モモン・ザ・ダーク   作:テイクアンダー

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フォーサイトの面々は良い奴らばっかりだったな、と
そんな人たちがあっさり残酷に汚されるのがオーバーロードの魅力の一つですね(ゲス顔)


アルシェの選択

 バハルス帝国にある宿屋"歌う林檎亭"に預けられたフォーサイトの貯金は相当なものだった。

 メンバーとはいえ一番若いアルシェが預けていたお金をすべて引き出すことに、店主は訝しげな顔をしていたが断るわけにもいかず、渋々と硬貨が入った布袋を奥の金庫から引っ張り出してきた。それを受け取ると飛び出すように店を後にし彼女は走った。

 

 魔法詠唱者とはいえ、ワーカーとして彼女は実力者だ。

 危険な自然の中をその足で幾つも踏破して来た。当然、体力も並ではなく随分と長い距離を走り続けた。その足が帝都にある高級住宅街の傍で止まった。疲労に屈したわけではない、モモンの言葉が彼女の足をその場に縫い留めたのだ。

 

「二度と家族に会えない……」

 

 墳墓から撤退した帰りの荷馬車の中でモモンは残酷な現実を彼女に突き付けた。

 

「……どういう、こと?」

「そのままだ。キミはもう、家族に会ってはいけない」

「ふざけないで! いくら命の恩人でもそんなことまで指図されたくない!」

 

 モモンに対しては失礼のないようなるべく丁寧な言葉遣いを選んできた。

 しかし彼の言葉に動揺し、普段ワーカーとして使う少し険のある喋り方が出てしまう。

 

「妹がいるの、こんなちっさな妹が二人! 約束したんだ、迎えに行くって!」

「……迎えに?」

 

 モモンは彼女の身の回りに興味を持ったようだった。妹たちに「帰る」ではなく「迎えに行く」と約束したということに違和感を覚えたらしい。

 アルシェはこんなことを話してもいいのか、と思いながらも身の上話を語った。

 

 家が没落したこと。没落した後も両親は貴族のような暮らしを続け、良くない金貸しから多額の借金をつくったこと。それを返すためにワーカーとしてお金を稼いだこと。いい加減愛想が尽きて、妹たちを連れて家を出るつもりでいること。妹たちが彼女の帰りを待っていること。

 

 包み隠さず全部、家の恥など知ったことかとぶちまけた。

 近くで聞いていた冒険者たちの彼女を見る目が、いつの間にか同情的になっていた。

 

「――――だから、私は絶対に迎えに行かなくちゃならない」

「……なるほど、事情はよく分かった。キミの言う通りだ」

 

 静かに話を聞いていたモモンも、彼女の言い分を肯定した。

 ならば――と思った矢先、漆黒の籠手から指が一本立てられた。

 

「ただ、こちらの言い分も聞いてもらいたい。その後どうするかはキミに任せよう」

「聞かせて……」

 

 その頃にはアルシェの頭は冷えていた。冷静に物事を判断できるように。

 そして漆黒の英雄が口にする予想は、アルシェの心に氷柱の楔を突き刺した。

 

「キミはこれから奴らに命を狙われる可能性がある」

「ッ――――!?」

「普通のモンスター相手ならあり得ないことだが、あのアインズという化物は違う。あれは人と同じように知恵が回り、人と同じく執念深い。もし寝床を侵されたことに腹を立て侵入者を排除したのなら、脱出をしてもキミを狙い続けるかもしれない」

 

 あの化物が追い続けてくると考えると、血の気が一気に引いた。おぞましいオーラを思い出し吐き気が込み上げてくる。しかし目の前にないモノにまで、負けるわけにはいかない。

 

「でも、絶対とは――――」

「――――絶対とは限らない。しかし逆に絶対にないとも言い切れない」

「それは……だけど……」

「キミが妹二人を連れて暮らしたとする。何もなければそれでいい。だがもし、追手が差し向けられれば奴らは間違いなくキミの大切な者を巻き込むぞ」

 

 あの地獄を抜けてなお、眼前に理不尽な状況が広がっていることに絶望した。

 もしアインズ・ウール・ゴウンの手の者が追って来たら、アルシェには死しかありえない。その運命を回避するにはどこか遠くへ逃れるしかない――いや、もしかしたらそれでも足りないかもしれない。奴は転移魔法を使っていた。ならば世界中どこへ逃げても、その魔手は届く。

 

 ならば見つからないように旅でもして移動し続けるか、あるいは誰の目の届かぬ僻地でひっそりと息を殺しながら暮らすしかあるまい。生きた心地のしない生活だろうが、アルシェ一人ならなんとかやっていけるかもしれない。

 

 だが、幼い妹二人を連れてとなると不可能だ。過酷な生活に彼女たちは耐えられない。

 そうなると家に置いておくか、頼れる誰かに預けるしかない。しかしその両方ともアルシェには選ぶことのできない選択肢だった。

 

 前者は両親が心を入れ替え慎ましやかに暮らしてくれればなんとかなるかもしれない。だがそうはならないだろうと、アルシェは直感している。返済が滞ればあらゆるものが押収され一家離散、幼い二人はのの垂れ死ぬ。受け入れがたいが、それでもまだマシだ。最悪借金のかたに売られ、最悪趣味の貴族が買い弄ぶかもしれない。

 ――――そんなの、想像もしたくない。

 

 歯噛みしながら後者の可能性も考えるが、ワーカーとして身を落とした彼女にそのあてはない。

 魔術学院時代の伝手も、妹たちを託すには信用は足りない。魔法の師であったバハルス帝国最高の魔法使いフールーダ・パラダインならあるいは、と思ったが学院を去る際に彼には失望されたようだった。頼ることは叶わない。

 

「魔法の中には対象を監視するためのものもあるだろう。もしそれで、キミが妹たちと会っている時を見られれば一緒に暮らさなくても結果は同じこと。だから、会わない方が良い。大切な者を守りたいならな」

「じゃあ……じゃあ、一体どうすればいいの……?」

 

 アルシェには、もう何もわからなかった。頭の中はぐちゃぐちゃで考えなんて纏まらない。

 どうすることが最善で、何を犠牲にすれば妹たちを幸せにできるのか。

 こんな時フォーサイトの仲間たちがいれば相談できたのだろう。あれやこれやと馬鹿だったり真面目だったり色んなアイディアを出してくれたに違いない。

 

 しかし彼らはもういない。支えとなった者を失い、不安定になった彼女は、目の前の英雄に縋った。自分のすべてを委ねて楽になってしまいたいと、そんな浅はかな願望があった。

 

「言っただろう? キミに任せる」

 

 それを見透かしたように、返ってきたのは冷たく突き放すような言葉だった。

 

「も、モモンさん……」

「放っておけ、彼女が選択しなければならないことだ」

 

 見かねて冒険者も何か言おうとするが、正論で黙らされる。

 誰も声をかけることができず、アルシェはそれからずっと一人で悩み抜いた。

 

 そして、今に至る。

 ――――結局、答えはまだ出ていない。

 

 依頼の報告は冒険者やモモンが代わりに行ってくれるということで、アルシェは馬車を降りてそのまま帝都を離れる準備に駆け回った。といっても、用のある場所など少ない。精一杯頭は考えることに時間を使ったが、答えを出すには短すぎた。

 

 意思の纏まらない宙ぶらりんのまま、最大の選択に直面した。

 妹たちを連れて行くか、このまま立ち去り家に残すか。

 

 預ける先に心当たりがない以上、彼女に残されたのはこの二択だ。そして両親に任せていてもロクなことにならないのは火を見るよりも明らかだ。なのに、決められない。

 アルシェは怖かった。死が――アインズ・ウール・ゴウンという化物が。

 そしてそれ以上に、自分のせいで妹たちにおぞましい毒牙が向けられることが。

 

「どうすれば……どうすればいい……?」

 

 夕焼けが目に染みる。もうじき夜になる。

 帝国の夜空は美しいが、今はただ怖い。不意にあの骸骨が闇の奥から現れそうだから。

 

「…………やっぱりダメだ。連れて行くべきじゃない」

 

 閑散とした住宅街を前に、アルシェは一人首を横に振った。それが考えた末に出た答えだった。

 妹たちに不幸を強いるよりも運命の流れるままに過ごさせた方が、きっと彼女たちは幸せになれると、そう信じることにしたのだ。

 

 最後に約束を破ったことを謝り、顔くらい見たかったが、会わない方が良いと言われている。

 英雄の言葉に従うことにした。独り善がりな願望を振り払うべく、彼女は踵を返した。

 

 ――――これでいい。これ以外ない。

 

 自分に言い聞かせる。究極的に、妹たちと一緒に暮らしたいというのは彼女一人のワガママだ。だからそれは妹たちの幸せに比べれば、優先されるべきことではない。

 たとえ妹たちが自分の帰りを待っていても――本当は二人の都合など無視して、一人勝手に怯えているだけだとしても。

 

「これでいい……」

 

 そう呟いて、立ち去ろうとした瞬間だった。

 ジャリ、と金属が擦れ合うような音がした。持っている袋の中の硬化同士が擦れたのだろうと思った。

 

 彼女は今、お金の入った袋を四つ持っている。

 一つは自らのもの。もう一つは宿屋で引き出したフォーサイトの仲間たちの貯金。

 そしてあとの二つは、墳墓で別れる時に仲間たちが託してくれたものだった。

 

 あの時、彼女は仲間たちに逃がされた。ただ一人、幼い妹がいるからという理由で。

 そうでなければきっとあの場でアルシェも運命を共にしていたし、それを望んだだろう。

 

 なのに彼女は生き残った。それは、待っている妹たちに会うためだ。彼女たちを幸せにするためだ。

 だというのに、顔も見せず姿を消そうというのはどういう了見だ?

 これでは未来を託してくれた大切な仲間たちに顔向けができないではないか。

 

「はっ……はははは……」

 

 アルシェは嗤った。自分を嘲った。

 妹たちと一緒に暮らしたいというのがワガママなら、危険に晒すのが怖いというのもワガママだ。

 どちらにしても同じ。彼女の意思一つで、妹たちの運命は決まる。

 

 ――――なら……。

 

 アルシェは走り出した。

 どちらを選んでも一緒なら、色んな人を巻き込んで自分勝手に生きてやろうと。

 死と不幸が逃れられない運命ならば、せめて自分の手の届くところで――――精一杯足掻いてやろうと思う。

 

「ありがとう」

 

 心の中で微笑む三人にアルシェは感謝した。

 




書き溜め分をすべて吐き出しました。
次回投稿は少し時間が空くと思います
(と言いつつ調子が良ければ明日にも投稿するかもしれません)
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