏ん張りがきかない。不安定な体勢で受けたせいで、横に逸らして逃れることも叶わない。つまり彼は、足が何かに引かかるか、この幽霊船が止まらない限り永遠このまま押し続けられる状態にあった。

 

「……どこまで運ぶつもりだ?」

『そうだな、距離は十分にとった。この辺りで良いだろう』

 

 幽霊船が急ブレーキ。ピタリと止まった。

 モモンは慣性に従い、さらに少し後ろへ移動したがやっと止まった。彼の両足が辿った経路がレールのように二本の溝としてくっきり残っている。距離はあるが、合流は容易そうだった。問題があるとすれば――――。

 

「さて、合流を急ぎたいんでな。そのオンボロ船をさっさと叩き壊させてもらうぞ」

『そう焦るな。ゆっくりと、嬲り殺してやるから……』

 

 ゲタゲタと不快感を起こさせる笑い声を死者の大魔法使い(エルダーリッチ)はあげる。

 木乃伊なのか骨なのかも判別が難しい指を鳴らし、何者かに合図を送る。

 その受け手はすぐに現れた。甲板の上より、船体に備えられた窓より、船底に空いた穴より。押し込められていた中身が溢れ出るような勢いで。あるモノは高所より飛び降り、ぐしゃりと潰れたがそのまま立ち上がった。またあるモノは独特な身体の構造を利用し、ゆっくりと不気味に身体をくねらせながら降り立つ。

 

 カッツェ平野、その大地におびただしい数のスケルトン系やゾンビ系アンデッドのアンデッドが姿を現した。

 その数は千ではきかないだろう。果たして巨大とはいえあの船内に収まりきる数なのだろうか。

 まるで地面を覆い隠す絨毯のような密度で、化物共はモモンの周囲を囲んだ。

 

「次から次へと……」

『どうした、流石にこの数には絶望したか?』

「ああ。さすがにウンザリしてきたところだ」

 

 周囲を見渡す。そこにあるアンデッドの種類は様々だ。

 ただの骸骨(スケルトン)に、弓兵(アーチャー)騎兵(ライダー)魔法師(メイジ)百足上の骸骨(スケルトン・センチュピート)集合する死体の巨人(ネクロスォーム・ジャイアント)がチラホラといる。他にも動死体(ゾンビ)腐肉漁り(ガスト)内臓の卵(オーガン・エッグ)など下級のアンデッドの姿が見られた。

 

 どれもこれも、モモンにとっては敵ではない。彼が剣を一薙ぎすれば片付くような相手ばかりだ。

 しかしその数は厄介この上ない。

 

『――――やれ』

 

 短い号令と共に、アンデッド共が襲いかかってくる。

 眼前に迫る骨と腐肉の壁を一息に斬り払った。それだけで前方にいた一〇体のアンデッドが吹き飛び、砕けて消滅した。同時、背後よりさらに多くの敵が迫る。モモンは先に斬り払った剣の勢いを殺さず、むしろ利用して体を回転させる。そのまま流れるように背後の接敵へと対応する。

 

 ――――一閃。

 

 大量のアンデッドが塵となって消えていく……だが。

 

「どうした、もっと激しく踊ろうじゃないか。まさか部下がむざむざやられるのは忍びない、なんて博愛を口にしないだろう?」

『安い挑発だ。言っただろう、ゆっくりと嬲り殺してやると』

 

 舌打ち一つ。視線を周囲へ回すと、彼を取り囲むアンデッドたちは殺気を漂わせているが下手に襲いかかって来ない。嫌らしい距離感を保ちながら、モモンの出方をうかがっている。さらに先ほどの一斉攻撃、アンデッドの群れとすれば驚嘆に値するほど連携ができている動きだった。

 物量で押し潰すように一気に責め立てることこそ、奴らにとって一番勝率が高い方法だ。

 それをしてこないのは――――。

 

「……時間稼ぎか」

『それもまた然り。今ここにある戦力だけでは貴様を殺すのは難しいだろう。だから先に強大戦力で貴様の仲間を殺す。その後、この雑兵に体力を削られた貴様を殺す。その強さに敬意を示した結果だ。感謝しながら仲間たちの危機に焦りを抱き、絶望と共に死んで逝け』

 

 腐った皮膚がその顔から剥がれ落ちそうなほど、奴は表情をぐしゃぐしゃにして笑う。

 知性と呼ぶべきか――邪悪な叡智を宿す分、アンデッドの中でも悪趣味だ。

 

「ふむ、悪くない手だ」

『そうだろう、そうだろう! 当ぜ――――』

「だが一つ思い違いをしているぞ」

『……なに?』

「どれほど強力な存在を用意しようが、私が間に合わせればその悪趣味な悲劇は全て英雄譚へと転じる。それに何より、彼女たちはお前が願うほど弱くないぞ」

『ッ――――思い上がるな人間風情がッ!!』

 

 火球が飛ぶ。一つ、二つ、三つ。モモンはすべてをなんでもないように斬り飛ばす。

 グレートソード一本を片手に、幽霊船へ向かって踏み込んだ。当然、アンデッドの群れが壁となって存在する。その中へと潜り込み、破壊の暴風を巻き起こす。

 

 爆弾が爆ぜたような光景だった。

 彼が剣を一つ振るえば骸骨が吹き飛び。二つ振るえば塵と帰す。三つ――剣を地面へと突き立てれば、周囲の足場が破裂して取り囲んでいた腐肉共が宙に舞った。

 

 しわがれた声の号令が飛ぶ。

 少なくない数の駒が、漆黒の鎧へ殺到する。だが足りない。量よりも、質が。

 どんな数も、どんな連携も、彼が剣を振るえば無に帰った。

 

 圧倒的――――されど彼は不満を覚えた。手数が足りない。

 剣を振るい、拳を突き出す。ついでに蹴りを放ち薙ぎ倒すが、しっくりこない。

 やはりモモンという英雄は、馬鹿げた大剣を両手に構えてこそなのだ。剣一本ではどうしても時間がかかってしまう。二刀一対の片割れは今――――。

 

 モモンは上へと跳躍する。空を飛べる個体が邪魔をしようと横から飛来するが、ヒョイと躱して蹴落とす。その衝撃もまた足場とし、彼はさらに高く跳ぶ。そして甲板へと着地した。

 

『き、貴様――――』

 

 動揺する死者の大魔法使いなど気にも留めず、彼は船上を駆け抜け、朽ちたマストを駆け上がった。その半ばに投擲したもう一本のグレートソードが突き刺さったままになっていた。柄を掴み、力任せに引き抜く。ボロボロだったマストは軋み、ついに耐えきれなくなってベキリと折れた。

 

 マストが折れ、その負重が偏り合わせて船が大きく傾いた。

 甲板に足をつける者はたたらを踏んで姿勢を崩す。倒れてしまわぬように船べりにしがみつき、死者の大魔法使いが視線を船上へ彷徨わせる。だが腐った瞳に漆黒の男は映らなかった。

 

『どこへ……』

 

 そんな呟きに応えるように、彼の元へ影が落ちる。

 頭上。影よりも黒い鎧が、二本の剣を携え飛来していた。片方の剣が高々と掲げられ、上段へと構えられる。繰り出されるは振り下ろし。この上なくシンプルで、極めればそれ一つで武器ともなる基本中の基本。

 その極致にまで至った一振りが、見上げて目を見開くアンデッドの脳天へ――――。

 

「人間風情、か……まあ間違いではないが、正しくもない。私はただの英雄だよ」

 

 鈍く水っぽい音が、霧の中で響く。

 斬った、というよりは叩き潰したという表現が正しい。

 

 死にながらも動いていた――今は動かぬ残骸から剣を引き抜く。刃に張り付いた汚物を振り払い、一瞥もくれてやることなくモモンは船室へ目を向ける。

 おそらくこの死者の大魔法使いが船長のような役割を担っていたのであろうが、他にも指揮を執れる存在がいないとは限らない。空中へ浮かぶ船の下にはおびただしい量のアンデッドが未だ動いている。見下ろすと辟易するが、頭脳さえいなければ殲滅は容易く後回しにしても構わない。

 

「さて、優先すべきは船の破壊か。もし他に支配者がいるのならついでに見つかるだろう」

 

 今のところ目撃した中で“漆黒”や“蒼の薔薇”にとって脅威になり得るのは、この幽霊船という存在のみであった。衝角を突き出した体当たりの衝撃は凄まじいものだった。あの威力にモモン以外が餌食となれば、きっとただでは済まない。

 万が一を考えると、ここを離れる前にこの船だけは破壊する必要がある。

 

 造船の知識などがあれば手早く効率的に解体できただろうに。

 そう惜しむ彼の頭には、専門的な知識は入っていなかった。

 だからガムシャラに剣を叩きつけよう――――そう考えた時だった。ふと気付く。

 

 傷がない。

 剣を投擲した際、貫いた船体の傷が消えていた。

 

 ミシミシ。ベキベキ。

 木材が軋む音がする。見れば、折れたはずのマストが物理法則を無視して持ち上がり、元あった場所へと戻ろうとしている。砕け散った破片も寄り集まり修復が行われているのだ。

 

「まさか、こんな見てくれのくせに自動修復機能が付いているのか?」

『その通りだ』

 

 聞き覚えのある邪悪なしわがれた声が反響しながら聞こえた。出所は捉えられない。

 振り返る。だがそこには潰された残骸があるだけで、動く気配もない。

 

『ククク……さすがの英雄もこれには驚愕するか』

『しかし我らはアンデッド』

『生者に抱くは憎悪と殺意』

『生者に求めるは絶望と死』

 

 一つではない。幾つも、幾つも、同じであるが微妙に差異のある声が響く。

 その主たちは物陰から、マストの上から、船体に空いた穴から、舳先の裏側から、姿を現した。

 

 ――――死者の大魔法使いが四体。

 

「驚いたな。五つ子か?」

『そうだと言えば、貴様は嬉しいか、悲しいか?』

「六つ子でなかったと喜ぶとしよう」

『そうか。ならそんな貴様にもっと嬉しくない知らせだ』

 

 足場が揺れる。モモンは体勢を崩さず留まるが、瞬間に船が猛烈な速度で進行し始めたことを察知した。

 白い霞がかった世界が流れていく。だが霧の外へ出るのではなく、延々とこの煩わしい世界を航海するつもりらしい。嵐の海の荒波に揉まれるように、船体が大きく揺れて傾く。

 

 咄嗟に剣を突き立て支えとする。不安定過ぎるこの甲板の上で、人間が這いつくばらずに済むにはそれしかない。鋭い視線がアンデッド共へ向けられる。すると奴らは魔法で僅かに足を浮かせ、平然と平衡を保っていた。

 

『大変そうだな、人間』

「心配には及ばない。刺激的で悪くないクルージングだ」

『ククク、強がりを言いよる』

『ほれほれ、のんびり航海を楽しんでいいのか? すぐに仲間たちの場所がわからんようになるぞ。間に合わなくなってしまうぞ。いいや、もう遅いか』

 

 船が移動したことにより、元いた場所へ戻るための足跡を見失ってしまった。

 凄まじい速度で蛇行し、不規則な航路を取っている。この霧の中で見つ出すのは困難であろう。

 

「……面倒なことになったな」

『もちろん、これだけではないぞ?』

 

 船室の扉が勢い良く開かれた。明かり一つなく肉眼では見通せない闇の奥より、何かが飛び出す。

 事体を持たぬ靄のようなアンデッド――死霊(レイス)が濁流のように、開け放たれた扉の奥より幾体も甲板の上へと飛び出した。扉からだけではない。ボロボロの船体に空いた穴からも、モモンの周囲へ引き寄せられるように一〇〇を超える死霊が殺到する。

 

 その体に足はなく、ガスのように宙に揺蕩う。互いの体を絡ませるようにクネクネと揺らしながら、獲物の周囲に円を描くように旋回する。

 ある意味幻想的で、おぞましい光景だ。

 

骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)だけかと思ったか?』

『この船内にはまだまだ生者への憎悪を滾らせた者共が蠢いておる』

『終わりはないぞ。終わりはないぞ』

『この世全てを絶望と死で埋め尽くさない限り、我らは止まらない』

 

 笑う。哂う。嗤う。

 醜悪な者共が、愉快そうに嘲った。

 

『降りたければ降りればいい。地上にいる死者が絶え間なく寄ってくるだろうよ』

 

 現在、船の周りに蠢くアンデッドはいない。

 だが地上に降り立ったまま自動修復する幽霊船を破壊しようとすれば、その間に続々と集まってくるだろう。そうなれば時間だけが浪費される。仲間の位置を少しでも早く発見しなければならなくなった以上、余計な時間はかけていられなかった。

 この死者の大魔法使いは、そんなモモンの思惑を読み切っているのだろう。

 

『常に揺れ続け不安定な足場。魂を歪ませ精神を狂わせる死霊。深い霧の中で焦燥を駆り立てる仲間の安否……揃えたぞ。揃えてやったぞ、貴様をじわじわと嬲り殺すための要素を。さあ楽しめ、そして愉しませてくれ。心身ともに疲弊し、仲間の死を知った時が貴様の最期だ』

 

 漂うだけであった死霊共がモモンへ襲いかかる。

 当然、剣で応戦する。通常の武器では実体を持たない死霊は倒せない。しかし彼のグレートソードは容易く霞の如き化物を両断した。魔法を斬って見せたのだ、それくらいでは驚きは起きない。

 それどころか死霊共の勢いが増す。仲間がやられたことに対する復讐、などという高尚なものではないだろう。

 

 揺れる足場で剣を振ることで崩れる体勢。それを隙と見て、襲って来るのだ。

 モモンは剣を振るう。体勢が崩れようがお構いなしに、その巨大な剣を振るう。

 

『足掻け足掻け足掻け!』

 

 紙一重。そう表現できるギリギリの死線の上で彼は無傷を保つ。だがそれも、時間の問題。

 いくら強者であってもモモンは人間。疲れを知らぬアンデッドではない。

 だからいつか、無理な反撃に体力を削られ疲弊する。

 

『頑張るな。だが無駄だ、死霊はまだまだ船内に孕んでおる』

 

 もはや起きているのか、倒れ込んでいるのかもわからない。

 立って剣を構え直す隙も彼には与えられない。

 そうして、いつか――――。

 

『無様だな、滑稽だな。生にしがみつく姿というのは』

 

 剣が空振り、甲板が破壊される。砕け散った木片が高々と舞った。

 無防備になった鎧の男へ死霊の腕が殺到する。その指先にでも触れれば、人間の精神など簡単に搔き乱せる。

 そして、いつか――――。

 

『ほれ、もう諦めたらどうだ? 楽になるぞ』

 

 彼は転がるように回避する。その回転にも剣の一振りを合わせてニ、三の敵を屠る。

 だがまだまだ数はいる。斬り落とされる度、どこからか新しい死霊が集まっていた。

 そしていつか――――。

 

『ククク、ハハハハハハハ!!』

 

 剣が閃く。死霊が消え、また新しく殺到する。彼は回避し、また剣を振るう。

 そんなことの繰り返し。いつかは生者に終わりが迎えに来る、救いのないリピート。

 

 そう。いつかは限界が来るはずだ。

 いつかは……いつかは――――。

 

『ハハハハ…………んッ?』

 

 誰かが気付いた。いつまで経ってもモモンは傷を負わない。

 どんなに紙一重に見えても、必ず切り抜けている。

 いやむしろ、時が経つにつれその動きは繊細さを持ち始め、無駄がなくなっていく。

 

 立ち上がることも、膝をつくことも、倒れて転がることも、剣を振ることも。

 全てが、計算され尽くした動きであるように。

 まるでダイナミックな舞踏を演じているかのように――――。

 

「それで、これでネタ切れか?」

『なっ……!?』

 

 数々の猛攻をしのぎ、動き続ける男の口から息一つ切らせていない声がする。

 

「要は舞踊(ダンス)と同じだ。不安定な足場なら、それに合わせたステップを踏めばいい。足だけで難しいのなら、身体全体、武器も支えにして踊る。社交界のパーティーには出たことはないのでな、中々苦労したが慣れればどうということはない」

 

 もはや彼の動きは戦士のそれに戻っていた。倒れ転がることもなくなり、剣を構え重心移動によって二本の足で揺れ動く船上に立っていた。

 

「感謝しよう。これでダンスに誘われても恥をかかなくて済みそうだ」

『ふざけるな! ありえん……貴様、本当に人間か!?』

「その答えはもう口にしたはずだが? それよりもまだ隠し玉があるのなら今の内に出しておけ。悪いが時間がないんだ、お互い出し惜しみはナシでいこう」

 

 いつしか数えるのも億劫なほどいたはずの死霊が目に見えてその数を減らしている。

 対してモモンに疲労の色は欠片も見当たらない。あれだけ策を弄し、全てを万全に機能させたはずなのに、彼の底がまったく見えてこない。

 

 深淵の奥底にある穴を覗き込んでいるような、途方もない感覚。

 死者の大魔法使いたちは悟った。自分たちが殺し合いを吹っ掛けた相手が、正真正銘の怪物であることを。

 

「私のやることは変わらない。この船を破壊し、仲間たちのもとへ戻る」

『む、無駄だ……この船は自動修復機能が――――』

「ならば修復が追い付かない速度で破壊し尽くす。いくら何でも木端微塵にされても戻るということはないだろう。どこかに核があるか、耐久限界があるはずだ。邪魔をするなら好きにしろ」

 

 淡々と語られる最適解。

 それは理論上は正しいというだけで、困難を極める方法だ。

 

 しかし、このモモンという男を前にして死者の大魔法使いたちはたじろぐことしかできなかった。

 相変わらず揺れ動く幽霊船。その上で破壊の権化は、二本の大剣を携えて一歩前へと踏み込んだ。

 

「こういう時、なんと言うのだったか……ああ、そうそう。確かこうだ、“踊りませんか(シャルウィダンス)?”」

 

 蹂躙が始まった。




苦戦……するはずもなかった
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