モモン・ザ・ダーク   作:テイクアンダー

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 遅くなりました


2018.09.17
勢い任せに書いたため荒かった部分を加筆修正


エ・ランテルにて

 リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国。

 その三つの隣国が接する点にほど近い立地に城塞都市エ・ランテルが存在する。城塞と名の付くだけあって立派な城壁が三重に都市を囲っている。外周は軍事関係、最内部は行政関係が区画を管理している。その中間にある『街』と呼べる光景が広がる市民のエリアにはいつでも活気が溢れている。

 

 特に商店などが集中する広場には、店主の客引きの声が響き。主婦が根切の交渉に唸り声を上げ。肉汁滴る串焼きの焼ける音臭いが立ち込め。騒ぎを起こした馬鹿野郎が、衛兵に見つかって雑多な人ゴミの中へ潜り込んでいた。

 

 今日も今日とて、エ・ランテルは平常運転だった。

 

「……昨日とはまた違う騒がしさ」

 

 ぽつり、と帝国出身の少女であるアルシェが呟いた。その声も喧騒の前にすぐかき消される。

 その騒ぎっぷりに帝都で送った日々を思い出し、懐かしむ。まだ離れて数日だが、かの漆黒の英雄と行動を共にするようになってからの濃密な時間は、彼女の感覚を色々と狂わせてくれた。

 

「モモンさん、まだだろうか……」

 

 最も人が集まる中央広場。そこから細い路地に入ったところにある喫茶店で彼女は一人だった。

 連れ合いに漆黒の鎧を纏った偉丈夫も、幼い妹たち二人もいない。

 

 正直、心細さを感じていた。寂しさなど微塵もない街ではあるが、彼女にとっては関係がない。何せこのエ・ランテルは、アルシェが地獄を見たナザリック地下大墳墓に最も近い都市。アインズ・ウール・ゴウンの魔手がいつ伸びてきてもおかしくない化物の懐だ。

 

 モモンが「大丈夫だ、何かあっても私が守ろう」などと勇ましく宣言するものだから信じてついて来たが、彼が傍にいないのでは裸で大森林に投げ出されたも同じ。喫茶店の扉が開閉する時になるベルの音にすら、過敏な反応をしてしまう始末。普段、表情をあまり出さない彼女ではあるが、この時ばかりは年相応の少女のように不安げな顔を浮かべていた。

 

 ――――ああ、心細い。早く来て欲しい……。

 

 ただ一人で英雄の迎えを待つ。

 それはさながら魔王の城に囚われ、勇者を待つ姫君のような……などと夢見がちなことを考えたところで、アルシェは現実に戻って来る。

 帝国からここへ移動する馬車の中で妹たちに幾つも絵本を読み聞かせたせいだろうか。

 現実逃避する際に思考がそっち側へと寄っていく傾向にあった。

 

 なまじ物語に出てくる英雄じみた人物が傍にいるせいで、ふとした拍子に恥ずかしさに顔が赤くなる。妹たちも無邪気にそのことを指摘してきて……勘弁してもらいたい。

 

 頼んだ飲み物をちょうど飲み終えた頃、扉が開く音がした。

 ビクリ、と肩を揺らしながら視線を動かすと、落ち着いた雰囲気の店内に似合わない男が入ってきた。

 カップを磨いていた店主も、彼の入店に驚き――そして少し喜んでいるようだ。

 

 アルシェは安堵の息を吐き、表情を少し明かるくする。

 

「待たせてしまったな」

「いえ、ちょうどいい頃合いです」

 

 アダマンタイト級冒険者、漆黒のモモンが申し訳なさそうに両頬付き兜の頭を手で掻いた。

 表情の伝わらない兜を被っているが故の仕草なのだろうが、なんだか可笑しく思える。

 街の中なのだから兜くらい脱げばいいのに、と思うが――――。

 

「街中でも滅多に兜を脱がないのが、漆黒のモモンという存在らしい」

 

 ――――と、わけのわからない返答を昨日寄越されたばかりだ。

 まあ、彼がそれでいいのならアルシェがあれこれ言うのはお門違いだ。

 些細な疑問など忘れて、二人で店を後にする。

 

 なるべく人目を引く大通りを避けるが、それでもモモンの隣を歩くと目立った。

 すれ違う者はまず漆黒の鎧に尊敬の目を向け、そして次に隣を歩くアルシェの顔を見て首を傾げるのだ。

 

 それもそのはずである。エ・ランテルはモモン率いる(と言っても二人組であるが)冒険者チーム漆黒の活動拠点であり、どこよりも彼の偉業が響いている。もはやこの都市で彼のことを知らぬ者はおらず、吟遊詩人(バード)たちが歌う内容も彼のものばかり――噂に聞くと、そればかり過ぎていい加減飽きたと客に文句を言われているほどだとか。

 

 誰もが彼に英雄としての憧れを抱き、尊敬の念を湛えている。

 そして、彼の相方であった美姫ナーベにおいても同じようなものだった。だから、この地の者にはモモンの隣をナーベ以外の女性が歩く光景がよほど奇異に映るらしい。

 

「……やっぱり私じゃ釣り合いませんね」

「私が誘い、キミが頷いた。それ以上でもそれ以下でもないさ」

「それにしたって……どうして私なんですか?」

「漆黒のモモンの隣には美人の魔法詠唱者(マジックキャスター)がいるものだからな」

 

 美人、と言われて顔がまた赤くなる。

 平然と息を吐くように女をたらしこむようなことを口にするモモンは天然なのかもしれない。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、顔を隠すように下を向き、アルシェはバッグから昨日貰ったプレートを取り出しネックレスのように首からかけた。

 

 希少な金属でつくられた、アダマンタイトのプレート。これは冒険者のランクを示すものであり、この都市でアダマンタイトのプレートを持つ冒険者チームは一つしかない。

 つまりアルシェはワーカーから冒険者へと鞍替えをした。

 それも最高ランク――英雄と謳われるアダマンタイト級の冒険者へと。

 

「すまなかった。自分の行動がどれほど騒ぎを起こすのか思慮に欠けていた」

「いえ、これからモモンさんの隣を歩いて行くんですから。あれくらいなんでもない」

 

 昨日のこと、この都市は漆黒のモモンを中心にして騒然となった。

 その理由の一つが美姫ナーベの脱退と、新たな少女の加入だ。

 

 エ・ランテルの冒険者組合の長であるプルトン・アインザックを交え手続きを行ったのだが、処理を終えて組合長の部屋から出た時には何故か噂が街中に広がっており、組合の建物内は人でごった返していた。

 アルシェは不躾に取り囲まれ、ほとんど見世物状態。挙句「ナーベの方が美人」だとか「随分とちんちくりん」だとか、「モモンさんはそういう趣味もあるのか……」などと好き放題言われ、一晩経った今でも心に凹んだ跡が残っている。

 

 そんなこともあって、今日はあまり目立たないよう大通りなどにモモンが用事のある時は、近くで一人待機する羽目になったのだった。

 

「それで、挨拶回りはもう終わったんですか?」

「ああ。冒険者、魔術師の組合長に贔屓にしていた商人の方々。都市長のパナソレイ氏にも告げて来た。本当なら昨晩の内に済ませたかったのだがな……まあこれで、夕方には出発できるだろう」

「仕方ありません。()()()()()があったんですから、モモンさんがすぐにいなくなってしまったら、きっとこの都市の人々は混乱してしまう」

 

 渋々と納得するモモン。その隣でアルシェは目を伏せた。

 彼を困らせまいと隠してはいるが、エ・ランテルを発つことに思うところがあった。

 

「不安か?」

「違うと言えば、ウソになります……」

()まで此処に現れてたのは私にとっても想定外だった。しかしアインズ・ウール・ゴウンに対し、キミの妹たちを預け隠すのなら現状エ・ランテル以上に有効な条件の揃った場所はない」

 

 アルシェの実家――フルト家の抱える問題を一応は解決した後、モモンはアルシェたち三人をエ・ランテル行きの馬車に同乗させた。理由を聞けば、彼女たちがこれからどのような身の振り方をしていくべきか、提案があるというのだ。その提案を受けるにしても、拒絶するにしても三国に隣接するエ・ランテルまで移動するに越したことはない。だから連れて行くのだ、と彼は説明してくれた。

 

 恩着せがましさのない、まるで当然のことのように語る。

 この人物が英雄と呼ばれるに相応しい人格者であることを思い出し、アルシェは申し訳なさと何やら言葉にし難い感情を抱きつつ、提案を聞いた。

 

 揺れる馬車の中。

 流れゆく外の景色に目を輝かせている妹たちと、少し緊張した面持ちのアルシェ。

 三人のある意味微笑ましい様子を確認し、モモンは二本の指を上げた。

 

 一つ目は、エ・ランテルにいるモモンが信頼を置けると判断した人物に三人を匿ってもらうこと。

 二つ目は、妹二人だけを預け、アルシェはエ・ランテルからアインズたちの目を逸らすために旅に出ること。

 

 前者の提案は姉妹が三人一緒にいることができるが、万が一にもアルシェがナザリックの手の者に見つかれば妹たちも間違いなく巻き込まれてしまう。

 後者ならば離れ離れになってしまうが、妹たちとの関係を悟られないように工夫すれば二人の安全は確保できる。

 

「キミが私と関りがあると思われている以上、連中は私の動向を追うだろう。事実、そのような魔法の気配や刺客があったが――――これらはすべて斬り捨てておいたから今はいいだろう。この状況で連中に怪しまれることなく、自然な形を装いながらキミたちの安全確保ができるのがエ・ランテルだ」

 

 曰く、漆黒が活動拠点とする場所ゆえ、彼がこの都市に向かうことに疑問は持たれない。また、わざわざ敵陣に最も近い場所に宝を隠すと考える者もいないだろう。

 だがあまりぐずぐずもしていられない。いつ監視の目がまた追い付くかもわからない以上、馬車の旅が終わればすぐに行動することになる。

 

「くどいようだが、キミたちの好きにするといい」

 

 そしてまた、重要な選択肢がアルシェの前に投げられた。

 いい加減精神をすり減らすような考え事には辟易していたのだが、彼が促す通りこの問題はアルシェと二人の妹で答えを出すべきことだ。

 

 だからまず、彼女はゆっくり一晩考えることにした。珍しい環境で興奮し、寝つきの悪い二人に延々と本を読んでやる。

 どうなるの? どうなるの? と続きを促してくる声が愛おしい。

 気付けば寝静まり無邪気なな寝顔を並べる二人を眺めて、アルシェは決めた。

 

 二人をエ・ランテルで預ける。そして自分は旅に出ることを。

 そのことを妹たちに話した。当然、反対された。約束を守れ、と泣かれた。

 アルシェはまた謝罪を口にしながら彼女を抱きしめ、ゆっくりと説得するしかないと考えていたのだが。

 

「また三人で暮らせる日がきっと来る。いや、この漆黒の英雄モモンが連れてくる。だからお願いだ――キミたちのお姉さんを信じてやってほしい」

 

 英雄の言葉というのは、幼心にも深く響くらしい。

 穏やかで暖かな声に妹たちは、しばし沈黙した後頷いた。納得はしきれていないのだろうが、それがきっと一番いいことなのだと理解できたらしい。

 

「ぜったいだよ? 約束だよ?」

「ぜったい、お姉さまを守ってね……」

「もちろんだ。まかせてくれ」

 

 子供相手でも真摯な態度で挑む彼に、アルシェは何も口を挟むことはなかった。

 代わりに、彼から提案があったのだ。

 

 ――――どこかへ行く目途がないのなら一緒に組まないか、と。

 

 後はとんとん拍子に話が進んだ。妹たちの姿を誰にも見られないよう運び、冒険者組合長と会った。そこで漆黒のチームメンバー交代の手続きを行い、同時に妹たちを彼に預けたのだ。

 組合長は最初訝しげな顔をしていたが、モモンの「これは貸しと思ってくれ」という発言に飛びつくように、二人の安全に匿うことを約束してくれた。

 

「ウレイ、クーデ……いい子でね。迷惑かけちゃダメだから」

「はい、お姉さま……お元気で」

「……もう行っちゃうの?」

「うん……必ず迎えに来るから。その時は今度こそ三人で一緒に暮らそう」

 

 姉妹たちはその場でしばしの別れの挨拶を済ませた。最後にぎゅっと二人を抱きしめてアルシェは微笑んだ。名残惜しさに後ろ髪引かれながらも、その晩のうちにエ・ランテルを出るつもりだった。アインズ・ウール・ゴウンの手が伸びてくる前に移動しなければならない。

 

 だが、その予定は延期された。

 空が暗くなり、中央広場も活気の熱が下火になった頃――あの化物ともまた違う存在が降り立った。

 

 昨日、モモンを中心に都市は騒然となった。

 それはナーベとアルシェの件だけではない。

 

 ――――()は彼に用があったのだ。

 

 星々が輝く夜の帳に、炎の塊が瞬いた。

 誰もが頭上を見上げ、恐怖にわななく。

 

 炎が羽衣のようにはためき、消えた。その内より人影が現れた。

 いや、アレは人などではない。証拠に奴はその背より禍々しい翼を生やし、羽ばたかせて飛んでいるのだから。

 王国民ならその出で立ちは耳に新しいだろう――奇妙な仮面を着けた悪魔の存在は。

 

「お久しぶりですモモンさん。まさかこんなところでお会いできるとは」

「ヤルダバオト……」

 

 魔皇ヤルダバオト。王都を襲った悲劇の首謀者。

 かつて英雄モモンによって撃退された至上最悪の悪魔だった。

 


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