モモン・ザ・ダーク   作:テイクアンダー

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お待たせいたしました。投稿を再開していきたいと思います

※注意
独自の設定が出てきます


役割

 状況は最悪と呼ぶほかない。

 アルシェ目がけて飛んで来る矢の数々を躱しながら、彼女は歯噛みした。

 

 まず戦力差からして隔絶している。こちらは“蒼の薔薇”の四名にアルシェを加えた五人。対して襲い来るアンデッドの大群は三〇〇〇以上の数を持ち、魔法詠唱者(マジックキャスター)にとっては天敵である骨の竜(スケリトルドラゴン)が二体。さらには厄介な魔法を使える死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)に、英雄級の強さを誇る死の騎士。もしこれが人間相手での戦力差なら、潔く白旗を挙げることも一つだったろう。

 

 だが相手は生者を憎むアンデッド。降参したところで未来はない。

 何より人類最高の強者である彼女たちが、そう易々と闘争を諦めるわけにもいかない。

 

 幸い、食らい付くだけの実力はあった。

 

 咆え猛る雄叫びを放ちながら、その辣腕が振るわれた。

 ラキュースは浮遊する剣群(フローティングソーズ)を巧みに操りアンデッドの大群を抑え込み、魔剣キリネイラムを振るって着実に数という戦力を削っていった。その背後でティアが忍術を駆使し、敵の進行を妨げながら仲間たちへの支援も行っていた。ガガーランは怒涛の猛攻を仕掛け、一刻も早く骨の竜を穿ち砕かんとした。イビルアイは特に忙しく、死の騎士、死者の魔法使い、骨の竜――厄介で強大なアンデッドを三体も相手取り、仲間たちへその毒牙が向かぬように絶妙な距離を保ちながら戦闘を継続。

 

 それぞれが自らにできることを最大限こなす。最も難しい“当たり前”を高水準で成し遂げていく。信頼の上に成り立った、合図不用の連携によりなんとか戦況は互角を保っていた。

 

 もしも、いま彼女たちが相手しているのがただ強く数が多いだけのアンデッドなら、あるいは巻き返せたのかもしれない。美しき蒼薔薇の英雄譚がまた一つ紡がれ、語り継がれることになっただろう。

 

 だが、この世界はどうにも意地が悪い。

 ローブに隠された死者の大魔法使いの口元が歪んだ。そのまま何かを呟いたのをアルシェは見た。

 

 途端に事態が急変する。アンデッド共が明らかに動きを変えたのだ。

 数にかまけて押し潰そうとするだけだった一団が一度距離を取り、いやらしくも弓や魔法を放ってきた。前衛を張っていたラキュースは自前の運動能力と魔法の加護だけですべて振り払う。しかし問題となったのは後衛。むしろ支援に徹していたティアの方を集中して狙い、彼女の動きを封殺しにかかった。

 

 当然、余力のあるラキュースが援護に下がろうとするが、その呼吸を見計らったかのように接近戦を主とするアンデッド共が攻勢に詰めた。

 

 “蒼の薔薇”の連携にほころびが出始める。

 

 その影響をモロに受けたのはガガーランだった。ティアの忍術による援護で多少の攻撃を無視して捨て身のような特攻を仕掛けていた。だがその支援が切れた瞬間、呼吸が乱れ骨の竜の前腕の攻撃をまともに受けてしまう。壁に叩きつけられる――いや、逆に壁を叩きつけられるような薙ぎ払い。

 前衛職だけあって彼女のタフネスはその程度で崩れない。膝をつくもすぐさま立ち上がり、続く追撃を華麗にいなした。そのまま深く踏み込んだ。無理をしたおかげで彼女が相手取る骨の竜は弱っている。あと少し、あと一押しで倒せるところまで追い詰めていた。

 

 ――――この一体を始末すれば戦況は好転する。

 強い確信を胸に、焦燥を隠しながらガガーランは剛撃を振るう。

 

 直撃――――その寸前、横やりが入った。

 轟々と燃え盛る火球がガガーラン目がけて放たれていた。咄嗟に転がり躱すが、地面に着弾した火の玉は火柱を上げ辺りを舐め回す。その範囲の外までなんとか抜け出し邪魔者へ野獣の如き眼光をくれてやるが、邪悪な叡智を宿したアンデッドには涼しい風と変わらないようだ。

 

 枯れた小枝のような指先が向けられ〈火球(ファイヤーボール)〉が連射された。

 たまらず走って距離を取り、追うように火の手が伸びる。ガガーランがこのまま前線から引き離されれば、連携は完全な崩壊を迎え押し潰されかねない。死の騎士を翻弄していたイビルアイがその手を止め、死者の魔法使いへ攻勢に出た。〈飛行(フライ)〉による頭上からの急襲。朽ちた肉体程度なら一撃で葬れる高火力魔法を放つが、行くてを阻むように白い壁が遮った。

 

 骨の竜――魔法を無効化するイビルアイの天敵が、自らの身体を盾にし司令官を守ったのだ。

 仮面の奥であと一歩及ばない歯痒さに顔をしかめる吸血鬼。そんな少女へ骨の竜が咆哮し、腐った翼を羽ばたかせて襲いかかった。魔法詠唱者に迎撃の手段はない。身を捻り、紙一重で天地を入れ替えるように回避。

 

 そのまま――――せめて一撃を、と。

 手の平を油断しきっているローブ姿のアンデッドへ向けた。

 

 だが、それよりも速く疾風の如き剣がイビルアイを背後から襲った。

 死の騎士、その一撃は重く鋭い。彼女がその身を魔法の防壁で守っていなければ容易く両断されていたと確信できる。

 

 吹き飛ばされる華奢な身体を追うように、竜がその咢を広げた。

 イビルアイは〈飛行〉の効果でなんとか体勢を立て直し、間一髪で噛み砕かれる未来を逃れる。

 

 危機を脱したが、その心境は驚愕に激しく揺れていた。

 アンデッドたちの動きが最低限連携と呼べる代物であったからだ。

 

 普通アンデッドは徒党を組むことはあっても連携を取ることはない。一部を除き知力が低いことが原因で、指揮を執っても上手くまとまらないか粗末な団体行動程度しか結果を出さないはずだった。しかし今目の前にいる一団は死者の大魔法使いの下で息を合わせるような動きを見せた。

 

 疲れを知らず、恐れも知らないアンデッドたちが連携を成す。つまり不死の軍団を築いたのだ。

 これがどれだけ厄介かは、劣等種たる人間ならば痛感できる。

 連携は弱者たる彼女たちの武器の一つであった。その専売特許が侵されたということは、大きなアドバンテージを失ったに等しい。

 

 練度は低いにしても、圧倒的な数の暴力と個の強さで補って余りある。

 なんと互角に留めていた“蒼の薔薇”であったが、ついに全員の顔に苦い色が走った。

 大きく崩壊はしない。けれど、ジリジリと確実に追い詰められていた。

 

 そんな中で、アルシェという少女は――――。

 

「私は……何も……」

 

 ――――何もできていない。

 

 白色の空を駆け、魔法を撃ち下ろし、有象無象の数を減らす。

 単調にそんなことを繰り返した。でも、それは無意味だ。なんの価値も見出せない行為だ。

 

「どうして……」

 

 ――――自らの非力が憎い。

 

 彼女がどれだけ敵の数を削っても、無限に湧いてきそうですらあるアンデッドの大群には焼け石に水もいいところだ。彼女が魔法を一つ放つ間に、霧の向こうより新たな影が五体現れる。骨が擦れ、腐肉が蠢く不快な音は静けさを尊重することなく、一層この空間を満たした。

 

「どうして……」

 

 弱いことは嫌でも自覚していた。足りないことは、もう受け入れていた。

 それでも、まだやりようはあるのだと教えてもらった。

 

 ――――だから、こんな自分でも何かできるんじゃないかって。

 

「モモンさん……イビルアイ……私は、どうすればいい……?」

 

 紙一重を潜り抜ける蒼き薔薇の英雄たちの闘争において、アルシェは蚊帳の外だった。

 際どくも完成された連携の中に、顔を合わせたばかりの少女が入り込む余地はない。

 ならばせめて少しでも彼女たちへ向かう矛先を減らそうとしても、圧倒的数の前には囮が一つ飛び回ったところで意味を成さない。

 

 いてもいなくても変わりはしない。戦況に影響を与えない獲物にアンデッドたちも興味が失せたのか、やがて矢も飛んでこなくなった。命令がなければ本能に付き従う地を這う虫のような有象無象だけが、宙に浮かぶ彼女の足元で蠢いていた。

 

 だらり、と杖を構えていた腕から力が抜ける。

 結局、アルシェは遠巻きに英雄たちの奮闘と苦境を眺めていることしかできない。

 

 気付けば“蒼の薔薇”は取り囲まれ、互いに背中を預けるような立ち位置になっていた。

 四方八方より飛びかかる雑兵を斬り払い、撃ち落とす。そこへ全員まとめて踏み潰さんと、骨の竜がその巨大な前足を振り上げた。

 

 迎撃としてラキュースの魔剣が閃く。

 刀身の夜空に浮かぶ星々のような輝きが膨れ上がり、一度振るえば漆黒の爆発が放たれた。

 暴風が吹き荒れる。無差別的に空間を飲み込んだ魔剣のエネルギーは、骨の竜を弾き飛ばしただけでなく周囲のアンデッドたちを多数巻き込み、霧の世界を僅かに切り拓いた。

 

 凄まじい威力だ。アダマンタイト級の冒険者の切り札に相応しいくらいに。

 だが足りない。大技一つで覆るほど、彼女たちを取り囲む状況は易しくない。

 

 ぽっかりと空いた敵の布陣は、後ろから押し出されるように次の兵が埋め立てた。

 視界の通る空間も、ものの数秒で再び霧に覆われた。

 

 むしろ、深い霧の世界が一層白く不明瞭になった気がした。

 

 もはや、自らが目蓋を開けているのかどうかもアルシェには定かではなかった。

 波一つない水面をたゆたうような意識がぼんやりと浮かび、その中にかつての記憶が映る。

 

 フォーサイト。

 彼女がかつて所属したワーカーチームであり、恩人たちと出会った“居場所”だった。穏やかな記憶の中で、三人の仲間たちは微笑をアルシェに向けている。

 

 もう二度と見ることはできないであろう光景。

 彼女が失ったモノ。

 

 その面影が、いま危機に陥っている仲間たちに重なり――――。

 

「いやだ……もう嫌……」

 

 小さく呟くと、アルシェは敵陣の中央に突っ込んだ。潜り込むと、ガムシャラに魔法を放つ。

 倒しきる必要はない、ただ吹き飛ばす。温存していた魔力の使いどころだとばかりに、腐肉と骨で出来た蠢く壁を破壊した。

 

 考え無しの行動だった。次の一手を繰り出せるわけではない。

 だから息切れした瞬間に襲いかかった一撃に、彼女の華奢な体は何も備えることはできなかった。

 

 巨大なアンデッドの腕だった。無防備な腹部を大槌で叩かれたような衝撃が走る。堪えるという選択肢さえ用意されていない。

 軽いボールのようにアルシェは吹き飛ばされた。獲物に群がろうとするアンデッドたちの上に落ち、幾度か跳ねて、ようやっと地面に転がればイビルアイたちの足元まで運ばれたようだった。

 

「おい、大丈夫か!? ラキュース回復を――――」

「だい……丈夫、だから。それよりも……」

「馬鹿言え、魔法で防御も何もしてなかっただろ! 致命傷じゃないのが奇跡だぞ」

 

 迷惑はかけられないと無理やり体を起こして両足で立った。いたるところ痛むが、まだ動くことはできそうだ。

 

「なんであんな無茶をした?」

「何もできないのはもう嫌だから……もう、目の前で大切なモノを失いたくない」

「ッ――――だったらもっとやり方を考えろ! 魔法詠唱者の役割は無謀な特攻をすることじゃないぞ! 折角目をつけられていなかったんだ、その間に逃げてモモン様を探しに行くこともできただろうが!?」

 

 言われて、ハッとする。

 どうしてそんな簡単なことを思いつかなかったのか、と。

 

「だめ……やっぱり私は、貴方みたいになれない」

「甘ったれるな。悪いが今は弱音に付き合ってやる余裕はない――――だがまあ、丁度よかったか」

「イビルアイ……?」

 

 不穏な気配を感じ、アルシェは眉根を寄せる。

 漆黒のローブに包まれた小柄な体が〈飛行〉によって浮かび上がる。

 

「覚悟を決める時だな。足止めはしてやる、全員逃げろ」

「おい待て、まだ諦めるには早いだろ」

 

 ガガーランが怪訝な声で言う。

 

「かもな。だが私の魔力も無限じゃない。悪足搔きしたおかげで魔力が不足して時間が稼げませんでした、じゃ話にならないだろ。安心しろ、私だって死ぬつもりはない。お前らを逃がすだけすれば、その後は転移で離脱するさ」

 

 余裕を湛えたような声。だが短い付き合いのアルシェにだって仮面の下に浮かぶ表情がわかった。

 イビルアイが決死で挑むことなど容易に想像がつく。自分の転移を考慮に入れた立ち回りなどするつもりはないのだろう。

 

「逃げるなら一緒に――――」

「それができるならとっくにやってる」

「だったらせめて、私も残って――――」

「お前なんか役に立つか。それに……お前の命は、一人で勝手に使い道を決めてもいいものなのか?」

 

 アルシェは視線を足元へ落とすことしかできない。

 イビルアイの言う通りだ。彼女の命は、もはや彼女一人のモノではない。

 

 未来を託してくれた仲間たちがいる。

 帰りを待っている妹たちがいる。

 返しても、返しきれない恩だってある。

 

 そんな当たり前のことを、覚悟に決めたはずのことを――――。

 

 結局は何も変わっていない。アインズ・ウール・ゴウンと出遭ったあの時から。

 ナザリック地下大墳墓という地獄で、一人逃げたあの瞬間から。

 

 それが悔しくて、情けなくて、苦しくて、辛い。

 俯き唇を噛み締める。そんな彼女の頭の上に、優しい手がのせられる。

 

「さっき教えたこと、絶対に忘れるなよ。日々の鍛錬も怠るんじゃないぞ。あの方の傍にいれば命をかけるような時も来るだろうが、それまでは大切にしろ」

「……」

「行け」

 

 イビルアイの声に三人の仲間が頷き、アンデッドの群れに猛攻を仕掛ける。

 雑兵だけならばどれだけ数がいても彼女たちの敵ではない。まるで塵の山でも吹き飛ばすように、群れの一部が瞬時に消し飛んだ。

 

 きっとこの隙が、包囲網を脱出できる最後の機会だろう。

 だがアルシェは動かない。その瞳を今から死のうとしている少女へ向けていた。

 

「おい、何やってる? 早く行け、遅れるな」

「……やっぱり、いやだ」

「いい加減にしろ。ガキのワガママには――――」

「私は貴女に死んでほしくない。モモンさんだってきっとそう思っている」

 

 彼の名前を出すとイビルアイが一瞬口ごもったが、私情をこんな時に挟むほど愚かではなかった。すぐに憤りに染まり叫ぼうとするが、それが彼女の優しさなのだとアルシェは理解する。

 

「お前は――――」

「イビルアイは言った。考えろって、だから頑張ってみる」

「はぁ?」

 

 目を瞑り、全員生き残れる方法を探す。

 今それだけの余裕があるのはアルシェしかいない。

 

 ――――考えろ、アルシェ・イーブ・リイル・フルト! 私にはそれしかない!

 

 少女は心に喝を入れる。昂ぶれ、咆え猛れと。

 不可能という壁が目の前にある。それを覆さなければならない。

 

 越えるか、ぶち破るか――――いかなる方法も届きそうにはないが、ならば考え続けるしかない。

 どんなに苦しくても、どんなに辛くとも。

 

 それが、あの英雄の隣に立つということなのだから。

 

 時間はない。必要な情報を頭の中でかき集め、条件と照合して選びまとめる。

 すると答えは案外簡単に出た。

 

「……イビルアイ。モモンさんはこの軍勢を前にしても勝つと思う?」

「当たり前だろう。こんな雑兵がいくらいたところで、彼が負けるものか」

「うん、私もそう思う」

「何を今更。彼を信じなくて他の誰を信じると言うんだ、お前は?」

「ううん、イビルアイの言う通り他にいない。だから、信じようと思う。モモンさんはとっくに幽霊船を破壊して、私たちを探そうとしている――――きっと気付いてくれる、と」

 

 言うなり、アルシェは空へと駆け上がった。白い世界を切り裂いて、上へ、上へと。

 突如抜け出すような行動をした彼女を飛行能力を持った個体が追い、無数の矢が射られる。

 

 回避行動など取りはしない。ただ真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ天へ向かう。

 

 ――――モモンさんに期待されている。

 

 イビルアイが彼がアルシェを仲間にした理由として、そうでないかと語っていた。

 そうであったらいいな、と思う。そうであってほしい、と願う。

 

 もし本当にそうなら、モモンがいま彼女に望むことは何か――――。

 

「私も守りたい」

 

 きっとそれが彼の期待に応えることだ。

 

 内より湧き出るような感情がアルシェを突き動かす。

 その想いは強く、曲がらず、止まらず――――たとえ打ちつけられた体が悲鳴を上げても、アンデッドの攻撃が掠めても、無数の矢の内一本が深々と腕を射抜いても。伝う赤い血の熱感に耐えながら、霧の世界を駆け上がった。

 

 白と色彩の世界の境界付近で、彼女の飛翔が止まる。

 振り返り見下ろせばわらわらとアンデッド共が追って来ていた。

 

 その一団の中央へ、アルシェは指先を向けた。

 〈電撃(ライトニング)〉――第三位階の攻撃魔法を用意する。その名の通り、一直線に貫く槍の如き電撃を放出する魔法である。

 

 詠唱は終わり、十分な魔力は練り上げられた。

 だがアルシェはまだ電撃を放たない。過剰なほどの魔力を練り込み留める。彼女の指先には、過剰供給によって暴走した魔力が渦巻いている。それを二度三度と繰り返し、荒ぶる魔力は奔流と化した。

 

 通常、魔法の威力を底上げするのは特殊技術(スキル)か支援魔法の分野である。

 しかし他にも威力増加を図る方法もある。

 

 それが今彼女の行っている魔力の暴走。

 必要以上の魔力を込めることでブーストするのだ。

 

 だが決して良いものではない。普通の魔法詠唱者はこの技術は使わない。魔法を教える者ならば禁忌とすら定めることもあるほどだ。込めた魔力に対して威力の上げ幅が小さく、非効率的なことが原因であった。さらに放つ前に魔力を押し留めることに失敗し暴発すれば、その破滅的な威力はそのまま術者を襲う。

 無理な行使は負担も大きく、諸刃の剣にもならない捨て身の賭けだ。

 

 そんな賭けにアルシェは残る全てをつぎ込んだ。

 魔力は底を尽いた。足りない分は命を削る。空へ浮かぶための《飛行》も効果が切れた。途切れそうになる意識と一緒に落下していく体。それでも歯を食いしばり、彼女はついに最後の一撃を放った。

 

 電撃――そう呼ぶにはその魔法は巨大過ぎた。

 いくら非効率な強化であっても、アルシェが全てを注ぎ込んだ一撃は天雲より大地を穿つ雷の如き閃光だった。

 

 正確な狙いがあったわけではない。

 空中に追って来た敵の何体かが巻き込まれ、仲間たちへ当たらなければそれでいい。

 

 そしてそれは叶い、白い世界は瞬く光に染められた。

 強烈だが、ほんの一瞬だったろう。瞼一つ開ける力の残っていないアルシェの霞んだ意識の中では確認することもできない。彼女は真っ暗な世界に落ちていく。

 

 抵抗はない。ただ願った。

 

 ――――届け、と。

 

 真っ白な世界で、彼女は漆黒を望んだ。

 彼が絶対の英雄であることに賭け、全てを救うことを願ったのだ。

 

「も、モン……さん……」

 

 小さな言葉は掻き消えた。彼女を意思を届けるには霧は分厚過ぎた。

 それでも、彼女が全てを賭した閃光は――――。

 

 

 

 不意に、風が吹いた。途端、それは暴風に変わった。

 白い世界を斬り払い、真っ二つにかち割った。

 

 正常な視界の世界が広がる。その中にいた者は一つの例外もなく動きを止め、思考する。

 ――――一体何が、と。

 

 答えを求め“蒼の薔薇”の面々は風上へと視線を向けた。

 遠い――目に映る明瞭な光景、その奥に小さな黒点が見えた。

 

 光を呑み込むような光沢を湛えた漆黒。

 この場にいる人間の誰もが望んだ、英雄を示す色。

 

 彼は片方の大剣を振り下ろした姿勢のまま、その剣圧で斬り裂いた光景を見据えた。

 そして、閃光が走るような速さで駆け出し跳躍した。その先には力なく落下している仲間の姿。

 

 気を失っているようだった。

 きっと無理をしたに違いない。

 

 そうさせてしまった己の不甲斐なさを恥じ、そしてそんな素晴らしい仲間に期待されていることを誇りに思った。

 優しく、アルシェの身体を抱きとめる。

 穏やかなその表情に、彼は語りかけた。

 

「ありがとう、おかげで間に合った――――あとは任せろ」


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