うざいジジイと異世界に行くという謎の苦行 作:お爺ちゃん作家
金だ! 金を稼ぐんだ! 俺たちは金の亡者だ!! 金が無ければ生きていけない!
健康でありながら働かない者はクズだ!! 更に盗みを働いた者はそれ以上のクズ!! 働かないのに盗みは働くんだぜ? ハッハ、どうだおもしろいだろう!?
……もう絶対にしません許してください本当に反省してるんでよろしくお願いいたします。
「海斗さん?」
「どうも、ミジンコこと瀬口 海斗17歳です」
「ひっ!? お爺さん助けて下さいっ!! 海斗さんが生気を失っています!!」
「全然大丈夫じゃからほーっとけ」
「そ、そうなのですか……?」
「ミジンコという生物は生命力がエグいからの。のぉーミジンコ?」
このジジイ後で覚えとけよ……
にしても爺さんは罪の意識を微塵も感じさせない様子だ。もしかしたら神様にとって俺たちの善悪など、取るに足らないものなのかもしれない。
「それよりも、本当に助けて欲しいのはお前さんの方じゃないのか、アリシアちゃんや?」
「え? えっと、それはどういう……?」
「ほれ、お前さんこの後どうするんじゃ? ろくにお金も持っておらんじゃろうて。どこかで野宿でもするつもりかの?」
「そ、そうですね。仰る通りです。当てがあるわけでもないので、私は野宿ですね」
アリシアの声色からは不安な気持ちが読み取れる。
「大丈夫、丁度俺たちも……
「そうか! なら達者でのぅ。行くぞ海斗」
なのに爺さんは言いかけた俺の手を取って、立ち止まるアリシアを置いて歩き出した。
その冷え切ったあんまりな物言いに、俺は正気を取り戻して爺さんに抗議する。
「は? おい嘘だろ爺さん、俺たちだって金持ってないんだから野宿じゃねぇのか? なんでアリシアと別れる必要があるんだよ。それに女の子一人なんて危ないしかわいそう……
「いいから黙っておれ」
「ーーっておい!」
たっく、なんなんだよこの爺さんは。
いくらなんでもアリシアが可哀想だろう。神様には良心ってもんがないのか? そりゃこっちだって金に困ってる訳だし、少人数の方が良いかもしれない。
だけどアリシアは今まで奴隷だったんだぞ。つくづく平和な世界に生まれて、奴隷になんてなった事ないから分からないけど、それはきっと辛い。いや、辛くないはずがない。
だから。
おれは爺さんの手を振り払い、アリシアへと声をかけようとした。
「アリシ……
「すみません!!」
「ーーっ!?」
後方からかかった声に少なからず驚く。
「どうか、どうか御一緒させて頂けませんか……っ!」
俺たちを呼び止めたのはアリシアの方だった。今まで遠慮がちだった彼女が、大きな声を出したのは初めての事である。
アリシアは頭を下げた。
「確かに、あなた方に私を助ける義理は御座いません。寧ろ私は偶発的にとはいえ、既にあなた方から助けられた身。お礼もせずにこんな事を頼むのは、厚かましく浅ましいことと存じます」
明度の高い金髪が太陽の光に当てられ、彼女の膝と共に地に着いた。いわゆる土下座である。
「しかしお恥ずかしながら、下民である私は一人でこれから生きていく術を持ち合わせておりません。食もとっておらず、奴隷である方が生きる望みがある程です。どうか、少しの間だけで良いので、よろしくお願いいたします。私に出来ることならなんでもします。私には、どうしても生きなければならない理由があるのです」
街を行き交う人達が動きを止め、こちらを凝視する。中にはエルフだと声を上げて指を指す者も居た。
「爺さん、もう良いだろ」
俺は女の子相手だからといって、カッコつけるような柄じゃない。今まで女の子に対して、俺は無だった。この無は無関心の『無』だ。無力の『無』ではない……ほんとだよ?
「アリシア、さっきは突き放して悪かったな。もしかしたら基本的に野営になるかもしれないけど、そのときは俺たちが守るよ」
別に高校デビューや大学デビューみたいな、転生デビューして善人をやってる気は無い。いやほんとにっ! 女の子にモテたいとかないからっ! 絶対ないからっ!
「は、はい! ありがとうございます!!」
爺さんの制止を割って、俺はアリシアを迎え入れた。下心はない……筈だ。
***
何度もお礼を言う彼女を宥めつつ、街を観察しながら俺は考えていた。
爺さんがアリシアを仲間に入れるのを躊躇った理由。それが気になる。
そもそもそれはアリシアに限った話なのか? 俺とともに異世界に来たその目的とはなんなのか?
爺さんが急に立ち止まったかと思うと、こちらを見てニヤリと笑った。……ホモ展開だったら全力で逃げるぞ。
「んじゃ、取り敢えずこの宿に泊まるとするかのぅ」
「ちょちょーいっ!」
思わずツッコミを入れた。にも関わらず、宿へ入ろうとドアに手を伸ばす爺さんの肩をがっしりと掴んだ。
「お前さんまさかホモ展開……
「ちげぇよジジイ! 頭沸いてんのかっ!?」
きっと数瞬前までの俺は頭が沸いていたに違いない……。いやでも流石にこのおじんの方がヤバいわ。
「さっきお金ないって言ってたよね? どうやって泊まるつもりなの? また法を犯すの?」
罪を積み上げていずれピサの斜塔クラスへ。そのままどんどん高くなって、質量に耐え切れなくなりいずれ地平との角度がゼロになって、俺たちの人生は崩れ去る。ピサの斜塔じゃなくてただのピザみたいになる。
終わりだ。そうなる前に早くこのジジイを止めないと……
「何を言っておる? 金はこの通り、たんまりあるんじゃ」
「は、おまえ何言っ……て!?」
俺は目を疑った。爺さんが小脇から取り出した袋の中には、おそらくこの世界のお金に相当するであろう金や銀の硬貨がかなりの量詰まっていた。
「爺さん、これどうしたんだ?」
もしかして、ようやく神様らしく役に立ってくれたのかっ!?
「聞いて驚くな? さっきの店のレジらしきところからすったんじゃ」
「…………」
とりあえず殴って没収しておく。老人に手をあげたのは生まれて初めてだ。
口をすぼめて駄々をこねるような顔をする
「すまんアリシア、何か直ぐにお金を作れる仕事みたいなの無いかな? その……あれだ、身体を動かしたいんだ」
取り敢えず一文無しであることは伏せた。というか伏せないとやばい。
まさか私の服でお金がなくなって!? とか、まさかこの服は盗んできたんですか!? とかこんな可愛い子に言われたら死ねる。
にしても身体を動かしたいって何? 意味わかんないよ俺……
まあしかし盗んだお金に手を出すのは流石に良心の呵責に苛まれる。これ以上は精神がもたん。
「身体を動かす……ですか? それに直ぐにお金を貰えるとなると……アレ、ですかね」
***
「へぇー、配達に修理に家事にモンスター討伐に……いっぱいあるんだな」
アリシアに連れて来られたのは、大勢の冒険者や依頼主が集まるギルドと呼ばれる施設だった。
沢山の木々を歪に組み合わせたテーブルとカウンターは酒場の体を成しており、掲示板には様々な内容の依頼が貼り付けてある。どうやらこのギルドという施設で冒険者は依頼を受け、それに応じた報酬を受け取るようだ。
アリシアが言っていた様に冒険職には亜人が多いのかと思っていたが、賑わった酒場にはいずれもその影は見えない。通りの雰囲気からも察したが、やはりこの街はほぼ完全に『人族の街』ということだろう。
辺りを見渡しても、ムチムチのおっさんがビールの泡に溺れた様に口をつけ、馬鹿でかい声で笑っているだけだ。女の子も居るにはいるが、いかんせん野郎共が多い気がする。やはり魔法があるといっても野蛮な雰囲気は拭えないのか。
「にしても、ここは人が多いのぉ?」
「はい。冒険者への需要と供給はかなりの物ですからね。面接いらず、失職もなく、力さえあれば誰だってなれる職業です。需要はこの掲示板を見ての通りという訳ですね」
爺さんの愚痴にアリシアが甲斐甲斐しく答える。しかし当の爺さんには聞こえていないのか、それともわざと聞こえないフリをしているのか完全にスルーしている。
……今すごいムカつく顔で左耳をほじっているので、恐らく後者の方だ。そのまま鼓膜に穴あけてまえ。
ションボリしてるアリシアが可哀想だったが、取り敢えず本題に入らせてもらう。
「アリシア、ここにも書いてあるけど、こういうのって一応冒険者登録みたいなのが必要なんだろ? 俺たちは登録してないぞ?」
「あ、その件でしたら大丈夫です! そうですね、例えばこの依頼書を見て下さい」
アリシアが指差す依頼書は、急募! ウチのマリアンヌちゃんを探して!! と書かれた白い紙切れだった。
「この様に依頼書には様々な色があり、白い紙の依頼書であれば、冒険者でない方でも受ける事が出来るのです」
「あー、そういうことか! じゃあ他の黄色とか赤色のヤツは?」
「その他の色はその依頼の難易度を示しています。黄色が冒険者なら誰もが受けることが出来、それ以降は青、赤、紫の順に難易度が上がり、冒険者として相応の階級に着かなければ受けることが出来ません」
なるほど。紫色のものはこの掲示板には貼っていないみたいだが、きっとかなりの高難易度なんだろうな。
「急募! 肩凝りが酷いので誰かワシの肩を揉んでくれんかの? 勿論女の子限定で。 報酬は3000G、どうじゃーーぐはっ!」
ジジイがふざけた事を抜かしだしたので少し肩を揉んでやった。この力なら肩甲骨なんて豆腐の様に粉砕できるだろう……マジでやってやろうか。
自分の力で一体どこまで出来るのか、それも把握しておかないといけないな。やり過ぎてヤバいことになっても困るし、逆にどれくらい通用するのかも分からない。
「なあ、そこの坊ちゃん」
「…………へ?」
「オメェだよオメェ」
後方から声を掛けられ振り向くと、テーブルを囲んだ4人組のおっさん達が、ニヤニヤと此方を見ていた。
「坊ちゃんよお、随分と良い奴隷を連れてるじゃねえーか」
「は?」
4人組の中でもボスっぽい、筋骨隆々な巨漢の男が話しかけてきた。
奴隷を持っていると聞いて一瞬意味が分からなかったが、おっさん達の視線がアリシアの方を向いていたのでなんとなく理解できた。
アリシアの方を見ると、ビクビクと震えていて、怯えているのがわかる。
背の低いポッチャリとした男が立ち上がり、アリシアへと近づいていく。
「おいおい奴隷にこんな高そうな服なんか着せちゃってよ、坊ちゃんはお人形遊びが趣味なのかい? 」
「い、いや……来ないでください」
「やめろ、それ以上アリシアに近づくな!」
俺は男をアリシアから遠ざける為に声を荒げたが、行動は起こさなかった……いや、起こせなかった。
「はっはっは! なんだ坊ちゃん、そんな怖い声上げる割には震えちまってよお!? ションベンなら向こうでしてきな!」
「ぐっ……」
情けない話だが、正直に言うと俺はビビっていた。元の世界でこんな経験はしたことないし、何より相手は大人だ。それも丸腰じゃない、肩やら腰やらにしっかりと得物をぶら下げている。
「なあ坊ちゃん、色々こいつで楽しんでんだろぉ? 俺たちゃ日頃のクエストで疲れてるんだよ、ちょっとぐらい俺らにも回してくれや、な?」
「ふざけるな! そんなこと出来るわけねぇだろっ!!」
俺がいくら声を荒げても、いくら叫んでも、おっさん達はニヤニヤと笑っていて余裕を崩さない。
「おいベポ、俺たちも遊ばせてもらおうぜ? そのエルフのお人形さんでよぉ?」
「へぃ兄者、一体何して遊びやしょう?」
「そうだなぁ、ここは坊ちゃんに習うとしようか……」
巨漢の男は海斗を見て、笑いを堪え切れないといった様子でテーブルを何度も叩いた後、男達に命じる。
「着せ替えごっこだ、剥いじまえっ!」
「あいあいさぁっ!」
ベポと呼ばれた男は立ち上がり、アリシアの近くにいた仲間の腰から短剣を抜き取る。
「そこに突っ立っている坊ちゃんの代わりに俺っち達が躾けてやるよ……
ベポがそう発した瞬間、一瞬の光とともに握っていた短剣が4本に増えていた。その短剣の内2本を仲間が受け取り、下卑た笑みを浮かべながらアリシアに近づいていく。
「そんな、貴方のような外道が固有魔法を持っているなんて……」
「はっは、聞いて驚け! 俺っちのリプリケーションは完全複製の固有魔法。魔力が尽きるまでの制限が付いちゃいるが、物体ならなんだってコピー出来るんだぜ?」
固有魔法ってなんだよ、初心者殺しの用語出してんじゃねえよ……
俺は助けを求めるように爺さんを見たが、当の爺さんはこの状況でもどこ吹く風だ。
「おい爺さん、なんとかしてアリシアを連れて逃げるぞ」
「ほっほ、安心せい。あの2人相手ならまだアリシアちゃんの方が強いわい」
「いや爺さん何言ってーー
「いい加減にして下さい! ヴァイ・フローラッ!!」
アリシアは右腕をベポ達に向けて伸ばし、魔法を唱える。すると彼女の腕を肩から渦のように風が纏わりつき、そのまま伸びた右手から放たれた。
風は豪快な音をあげ、空の食器を巻き込みながら大の大人2人を軽々しく壁に叩きつける。その音をキッカケに、周囲の視線が集まった。
当の叩きつけられた男達はというと、完全に気を失ってしまっている。
「はうっ! 焦ってしまってつい、やり過ぎてしまいました……」
「こいつっ! 奴隷の契約を結んでやがらねぇのかっ!?」
ボスらしき男が信じられないと言った顔をした後、俺を睨み付ける。いや、俺もビックリしてるから……
「お、お前らこそこれだけの数の冒険者達を前にして、これ以上悪い事が出来んのかよ!」
「うわぁコメントがいちいち小者過ぎてワロタって感じじゃぞ、いや寧ろ引いたわい」
「確かにね!? でもこう言うしかないでしょ? 一々触れないでっ!?」
にしても、これでやっとこいつらから逃げられる。この人数、そしてこの世界にも法律みたいなものがあるのなら、流石にこの観衆の中で悪さは出来ないだろう。
と、思っていた頃が私にもありました。
「確かに彼、グラスオは全くもって品が無く、まるで脳味噌まで筋肉で出来ているかのような、典型的なチンピラだろうね」
「…………?」
観衆の中を、1人の男が悠然と歩いて来る。金色に輝く豪華な鎧を着こなす、騎士というよりは寧ろ貴族に近い20代ぐらいの男だ。濃い金髪に蒼い瞳、左目に泣き黒子を湛えた端正な顔の持ち主である。
「ルーベルてめぇ、ぶち殺されてねぇのか。あぁっ!?」
どうやらグラスオというのが俺たちに絡んできたおっさん達のボスで、ルーベルというのがこのキザ野郎の事らしい。
グラスオの怒気を孕んだ物腰にも、ルーベルは全く動じない。
「僕を殺す? 君は衣服や金品を剥ぎ取られ市中引き回しにされた挙句、この街どころか国に居られなくなっても良いのかな?」
「………………ーーチッ、クソがっ! だから金持ちってのは気に食わねぇんだ」
ルーベルとグラスオの体格差は明らか。にも関わらず、どうやらグラスオはルーベルに歯向かえないようだ。
というより、何か誰も逆らえない理由があるような……
「おい、ありゃ国家騎士、それもこのルベル街長の甥、ルーベル=エドランドじゃねぇか」
不意に聞こえたその言葉で納得した。国家とかあるんですねやっぱり。んでキザ野郎はこの街の長の甥と。そんな奴もここに来てたりするんだな。
「そう、この脳筋のやった事は卑劣極まりない。少年、君はこの街の者ではないね? どうかこの者の非礼を僕の顔に免じて許して欲しい」
で、出たぁ! 顔に免じる奴ー。お前それで許してくれるのは最初から許す気あるやつもしくは月とスッポン並みの権力差のある時だけだからな? そして私はあなたの事なんてなーんも知りませーん、残念でしたぁ!?
「あ、はい。大丈夫ですんで、僕らはこの辺で……」
なんて言えるはずもなく、小心者な俺は許すしかないのだ。特に今、俺はミジンコなのだ。
「ーーが、しかしだ」
「はい?」
ルーベルは帯刀したレイピアの様なものを引き抜き、海斗へと向けた。
「彼以上に醜悪で凶悪なエルフを魔法が使える状態で野に、このルベル街に解き放ったままにしておくなんて、流石に感化できないな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! アリシアは別に奴隷って訳じゃないんだ。この娘は自由なんだよ!」
「なら、尚更だ。このエルフを始末する」
始末? はっ? 何言ってんだよこいつ!
ルーベルはレイピアの剣先を海斗からゆっくりとアリシアへ向ける。
「か、海斗さん……」
「なんでだよ! アリシアが何したっていうんだ! 人権ってものはねぇのかよっ!!」
「人族以外の種など、人だとは認めないよ。彼らはただの不良品だ」
ルーベルのその言葉に呼応するかの様に、レイピアはその刀身に雷を帯び始めた。やがてそれは膨大に膨れ上がり、漏れた雷が床を、天井を無尽に抉り始めた。
「全ての人型は勿論人を根幹とし、人になりきれなかったポンコツ供がその醜い姿で種を分かち、より人を愉しませる為の
「使える道具は人族の繁栄の為に使う。使えなければ捨てる。そして、我ら人族の生活を脅かす害虫、不良品は駆除し破棄するっ!」
「思い出せ! 猛り狂った獣人の腕を、悪魔の様なヴァンパイアの瞳を、家畜同然のケンタウロスの四肢をっ!!」
「そして見てみろ! その醜く穢らわしいエルフの耳を……っ!!」
ルーベルの動きにつられて、俺はアリシアを見た。いや、俺だけじゃない。その場にいる誰もが彼女の姿を見ただろう。
「…………ぁ」
彼女は泣いていた。
眼を赤くして、本当に悲しそうに。
何も悪いことなんてしていないのに。どうして私達は虐げられるのか。どうして私は殺されなければならないのか。そんな感情が伝わってきて、胸が痛くなった。
その時俺は思ったんだ。
なんだ、エルフって普通の女の子じゃないか。って。
「死ね! 劣等種ーー
「違うのぉ」
「ーーッ!?!?!?」
ルーベルの攻撃が止まった。
なんと彼のレイピアとアリシアの間に、爺さんが割って入ったのだ。
「おい爺さんっ! 何やってるんだ!!」
「お爺さんっ!?」
「…………何かな? 御老公」
攻撃の手は止めたものの、ルーベルは未だにレイピアを向けたままだ。殺気のようなものがこっちまでビリビリと伝わってくる。
しかし爺さんは動じなかった。
「違うと言っておるんじゃ」
「だから何が違うんだい? 僕達から見ればこいつら亜人種は低俗で下賤で愚鈍で脆弱な……
「怖いんじゃろう?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
ルーベルが、周囲の人間達が、アリシアまでもが固まった。今この場にいる50は下らない屈強な冒険者達の誰もが、1人の老人から目が離せないでいる。
「御託を並べて回りくどい。要はお前さんらはそんな亜人種達が怖くて怖くて仕方がないんじゃろ?」
「な、何をいっているのかなこのボケ老人は? 誰かこの者の縁者は……
「まあ聞きなされや」
「…………っ!?」
爺さんの放つ異様なプレッシャーに、思わずルーベルが一歩後ずさった。
「エルフは人より魔力が高く、獣人は人より身体能力が優れ、ヴァンパイアは人が得られぬ永遠の美を持ち、ケンタウロスは人より知を、魚人は人の活動範囲を超えた。だが当の人間様はどうじゃ? 他の種族より優れた点は、その膨大な数と“臆病さ”のみじゃ」
「自分達より優れているから淘汰し、自分達が敵わないから認めず、自分達が惨めに思いたく無いが為に傷つけ、殺そうとする」
「いや、実に人間らしいわい。……のう、
「…………っ!」
こいつがーー。
この爺さんが神であるという、その片鱗が見えた気がした。
まるで住む世界が違うのだと、見ている景色が違うのだと、言葉の重みが違うのだと。
そして何より“期待外れ”だと、その瞳は言っている気がした。
「黙れっ!!」
沈黙を破ったのは、ルーベルの震えるような叫びだった。
「黙れ黙れ黙れ黙れえええぇぇぇっ!! 元々そんな種なんて存在しなければ良かったんじゃないか! 人間だけの世界で良かったんだ!」
ルーベルの瞳には狂気が宿っていた。
大柄なグラスオでさえも、その異常なまでの執念と執着にはついていけないと言わんばかりに後ずさる。
「そうだ。そうだよ、お前らみたいな出来損ないは産まれてこなければ良かったんだ。この虫ケラどもがぁっ!!」
「まったく、何を持って出来損ないだというのか、全然わからんのぉ」
すごい。爺さんとルーベルの一騎打ちだ。どっちも引こうとしない。いつもは頼りないのに、こういう所は流石神様だ。頑張れ爺さんっ!
「僕は、僕はねぇ、こんな醜い者共が視界に入る度に、どうしようもなく殺したくなるんだよ? 分かるダロォォォ?」
「うん、分かった。ヤっちゃって良いぞ」
「これ以上僕の邪魔をするならーーってはああああぁぁぁぁっっっ!?!?!?」
じ、じじいいいぃぃぃっ!!
爺さんはやはりクズだった。
爺さんはまるで舞台から退場するお笑い芸人のようにすぅーと此方へ帰ってきた。そして沈黙もやってきた。この場にいる者は爺さんとルーベル以外全員目を点にしている。
爺さんはいつもと変わらない様子だったが、ルーベルは完全にキレていた。
「こ、この僕を愚弄するとはこの老いぼれが! 良いだろう、そこのエルフを無残になぶり殺しにした後は貴様だっ!! 覚えておけ!」
結局爺さんは言いたかった事だけ吐き捨てて終わったみたいな感じになった。というか実際アリシアを助けようという気は最初から無かったんじゃないだろうか。そんな疑いさえある。
俺が爺さんにジト目を向けると、爺さんはやれやれといったウザいジェスチャーを残した後、俺に耳打ちした。
「良いか? さっきも言ったがエルフは人族に比べて魔力が膨大じゃ。だから同じ魔法を使っても威力に差が出る」
「………?」
「つまり、何が言いたいかと言うとじゃな」
「お主が唱えるのはヴァイの魔法ではない。アイじゃ。頭に付けて、アリシアちゃんのを真似してみぃ」
「な、なんかよく分からんが、了解した!」
アリシアの真似? アリシアの真似ってのはさっき彼女が使っていた魔法は確か、“ヴァイ”・フローラだったから、“ヴァイ”の代わりに“アイ”ってことは……
「あ、あぁ……私は、私にはまだやらなければならないことがあるのです。どうか、どうかお見逃し下さい」
「ハッ! この期に及んで命乞いとは愚かなエルフよ! 先ずはその忌まわしい耳から我が
「ア、アイ・フローラ……?」
ボソリと、俺は試しにそう呟いた。