モモン・ザ・ダーク   作:テイクアンダー

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前回のあらすじ

モモン「踊りませんか?」
エルダーリッチ「いやああああああああああ!!」(絶叫)



魔法詠唱者

「くっ……馬鹿みたいな怪力しやがって……」

「退がってガガーラン! ――――はああああッ!!」

 

 魔剣キリネイラムの漆黒の輝きが白い世界に閃いた。だがその一撃も巨大なタワーシールドに防がれてしまう。信仰系魔法によって筋力が強化され、今のラキュースの膂力は人類の中でも最高クラスになっている。そんな彼女の攻撃をいとも容易く止めてしまう圧倒的パワー。人間という種がどれだけ劣等な存在であるのかを痛感させられる。

 

 だがそこで止まるわけにはいかない。彼女は人類最高の冒険者である。

 重さで足りないのなら数と速さで押す。戦法を瞬時に切り替える強かさを持っていた。

 

 背より離れ展開される浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)を交え、ラキュースはあらん限りの速さで連撃を叩き込んだ。これでようやく、盾を持った敵が怯んだ。その隙に、振り下ろされたフランベルジュを受け止め押し込まれていたガガーランが、剣を押し返し圧力の拘束から脱出。離脱際にがら空きの脇腹へと刺突戦鎚――鉄砕き(フエルアイアン)を叩き込んだ。

 

 呻き声のようなものが漏れる。明確なダメージが入った印。

 だが本来なら――敵がアンデッドであることを加味しても――最高クラスの戦士職であるガガーランの一撃を受けて、それだけで済む方がおかしい。

 

「ふざけた耐久力をしてるわね。ガガーラン大丈夫?」

「ダメージは負っちゃいねぇ。だが、こいつは王都以来の強敵だぜ……」

「蟲のメイド悪魔と比べてどうだ?」

「あれほどじゃねぇとは思うんだが、何とも言えねぇな」

 

 イビルアイがラキュースとガガーランの前に立ち、問うと歯切れの悪い答えが返ってきた。

 理由は見当がつく。王都でヤルダバオトが悪逆の限りを尽くした際に“蒼の薔薇”のメンバーでガガーランとティアが一度死亡している。その後ラキュースの〈死者復活(レイズデッド)〉により復活したのだが、この方法で蘇ると生命力を失い、死ぬ前よりも弱体化してしまうのだ。

 

 事件が一段落し、失った生命力を取り戻すための行動はしてきていたのだが、それでもまだ甘く見積もって八割程度。死ぬ前に一戦交えたメイド悪魔との戦力差を測ろうとしても、基準となる自身がズレているためハッキリとは明言できないのだろう。

 

 ――――だが、それにしても……。

 

 いくら全盛期の力が戻っていないとはいえガガーランは強い。英雄の領域には届いていないが、それでも英雄と肩を並べて戦うことはできるほどに。そんな彼女を一方的に抑え込み、切り返して反撃を試みる隙すら与えないとは。

 

 イビルアイは霧の中より疾風の如く現れた敵に目を向ける。

 死の騎士――そう表現する他ない出で立ちのアンデッド。

 

 その禍々しい姿から溢れ出す殺意は、同じアンデッドであるイビルアイですら寒気を感じてしまう。二〇〇年を超える経験から、間違いなく英雄と呼ばれる存在でやっと相手にできる伝説級の相手だと感じ取った。

 

「――――だが、私より弱い」

「イビルアイ……」

「心配するな。慢心でもなんでもない。確信を持った自信だ」

 

 仮面の奥で、少女の顔が微笑む。

 “蒼の薔薇”という冒険者チームは、現在の“漆黒”ほどではないが歪な集団であった。

 

 人類最高クラスの戦力が揃っているが、その中でも人間ではないイビルアイだけが突出した力を持っているのだ。もし彼女一人と他の四人が戦えば、勝つのはイビルアイであると明言できるほどに。力量の格差がありながらどうしてチームを組んでいるのか、という理由は諸々あるが今は関係ない。

 

 イビルアイは強い。極大級魔法詠唱者なんて仰々しい自称をしても誰も口を挟まない。

 さらには長い年月を生き、濃密な経験に身を浸したことで得てきた膨大な知識も拍車をかけている。慎重とは言い難い振舞いをするのが玉に瑕だが、それでも彼女の戦力分析は中々正確だ。

 

 そんな彼女が冷静に敵との彼我の差を口にしたのだ。

 仲間たちが疑うことはなかった。

 

「ティナ、ここに向かっているアンデッド師団はあとどれくらいで到着する?」

「第一波はあと一分くらい」

「十分だ。速攻で勝負をかけるぞ、いつもはやらない私主体のフォーメーションだ」

「あれ嫌い。イビルアイが無茶苦茶するから、合わせるの大変」

「グダグダ言うな。それが一番良いのは間違いないし、何より――――」

 

 小柄な身体が振り返り、一人の少女をその視線で射抜いた。

 絶対の安心感を与えてくれる相棒と引き離されながらも、パニックになることなく油断なく杖を構え自身の役割を全うしようとしている未熟な恋敵(こうはい)

 

「アルシェ、今は魔力を温存しておけ。代わりに良く見ていろ。超一流の魔法詠唱者(マジックキャスター)の戦い方というやつを」

 

 そう言うとイビルアイの体が〈飛行(フライ)〉の魔法によって浮かび上がる。

 アルシェはその光景を見た時、まず魔法詠唱者として基本的な戦術である空へ飛び魔法を撃ち続けるという戦術を思い浮かべた。だがそんな考えを読んだかのように、少女の声が響く。

 

「空中から一方的な蹂躙なんて、そんなつまらんものじゃないぞ!」

 

 その小柄な体がローブをはためかせ、宙を駆ける。迷いなく、一直線に死の騎士との距離を詰めた。

 唸り声と共にフランベルジュが振り上げられる。タイミングは完璧、波打つ刃がイビルアイを迎撃するため動く。アルシェの目には微かにその軌跡が映るだけの剣速。

 だが、獲物の姿はそこに無い。身を捻り、最小限の動きで迎撃を躱していた。

 背後へとまわり、魔法を詠唱すべく手を前へ掲げる。

 

 死の騎士は振り返りざまに剣を横へと薙いだ。しかしまた空を切る。

 今度は頭上、飛行能力を魔法で得ているからこそできるアクロバティックな体勢で、彼女は練り上げた魔力を放った。

 

「〈水晶騎士槍(クリスタルランス)〉。まず一つ、魔法詠唱者は何があっても冷静さを失うな!」

 

 水晶で出来た騎士槍が勢い良くアンデッドの脳天へと突き立てられる。だが貫くことは叶わず、その凶悪な角の生えた兜を凹ませるに留まった。

 

「戦士は熱くなることで戦意を高揚することもできる。だが魔法詠唱者は違う。いつだって頭はクールに保たなければならない。何故なら魔法詠唱者はチームによる戦闘において攻撃、支援、防御、その全てを請け負うことが可能だからだ」

 

 反撃の剣が振るわれるが、彼女はそれを全て躱す。

 つかず離れず、波打つ剣の間合いよりもさらに内側へ潜り込む。宙を舞いながら、まるで攻撃を先読みしているかのような身のこなしだ。時折、隙を狙って放つ魔法によって死の騎士の体が削り取られていく。

 

「戦況に応じ、瞬時瞬時の役割を分析し実行する。熱くなればその判断が鈍る。だから、薄皮一枚で危機が迫ろうとも決して冷静さを失うな。臨機応変に対応しろ」

 

 アルシェが頷くのを視界の隅で確認する。彼女の言葉は確かに少女に届いているようだ。

 その近くで仲間たちが生暖かい視線を向けてくるのが気になったが、そちらへ注意を払えるほど余裕のある相手ではない。

 

 イビルアイは冷静に死の騎士の動きを予測し身を捻る。〈飛行〉を使った超接近戦はかなりの高等技術になる。体躯の大きいモンスターなどに纏わりつくように飛行し、相手が大きな隙を見せた瞬間に魔法を放つ。タイミングがシビアで経験豊富な彼女であっても基本的には回避に注力し続けなければ手痛い反撃を貰う、諸刃の剣のような戦い方だ。

 

 これをアルシェにできるようになれ、とは思わない。

 だが、近いことはできるようになった方が良い。

 

 モモンと一緒にいる以上、アルシェの役割は彼のサポート――強敵の取り巻きを相手取る露払い――が主になるだろう。となれば強敵との一対一を強いられる状況になることは十分に考えられる。〈飛行〉を用いた高機動戦闘は魔法詠唱者にとって生命線とも呼べ、多少の戦力差を覆すことも可能だ。

 既に第三位階魔法の使い手で、それなりに実戦を経験している彼女ならある程度までは習熟しているであろうが、まだまだ可能性のある技術なのだと知って欲しかった。

 

 剣だけでは追いつかないと学んだのだろう。死の騎士はその巨大な盾をも鈍器として振り回す。

 イビルアイはその小柄な体を活かして相手の股下を抜けるように回避した。

 

「二つ目! 純粋な攻撃魔法のみに頼るのは二流だ。さっきも言ったが臨機応変に対応しろ。敵戦力を分析し、攻撃、支援、防御という手札を最高のタイミングで切れ。それだけで魔法詠唱者の戦術は際限なく広がる!」

 

 手を敵の背中へ向ける。攻撃の意図はなく、戦況をさらにこちらへ偏らせるための一手。

 

「〈砂の領域(サンドフィールド)対個(ワン)〉」

 

 砂が発生する。海の波のようにうねりながら、死の騎士の体を包み込んだ。その巨躯に纏わりつく砂を振り払おうと剣や盾を滅茶苦茶に振り回し、雄叫びを上げるが効果は薄い。砂は払われてもアンデッドの腕や足に絡みついて動きを阻害する。完全に封じ込めることはできないが、それだけでイビルアイの動きを捉えるのはほぼ不可能となった。

 

 もがく姿を目の前に、イビルアイは地面に降り立った。

 

「ここまでやれば後は好きに料理するだけだ」

 

 彼女は魔法を唱え、高威力の水晶の礫をいくつも打ち出す。

 腐り果てた体を抉り吹き飛ばすその攻撃に、苦痛に喘ぐような声が漏れ出した。

 

 効いている。イビルアイは死の騎士を圧倒していた。だが、それでも火力が足りていない。

 もうすぐ無数のアンデッドの群れがこの場に集まってくるのだ。それまでにこの強大な個体であるアンデッドを倒してしまいたいが、このまま彼女の魔法で削り続けただけでは間に合わないだろう。

 

 そんな瀬戸際でも、彼女は落ち着き払った声で言う。

 

「さて、三つ目。これが一番重要だ――――」

 

 煩わせていた砂の妨害が消滅した。それを好機と見た死の騎士は叫びをあげてイビルアイへと突撃した。

 漆黒の疾風――――凡人の目には残像すら映るであろう速力で距離を詰める。あっという間だった。凶悪なフランベルジュの間合いに、華奢な体が収まった。

 

 アルシェはその光景を目にしていながら、反応できなかった。

 一瞬、脳裏に凄惨なイメージが浮かぶ。ついに声が出た時には、その凶悪な剣は振り下ろされていた。

 

「危な――――」

「――――仲間を信じろ。まあ、言うまでもないか?」

 

 惨劇は訪れない。少女の体へ向かった剣は、漆黒の刃によって阻まれた。

 さらに、二本の光り輝く鎖が地面より生え出でて、剣と盾を持つ両腕を拘束した。

 

「やっぱり無茶苦茶する」

「合わせるこっちの身にもなりなさい」

 

 ラキュースとティアがなんの合図もないしにイビルアイの考えを読み取り、即座に行動へ移したのだ。文句を垂れながらも、そのタイミングは絶妙。死の騎士は無防備にその胴体を晒す。

 仮面の奥でほくそ笑んだ少女は、水晶の騎士槍を撃ち出し突き刺した。だがまだ浅い、凄まじい耐久力を誇る相手の致命傷には至らず。

 

 だから、トドメは一歩出遅れたように駆け出しているガガーラン。

 いや、出遅れたわけではない。飛び出す瞬間を僅かにズラすことによって、彼女は最高のタイミングでの追い打ちを可能とした。すべては計算通り。合図も作戦指揮もなく、各々の信頼を軸にして即座に最高のコンビネーションを発揮する。

 

「畳みかけろガガーラン!」

「応よ! 喰らい、やがれッ!」

 

 剛腕が唸る。壁に杭を打ち込むように、騎士の腹に刺さった槍へ刺突戦鎚を叩き込んだ。

 轟音が響き、衝撃が大気に広がった。白い霧の世界が歪む。

 

 深く、強く、水晶の杭が食い込む。

 そこで終わらない。勢いを一切殺さず、ガガーランは二撃目を同じように水晶槍へと放った。

 流れるように三撃目、四撃目。疾風怒濤の猛攻が加速する。

 

 全十五連撃。アダマンタイト級冒険者ガガーランが切り札とする、複数の武技を同時に発動させ放つ超級連続攻撃。その全てが一寸の狂いもなく水晶の騎士槍へ叩き込まれ、頑丈な杭を死の騎士へと深く突き刺す。

 

「――――ッッ!!」

 

 無言の気合いと共に放たれた十五撃目。会心の手応えに、彼女は確信する。

 貫いた。一撃毎に水晶の槍を喰い込ませていった連撃は、ついに槍の先端を背に貫かせアンデッドの腹に巨大な空洞を作り出したのだ。

 

 時間が止まる。強敵を前に、大技を使ったガガーランは緩慢な動きで戦鎚を構え直す。

 戦闘継続か、そんな疑問が漂い始めた頃、死の騎士はその両膝をぬかるんだ地面へと着けた。

 

「――――ぷはっ! はぁ……やったか?」

「腹にこんな大穴を空けられても動いたら、それはもうアンデッドの範疇には無いな」

 

 イビルアイの言葉に、一同から安堵の声が漏れる。

 圧倒したとはいえ、あれだけの殺気を振り撒く強敵を前に張り詰めていたのだろう。

 

 ただ見ていた、それだけであったアルシェも大きく息を吐いた。

 濃密な時間であった。アンデッドの大群がすぐそこまで迫っているため余韻に浸っている暇もないが、イビルアイが見せた戦い方、そして“蒼の薔薇”の連携は彼女の中で小波を立て、大きく波及しようとしている。

 

 彼女たちを見つめる瞳に、憧憬の光が宿っていた。

 ふと、後輩に見られていることに気付いたイビルアイは肩を竦め、歩み寄ってきた。

 

「どうだアルシェ。あれが超一りゅ—―――」

「すごい……イビルアイは凄い! とてもカッコよかった!」

「わっ!? ちょ、抱き着くな――――抱き上げるな!! オイおかしいだろ! 今は私が講釈を垂れる、そんな場面だったろ!? 降ろせぇぇええッ!!」

 

 小柄とはいえそこまで背丈も変わらないアルシェに子供のように抱き上げられ、ジタバタと足掻くイビルアイ。とても超級が付く魔法詠唱者には見えない。彼女へ向けられる仲間たちからの視線も、幼子に対しての微笑ましいものに近かった。

 

 けれど、アルシェにとっては違った。

 

 モモンのように、遥か彼方に佇むような常識外れの傑物でもなく。

 アインズ・ウール・ゴウンのように、乖離した化物でもなく。

 

 等身大で、手を伸ばせば届きそうでやっぱり届かない、そんな高みに輝く存在。背中が見えるくらいに前を歩き、未来へと導いてくれる――――そんな当たり前の英雄としてアルシェの目には映ったのだ。





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