7月4日木曜日。朝早くから学校に登校した私は廊下で赤石君を待ち、彼が来るとすぐに声をかけた。
「赤石君。おはよ!」
笑顔を携えて彼に挨拶をする。
「おはようございます。櫛田さん」
そう言うと、彼は少し俯き教室を目指した。昨日の件で罪悪感を感じているのかな。ちょっと首輪を強く絞め過ぎたみたい。このまま窒息死されても困るし、緩めてあげよう。
私はさり気なく、彼の腕を掴み体を寄せた。お互いのパーソナルゾーンに入るが、当然、彼は不快感を感じていない。私も感じないように努力した。この距離に人を入れるのは本当は私にとっては不快だ。まあ、おそらくクラスの男子では赤石君が一番不快ではないが、それでも不快だ。でも今は大切な事だ。
「赤石君。実は今度の休日、みーちゃんと心ちゃんとショッピングに行こうって話になったんだけど。男の子の意見も聞きたいから……赤石君も一緒に行かない?」
さっそく本題に入ることにした。不快な距離での話は手早く終わらせるに限る。首輪を緩めた分だけリードは強く引かせてもらうよ、赤石君。
「楽しそうでいいですね。……ただ、休日ですか。すみません実は土曜日は先約があるので、俺が参加できるのは日曜日になると思いますが、どうでしょうか?」
やっぱりこの距離で話すと、あまり性的な目をよこさない赤石君にも効く。これが効かないのはDクラスでは平田君と三宅君くらいだ。
「うん!良かった。実は私たちも土曜日は忙しいから、日曜日にしようと思ってたんだー。じゃあ、赤石君、日曜日の10時に集合でいいかな?」
本当はみーちゃんの予定が厳しいが、無理にでも変えてもらう事にする。
「ええ、大丈夫です、はい」
彼の返事を聞いたあと、直ぐに手を離した。この距離でずっと一緒にいるのは辛いというのもあるが、一番の理由はボディタッチの安売りは厳禁だからだ。せっかくの貴重な手段なのだから、出し惜しんだ方がいい。その方がより価値が生まれる。そして、ここぞという時に使う。みーちゃんにはこういう狡猾さが足りない。
***
昼休みにみーちゃんと心ちゃんと相談して、日程に再確認を行った。ただし少し気になる事があった。この日は赤石君が昼休みにどこかへ行ってしまったのだ。篠原さんのグループに動きは無かった。自信はないが、軽井沢さんのグループもちょっかいをかけているようには見えなかった……赤石君の約束の相手は誰なんだろう?
もしかして、他のクラスの子かな?いや、それは無いか……今度機会があったら問い詰めてみよう。
自分のグループと赤石君、そして須藤君の事件に目撃者の佐倉さん、色々と気を回し過ぎてしまった。それゆえに、私は放課後少し強めに佐倉さんに近づいてしまった。案の定佐倉さんは逃げ出してしまい、そして本堂君と衝突してしまった。
佐倉さんのカメラが壊れてしまい、彼女は逃げるように去っていった。そして須藤君がまた理不尽なことを言っていた。それだけならどうでも良かったけど、運悪く高円寺君が会話に入ってきた。面倒なことになった。徒労感を感じながらも私は平田君と一緒に怒る須藤君を静めた。
その後、綾小路君が教室内にカメラが設置されている事を指摘してた。カメラは小型でかなり設置場所に気を使っている為、私は今まで気づけなかった。でも、確かに、カメラでもないとDクラス内で起こった不真面目な行為による減点は全て処理するのは難しそうだ。やっぱり綾小路君は鋭い。それに堀北さんも小テストのポイント発表には気づいたらしい。
……やっぱりこの2人は私を不快にさせる。平田君や高円寺君も気づいてそうだ。私にとっては赤石君くらいの不快にならない平凡さが接する相手としては丁度いい。彼はきっと今もこんなカメラがある事には気づいてないだろう。今度教えてあげてもいいかもしれない。うん。堀北さんを排除するときに赤石君を利用することになっても、捨て駒にはしないであげよう。
***
金曜日はこれまでとは打って変わって平凡な日だった。
夜になり、私は佐倉さんに電話を入れ、彼女とカメラの修理の約束を取り付けた。運悪く日曜日になってしまった。その後、綾小路君に連絡して佐倉さんが提示した条件を満たさせた。
しかし、困ったことになった。赤石君は私が誘ったから買い物に約束を受けた。本当なら私が行く必要がある。でも、いつかはみーちゃんが1人で頑張らないといけない。うーん、でも夏休みまでもう時間も無いし、みーちゃんには覚悟を決めてもらおうかな。
みーちゃんに私が参加できない事と日曜日に勝負をかけるようにメールを送った。ついでに心ちゃんには休んでもらうために中止になったと嘘のメールを送る。まあ、彼女は私がいない以上参加はしないだろうけど、一応私から伝えた方が安心するだろう。そして最後に赤石君にもメールを送った。
少し不安だけれど、私は私で佐倉さんと綾小路君と話す必要もある。
……夏休みが来れば平田君を諦める人も増える。妥協で付き合う相手を選ぶ子も出るかもしれない。女子としてのスペックが低いみーちゃんはもう勝負をかけるしかないのだ。
***
日曜日、私は綾小路君と佐倉さんと一緒に買い物へ出かけた。私の私服姿を見た綾小路君はやけに興奮していた。彼は普段は冷静で鋭い面を持つが、異性に対しては赤石君や幸村君以上に弱い。せっかくなので先週池君たちと遊んだことで煽ってみたら、良い反応を返してくれた。綾小路君はこういう面では単純だ。
私の本性を知らなければ、彼を篭絡することも考えたけど……難しそうだ。でも、今日の反応を見ると、私の本性を知っているにしては脈がありそうだ。場合によっては綾小路君は堀北さんを打ち崩す重要な駒になるかもしれない。うん、考えておこう。
集合場所で着込んだ佐倉さんと合流し、家電量販店へと向かった。途中で綾小路君が唐突に周囲を確認してから不思議そうな顔を作っていた。何かあったのか尋ねても「いや、視線を感じて……」と格好つけていた。言葉にはしなかったが漫画の見過ぎだと思った。けど佐倉さんが乗ってしまって、何処からしたのか尋ねていたが、当の綾小路君は恥ずかしくなったのか「いや、分からなかった。気のせいかもしれない」と返していた。
私が中学生だった頃も、そういった事を言っていた男子生徒がいた。彼は元気だろうか。確か彼は初恋の女の子に実は嫌われていて大変な事になっちゃったんだよね。まあ、私を裏切った人の事は別に考えなくていいか。
その後、気持ちの悪い店員が居たり、綾小路君がカメラコーナーを下見していたり、佐倉さんとお話したりした。佐倉さんの事はどこかで会ったことがあると思ったけど、佐倉さんは頑なに否定した。怪しい。私の昔の知り合いではなかったと思ったけど……彼女に関して調べる必要がありそうだ。
一応、佐倉さんは須藤君の件での証言を約束してくれた。結果的には須藤君の問題が僅かに前進することになった。でも須藤君が勝つのは難しそうだ。佐倉さんを絞りつくして、泣き落としに持ち込めば、Dクラスの被害も少しは抑えられるかな?……今思えば、須藤君が退学してくれた方が助かったかもしれない。
いや、数は力だ。須藤君もいつかは利用できる。そう思う事にしよう。
――佐倉さんが証言してくれるなら、きっと須藤君も大丈夫だねっ!
その日の夜、綾小路君と電話をすると、どうやら、佐倉さんは目が悪くないらしい。やはり彼は鋭い。本当に勿体ない。堀北さんと友達でなければ、いや、それよりも私の本性を知らなければ……そう思ってしまう。
***
月曜日の朝、私は綾小路君に挨拶をして昨日の感謝を伝えた。その後、嫉妬した堀北さんが綾小路君を咎めているのは見ていて楽しかった。
私は綾小路君を再び廊下に呼び出し、堀北さんの気持ちを教えてあげると、彼は言葉に詰まっていた。やっぱり人間関係全般は彼の大きな弱点だ。
綾小路君の相手をしていると、ちょうど赤石君が登校してきた。
「おはよ!赤石君っ!」
赤石君はこちらを見ると、少し安心したような表情を浮かべた。佐倉さんとの約束を優先したから嫌われたとか思ったのかな?
……少し関わりすぎたせいか、彼の心を掴み過ぎてしまったようだ。まあ、最近は飴ばかり与えてしまったし、偶には鞭を振るったと思えばいいだろう。
「おはようございます。櫛田さん」
「昨日は参加できなくてごめんね」
鞭の後に飴を渡すのを忘れてはいけない。
「いえいえ、佐倉さんの事を考えると仕方ない事ですよ。佐倉さんのカメラの方は大丈夫でしたか?」
昨日の話は無しか……みーちゃんは駄目だったかな。私はしばらく綾小路君の相手をする必要があったけど、でも思ったより赤石君の攻略は簡単そうだし、私がやった方が速いかな?……元々、みーちゃんが恋心を向ける相手を変えなければ私が自分でやっていた事だ。赤石君を上手く隠しながら、少しずつ飼いならす。私ならできる。
「うん。店員さんが、……ちょっと大変だったけど、綾小路君が頑張ってくれたから特に問題はなかったかな」
綾小路君を強調しておく。どんな反応をするか楽しみだ。
「そうでしたか。大変でしたね」
話題を避けるような態度だ。綾小路君の事を嫌っているのもあるけど、どうも私の事も少し意識するようになっているみたいだ。
「それはそうとして……赤石君、昨日はどんな感じだった?デート上手くいった?」
一応確認をする。赤石君の仕草次第ではみーちゃんにもまだ可能性がある。そしたら、私が飼いならして、出来上がったものをみーちゃんに渡すという手も考えられる。
「デート……ですか?昨日は王さんと井の頭さんと一緒にいただけですので、デートとは違う気もしますが……」
……心ちゃん?……しまった。私が相手をしなかったからか、いや、みーちゃんの事だ。きっと最後の最後で踏ん切りがつかなくなって心ちゃんを呼んだみたいだ。はぁ、もうみーちゃんは駄目かな。
「ん……そっか、うーん、なるほど。てっきり私はみーちゃんと付き合ってるんだと思ってたんだけど違ったの?」
こぶ付きでデートなど有り得ないけど、でも一応、せめて好意を持っているかの確認はしておく。
「いえ、俺と王さんは付き合っていませんが……」
少し嫌そうな顔だ。脈無しか……私がやるしかなさそうだ。でも、どういう方針でいこうかな。このまま関係を深めるのはクラスメイトが騒ぎそうだから却下だ。私も赤石君と真面目に付き合う気はない。本来の目的はDクラスの火種の処理と赤石君を手駒の1つにすることだ。目的から考えると――
「………………そうなんだ。ごめんね。ちょっと勘違いしてたみたい」
今、とても良い事を考えた。みーちゃんには悪いけど、仕方がない。みーちゃんが作戦通りに事を運ばないのが悪い。それに今回もどうせ軽い気持ちで決めた恋だ。せっかくだから私が利用しておこう。失敗しても成功しても赤石君の弱みも握れるし、とても良いアイディアだ。
私は赤石君を飼いならす計画を進めるために、彼に「今度こそ4人で一緒に遊びに行きたいね」と伝えておいた。
――私はみーちゃんの事をずっと応援してるよっ
関係をこのまま進める。そして赤石君にはみーちゃんを「キープ」してもらおう、それでいて赤石君の本命には私がなろう。途中でみーちゃんに乗り換えてくれてもいいし、みーちゃんを捨ててくれてもいい。捨てた上で私に表に出さずに恋心を抱いてくれば手駒にできるし、捨てた上で私と付き合おうとするなら赤石君が下衆だという弱みを握れる。ほとんど労力無くできる良い計画だ。
ホームルームが終わると、綾小路君が佐倉さんと雑談していた。昨日の事かと思い眺めていると、こちらの方に寄ってきた。
「櫛田、ちょっといいか」
相変わらず無表情な顔だ。綾小路君は色事が関わらないと行動の把握が難しい。
「うん?何かな綾小路君」
「実はさっきBクラスの一之瀬から情報をもらってな……事件の映像を入手したみたいだ。まだ映像はもらっていないが、無償でこちらの証拠品として提供してくれるらしい」
これは思わぬ収穫だ。本当なら、Dクラスが一気に有利になる。佐倉さんの証言も必要なさそうだ。
「もしかして、さっき佐倉さんの所に行ったのは……」
「ああ、無理に証言台に立たせる必要は無いと思って、一応堀北と櫛田に相談しておこうと思ったんだが」
私も別に佐倉さんを苦しめたいわけではない。
「うん、私はそれでいいと思うよ。堀北さんは?」
「これから伝えに行く、一緒に来るか?」
こちらを伺うように、ううん、大して期待するわけでもなく綾小路君は言った。私がどう答えるかもう分かっているみたいだ。
「ううん、止めとくよ」
それから綾小路君は堀北さんの方へ行って、情報の共有を行っていたが、途中でこちらに目配せした。何だろうか。気になり彼らの方へ向かう。
「どうしたの?綾小路君」
私が話しかけると堀北さんは少し嫌そうな顔をした。
「いや、茶柱先生に証人に一之瀬を呼ぶことになりそうだから、どうしようかと思って……一応、関係があるオレと堀北で行こうと思ったんだが、堀北が――」
「一之瀬さんが入手した映像の確実性が不明だわ。一応佐倉さんも証人として準備しておいた方がいいわ」
「――とのことだ」
流れるように2人は言葉を紡いだ。この2人は相性がいい。
「うーん、堀北さんの言いたいことは分かったよ。私はどうすればいいかな?」
それにしても堀北さんは厳しい。ストイックと言い換えた方がいいかな。とにかく彼女は佐倉さんをとことん絞る気のようだ。
私は勝ち筋が見えているなら佐倉さんは無理に苦しませる気が無いけど……堀北さんは勝つことが大切なんだね。まあ、佐倉さんが堀北さんを嫌いになってくれるかもしれないから、これはこれでいいかな。
「綾小路君が佐倉さんに証言台に立たなくていいなどという余計な事を言ってしまった以上、今佐倉さんを刺激するのはよくないわ。そこで私と綾小路君で一之瀬さんに話をするから、貴女には茶柱先生に話を通しておいて欲しいの。できるかしら?」
大事な証拠の管理は堀北さんで、雑務は私ってことね……
「うん。分かったよ」
私と綾小路君と堀北さんは3人で教室を出た。そして途中で別れて、私は職員室へ、2人はBクラスへと向かった。
――堀北さんも頑張ってるし、私も頑張らないとっ!
***
茶柱先生への報告を終え、授業を受けお昼休みになると、私たちは教室に集まり作戦を練ることになった。とはいっても、池君と山内君は雑誌を回し読みしていて、私と綾小路君と堀北さんで少し話しただけだ。堀北さんも一之瀬さんから見せてもらった情報が納得できたようで、少し話をしたらパンを食べ始めてしまった。
あまり有意義な時間にはならなかったけど、池君たちが読んでいる雑誌が少し気になった。頭の悪そうな内容だったが、どこかで見た顔が雑誌の中に写っていた。
その日の夜。私たちは再び綾小路君の部屋に堀北さんと須藤君以外が集まり最後の会議を行った。何時もの名ばかりの会議だ。
綾小路君を試すために私は佐倉さんがアイドルの雫であると暴露した。池君と山内君は食いついたが当の綾小路君の反応は乏しかった。意外だと思っていたけど……どうやら佐倉さんが可愛いということには前から気づいていたみたいだ。だから優しくしてたのかな?中々油断ならないな。
私は皆が帰る少し前に綾小路君だけを呼び、彼に対して私が何処まで効くか調べることにした。意味深に彼を誘い、計算高く演出した。見たところ、脈はありそうだ。彼は冷静なふりをしているが、結局のところ下心は池君たちとあまり変わらない。やっぱり綾小路君を攻略する鍵はそのあたりにありそうだ。
***
7月9日、火曜日。
結局佐倉さんを使わないことになった。そのため、朝から綾小路君が佐倉さんに安心するように伝えていた。綾小路君はかなり佐倉さんと親しくなれたみたいだ。ふーん。あと、池君たちが佐倉さんを雫だと知ってからチラチラと視線を送っていた。そういう所が女子に避けられるところだよ。
放課後の審議には堀北さんと綾小路君が同席者として参加した。結果から言うと、無事Dクラスが勝利したようだ。私は石崎君たちとも友達だから堀北さんたちが議論の場に出てくれて助かった。石崎君はCクラス版の須藤君のような人だ。まあ、須藤君よりは組織に属するタイプの人だけど。
***
7月14日、日曜日。
来週は赤石君の誕生日だ。彼は端末のプロフィールを非公開にしているため、彼の電話番号を知っている人でも彼の誕生日を知っている人は少ない。多分私だけだろう。
ちなみに篠原さんも赤石君の誕生日は知らないようだ。まあ、最近の篠原さんの態度を見ると赤石君の事を諦めたようにも見える。やはり彼女程度では無理だったようだ。篠原さんが諦めたなら、私が態々赤石君の相手をする必要性も薄れたけど……夏休みになり妥協のシーズンが来るとどうなるかは分からない。
それに今更彼を野に放つのは勿体ない。
彼の誕生日プレゼントは何がいいだろうか。彼は好き嫌いがあまりない。敢えて言うと炭酸飲料が好きで、あとは堀北さんと綾小路君と勉強ができない馬鹿が嫌いだ。こういう男子に対する贈り物は少し迷う。好きな物か、それともイメージに合うものか。赤石君のイメージ……大人しい犬、かな?
犬の首輪でも送ってみようかな。きっと彼には似合うだろう。流石に怒るかな?
そういえば、最近心ちゃんが何時も以上に編み物に熱中していた。聞いたところコースターを作っているようだ。
心ちゃんに渡す相手はいないと思ったけど……気になったので聞いてみると少し顔を赤くしながら目を背けて「桔梗ちゃんには……秘密」と言った。
やっぱり心ちゃんは忠実だ。馬鹿で運動もできない魅力の少ない子だけど、忠実な子だから私を裏切らない限りは守ってあげよう。
***
7月21日日曜日。
今日は10時から心ちゃんに呼び出されている。私は寮を出る時、ふと赤石君のポストを見た。バックの中のモノに触れて確かな感触を確かめる。本当にコレを送るべきか悩んだけど……悩みながらも彼のポストの前をゆっくりと通りすぎる。
待ち合わせ場所に行くともう心ちゃんは待っていた。心ちゃんは私を視界に入れると、笑顔で手を振って、紙袋に入ったものを渡してきた。彼女に許可を取り中身を見ると、当然コースターが入っていた。
心ちゃんはグループの子たちのためにコースターを作ってくれたみたいだ。コースターはかなり良い作りに見える。編み物だけは彼女の数少ない取り柄の1つだ。
心ちゃんは顔を背けながらも、「一番上手くできたのを……桔梗ちゃんに渡したかったから……」と言っていた。うん。こういう私を慕ってくれる気持ちは嬉しい。それに彼女は馬鹿だが不快な子でもない。
心ちゃんも私を裏切らない限りは捨て駒にはしないであげよう。
心ちゃんと和気あいあいと過ごしていると、Cクラスの石崎君に会った。心ちゃんは少し怯えていたけど、石崎君も大事な駒の1つだ。違った、ついつい本音が出てしまった。大事な友達の1人だ。
彼に話しかけると、少し疲れたような顔をしていた。話を聞くと、停学を終えた後にCクラスのリーダーに言われて図書館の整理を同じクラスの女の子と手伝っていたらしい。何でも最近、文化や宗教のコーナーの配置が乱れていたらしく、本の位置を正しく直したようだ。二年生や三年生の社会の授業で大きな課題でも出たのかな?
また、石崎君が言うにはその子はかなり本の整理に厳しく、石崎君が間違える度に叱ったらしい。少し意外だ。石崎君が素直に女の子に叱られている姿が想像できない。
気になって名前を聞いたが、石崎君は教えてくれなかった。やっぱりクラスが違う生徒に対しては私も影響力を上手く伸ばせない。
――もっと皆と仲良くできるように、頑張らないとっ!
石崎君と別れたあと、心ちゃんと談笑し、お昼近くになった。私は色々と考えた結果、赤石君に連絡することにした。
『もしもし、赤石です』
最近は彼もすぐ電話に出るようになった。この前綾小路君と佐倉さんと買い物に行った後からは繋がりやすくなった。やっぱり上手く飼いならすには飴だけではなく鞭も必要だ。
「もしもし赤石君。お誕生日おめでとう」
『ありがとうございます。櫛田さん』
いつもの様な口調だが声からは喜びが感じ取れた。
「それで、……あのさ、もしよかったら午後、みんなで遊びに行かない?赤石君の誕生日記念って事でどうかな?」
勿論メンバーは厳選するつもりだ。
『お話はとても有難いのですが、お恥ずかしい事に、誕生日が近くなって羽目を外してしまって……ポイントをだいぶ使ってしまって』
……そういえば、彼は学食でもポイントを使っていなかった。普段の印象からポイントを極力使わないように溜めていたのかと思ったけど……この言い回しからすると、7月に入ってきたポイントを殆ど使っちゃったかな。
「あはは、意外だね。赤石君って散財しないイメージが強かったから。でも、そんな一面を知れて嬉しいかな……もしかして、このことを知ってるのは私だけ……かな?」
声の出し方も工夫次第では、相手に影響を与えられる。これも私が使う技術の1つだ。
『はは、ええ、まあ、そのできれば平田君や他のクラスメイトには秘密にしてもらえると有難いです。少し恥ずかしい事ですから……』
うん。大した秘密でもないけど、良い情報だ。赤石君の普段のクラスでの距離感を考えると、かなり心を開いていると見ていいだろう。順調だ。みーちゃんは悲恋で終わるかな。まあ、赤石君は結構大人しいし、上手く馴らせばみーちゃんでもリードを握るくらいはできるかな?
「うん。わかったよ。それとポイントは大丈夫だよ。誕生日なんだし、私が払うよ」
今は機嫌が良いし、それに上手く集まるメンバーを選べば今後に生かせる。
『いえ、ご迷惑はかけられませんから』
やっぱり遠慮気味だ。嫌いではないけど……
「うーん、迷惑だなんて思ってないんだけどな……ん?……もしかして」
せっかくなので少しリードを引くことにした。
「もしかして、赤石君。今日はデートだったりするのかな?」
『いえ、違いますが』
ん……今少し答え方が変だったような気がする。
「本当かな~、なんか怪しいなー」
赤石君の事は大体把握できている。私に隠し通せる訳ないよね。
『いえ、本当に何もないですよ。ただ端末の電池がそろそろ切れそうですので、一旦切ってもいいですか?』
間違いない。焦っている。みーちゃんがもしかして上手くやった……?ううん、それは無いかな。みーちゃんなら必ず報告するはず。もしかして篠原さん?最近のDクラスの動きを見ると無いと思うけど……
「ふーん、秘密の事なのかな?……上手くいったら教えて欲しいな」
赤石君は私の質問には明確に答えずに、誤魔化し、電話を切った。ふーん。そういう態度取るんだ……別にいいけど。少し気に食わない。たぶん女子と遊びに行くんだろうけど……誰だろう?もしかして、他のクラスの子かな?あまり彼は他クラスと絡んでいるようには見えなかったけど……
お昼を心ちゃんと食べた後、一度分かれた。その後、モールに行き無料で手に入る物を貰っていく。Dクラスはポイントが少ないから、こういう所で上手くやりくりする必要がある。もちろん、使うべきところではポイントはしっかり使う。取捨選択が大事だ。
モールを歩いていると赤石君と、あと女子生徒を見かけた。2人は距離が近く、何かを話しているようだ。
なるほどね。あの子がデートの相手ってことかな。見た感じ、外見は悪くない。長い髪の一部を結びサイドポニーテールを作っている。珍しいタイプの髪型だ。少々目つきは鋭いが顔も良く、身長は女子にしては高い。みーちゃんよりは赤石君と並んで不自然さはない。どこかで見たと思うけど、思い出せない。……いや、確かそうAクラスの女子だ。番号は交換してない、いつも1人でいる女の子、名前は、うん、思い出した。神室さんだ。
ふーん、赤石君、結構頑張るね。Aクラスの女の子と遊びに行くなんて……少し意外だったかな。でも、モールで無料製品を漁っているというのはデートの雰囲気としては最悪だ。いや、もしかしてデートではなく純粋に友達なのかな?
元々、一緒に生活品を買いに行く約束をしていたから、さっきは私の誘いを断った。赤石君は約束事を守るタイプだから、先約を優先したのかな。でも友達と会うなら私に言うはず……やっぱり、少なくとも赤石君の方は神室さんの事を意識しているはず。
それに神室さんの方も異性としてかどうかは分からないけど、ある程度赤石君とは親しいようだ。女子は普通少し付き合ったくらいの異性の友達相手にプライベートは見せない。神室さんが変わった子という可能性もあるけど……どちらにしろ、みーちゃんに新たなライバル登場だ。
あと赤石君が私に黙ってた事も意外だった。恋の相談もなかったし……少し赤石君の事を侮っていたかもしれない。思った以上に心を許してなかったようだ。うーん、勉強会の件で少し口が軽い印象を与えすぎたかも。やっぱり彼は思慮深い面がある。もう少しだけ馬鹿の方が好きかな。まあ、恋人としてではなく、飼い犬としてだけどね。
でも、まあ、赤石君に本命がいるなら、もういいかな。私に隠すほどの本命から彼を奪うのは難しい。その上、裏向きだけの恋心を抱かせるのは手間がかかりすぎる。時間と労力は有限だ。彼だけに構ってはいられない。それに他クラスの女子ならDクラスは大して荒れないし、二次被害だけ気を付けて立ち回れば問題なしかな。
――赤石君の恋が上手くいくといいなっ!
少しだけ徒労感を感じながらも、私は2人の追跡を諦め寮へと戻った。
ふとバックの中に入れておいたモノ――炭酸飲料を見る。赤石君が好きな飲み物だ。今日ポストに入れようか迷ったけど、流石にやめておいた。
まあ、もう態々渡さなくてもいいか。私は炭酸飲料を開け中身を飲み干した。味は普通だ。彼はなぜこんなものが好きなのだろう……
***
私は赤石君の事を嫌いではない。だけど、好きでもない。
今のクラスの中でのポジションを維持しながら、可能であれば上のクラスを目指す。そして最大の問題である彼女を排除する。私の目標はそれだけだ。限りある時間の中で目標の為にできることをする。それが私の行動指針だ。
でも、まあ、神室さんに捨てられたら…………その時は拾ってあげるよ。赤石君。
(失敗作の中で)1番上手くできたコースターを櫛田に渡しました。
これで櫛田視点は完結です。
次回からは3巻部分ですが、かなり時間を置くor不定期にポツポツと投稿することになるかと思われます。
よろしくお願いします。