時折、人は別人になりたいと願う。
己の理想を体現する者になりたいと思う者が最も多く、特に二次元的な存在になりたいと思う層は厚いだろう。
SNSによるなりきり、TRPG、動画投稿者。範囲を広げれば広げるだけ二次元への入口も多く散見されるようになり、日本に住んでいれば先ず確実に誘い文句の一つや二つ遭遇する筈だ。
それは無論、俺も例外ではない。というよりはその手の界隈を深くは知らないまでも追ってはいた。
彼等彼女等の実力はピンからキリまであり、上手い者であれば本当に別の世界に生きているのではないかと錯覚させられる程だ。
自身が考えた世界観を本当に常識が如く話す様は演者として極まっているともいえ、その実力は演劇においても遺憾無く発揮させられていた。
誰かを真似る。相手がこう動くだろうと考え、周囲も同様の考えに至らせる様子は、神技と評するべきだ。
俺自身にそこまでの実力は無い。動画や生放送において見るだけの一視聴者であり、一般人の枠を超えることはなかったのである。
サブカルが好きなだけのただの人間。
それ以上の意味など持たず、故に今日も独自の世界観を広げているサイトを巡っていた。
個人的に、俺が嫌いなタイプの世界観は最強だ。
俺ツエーなど言語道断。如何なる生物も常に絶対強者で居られる筈も無いのだから、演者本人が自分は神だなどと言い出すサイトは即刻ブラウザバックしている。
逆に好きなのは、逆転劇だ。
厳しく辛い状況からの大逆転の快感は見ているだけでも心地好く、そして燃える。
特に他人が参加出来るタイプであれば、己が協力している分快感は最高潮だろう。
自分も世界の一部になれる。普通の日常が嫌いな者ほど、見知らぬ誰かとの異世界じみたワールドは大好きだと勝手に思っている。
「お、面白そうなのがあるなぁ……」
暫くサイトをさ迷い、そして漸く見つけた一つのワールド。
サイトのタイトルは--深海対策本部。
元となった作品はブラウザゲームである艦これであり、俺が以前まで遊んでいたゲームだ。
久方ぶりに嵌まりに嵌まったゲームでもあり、どうやらこのサイトの内容はストーリー要素がほぼ無かった艦これに独自のストーリーを付与したもの。
アニメのような形とも違うようで、ストーリー数は五本分あるようだ。
形式はチャット。
艦娘側か提督側、そして敵である深海側を選択出来る。
勿論なりきりなのだから艦娘や深海については難易度が些かに高いだろう。逆に提督側は艦これそのものに性格などが記載されていなかった為、口調を正すだけでもらしくなる。
勿論極めるならば相応に海軍についても調べるべきだが、所詮はゲームだ。
相手もそこまで深い知見は求めまい。
これならば参加出来るかもしれないと、マウスは流れるように提督側を選択した。
細かい部分は全て自分そのもののデータで作り上げるが、その時点で俺はおやと声をあげる。
「これ、正確には提督じゃないのか」
提督側とは書かれていたが、どうやらやる役は提督そのものではないらしい。
プレイヤーがやるのは、所謂お助けキャラだ。
提督補佐と名付けられた役職は艦これにはない要素であるも、まぁこれはオリジナルストーリーだしなと納得。
それに丸っきり同じにするつもりはないと再度宣言しているようでもあり、個人的には面白いと感じている。
補佐ということであれば、やはり書類整理や人間関係の潤滑油的行動だろうか。
どれが正解であるかはやってみなければ解らないが、だからこそ胸が踊る気持ちも沸き上がった。
そして最後まで進み、いよいよストーリー選択の時となる。
五本の内容は各々がまったく異なる形を取っていた。
簡単に言えば第一はスタンダードと言うべきか、戦力も平均的に集まり易く、敵もほどほどな正に並仕様。
第二は俺の嫌いなイージー。最初からある程度艦種が揃い、練度が高く、装備も充実している。敵も弱く、蹂躙したい人向けといった形だ。
第三は恋愛モード。戦闘はあまり重視されず、艦娘や深海達と恋を育む、戦いなど求めぬといった方にオススメするモードだ。
逆に第四はハードモード。鎮守府の資源状況も最悪に近く、練度が一桁ばかりの艦娘だけ。敵も強く、ブラック鎮守府設定でもある。
最後の第五は深海モードだが、此方は自由としか書かれていない。
「ご丁寧にサーバーで別けられてるな。趣味にしては随分凝ってる」
さてどれを選択すべきかだが、一先ず第二は無しだ。
第一も興味は無いから排除し、深海側は内容がフリーダム過ぎていまいち選べにくい。
恋愛も個人的にはあまりしたいものではない。そもそも所詮はなりきりなのだから、設定上は女の子でもプレイヤーは男ということもある。
男性同士のホモ展開は想像するだけでノーサンキューだ。まったくもって嫌でしかない。
となれば、選択肢はたった一つ。第四以外に他に無い。
厳しい活動が基本となるが、大逆転の芽があるストーリーだ。難易度が高い為に他にやっている人物は殆ど居ないが、それはまぁ構わない。
面白ければトライを重ねても良いだろう。
そんな気持ちで第四のサーバーを選択し、いよいよもって俺はその世界に突入していく。
新たなタブが開き、画面には夕焼けの空と海。
橙に染まった海は絵とは思えない程のリアルさを放ち、空を舞う鳥にも生命の息吹を感じ取らせる。
場面は進み、画面中央には一つの施設が見えた。
それが鎮守府であるのは間違いないのであろうが、しかして俺の想像した鎮守府と比べるとかなり損壊が進んでいる。
壁が粉砕された倉庫。半ば程から折れている灯台と思わしき建物。
鎮守府全体の窓ガラスも破壊されている。そして、修理をしている絵が一枚も出てこない。
当初の予定通り、そこは紛れもなくブラック鎮守府なのだろう。
どのような人物が提督として着任しているのかは定かではないが、悪い予感を容易に感じさせた。
紙芝居のように場面が変わる。今度は俺のプロフィールが載っている書類が映った。
最初からそうなるように設定していた為か写真部分に僅かな違和感があるものの、それ以外は特に違和感を覚えるような箇所は無い。
重厚な机の上に置かれた書類の束は誰でもあまりみたくないものだ。それを椅子の上に真剣な表情で座る一人の老人が見ているのだから、余計に仕事感を胸に抱かせた。
『これより君は、第四鎮守府にて提督補佐をしてもらう。御国の為に重責を背負う提督を支えてくれ』
正面の絵に変わり、白髪を生やした老人は鋭い眼差しでプレイヤーである俺に言葉を送る。
その時になって初めて文章の入力画面が出現した。どうやらこれで台詞を入力するようだ。
今後俺が今いるサーバーで人が増えれば此方の待機時間が伸びる可能性があるものの、やはり難易度を考える限りあまり増えるとは思えない。
それに役職も役職だ。提督の場合は補佐であるが、他も恐らくそのものになれる保証は少ないだろう。
……いや、艦これであれば逆に提督要素だけを削いでくる可能性もあるか。
ストーリー選択の時も考えたが、やはりホモ展開は警戒して然るべきだ。
「はっ、必ずや」
堅苦しく、真面目一辺倒。そんな印象を抱かせる言葉を選択すると、老人は静かに頷いた。
そして場面は再度変わる。右端に表示されている時刻からあの挨拶から二日程経過しているのが確認出来、場所はやはり俺が見たことがない。
しかし、書類の山々やそこに存在する人物によってそこが執務室であろうと推測は立てられた。
ブラック鎮守府と最初に説明されていた通り、秘書艦として活動する艦娘の目元には隈が出来ていてーー何故か提督の目元にも隈が出来ている。……あれ?
『もう少しすれば補佐が来る。そうなれば君も少しは楽になる。すまないな』
『大丈夫ですよ!こういう時こそ助け合いです!!』
『有り難う、吹雪』
もしかしてなんですが、ブラックってそういうブラックですか?