実力至上主義の教室と矮小な怪物   作:盈虚

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中間試験

 中間試験3日前となった。悩んだが、今後のこともあるため、井の頭に試験問題を送っておいた。メールには昨年の問題だが例年まったく同じパターンだからほとんど一緒であることと、外村含めて誰にも言わないように口止めしておいた。井の頭なら相手ならこれで十分理解してくれるだろう。

 井の頭からの返信は感謝の言葉と、誰にも言わない事、あと、基本的に赤石君から貰った情報は誰にも言わないよとも書かれていた。……ごめん。確かに口止めは余計だったかも。どうやら自分は根本的な部分で人間不信でもあるようだ。

 

 ちなみにこの学校では後輩に過去問を渡したり、特別試験の内容を告げたりするのは禁止事項とされているらしい。つまり過去問を持っている生徒は自分と井の頭だけになる。そのため、井の頭にはあまり目立つのも良くないので8割くらい取れたらあとは適当に回答するのもいいかもしれないとも送っておいた。

 

 それと、赤石勉強会は無事解散となった。佐倉の一件で分かったが、井の頭と外村はもはや赤点組ではなく、勉強得意組だと言える。これ以上やる意味合いは薄いと思い昨日解散とした。

 一応、今までに間違えた問題の復習を中心にやると良いとは伝えておいた。佐倉に関しても、前回以降から毎日のように来ていたが、昨日でお別れとなった。いやー佐倉ともう会えないなんて悲しいなー。という冗談はさておき、佐倉も無事高得点組になれるだろう。

 といっても、元々佐倉は出来が良かったので、ほとんど教えることはなかったが……外村に負けた事が悔しかったのだろうか?勉強会にはかなり熱心に参加してくれた。

 

 

 平田・櫛田勉強会も順調のようで、赤点はなさそうという事であった。

 問題は堀北勉強会である。かなり堀北が熱意を持って教えているようだが、順調とは言い難いらしい。これは4名の退学も覚悟した方がよさそうだ。さらば、綾小路・池・山内・須藤。お前達のことは忘れないよ!

 

 

 

 さて、勉強会も終わったし、試験の問題も覚えた。中間試験に関してもはや俺がやることはないだろう。

 そして、Dクラス以外も今は中間試験の勉強をしていることは、クラスのカメラと通信傍受から確認済みだ。よって前々から考えていた計画を行うとしよう。

 

 

 

***

 

 

 

 堀北勉強会に所属する 4人に心の中で別れを告げた2日後。つまり試験前日の放課後。大変なことが発生した。

 

 なんと櫛田が中間試験の過去問を手に入れたそうだ。いや、お前どうやって手に入れた?

 俺は驚くのを抑えるに必死であった。ちなみに井の頭はまったく動じていなかった。友よ、流石じゃ。

 しかも、櫛田は全員分刷ってきたらしく、1人1人に配っていた。これはすごい。なんか、俺の器の小ささが露見してしまったが……まあ、過去問を配るなんて俺にはできない。これは仕方ない。というより櫛田は本当にすごいな。先輩から入手したコミュ力もすごいが、皆の為によくここまで頑張れるな……案外、本当に良い人なのかもしれない。

 櫛田から過去問を受け取り、深く感謝を伝えて寮に戻る。昨日の疲れがまだ残っているようだ。ささっと寝て明日に備えよう……

 

 そういえば、帰るとき、退学候補の3人は本当にうれしそうであった。なお、綾小路はいつも通り無表情だった。

 

 

 

***

 

 

 

 

 そうして、ついに中間試験当日。普通に勉強してあった上、テストの内容も知っているので特に問題がなかった。強いて言えば、今回は調整をどうしようかという点である。

 

 前回は小テストの際、公開されるとは思っていなかったため調整に失敗してしまった。とは言っても、今回は皆過去問を持っている以上、満点でもそんなに可笑しくはない……むしろ、満点を取って赤点ラインを上げるべきかもしれない。赤点組を退学させるチャンスだ。まあ、みんな過去問をやったので、あまり意味はないかもしれないが……

 あ、いや、過去問を持ってるのはこのクラスだけだから、変にテストの点が高いと他クラスから目立つか?まあ、おそらく平均点が高くなるであろうこのクラスで低すぎても目立つが……とりあえず、全科目85点くらいだろうか……?いや、さすがに皆もうちょっと高いか?90点くらいにするか?

 ……赤石勉強会の面々よりできないと平田あたりに怪しまれるかもしれないしな。井の頭には8割指示をしておいたし、外村がたぶん9割、俺も9割なら問題ないだろう。よし9割で行こう。

 が、英語の試験前の休み時間に問題が発生した。なんと綾小路がこっちに来たのだ。待て、来るな。

 

「赤石。少しいいか?」

 

 よくない。

 

「えっと、なんでしょう?綾小路君。英語は苦手なのでギリギリまで粘りたいのですが……」

 

 といいつつ、問題集を見せつけ、アピールする。英語は苦手に嘘はない。まあ、試験問題と模範解答は暗記済みだが……

 そう思っていると、綾小路は口を俺の耳元に近づけてきた。なんじゃ?

 

「次の英語の試験、出来るだけ低い点を取ってくれ。お前ならできるだろう」

 

 は?いや、なんで?

 

「すみません。その、言ってる意味がよくわかりません……」

 

「須藤が英語だけ過去問をやっていない。このままだと退学になる。おそらくクラスの平均点の半分が赤点のラインだ。お前は高得点組だから、点数を落とせば須藤を救える」

 

 なんでコイツは赤点ラインについて知ってるんだ?それは結構秘密情報だぞ……いや、変に考えると態度に出そうだ……ここは少し不審な人を見た感じで行こう。

 

「ええっと、そのよくわかりませんが……目的があるのでしたら頑張ってみます。ただ、俺も英語は苦手なので、あまり落としにくいです。それでもいいですか?」

 

 英語は80点でいっかな?もし周りから不審がられたら、綾小路が悪いんです!って言おう。

 

「ああ、それでいい。頼むぞ」

 

 そういうと綾小路は去っていった。丁度、綾小路が席に着くとチャイムが鳴った。なんか、後ろの方でまた堀北とイチャイチャしていたが、気にしないことにした。

 

 

 

***

 

 

 

 

 中間試験が終わった。その日の放課後に井の頭に電話で確認したところ、指示通りにどの科目も8割をとったようだ。どうも自分はかなり信頼してもらっているらしい。嬉しい。

 

 

 

 中間試験終了の数日後には採点が終わり、結果発表となった。この数日ずっと龍園のカリスマ演説を聞いていたが……いや、それはいい、それよりも重要な事がある。

 

 須藤が退学になった。

 悲しい事だが仕方ないことでもある。点数公開の際、須藤の点が1点足りなかったのだ。ちなみに俺は82点だった。俺は悪くねぇ。綾小路がこっちを鋭く睨んだ気がするが、気にしないことにした……もしかして、綾小路、怒ってる?いや、ちゃんと82点に落としたじゃん。俺は悪くねぇ。

 でも赤点組が1人落ちたようで良かったかもしれない。これはこれでありだ。まあ、出来れば運動能力が高い須藤より様々な面で問題がある池・山内の方が良かったが……

 

 

 須藤の退学が決定すると平田が演説を始めた。みんなで頑張って須藤君を助けようといった感じだ。俺はいつもならその演説を見ながら、さすが平田君って思う所なのだが……綾小路に睨まれていたことから、つい彼の方を目で追ってしまった。

 どうやら、彼は廊下の方へ走っていった。なんだ?トイレか?と思っていると堀北が後を綾小路を追って教室から出て行った。なんだ?デートか?

 綾小路の前後の行動から須藤のために何かするんだろうか?いや、退学の取り消しには2000万プライベートポイントと300クラスポイントが必要である。このクラスにはどちらもない。故に不可能だ。

 

 そんなことを考えていると、茶柱先生と綾小路と堀北が戻ってきた。須藤は退学ではないらしい。なんか採点にミスがあったようで、須藤の点数は1点上がり赤点のボーダーを乗り越えた。いや、なんで?

 

 茶柱先生が去ると、綾小路は堀北が茶柱先生の間違いを理路整然と正したと須藤をはじめとするクラスメートに伝えた。いや、意味わからん。なんで須藤は退学にならなかったんだ?もしかして、本当に採点ミスか?

 というより、綾小路の話が本当なら、なんかちょっとおかしい。いや、論理が破綻している訳ではないのだが、堀北が茶柱先生を正したならば、綾小路は何をしたのだろうか?彼の方が先に茶柱先生と会っているはずだ……彼が茶柱先生の説得に失敗し、後から来た堀北が論破したとかだろうか?

 …………これは、調べる必要がある気がする。ただの採点ミスなら問題は無いかもしれないが、そうでないなら大問題だ。何か俺が知らない重大なルールがあるのかもしれない……

 

 

 退学の条件は一通り調べたのだが、何か抜けていたのか?いや、抜けていたことも問題だが、もし抜けていたとしたら、綾小路か堀北のどちらかはそれに気づいたという事だ。これは少なくともハッキング能力を使っている時の俺よりも優秀ということになる。もちろんハッキング能力が無ければ俺は堀北より下だ。

 しかしハッキング能力ありで情報戦で負けることはないと思う。例えるなら、ただ走る人と目隠しして走る人では前者が勝つのが当たり前だ。それなのになぜ……?いや、俺の考え過ぎで、ただの採点ミスという可能性もあるが……

 

 

 

 

 そんな感じで、今日は早く寮に戻りたかったが、平田が邪魔してきた。

 

「赤石君。言うのが遅れてしまったけど、勉強会お疲れ様。それで、今日、誰一人欠けることなく中間試験を乗り越えられた記念に皆で打ち上げに行こうっていう話になってるんだけど。赤石君もどうかな?」

 

 行きたくない。でも、あんなに退学者は出さないという建前を言ってしまった以上は断れない。あと、平田にはカラオケの一件で借りがある。行きたくない。が、そこでさらに櫛田が来た。やめろ、今は忙しいんだ。

 

「赤石君も行こうよ!みーちゃんや心ちゃんも来てほしいって言ってたよ」

 

 友よ。裏切ったな。……いや、まあ、井の頭は櫛田が行く以上断れないのだから仕方ないし、その上、名目上俺は井の頭と外村の指導役だった。来てほしいと言うのはおかしなことではない……仕方ない、行くか。

 

「えっと、そうですね。では俺も参加させてもらってもいいでしょうか?」

 

「ああ!もちろんだよ」

 

 平田はかなり嬉しそうに見えた。最近の平田の通信傍受から見ても、どうやらある程度は信用されいるようだ。俺も平田に信用されて嬉しい。

 

 

 

 

 

 打ち上げ会場はちょっとした飲食店だった。貸切のようで他に人はいなかった。参加費は1人2000ポイントだが、平田と櫛田に頼むと立て替えてくれるらしい。何名か立て替えて貰っていた。ちなみに俺はちゃんと払った。これで、残りのプライベートポイントは6万を切ってしまった事が悲しい点であった。

 まあ、米を始め食費のほとんどを無料製品で賄えている以上、あまり文句は言えないが。

 

 参加メンバーを見た所、平田・櫛田・赤石勉強会のメンバーはほとんど参加しているようだった。外村はどちらかというと赤点3人衆や綾小路と仲がいい印象であったがこちらの打ち上げに来たようだ。

 ちなみに赤点3人衆や綾小路は堀北が主催する打ち上げに行くらしい。あとなぜか開催場所は綾小路の部屋という話だ。なお、櫛田はそちらにも顔を出したいので、途中でこちらの打ち上げからは抜けると言っていた。……櫛田はまだ堀北と友達になることを諦めていないのだろうか?

 

 そんな感じに適当に物思いに耽っていると、櫛田がこっちに来た。噂をすれば影というやつだ。手には飲み物を持っている2つ分……?持ってきてくれたの?

 

「赤石君。勉強会お疲れ様!はい、これどうぞ。どう、楽しんでるかな?」

 

 櫛田は何時もの人が好さそうな笑顔で話しかけてきた。……打ち上げパーティーは何か所にテーブルと食べ物が置いてある感じだ。俺は今まで1人で食ってた。周りには女子が数人いたが、櫛田を視線に収めると場所を動いた。なんか怖いぞ。が、とりあえず感謝を伝えることにした。

 

「これはどうも。ありがとうございます櫛田さん」

 

 そう言って、櫛田から飲み物を受け取った。うむ。わし好みの炭酸飲料じゃ。苦しゅうないぞ。

 ……もし俺が嫌いな飲み物だったらどうする気だったんだ?炭酸が嫌いな人だって多いだろうに。それに櫛田の方の飲み物は烏龍茶だ。俺は何も言わなかったが炭酸を渡された。これで櫛田も炭酸なら違和感はないが……もしかして俺の趣味を知っていたのだろうか?誰にも教えていなかったと思ったが……いや、もしかしたら、俺は櫛田の方を見た時、咄嗟に好みの炭酸を見てしまった。櫛田がその視線を読んだのだろうか。

 うーん。わからん。聞くか?…………墓穴を掘りそうだから止めておこう。

 

「今日、赤石君が来てくれて良かったよ。ほら、前、目立つのが苦手って言ってたから、来てくれないかもって思ってて。心配してたんだ」

 

 そういえば、櫛田のことは最近避けてたな……なんというか不安定な感じがしたのと、面倒事を頼まれそうだから避けていたが……うーん。これは怒っているのだろうか?櫛田は平田以上に読みにくいから、あまり心理戦とかしたくないのだが……

 

「ええ、その、心配をお掛けしてしまいすみません。あと、前は櫛田さんの頼みを断ってしまいすみません。今考えると、櫛田さんのお話を受けておくべきだったかもしれません。須藤君があんなにギリギリとは思わなくて……」

 

「ううん。全然いいよ。というより、むしろ、私があんな事頼んじゃってごめんね。赤石君も忙しかったのに……赤石君は頼りになるから、つい頼っちゃって……迷惑かな?」

 

 うん。

 

「ええっと、迷惑というわけではないのですが……あの時は、その、なんと言いますか、堀北さんってちょっと苦手で。須藤君の時の対応を見るときっと良い人だとは思うんですが、少し怖くて……」

 

 というわけで、話を有耶無耶にすることにした。堀北について複雑な感情を抱いている櫛田なら、この話題に乗ってくるだろう。

 

「あー、うん、なるほど。赤石君の気持ちもちょっとわかるかな。ただ堀北さんはとっても真面目で凄い人だから……赤石君も分かってくれてるみたいだけど、悪い人じゃないんだよね。うん!私もはやく堀北さんと友達にならないと!」

 

 そう言って、櫛田は自身の頬をパチンと叩いた。よーし。計画通り。あとはこのまま堀北と綾小路の悪口で盛り上がるぞー!

 

「……櫛田さんですら苦戦するとは堀北さんはやっぱり凄いですね……綾小路君はどうやって堀北さんと仲良くなったんでしょうか……?」

 

 俺の質問を皮切りに櫛田とちょっとしたトークをした。櫛田の話をききつつ、途中で適度に櫛田をヨイショする簡単なお仕事だ。心なしか、話をしている時の櫛田の表情が何時もより明るく見えた。

 

 

 

 

 櫛田との小トークの後、櫛田はクラスの男子に誘われて別のテーブルへと流れて行った。人気者はなかなか大変そうだ。俺も一人の時を満喫しようと思ったら今度は平田がやってきた。

 しかもお供を大量に引き連れている。軽井沢と篠原、あとは松下と森と佐藤と市橋と盛りだくさんだ。このテーブルはそんなに人が入らないので帰って。

 

「やあ、赤石君。調子はどうかな?」

 

 今は不調。さっきまで普通だった。だから帰って。あと隣の軽井沢がちょっと機嫌悪そうだぞ。平田、早く彼女の機嫌をとりなよ。やくめでしょ。

 

「ええ、好調ですよ。平田君はどうですか?」

 

 というよりお前は彼女と2人きりにならないの?いつも女子をたくさん連れてるけど軽井沢は嫉妬とかしないのか……?

 

「うん、僕も好調だよ」

 

 平田はそれだけ言うと無言になった。おい、やめろ。何で喋らない。この狭い空間に男子2人と女子6人もいるんだぞ。しかも俺が会話できる相手はほとんどいない。話をしたことあるのは……市橋と篠原と、あと森と話をしたことがあったかな?

 ……本当に平田は何をしに来たんだ?俺に嫌がらせをしに来たのか?なんか嫌われることしたっけ?いや、盗聴してるけど、それはバレてないし…………わからん。

 

 平田に対する疑心を深めていると、唐突に軽井沢が声をかけてきた。何じゃ?

 

「赤石君って櫛田さんと仲いいの?」

 

 興味無さそうな投げやりな質問であった。というより、初めて声をかけられた気がする。……何でそんな質問するんだ?

 

「どうでしょう……?そこそこだと思ってはいるのですが、櫛田さんがどう思っているか分からないので……普通ですかね?」

 

 別に仲が良いわけではない。悪いわけでもないが。というより、井の頭以外とはだいたいそんな感じだ。

 

「ふーん。そうなんだ。ねえ、平田君あっちのテーブル行こうよ」

 

 それだけ言うと、軽井沢は平田の方に声をかけた。よく分かんないけど好都合だ。いいぞ!平田達を連れていけ!

 

「あ、うん、そうだね。それじゃ、赤石君。また」

 

 平田も彼女の誘いは重要なのか、軽井沢に導かれるように別のテーブルへと向かった。ぞろぞろと平田と軽井沢のお供が移動していった。市橋が去り際にこちらに手を振ってきたので、軽く頭を下げておいた。彼女とは初回の勉強会以外ではあまり話をしなかったが、一応この集団の中ではまだ面識がある方だ。

 こうして平田御一行が去っていった。本当に何しに来たんだよ…………

 

 おい、篠原、残ってんじゃねーよ。早くお供しにいけよ。

 

 篠原は俺の方を見ると、何かを言いかけたが、途中で止めて、軽井沢達を追いかけて行った。俺の念力が通じたか……とりあえず平和になった。と、思ったら、今度はこちらを伺っていた、王が近づいてきた。帰って。どう……ん?よく見ると井の頭も一緒だ。来たか友よ。

 

「赤石君。あのさ、……英語何点だった?……私は100点だったよ」

 

 王が開幕いきなり喧嘩を売ってきた。っていうか、その嬉しそうなドヤ顔止めろ。一応言っておくけど、俺も本当は100点取れたから。いや、実際は調整して90点かもしれないけど、解答知ってたから100点取れたから……綾小路の勧めに従っただけだから。

 だから、その顔止めろ。お前のツーテール引きちぎるぞ。……俺じゃなくて佐倉が。

 

「82点でした」

 

 質問にはとりあえず答える。俺の答えを聞いた王はあろうことか、満面の笑みを浮かべ、クススと笑い始めた。

 おい、おい、おい、なにわろてんねん。椎名呼ぶぞ。椎名呼んでお前をCクラスの女子どもの中にぶち込むぞ。ついでに一之瀬あたりも呼んでくるぞ。

 

 俺の心の叫びが聞こえたのか、隣にいた井の頭が「美雨ちゃん」と呼びながら王の肩を叩いた。ちなみに井の頭は俺と2人っきりの時は王さんと呼びます。まあ、俺に対しては何時も赤石君なので別に王に対してマウントを取れるわけではないが……

 

 王はなんとか笑いを堪えた後、再び口を開いた。

 

「へー。そ、そうなんだ。……赤石君、英語は苦手なんだね」

 

 確認しなくていいから。あと、本当は100点取れたから。その笑いを堪えたドヤ顔は止めろ。

 王は俺の回答を待つことなく、少し顔を赤らめながら、さらに怒りを誘う提案をしてきた。

 

「赤石君。私が英語を教えて上げようか?」

 

 やだ。というより、何でコイツこんなに強気なの?クラスの中では井の頭と同じで大人しい方じゃん。数学の件をまだ根に持ってるの?

 というよりコイツは、俺を怒らせることに興奮して顔を赤くしてるのか……?まさか新たなマウント少女が現れるとは……

 

 あ、隣にいる井の頭が笑いをこらえてるように見える。彼女的にはだいぶ面白かったようだ。よかったな王、お前の友達は喜んでるぞ。俺は怒ってるけどな。

 

「いえ、ご迷惑はかけられませんから」

 

 まあ、適当に答える。次ふざけた事言ったらその口を縫い合わすぞ!と、だけ心の中で念じておく。

 こちらの応答を聞くと、王は一瞬だけ鳩が豆鉄砲を食ったよう顔になった後、しかめっ面をし、じっとこっちを睨んできた。最近女子の間で俺の事を睨むの流行ってるの?

 

「…………なら、もういい」

 

 そう言って去っていった。井の頭は王と俺を二回ほど交互に見たあと、俺に軽く会釈して去っていった。俺も軽く会釈する。お疲れ様です。

 

 

 

――王はどうも、俺に対してライバル心のようなものを抱いているらしい。井の頭が言うには、王が定期的に俺の話をして、かつ次のテストでは頑張って勝つと意気込んでいたようだ。ちなみに井の頭は曰く最初の1回目は面白かったけど、何度も同じ話になるから退屈らしい。中々厳しい評価である。

 

 

 

 今回はマウント取りにいったら肩透かしを食らって怒ったのだろう……大丈夫だ。俺も王のドヤ顔見たら怒ったから、これでお相子だ。

 

 

 

 

 その後は外村に改めて御礼を言われたり、再びこちらに来た櫛田に王の話を振られたり、平田集団から離れてフリーになった市橋に次にやるべき問題集を聞かれたりした。1人手持無沙汰になるかと思っていた打ち上げパーティーであったが、俺の交友網も思ったほど狭いというわけではないようだ。

 

 パーティーの後半になったあたりで櫛田が抜け、櫛田目当ての男子が抜けて行ったので、それに紛れて抜けることにした。

 ちなみに井の頭と王も同じタイミングで抜けた。友よ、やはり気が合うな。いや、まあ、櫛田がいない以上付き合う必要が無いというだけだろうが……

 

 

 

***

 

 

 寮に戻るとハッキングを行い、退学を取り消す条件を再確認する。やはり、クラスポイント300とプライベートポイント2000万が必要だ。

 次は採点について探す。採点の不正を頼むことが可能かどうかを調べると……興味深いルールを見つけた。点数を買うことができるというルールだ。確かに茶柱先生が何度もポイントで買えないものが無いと言っていたが……普通点数を買うか?綾小路にしろ堀北にしろ、よく思いついたな……その上10万ポイントだ。

 ポイントの履歴を調べたところ2人で5万ずつ払ったみたいだが、それでも5万も今のDクラスで払うとは…………須藤はそれほどの人材なのだろうか?あの2人……いや、綾小路には俺とは違うものが見えているのだろう。

 

 

――茶柱先生と綾小路・堀北の交渉はバッチリとカメラに写っていた。音声を調整し聞き取ったところ、綾小路が強い意志を持ち交渉を行い、用意できるポイントが8万程度であり、10万は出せないという所で堀北が来て2人で10万払ったという事が判明した。堀北のやったことはポイントを出しただけだ。いや、まあ、それでもケチりもせずにポイントを払うあたりは、とても立派で真似できないが……

 

 

 須藤が退学判定をされた後、すぐ茶柱先生のところに行ったことといい、交渉方法や、ポイントで点数を買うという発想力、そして、全てが終わった後に功績を堀北に渡すという手腕。恐ろしく手の込んだ偽装、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね!

 

 まあ、冗談はさておき、綾小路はどういうわけか実力を隠したいようだ。と、すると水泳の授業も本当はもっと速いのかな?いや、それに学力ももっと上かもしれないな……目立ちたくないのだろうか?それとも俺と同じように隠れて2000万集める気だろうか?

 

 どちらにしろ優秀な上、爪を隠したがる性質は関わると危険そうだな……あまり関わらないようにしよう。幸いにして、むこうはこちらの能力についてはあまり把握していないだろう。先にこちらが気づいたのは運が良かった。

 ……これからは綾小路の前では不自然にならない程度に手でも抜くか?いや、まあ、俺はハッキング無しだと、どの能力も学年の平均程度だから関係ないか……

 

 

 せっかくなので、一度綾小路の動きを探ってみよう。前回、堀北勉強会を盗聴した際に櫛田相手に使用したプログラムを起動させる。対象を綾小路に絞り、学園内の全てのカメラから綾小路の行動範囲の絞り込みを行う。

 正直、このプログラムはかなり動作が重い。まあ、画像認証を学園内のカメラデータ全てに対して使用し、さらにはカメラ外の経路予想を最適化するプログラムまで書き込んでいるのだ……重いのは仕方ないのだが、俺のパソコンが火を噴きそうだ……マズい。流石に入学から今までの範囲は処理が大変だ。櫛田に対して使った時も結構ギリギリだったのだが……

 うーん。このシステムはかなり有効なんだが、PCスペックがボトルネックになるとは……これでもだいぶパソコンを改造したのに。いっそのこと学校内のシステム上で走らせるか?いや、さすがに、それは危険か?俺のハッキング技術を全てかければ認知されなくても出来そうだが……

 

 そこまで考えた所で、ようやく綾小路の行動履歴が表示された。学校への通学が基本となっており、たまに赤点三人衆と行動を共にしているようだ。しかし、コイツは櫛田の時も思ったが、カメラ外での行動が多い。やはりカメラを警戒しているのだろう。ん?あれ、なんか、ちょっと行動がおかしい日があるような……

 

 ああ、これだ。綾小路のルーチンからはみ出してる。経路探索も混乱している所のようだ。うーん。この行動を見ると、綾小路は路地裏に入って、そして少ししたら路地裏から出てきてる。ここに何かあるのだろうか?

 綾小路を観測した監視カメラを開き確認する。夜の時間帯だ。うん?あれ、堀北と一緒だ。デートか?あれ、しかも心なしか堀北の表情が……カメラを拡大させ堀北をよく観測する。汗ばんでいるというか、疲れたような顔だ。路地裏……綾小路、お前まさか。堀北と路地裏で行為に及んだのか……!?

 

 気になり、あ、いや、違う。これは純粋な仮想危険人物に対する警戒からであり、決してやましい気持ちではない。断じてない。

 ぐぬぬ、肝心の路地裏にはカメラの目がない……仕方ないのでカメラをしばらく戻し、2人が行為に及んだとされる路地裏の他の出入り口を観測するカメラも使い。前後3時間を隅々まで見た。せ、じゃなくて行為がどれくらい長いか分からなかったため3時間という長い時間を観測範囲とした。

 

 しかし、それによりさらに驚くべき新事実が発覚した。堀北生徒会長が路地裏に入っているのだ。彼の路地裏から出た時刻から考えると、どう考えても2人に会っていると思われる。って、あれ?堀北と堀北生徒会長?苗字が同じだ。

 ふと気になりデータベースにアクセスする。うん兄妹のようだ。と、いうことは綾小路は兄公認の前で堀北と行為に及んだのか……?

 

 いや、さすがにそれはないと信じたい。俺がハッキングで頑張りたい学校の生徒会長がそんなはずがない。きっと何かの相談……そうか!綾小路は堀北兄に堀北と付き合う許可を貰ったんだ!うん。なんかイメージと合う。それで堀北が緊張して汗をかいていたのだろう。うんうん。堀北兄は威圧感もあるし、さすがの堀北妹も緊張したのだろう。

 そういうことにしよう。性に乱れたクラスメイトとか嫌だ。綾小路や堀北とはあまり関わらないつもりだが。なんか嫌だ。まあ、高校生ぐらいだともしかしたら、そういったのが普通なのかも知れないが……俺には分からない世界だ。

 

 心の中で綾小路と堀北兄妹の会合を非常に綺麗なエピソードに昇華することとした。きっと堀北兄が「妹は渡さない!」とか言って綾小路に殴り掛かり、そして謎技術を持つ綾小路がそれに対抗し、一本とる。厳格そうな堀北兄が「なかなかやるな」とか言って妹とのお付き合いを認める形だ。うん。これでいいや。

 でも、きっと本当は路地裏で、いや、カメラの無い空間での出来事など想像でしかない。

 だから想像の中ではあの3人を綺麗なエピソードに塗り替えておこう。うん。綾小路と堀北兄が拳で語り合った。それでいいじゃないか。

 

 

 綾小路が2つの意味で関わりたくない人物だと判明したが、やはり有能な人物であるし、彼も盗聴対象に入れておいた方がいいな。……でも堀北とのデートのプランとか話されると嫌だな。

 

…………あれ?そういえば平田って軽井沢とデートの約束とかしてなくないか?あー、いや、でも登下校が一緒だからいいのか?いや、平田はよく考えるとかなり忙しいし、デートする暇がないだけか。それに平田って結構プラトニックなイメージがあるし、綾小路と違ってそう乱れてはいないだろう。

 

 

 しっかし、これでまた盗聴対象が増えたな……平田の次は葛城・一之瀬と思っていたが、櫛田に綾小路とDクラスには曲者が多い。プログラムを刷新したいが……いっそのこと新しいPCでも買うか?あー、いや、そうすると今度は回線がボトルネックになりそうだな……それにポイントはケチりたいし。困ったものだ。

 

 

 

***

 

 

 

こうして、今日も日課になっている龍園のカリスマ演説を聞いて眠りに落ちた。はぁ、もうちょっと集音器の調整をちゃんとやるんだったな…………

 




これにて1巻相当の部分は終了となります。
ここまで読んで頂きありがとうございます。

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