\(`д´)ゝデュエッ!
ナザリック地下大墳墓の支配者――アインズ・ウール・ゴウンは怒りに震えていた。
その対象は、目の前にいる漆黒の鎧を纏った何者かだ。
最初の報告があったのは、剣の訓練をナザリックに侵入したネズミ共で行った直後だった。
部下である階層守護者統括アルベドより、切迫した声で告げられた。
曰く、パンドラズ・アクターが何者かに襲われた、と。
彼女が何を言っているのか、アインズは数秒理解できなかった。だが自らが創造した宝物庫の領域守護者である部下が襲撃を受けた、という事実に冷たいものが背に走り、報告の続きを促した。
聞こえてくる内容は、シャルティア・ブラッドフォールンが操られ離反した時以来の緊急事態。
この世界では隔絶した戦闘力を持つはずのパンドラズ・アクターが不意を突かれ、多大なダメージを負った。その際に漆黒のモモンとして活動していた鎧を奪われたようだ。援護に入ったナーベラル・ガンマも軽度のダメージを負ったが、なんとか二人ともナザリックへ帰還した。
部下が無事、という知らせに安堵し胸を撫で下ろすが、再び怒りが再燃し始め同時に疑問が湧いた。
――――何故、モモンの鎧を?
表向きは、現在モモンは冒険者として依頼を受け墳墓内に侵入したワーカーたちの帰りを近くで待っている。
だが漆黒のモモンという英雄はナザリックが作り上げた英雄の偶像である。より正確には、アインズ自らが人間のコミュニティーから情報を得る目的で潜り込むための変装だった。相方である美姫ナーベも、正体はナザリックの戦闘メイド・プレアデスの一人ナーベラル・ガンマだ。
いくつもの偉業を打ち立て、今やモモンたちは英雄と呼ばれるアダマンタイト級冒険者にまでなった。
だが、その英雄を襲い鎧を強奪する理由がわからない。
怨み? 金目の犯行? それともモモンの名声を得たいから?
どれも非効率であり、現地の者の行動としてはしっくりこない。何より不意を突いたとしてもモモン――現在は中身であるパンドラズ・アクター――に勝てる者がいるとは思えなかった。
故に、考えられる可能性は一つ。
アインズと同じ、この世界で最も警戒すべき『プレイヤー』の存在だ。
そこにまで思考が至ったアインズはすぐさまアルベドに指示を出し、階層守護者を玉座の間に集めた。
すぐさま忠実な部下たちはアインズの前に集合したが、呼んだ中で一人だけ遅れているものがいた。
一人だけ慈悲をかけたネズミがいる。その処理を任せたシャルティアだった。アルベドは彼女にもちゃんと連絡を取り、すぐに命令を遂行して玉座へ向かう、という返答を受けたらしい。だが、それにしても遅すぎる。
異常に気付いたアルベドが再びシャルティアに連絡を取ると、衝撃の情報が飛び込んできた。
なんと漆黒のモモンの格好をした何者かがナザリック内に侵入し、それと彼女が交戦。強烈な一撃を見舞われ、その隙に慈悲を与えたワーカーの小娘を連れて逃げた、とのこと。
彼女もまた致命には至らなかったが、それなりのダメージは受けたらしい。
これまでの情報をまとめると、何者かがモモンを襲い鎧を強奪した後、ナザリック内に侵入し偽モモンとしてワーカーを救ったということだ。そして部下たちを酷く痛めつけた、と。
偽モモンの意味不明な行動にアインズは頭を真っ白にしながら、耐え難い怒りに震えた。
アンデッドの体になったことで得た鎮静化により、なんとか冷静さを取り戻すが、それでも狂おしいほどの怒りが何度もその身の内より生まれてくる。
「許さんッ! アルベド、私が直々にあの糞野郎をぶちのめしに行く! お前はナザリックの防御を固めろ!」
頭に血が上った(骨ゆえ血はないが)状態で、偽モモン以外にも同等の敵対者がいる可能性を思い浮かべられたことを褒めてもらいたいぐらいだったが、部下たちは激しく抗議した。
敵は強者――想像通り『プレイヤー』であったならアインズも返り討ちにあう可能性がある。
その通りだが、アインズとしても相応の相手でも逃げ帰る自信はあり、何よりこれ以上部下に傷ついて欲しくなかった。それでも万が一、というのが部下たちの意見だった。
話し合いは平行線を辿り、気付けば侵入者の偽モモンは信じられないほど鮮やかに墳墓の罠や足止めのためのモンスターたちを掻い潜りもうじき脱出しようとしている。
焦ったアインズは妥協案を出した。一人だけ階層守護者を連れて行く、というものだ。
二人以上はもし他にも敵対者がいた場合、アインズ不在中にナザリックを攻め落とされる可能性が高まると判断し引かなかった。部下たちもやっとそれで頷いた。
ナザリック内を監視できるモニターを見れば、偽モモンは今ちょうど墳墓から脱出したところだった。
ベースキャンプで待つ冒険者たちに合流されると面倒だ、と判断しすぐさま〈転移門〉の魔法を発動させ、一人の部下を連れて偽モモンの前へと転移した。
そして今――――。
「わからんな……」
偽モモンがくぐもった声を響かせた。
「何がだ?」
「この鎧の持ち主は人間だと思っていた。それがあのタマゴ頭の怪物に奪われた。だから私はあのような行動を取らざるを得なかった、と思っていたのだが……事態は思ったより複雑そうだ」
「貴様は一体何を言っているんだ?」
「こっちの話だ、気にしなくていい。それで、私の相手はお前一人か?」
「……いいや。気付かれているなら隠しておく意味もないか。来い、セバス」
アインズの声に従い、闇の扉よりもう一人の姿が現れる。
紳士服を着こなした白髪の老人だった。髪と同じ色の髭をたくわえ、ほりの深い顔立ちをしている。鋼の剣を思わせる出で立ちで、鋭い鷹のような目を敵対者に向けている。
「紹介しよう、ナザリック地下大墳墓の執事、セバス・チャンだ」
「ご紹介にあずかりました執事のセバスでございます」
老齢の紳士が深々と頭を下げる。だがその姿勢にあっても油断はなく、たとえ襲いかかっても切り返すように反撃を仕掛けてくるであろうことは明白だった。
「ご丁寧にどうも……なんなら私も自己紹介をした方が良いか?」
「そうだな、是非頼むよ。貴様は一体何者だ?」
「英雄――漆黒の英雄モモンだ」
それが火蓋を切る一言だった。
アインズが素早く高位の攻撃魔法を発動させる。骨の指より、黒い闇の波動が放たれた。
「ふっざけるなああああああああ!!」
激怒に彩られた声を聞きながら偽モモンはひょいと魔法を躱す。
随分と回避に余裕がある軌道だった。いやむしろ、余裕を持たせるための攻撃だ。
あまりに鈍間な魔法が緩急をつけ、拳を構えて突撃するセバスの速度は体感倍以上に感じられるだろう。
十分な溜めを経て剛腕が振り抜かれる。岩を砕き、山をも穿ちそうな拳を今度は間一髪躱す。そのまま剣を振るい反撃に転じようとするが、間合いが悪い。セバスが相手に不利な距離を保つように超近距離戦を挑んでいるのである。肌と肌がぶつかり合うような距離ならば、拳の方が優位に立ち回れる。
その優位を活かし、小さく速い連打による攻撃で偽モモンを牽制していく。
相手の動きを封じられているのを確認し、その隙にアインズは複数の魔法を自身へかけた。その数は数十にも及ぶが、すべてが自身を強化するためのもの。彼のできる最大の付与とまではいかないが、実践においても十分な効果を発揮するだけの強化が完了した。
「セバス、退け――〈
高レベルの存在にも大ダメージを与えられる漆黒の球体を投じる。
回避系の特殊技術や魔法による防御ならば対処は可能だろうが、セバスの猛攻に体勢を崩された今ならいかに戦士職といえども単純な足による回避は不可能なタイミング。さらに既知の方法によって対処してきたならば、その隙を突いてさらに手痛い魔法を叩きこんでやる準備ができている。
ダメージは確実。
――――さあ、好きな方を選べ。
アインズは油断も慢心もなく、漆黒の球体の行方を見守り―――驚愕した。
回避でも防御でもなく、偽モモンは迎え撃ったのだ。その両腕に握る大剣を振るい、球体を叩き斬って見せた。高火力を持ったはずの魔法は真っ二つになり霧散して消えた。
「なにッ! ありえん!」
戦士
だが剣で防御するでもなく、斬って無効化するようなものは存在しなかったはずだ。
装備――それも条件的には剣限定――による効果かとも思ったが、彼が今手に持つのはモモンとして装備していたグレートソードだ。この世界ならば特上の逸品だが、アインズたちからすればそれなり以下の装備。当然魔法を斬るなんてふざけた効果はない。
「何を驚く? 私という英雄はこれくらいならできる、というだけの話だ」
さらりと言ってのける偽モモンは、そのまま距離を詰めるべく突進する。
主人を守るべくセバスが割って入るが、近距離戦。拳は届かず、剣撃の嵐が一方的に襲いかかった。
防戦一方――見かねてアインズが付与魔法と攻撃魔法による援護を行った。
再び距離が離れる、そして突撃される。
そんなやり取りを数度繰り返し、アインズは一つの確信を得た。
――――強い!
パンドラズ・アクターとシャルティア。両名を相手取ったということで想定はしていた。
だが、まさかここまでとは。
未だアインズとセバスは余力を十分に残しているが、二対一の攻防で互角。
しかも相手もこちらの出方を窺うような、余力を感じさせる立ち回りをしていた。
「チッ、ここまでやるとはな……貴様、他に仲間はいるのか?」
「漆黒のモモンには、相方の美人魔法詠唱者がいるはずなんだがな……」
皮肉か、それも混じった嘘か。
見透かすような目をアインズは持ち合わせていない。故に、攻撃を再開する。
だが如何なる魔法を放とうとも、偽モモンは軽く躱し、その大剣で切り伏せてくる。
普通にやっても駄目そうだ。虚を突き、相手を上回る立ち回りをしなければ。
戦闘用の脳内ギアを入れ替え、思考を加速させた。
激しい攻防の最中、アインズはかつての記憶を呼び起こされていた。
『プレイヤー』の中には彼よりも強い者もいた。
その中でも最も鮮烈な印象を与えて来たのは『たっち・みー』という男だ。
全ての『プレイヤー』の中でも三指に入る強者で、ワールドチャンピオンという戦士系最強職業を持っていた。
彼はアインズが幾度も挑みたった一度の勝利もおさめられなかった者であり、アインズを救ってくれた恩人でもある。
そんな男の影が、どうしてか目の前の漆黒の鎧に重なる。
はためく赤マントは彼を真似たものであったが、それ以外は似ても似つかない。
鎧の色も、武器も、戦い方も……なのに。
――――どうして、どうしてアイツと戦っているとたっち・みーさんを思い出すんだ!?
かつての仲間の記憶。それはアンデッドとなったアインズの心を今も震わせるものだ。
この世界にいるはずがない――心の底ではそう諦めていることのはずなのに……。
そして、その記憶がアインズの隙を生んだ。
「――――アインズ様!」
セバスの叫び声。ハッとし、思考の渦より現実へ戻ると目前に剣を構えた漆黒が迫っていた。
気付いた時にはもう遅い――――大剣が振り下ろされる。