実力至上主義の教室と矮小な怪物   作:盈虚

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綾小路清隆の独白1-2

 5月1日、茶柱先生の説明によりこの学校のシステムの真相が発覚した。

 クラス中が阿鼻叫喚となる中、赤石は1人だけ反応を見せなかった。後ろから観察すると、オレの席からだと左瞼は見えない。が、あそこまで反応に乏しいという事は、今回の出来事に関して赤石は事前にある程度予期していたと見ていいだろう。

 

 小テストの結果は赤石は6位だった。単純な学力では平田より上かと思っていたが、手を抜いたか?手を抜くにしても6位というのは微妙な順位だ。トップ5位を避けて、かつ上位にいる事を意識したといった所か。あまり目立たず、カーストでの地位を捨てることもない。そう解釈すれば中々の妙手である。

 しかし、器用な男だ。オレは問題の配点からの逆算で50点を目指したが、赤石は上位陣の点数を予想して自身の点数を決めたようだ。平田や王、松下といった交友関係が近いクラスメイトの点数ならば予期できるだろうか、交流が無さそうな90点組3人の点数にもあたりをつけたか……赤石の方が他人の観察は一枚上手か?

 

 

 ともあれ、騒然としたDクラスであったが、平田が統率を取り、昼休みまでには一時的にDクラスは落ち着きを取り戻したようだった。

 

 

 そして、昼休み中、ポイントが尽きた山内が赤石に無心した。しかも、運悪く、教室の外には赤石の彼女と思われる女子生徒が来ていた。

 赤石は少し慌てて、教室から出ていき、女子生徒もその後を追っていった。オレはとりあえず、赤石を追おうとしていた山内を引き留めて、池たちと合流したあと、トイレと偽り、食堂へと足を運んだ。

 

 

 赤石を探すが、見当たらなかった。どうやら、今日は食堂ではないようだ。

 この学校のシステムから考えると、他クラスを追い落とすしかAクラスに行くことはできない。故に、他クラスの女子生徒と交際している赤石はどう判断を下すのか見たかったが……いや、赤石が今回の出来事を予期していたことを考えると、他クラスとの女子の繋がりも何かの布石と考えた方がいいかもしれない。

 

 昼飯を食いながら、今後の事を考える。オレの友人たちである池や山内、須藤は小テストが散々な結果であった。おそらく、このままいけば3人は退学になるだろう。また、Dクラスは茶柱先生の言うように全体的に成績が悪く、何の対策も取らなければ退学者が多数現れることになる。

 クラス全体の舵取りは平田と櫛田の2人に任せられている。あの2人ならばなんらかの処置は行うだろうが……はたしてその手は池たちまで回るだろうか?隣人である堀北はAクラスに拘っていたようだが……それに最大の不確定要素である赤石の出方も気になる。

 

 

 

 ある程度思案を重ねた後、なんとなく中庭に通じる廊下を通りDクラスに向かう。一応赤石を探してみたら、いた。件の女子生徒と一緒だ。

 中庭にいるという根拠は全く無かったが、思わぬ収穫である。

 

 遮蔽物を使い身を隠し様子を伺う。今日は5月にしては比較的、気温も高く建造物の影に座り込んでいる生徒がいたとしてもあまり不自然ではない。残念ながら遮蔽物と影の関係からあまり近くで観察することができず、声を聞き取ることは叶わなかったが2人の仕草からでも何かを得られるだろう。

 

 見た所、赤石は女子生徒と仲が良く、前回と同様に両手を握り合っていた。2人の愛情表現だろうか?少し独特だ。

 しばらくすると、赤石と女子生徒は昼飯を食べ始めた。2人とも器用に食べるタイミングを外していて、赤石がパンを食べるとき、女子生徒の方は何かを赤石に話しかけ、逆に女子生徒が弁当を食べている時、赤石が何かを女子生徒に話しかけていた。

 なるほど、ああすることで、2人で最大限話す時間と食べる時間を確保するわけか。どうやら恋人というのは食べるタイミングまで意識するようだ。

 

 そう思っていると、2人の近づく影が見えた。2人がいる中庭は、比較的人が少ないが、カメラの監視領域内だ。しかし、近づく影は器用にカメラの監視範囲を避けながらも2人に接近していく。

 見ない顔だ。Dクラスではない。男の背は平均より少し高いがオレや赤石よりかは少し低く見える。体重は重心の移動が独特なため分かりにくいが、平均に近いかと思われる。体捌きや足運びが鋭い。喧嘩慣れしているといったところだ。 

 男は会話に集中している赤石たちの間に割って入ったようだ。赤石の表情は分かりにくいが、男の視線を考えると、女子生徒に何か話しかけたようだ。女子生徒の方も乱入した男と知り合いなのか柔和な表情で対応していたが……

 

――危ない

 

 咄嗟に身を屈め、遮蔽物に隠れる。件の男があたりを見回している。どうやら、かなり視線に敏感な男のようだ。他にも監視カメラの位置をしきりに確認していた。先ほどの動きといい、かなり監視カメラを意識しているようだ。

 あの男は赤石の才覚を知っているのだろうか?もし、そうだと仮定した場合は赤石の有力な手駒という可能性もあるが……いや、それはないか。あの男は今にも赤石を殴りそうだ。なんとかカメラの前だから抑えているといったところだ。

 

――なるほど、赤石はカメラの前での行動が多いと思ったが、こういう状況に備えていたからか……

 

 しかし、緊迫した状況も長くは続かなかった。女子生徒が男の前で露骨に赤石の手を握り出したのだ。男の方は度肝を抜いたようで、静々と引き下がっていった。中々度胸のある女子だな。

 男が去ると……不味いな、男がこっちに来た。気づかれたか……?

 携帯端末を開き、足をだらしなく伸ばし、ポケットからイヤホンを取り出し、耳にはめる。

 一通り工作を済ませ、携帯端末を適当に操作する。念のため、すぐ動けるように右手は自然に力を抜いておいた。

 

 男がオレの近くを通る。僅かにこちらを見たが、気づいたような素振りはなかった。こちらから来たのはどうやら偶々…………いや、運が良い、男の行き先が分かった。

 どうやら男はCクラスの生徒のようだ。視線の元に来たのではなく、単純にCクラスへの最短ルートを辿ったからであろう。……ということは、ここでもう少し張り込めば女子生徒がCクラスかどうかも分かりそうだが……いや、あまり留まりすぎて赤石に気づかれるのは避けたい。このあたりでオレも撤収しよう。

 

 最後に赤石を確認しようと身を乗り出すが、赤石は既に居なかった。代わりに女子生徒が1人でベンチで前のめりに倒れていた。どういう事だ?しばらく観察すると、女子生徒がむくりと立ち上がり、こちらに向かってきた。どうやらCクラスのようだ。先ほどと同じような工作を行い女子生徒をやり過ごすが、そこで女子生徒が小声で何かを呟いているのが聞こえた。

 

「……やっと……で……」

 

 よく聞こえなかったが、嬉しそうな表情に見えた。赤石か、もしくは先ほどのCクラスの男か。どちらにしろ少女にとって喜ばしいことがあったのだろう。

 

 

 

***

 

 

 

 5月15日の昼休み、堀北が非常に不可思議な提案をしてきた。なんでも学食で奢ってくれるらしい。怪しい。ここは1つ、最近交流の無かった赤石を巻き込むとしよう。堀北に許可を取るのは難しそうなため、赤石の方をじっと睨んだ。オレの念力が通じたのか、赤石はこちらを振り向き、いつもよりも鋭い視線を浴びせてきた。ふむ、やはり堀北の行動を赤石も怪しんでいるようだ。試しに手招きしてみる。

 

「何をやっているのかしら、綾小路君」

 

 そう言いながら、堀北がオレの脇腹を掴んだ。やはり暴力行為に出たか……だが、赤石はこちらの状態に気づいたのか、近づいてきた。やはりいい奴だ。堀北の暴挙を止めてくれるようだ。

 しかし、無情にも、その歩みは途中で止まった。隣で堀北が赤石を威嚇していた。なるほど、2人の相性はあまり良くないようだ。オレは堀北など気にしないようにと、さらに赤石を手招きするが、机を2つ分離した距離から近づくことは無かった。

 

「えっと、その、何か俺に用ですか?綾小路君」

 

 左瞼は動いていなかった。やはり赤石の方から近づいている場合は心の準備があるためか、瞼は揺れない。

 

「おお、そうだ、赤石。良ければ一緒に学食に行かないか?堀北も一緒だぞ」

 

 赤石はCクラスに彼女もいる上、カースト上位であるため、この説得方法に効果があるかは疑問であったが……しかし堀北も容姿は良い。――左瞼が動いた。何かを思案しているようだ。

 

「いえ。その、お二人の邪魔はできませんよ」

 

 お二人の邪魔?どういう意味だ。やはり赤石の思考方向は若干謎だ。学食という言葉に反応したように見えたが……もしや今日は赤石のデートの日だったか?もしそうなら少し悪い事をしたな……

 

「……?いや、邪魔とは思わないが。むしろお前が来てくれると――」

 

「悪いけど、赤石君はお呼びではないわ。私は綾小路君だけを呼んだのよ。そこを勘違いしないでもらえるかしら」

 

 堀北が邪魔してきた。これから堀北が行うであろう行為についてはいくつか、推測できるが……どれであったとしても赤石は力になりそうだが、堀北は理解していないようだ。もちろん、能力を秘匿気味である赤石が悪いというのもある。不気味なまでに癖が無い赤石から能力を読み取るのは難しい……オレとて赤石が油断していた初日出会わなければ難しかっただろう。

 

「いや、別に赤石1人ぐらい良いだろう。むしろ俺のためを思うなら赤石を連れて行ってくれ」

 

 正直、堀北の説得は難しそうだが、妥協点を探してみることにする。

 

「赤石君を連れて行くメリットが無いわ。いえ、それ以上にデメリットがあるわ。彼は廉価版平田君みたいなものよ。平田君が使い物にならない以上、廉価版の彼に出番は無いわ。それに、一体どうして彼を連れて行くのが綾小路君のためになるのかしら」

 

――廉価版平田、やはり堀北には見えていない、か。

 

「廉価版には廉価版の長所がある、という冗談はさておき、赤石と平田は違う人間だからその例えは止めた方がいいじゃないか。あと、赤石を連れて行くのはこれから、お前が起こす恐ろしい行為からオレを守ってもらうためだ」

 

 どうも、オレと堀北が話している間に赤石は思案を終えたのか、左瞼を震わすことは止めたようだ。どうやら、赤石の中で結論が出たようだ。

 

「恐ろしい行為?いったい何のことかしら。私はただ、ポイント不足で生活にも苦しんでいる哀れな綾小路君に食べ物を恵んであげようとしただけよ」

 

「いや、お前が無償の行為をするのが怖い。裏がありそうだ」

 

「可哀そうに。人の善意も素直に受け取れなくなってしまったのね。綾小路君は」

 

 このあたりで終わりだろう。ふと赤石を見ると、再び左瞼を痙攣させていた。何か琴線に触れたようだ……?直前の会話を考えると善意か無償あたりか?

 

「えっと、俺は一応弁当を持ってきているので……すみません。失礼しますね」

 

 オレが赤石の思惑にあたりをつけていると、唐突に赤石はこの場を離れようとした。その行動は予想外だった。故に、

 

 ――反射的に赤石の腕を掴んでしまった。

 

 なぜこんなことをしたのか自分でも少し驚く。どうにも堀北と赤石の2人が揃うと、オレは自分の行動を制御できなくなるらしい。面白い発見だ。

 

「あの、綾小路君。離してもらっていいですか?」

 

 どうやら、赤石にはこの技を解く技術は無いようだ。もちろん解けない振りという可能性もあるが。

 

「ああ、すまん。ちょっと、手が出た」

 

 手を放して気づく。筋肉の構成を見ておくべきだった、と。今度似たような機会があれば試してみよう。

 

「ええ、では」

 

 そう言って赤石は去っていった。

 

 

 

 

「綾小路君。今の動きは何かしら?随分、素早かったわね」

 

 赤石が去った後、堀北が面倒な事を聞いてきた。咄嗟であったためか少し調整を間違えた。

 

「いや、中学の時、陸上をやっていてな……」

 

 適当に誤魔化しておいた。

 

 

 その後、堀北の罠にまんまとひっかかり、池や山内、須藤を集める手伝いをすることになった。勿論読めなかったわけではないのだが……教室に戻った後、赤石をちらりと見る。水泳の時のような呆れ顔だ。どうやら彼には堀北の方針が読めていたようだ。

 

――赤石、こうなると分かっていたのなら教えて欲しかったんだがな。

 

 

 

***

 

 

 堀北の要請により赤点組を集めたのだが、勉強会は頓挫した。須藤達の勉強を受ける姿勢にも問題はあったが、堀北の教え方も3人のプライドを悪い意味で刺激してしまった点も問題だった。どうやら、堀北は気合が空回りしているようだ。茶柱に挑発された事が主要因だが、他にも理由がありそうだ。おそらく、プライドの高い堀北は平田と櫛田が予想以上の速さでクラスを纏め勉強会を開催したことで焦っているのだろう。

 

 

 今後の事も考えると赤点組の退学は避けたい。故に、櫛田を使い、堀北の勉強会の再建を図った。なんとか堀北を説得し、櫛田が勉強会に関与しないという条件で赤点組を再び集める事に成功した。

 しかし、再建の前日に櫛田から連絡があり、放課後、校舎裏で落ち合うことになった。どうやら、櫛田には何か考えがあるようだ。

 

「綾小路君、来てくれてありがとう。それで、明日のことなんだけど……図書館じゃなくて、別館で勉強会をやらないかな?」

 

 今日の櫛田は少し悩んでいるように見える。

 

「別館か……何か理由があるのか?」

 

「綾小路君は平田君が主催してる勉強会の事は知ってる?」

 

「ああ、知ってる。確か先週くらいにやってたな」

 

「うん、それで、その平田君が主催している勉強会で私と赤石君が教師役なんだけど、ちょうど明日、赤石君のチームが別館で勉強会をするみたいなの」

 

 赤石が勉強会を開いていたというのは初耳だ。言っては悪いが意外だ。あの男はそんな面倒な事をしそうには見えなかったが……いや、カースト上位を維持している以上面倒事の方が多いか。あの男は本当に色々と謎だ。しかし、合流させる気か。堀北が納得するとは思えないが……

 

「なるほど、つまり赤石の勉強会を合流させるのか」

 

「そう思ってるんだけど、綾小路君はどう思う?」

 

 どう思う、か。堀北の心情を意識するならば合流させるべきではないだろう。が、オレ個人としては赤石がどう勉強を教えるのかは気になる。

 

「そうだな……オレはあまり赤石の事を知らないんだが、勉強ができるのか?」

 

「赤石君は小テストはクラスでは6番目だったよ。堀北さんほど突出してないけど……でもその方が逆に須藤君たちにはいいかもしれないよ」

 

 どうやら、上手く躱されたようだ。

 

「確かに、その方がいいかもな。ただ堀北は納得すると思うか?」

 

「ちょっと難しいかも……でも堀北さんもきっとわかってくれると思うんだ……」

 

「そうか、ならいいんだが……ちなみにどうやって赤石達と合流するんだ?」

 

「実はそれも少し問題で……最近、赤石君の端末に上手く繋がらなくて、明日、直接合流するしかなさそうかな……一応、今日の夜にもう一度連絡を入れてみるけど、駄目だったら、明日は私が直接言おうと思ってるよ」

 

 やはり、櫛田は赤石の番号を持っていたか……

 

「それは止めた方がいいんじゃないか。堀北との約束を破ることになるぞ」

 

 堀北は櫛田が参加しない事を条件としていた。それなのに櫛田が来たら本末転倒だ。

 

「うん……確かにそうなんだけど…………でも、池君たちを見捨てられないよ」

 

 どうやら、堀北との約束は櫛田にとっては重要ではないらしい。

 

「そうか、ならいいんじゃないか。オレも頑張って堀北を説得してみよう」

 

「ありがとう、綾小路君」

 

 

***

 

 

 そして、勉強会当日。堀北を別館に誘導することに成功した。しかし、別館で偶然を装い待ち構えていた櫛田に堀北が激怒した。やはり、そう簡単にはいかなかった。流石に不自然過ぎた。どう堀北を宥めようかと考えていると、別館の入り口の窓から不自然な影が見えた。目を凝らし観察すると、赤石がこちらを伺っていた。この距離では左瞼の動きは分からない。しかし、赤石はオレを視認すると素早く顔を引っ込めた。少しの間、窓を凝視するが、影も無くなっており、気配も薄い。移動したか?

 櫛田の近くまで向かい、堀北に聞こえないように小さな声で伝えた。

 

「櫛田、さっき、入り口の近くに赤石がいたぞ」

 

「え、本当?……ごめん、綾小路君。ここを任せていいかな?」

 

「ああ、行ってこい」

 

 櫛田が去ると、堀北が咎めるように口先をこちらに向けた。

 

「綾小路君、さっきからどういう事かしら?それに今、櫛田さんに何を伝えたの?」

 

「実は、櫛田に頼まれてな。せっかくだから、赤石に手伝ってもらおうかと思ったんだが、どうだ?」

 

「赤石君……?……意図が読めないわ。何故急に赤石君の名前が出てくるのかしら?」

 

「赤石は櫛田と同じで平田の勉強会で教師役をしていたらしい。そこで、教えを乞おうと思ってな」

 

「赤石君は小テストでは6位よ。櫛田さんより下だわ。……とても教えを乞う相手とは思えないわね」

 

 堀北には受け入れがたい提案のようだ。

 

「小テストの点数で実力の全てが測れるとは思わないがな……」

 

「さすが、小テスト50点の綾小路君は言う事が違うわね」

 

 おっと、茶柱先生に言われた事を根に持っているようだ。先生も余計な事をする。

 

「まあ、オレは赤石を呼びに行く。最終的な合流の可否はお前が決めればいい、じゃあ、3人を頼んだぞ」

 

 堀北との会話を一度打ち切り、別館の入り口を抜けて櫛田と赤石を追う。入り口を抜ける際にチラリと後ろを覗き見ると、堀北は3人に対して向き合っていた。熱意はあるようだ。堀北のプライドの高さは悪い面でもあるが、根の真面目さがある分、こういった状況では良く働くところもある。

 

 別館を出て、廊下を進んでいくと、櫛田と赤石達を捉えた。しかし間に合わなかったようで、丁度櫛田が赤石達に背を向けこちらに歩き出していた。やはり赤石とは間が合わない。

 

「あー、櫛田。その感じだと上手くいかなかった感じか?」

 

「うん、ごめんね綾小路君。せっかく教えて貰ったのに……綾小路君の方はどうだった?堀北さんやっぱり怒ってた……?」

 

 櫛田は上目遣いでこちらを見る。魅力的だが、屋上の一件を思うと複雑だ。

 

「いや、櫛田は悪くないと思うぞ。赤石はノリが悪いからな。あと堀北は、まあ、怒ってはいたが……あいつはいつも機嫌悪いから気にするだけ損だと思うぞ」

 

 櫛田に返事をしつつ、赤石を観察する。特に何かをする素振りは無い。やはり左瞼以外の癖が極端に少ない。と、思っていると、赤石はオレと櫛田に軽く頭を下げた。確信は無いが……不自然にならないように間合いを詰め、赤石の腕を掴む。

 やはり、赤石はここから去るつもりだったようだ。今回はある程度予期できたが……周囲に悟られないように筋肉の構成を調べる。やはり、見た目通りの筋肉だ。高くも低くもない平均に近いか?となると水泳はあれで全力だろう。また、この格闘技術を振りほどく能力も無いと見ていいだろう。

 赤石の身体技能について考察を進めつつ、声をかける。

 

「まあ、待て赤石。堀北は美人だし、話してみると意外と面白いかもしれないぞ。須藤達も気のいい奴らだ、きっと話も合う」

 

「あの、綾小路君。櫛田さんにも言ったのですが、今日は外村君と井の頭さんと先約がありますので……失礼します」

 

 赤石は左瞼を一切動かすことなく言ってのけた。どうやら、赤石の中ではもう結論は出ているようだ。これ以上、食い下がり不興を買うのは避けたい。故に一度赤石を解放する。ただ、最後に1つだけ確認したい事があった。

 

「櫛田が言ってた勉強会か……どんなやつなんだ?」

 

 こちらが質問すると、赤石は一瞬オレから視線を外した。……方向から考えると櫛田の方に視線を向けたように見えたが、判断に迷う行動だ。

 

「櫛田さんや平田君の勉強会に比べると小さいものですが、基礎の見直しをしています。ただ俺はあまり平田君たちほど教えるのが上手くないので、基本的に自主的に学習できる方でかつ中間が厳しい人だけとさせてもらっています」

 

 そう言う赤石の表情はいつも以上に自然なものだ。読み取りにくいな。嘘は言っていないように見えるが……しかし、赤石が基礎の見直しを態々行わせるというのは疑問を感じる点だ。いや、そもそも、この男の嘘を今まで見切れたことはあったか?この男の言動が全て嘘でオレが全く見切れていない可能性もある。

 やはり、天才的なセキュリティ理論の技術を抜きにしても、この男を上手く使うのは至難だろう。勿論、案外何も考えていないという可能性もゼロでは無いが、それはあまりに楽観的すぎる考えだ。

 

「そうか……確かにその方針だと池たちには難しいな。わかった邪魔して悪かったな、今度学食で何か奢るからそれで許してくれ」

 

 適当なところで話を打ち切った。

 

 

***

 

 

 赤石たちが去った後、櫛田と共に堀北たちの元へと戻る。堀北は怒っていたが、櫛田の有用性をある程度認めているのか、今回の勉強会の櫛田の参加を認めた。

 参加を認められた櫛田は自身のバックから問題のようなものを取り出した。堀北は何か言いたそうな表情であったが、池や山内は櫛田に良い所を見せようと乗り気であった。櫛田は3人に問題を配った後、なぜかオレにも問題を渡してきた。教科は数学のようだ。

 

「はい、綾小路君も。やってみて」

 

 正直、解く必要性を感じない。

 

「オレは一応、最近は授業を受けてるから赤点は無いと思うんだが……」

 

「おい!文句言うなよ、綾小路。せっかく櫛田ちゃんが作ってくれたんだからお前もちゃんと受けろよ」

 

 池が余計な事を言ってきた。池にとっては櫛田へのポイント稼ぎは勉強会以上に優先される事だ。仕方ない、やるか。

 

「あー、わかった。悪かったな櫛田」

 

 そういって問題を受け取る。櫛田から10分以内と言われたので問題に取り組んでみるが……やはり見た所目新しいものではない。8問目以降の3題が若干難しいため、Dクラスが取り組むと仮定した場合は正解できない者もでるだろう。適当に回答しておく。しかし、ふと迷う。いつも通り5問目まで正解でも良いが、この問題は5問目と6問目は本来繋がっている可能性が高い。4問目あたりを落として、5、6問目に正解してもよいが……しかし出題傾向を見ると「櫛田が作った」ようには見えない。百歩譲って「櫛田が纏めた」問題だろう。

 櫛田に対する判別の意味も込め、5問目までを解答することにした。

 

 規定された時間が過ぎ、櫛田が答案を回収すると、今度は英語の問題を配ってきた。須藤は少しげんなりとしていた。やはり一番の苦手は英語か?

 櫛田から問題を受け取り回答していく。……そして、他の3人が問題に集中している間に櫛田と堀北を観察する。櫛田は数学の問題の採点をしているが特に不審に思っている素振りは無い。堀北は櫛田や池たち、それと問題を観察しているようだ。――単純に考えると櫛田が演習書にある問題を纏めて作ったといった所か。または、作者が別の問題を流用したか。

 英語の問題も終えると、4人分の答案を櫛田が採点した。そして何か別の用紙のようなものに記入を始めた。4人で見守っていると堀北が櫛田に質問を行った。

 

「櫛田さん。その紙は何?」

 

「あ、うん。これはチェックシートになっててね、間違った所と間違え方を記入していくと……こんな感じにその人の苦手な所と、オススメの演習書が分かるの」

 

 櫛田は説明しながら、山内の答案についてチェックシートに書き込んでいき、お薦めの問題集を導き出した。もし、本当なら大したものだが……無論、チェックシートの精度にもよるが。幸い、オレの分はもう終わっているようなので、櫛田の傍から回収する。

 

「……少し、見せて貰ってもいいかしら」

 

 堀北も少し驚いている。言葉に詰まっているようだ。

 

「え、う、うん。いいよ」

 

「……なるほどね、観点別になってるのね。それで、この演習書ね……」

 

 堀北は櫛田のチェックシートの中身を素早く読み込み、お薦めされていた演習書の1つを手に取った。

 

「……凄いわね。櫛田さん。これは貴女が作ったの?」

 

 堀北の表情から嫌味で言ったわけではなく、純粋な驚愕・称賛の気持ちが大きい。オレは自分の分のチェックシートの中身を確認していく。

 

「う、うん。そうだよ。今日皆の為になるかもって思って持ってきたんだ。余計だったかな?」

 

「……そんなことないわ。これはとても有意義な物よ。ただ、他の3人は演習書をやればいいと思うけれど……須藤君は0点だからこのチェックシートは役に立ちそうにないわね」

 

「なんだと!」

 

 須藤が堀北達の会話に割り込んでいたが、そんなことはもうどうでもいい事だった。チェックシートの中身を確認してから、もう外界の情報など気にする余裕はなかった。

 

 

――このチェックシートはホワイトルームで使用されていたものと同じだ。

 

 

 勿論、問題のレベルはまったく大したことは無い。しかし、問題を間違えた場合の間違え方からの解析と、薦められる練習手段。これらの構築が心理テストや単純な統計などではなく、非常に複雑な統計と莫大なデータを元に作られている。

 これは通常の人間を完成された人間へと置き換えるための有用な手段の1つであり、ホワイトルームによる教育方法の1つだ。

 

 当然、櫛田レベルで作れるものではない。

 いや、人間1人では作れない。何人もの科学者、それもホワイトルームレベルの研究者を数人以上集めてようやく構築することができる技術の結晶だ。しかも、それが、たかが高校1年生の数学と英語の問題に使われている。異常としか言いようがない状態だ。櫛田はどうやってコレを手に入れた?コレは誰が作ったんだ?

 

 心が乱れる。ああ、なるほど、この感情は「慌てる」だな。堀北たちを視界に収め、なんとか平常心を取り戻す。幸い堀北たちはオレの内心には気づいてはいないようだった。

 なんにせよ、結果として赤石がここにいなくてよかった。あの人間観察が上手い男が今のオレを見たら、平常ではないことに気づいただろう…………

 

 

 その後の勉強会は安定して進行していった。堀北が須藤に教え、そして櫛田は池と山内を教えていた。オレは不審に思われない程度に偶に櫛田に質問し、問題とチェックシートの解析に努めた。そして最終的に下校時間の30分前程度で解散となった。

 

 須藤たちが去った後、堀北は櫛田に池や山内に勉強を教えてくれた事を感謝した。しかし、その一方で櫛田にはもう勉強会には来ないように言った。櫛田は何度も堀北の約束を破っている。それが堀北には許せなかったのだろう。櫛田も堀北の感情は理解しているようで、もう参加しない事を伝えた。本当かどうかは分からないが……とりあえず、今回の件は双方蒸し返さないといったところか。

 

 堀北の勉強会に今後櫛田が干渉しない以上、タイミングは今しかなかった。

 

「あー、櫛田。その、まあ、池たちの面倒を押し付けた上、こんな結果になってしまって、すまない」

 

「ううん、綾小路君、これは私がしたくてしたことだから。それより、赤石君の事や堀北さんの勉強会の事を教えてくれてありがとう」

 

「綾小路君は口が軽すぎるわね。こんな事が続くようなら、私が石でも詰め込んで重くした方が良さそうね」

 

 堀北は機嫌が良いのか悪いのか分からない冗談を言った。この少女も赤石ほどではないが、笑いの素質に欠けるようだ。優秀な人間は笑いの素質に欠けるのだろうか?

 

「あはは、堀北さん。綾小路君に無理やり聞いたのは私だから、許してあげて」

 

 櫛田はいつもの様な笑顔でそう言った。昨日会った時よりも、晴れやかな笑顔に見える。オレの口に石を詰める堀北でも想像したのだろうか。

 

「そうね、最大の原因は櫛田さんね。貴女はもう少し思慮深くなった方がいいわ」

 

「あー、それを堀北が言うのはどうかと思うが……というより、今回の件は何だかんだで櫛田に助けてもらった所が大きいわけで、もう少し櫛田に向き合った方がいいんじゃないか?」

 

「向き合う?十分に向き合っているわ」

 

 堀北の表情からは嘘の気配がない。どうやら本気で言っているようだ。

 

「これは櫛田の前で言うべきことではないかもしれないんだが……」

 

「うん?綾小路君、私に気にせず何でも言って」

 

「堀北、お前は櫛田の能力の高さをちゃんと理解したほうがいいと思うぞ。第一、今日の問題とチェックシートは便利だっただろ」

 

「……まあ、確かに便利ではあったわね」

 

「オレはああいう感じの診断表みたいなのは興味があるんだが、櫛田。あれはどうやって作るんだ?問題集を全部読んでから作る感じか?」

 

 オレが言うと、堀北は何かに気づいたように顔を驚かせた。あのチェックシートの真の恐ろしさに気づいた訳ではないだろう。

 しかし単純にあの形式のモノを作るのは大変だ。いくつかの問題集を熟知し、またそれぞれ問題が「どんな能力を要求しているのか」を精確に理解している必要がある。

 仮に櫛田が行ったとすれば、高校生としては多大な努力をしていると言える。

 

「……そうね。櫛田さん、良ければ私にも作り方を……いえ、問題集の選び方を教えて貰えないかしら」

 

 堀北にしてはかなり下手に出たと言っていい。恐らく、櫛田の能力の高さを感じたのだろう。まあ、このチェックシートは櫛田が作ったわけがないのだが。

 

「ええっと、その、」

 

 当然櫛田は言い淀んだ。可能なら入手手段を知りたいが……

 

「教えては貰えない、ということかしら」

 

「その、堀北さん。実は、これは本当は私が作った訳じゃなくてね……」

 

「……?なら誰が作ったというの?」

 

「えっと、それは、その……」

 

「もしかして、貴女、自分の手柄にしようとしているの?」

 

 堀北の物言いは厳しい。勿論、想定内だ。

 

「そ、そういう訳じゃないんだけど」

 

 櫛田が助け舟を求めるようにこちらを見た。オレは視線に頷いて答えた。

 

「この問題を作った人が協力してくれれば須藤たちの勉強は大きく進むと思うが……」

 

 櫛田の期待していた答えではない。しかし須藤たちの赤点回避を名目に堀北の勉強会に参加している以上、オレの発言をどう躱すかは見物だ。当然、作成者の名前を教えてくれればベストだが、これで答えなければ、「櫛田が答えを言い淀む」という情報を手に入れる事ができる。どちらに転んでも損はない。

 

「その、2人とも、その人はとても忙しい人だがら、ちょっと……教えられない、かな」

 

 その人か……櫛田のミスリードでなければ作成者は1人という事か?いや、『その人』の背後にさらに何人か控えていると考えた方がいいだろう。流石にあの異常なチェックシートを1人で作れる存在が櫛田の知り合いにいるというよりは合理的だ。

 

「須藤君たちが退学になってもいいの?」

 

 よく言った、堀北。やはりお前は『利用できる』。

 

「堀北さん、その言い方は卑怯だよ。でも約束したから……ごめんなさい」

 

 この言い方でも答えない、か。その上『約束』と来たか。まあ、これ以上の情報収集は危険だな。櫛田から逆探知されかねない。櫛田の口を封じておくか?……いや、その方が危険だな。まだ現状はオレと堀北が『赤点組の為を思っている』故の行動だ。不審な行動ではない。

 とりあえず、得られた情報は大きかった。櫛田は屋上での一件といい若干注意を払う存在だが、背後に協力者か、もしくは櫛田を操る者がいると知れたのは収穫と言える。そして、その集団は非常に高度な技術を所持している事も。

 

 

 ――櫛田はオレの指紋を所持している。高度な集団と指紋。この2つが化学反応を起こした場合は……いや、オレに直接何かを仕掛けるならば排除するだけだ。わざわざ藪を突く危険を冒す必要はない。

 

 

 

 

 堀北の勉強会は頓挫した1回目と比較するまでもなく良い結果となった。そのことに堀北は何処か満足そうであった。

 一方でオレの中では1つだけ恐ろしい仮定が存在していた。それが、ただの妄想に過ぎない事を、願っていた。

 

 

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