二日目の明け方。俺は足音を殺してテントから出た。念のため辺りを見回したが、誰一人起きていないようでベースキャンプは静けさで満たされていた。僅かに安心した後、水辺近くの草地に腰を下ろす。そうして5分ほど待つと女子のテントから一人の少女が現れた。来たか、友よ。
「おはよう、井の頭さん」
少し悩んだが、テントから距離があり、小声で話せば大丈夫だと思い、友人としての口調で話した。
「おはよう。赤石君。結構しんどいね、この試験」
井の頭もそれに応じてくれたが、いつものおっとり無表情だとあんまり大変そうには見えない。
「一応メールで伝えたと思うけど……」
言い訳は大事。
「いや、別に責めてるわけじゃないけど……というより、伊吹さんのペースが上手く掴めなくて、そっちが厄介かなって思ってる」
伊吹何某か。なんかスパイっぽい雰囲気があるからな。まあ、殴られた痕があるという話もあるし、本当に落ち延びてきたという可能性もなくはないだろうが……
「あー、伊吹さんね。あれ、凄い怪しいと思うんだけど、井の頭さんはどう見る?」
友の意見を聞ける貴重な時間だ。今のうちに色々と話そう。
「私も赤石君に同意。というより、皆怪しいとは思ってるよ。平田君も櫛田さんもね」
まあ、そうだよな。何であの二人は受け入れたんだ……
「あ、やっぱりそうなんだ。でも何で二人は受け入れたんだと思う?」
「櫛田さんは整合性からかな、伊吹さんを追い出したら彼女自身の評判と合わなくなってしまうからだと思う。平田君は……上手く言えないけど、持病……かな」
整合性とは、また上手い表現だ。しかし、持病とはなんだ……?
「持病?」
俺が聞くと、井の頭は珍しく、困った顔を浮かべた。これは本気で困っているように見える。ありゃりゃ?
「うん。ちょっと上手く説明できないから、別の話していい?」
さすが、友よ。迷ったら直球だ。
「あー、了解。と、伊吹さんは怪しいで決まり。そういえばテントは伊吹さんと一緒?それとも別?」
これって結構重要な事だと思う。
「一緒。だから、かなり大変。伊吹さんの性質も良く分からないし。裏に誰かがいるとすると、あんまり動きたくないかな。考えるのも面倒だしね」
うぉ!マジか。それは大変だ。というか、もしかして、井の頭は試験に乗り気ではないのだろうか?悪い事したかな。
「えーっと、ごめん。あんまり特別試験の事話さない方が良かった?」
「そういうわけじゃないけど。というより、試験については話してくれて助かってるよ。ただ、この試験もクラスも、伊吹さんのことも考える事が沢山ありすぎて私には厳しいかな。できるだけ、頑張るけど、あんまり役には立てないかも」
いや、昨日の時点で凄く役に立ってたよ。君は野伏か何かなの?
「いや、いや昨日の時点でかなり助かったよ。相変わらずの視力に鳥類声、あ、そうだ。実は王さんと一緒に崖下でAクラスの情報を得たんだけど、王さんには黙っててもらっている状況なんだ。この情報、最終的には平田君に伝えようと思ってるんだけど。井の頭さんにも回す?ああ、あと王さんが今言った秘密について誰かに話しているような素振りはあった?」
「……王さんからそういった話は聞いてないし、櫛田さんにもしてなかったと思うから、秘密にしてると思うよ。あと、私にはだけど…………、うん、一応聞いておこうかな」
「了解。Aクラスの崖下に降りてきた二人は葛城君と戸塚君の二人で、リーダーは戸塚君。あと、あそこのスポットはAクラスが占有した。この情報を井の頭さんに話したことを王さんに言わない方がいい?」
まあ、俺と井の頭が二人っきりで話した事になってしまうから王には言わない方がいいだろうが、一応聞いておく。
「うん、言わないで。……うーん、戸塚君をリーダーと思った理由を……あ、いや、やっぱりいいや……」
いいの?
「えっと、じゃあ、私からも。昨日Bクラスの占領を見たけど、その時、カードを持っていた人が誰か分かったんだ」
マジっすか。視力ヤバイですね。
「おお、すごい。誰?」
一之瀬様だろうか?
「……顔は憶えたけど、知らない人だから名前は分からなかったよ。ただ、あの有名な一之瀬さんっていう人ではなかったね」
違うのか……
「なるほど、でも顔が分かるなら何かの機会でBクラスのリーダーも分かるかも。って言うか、何か上手く行き過ぎてて不安になりそう……今の問題点って井の頭さんは何だと思う?」
「問題点……ってわけじゃないけど、王さんがだいぶ上手く地図を書いたけど、……大丈夫なの?」
井の頭は悩まし気な表情を作っていた。うん?
「え?駄目なの?」
「駄目じゃないけど…………えっと、これは昨日の探索の時も言おう思ったんだけど、赤石君はペースが速すぎるよ。あれだときっと他の班の何倍も探索してるから、目立つよ」
あ、なるほど。確かに。
「あー、なるほど、というか、それで昨日は何度も休息を挟んだのね。いや、何か、ごめん」
「別にいいけど……まあ、王さんの地図はかなり上手かったから、そっちに注意が行くかもしれないから、それは王さんで。探索範囲の広さは、たぶん赤石君の貢献だと思われるから、何か考えておいた方がいいかもね」
どうするかな。まあ、誰かに聞かれたら、高台から王が観測したとか言っとくか?うーん、もしやるなら王と口裏を合わせないとな……
「おー、了解。っとあとは、そうだ。前もメールで送ったけど、綾小路君ってどう思う?どうも、今回の試験はやる気がないみたいだけど」
実は綾小路が結構やばい奴っぽいってことも、少し前にメールで送っておいたのだ。その時の井の頭の返信は、今度の旅行の時に考えてみるだったが、はたして……
「綾小路君か……どうなんだろ?……私は彼の事は殆ど知らないし、行動にはそこまで不審な面はないけど、ただ……」
「ただ?」
「上手く言えないんだけど、あんまり相対したい人じゃないかなって……」
井の頭から僅かな不安が読み取れた。井の頭にここまで言わせるとは……綾小路やべー奴だな。
「井の頭さんにそれ言わせるって、その時点でかなりヤバイ奴なのでは?」
「うーん、変とか、凄い、というより、何て言うのかな、仕草が自然なのに不自然って言えばいいのかな?」
どういうこっちゃ?いや、まあ、綾小路の『変な奴具合』は口では上手く説明できないから変な風な説明になるのは仕方ないが……
「自然で不自然って言うと?」
「……彼の知っている情報と彼の行動が釣り合ってない気がするって言えばいいのかな。単に、あまり深くものを考えない人なのかもしれないけど、それにしては思慮深いし……それに、彼は何時も考え事をしているから、やっぱり、不自然なんだと思う」
知っている情報と、実際の行動か。いや、まあ、確かに暴力事件の時は、楽観的な顔して適当な事を言っていたのに、内心で手ぶれ計算とかしてたみたいだし、一理あるか?いや、だが、その件はどちらかと言うと、嘘が上手いとか、ポーカーフェイスが上手いという表現が適切な気がする。
井の頭なら、別にこんな分かりにくい言い方はしないと思うが……うーん。
「ごめん、難しくて分からない」
俺がそう答えると、井の頭は少し困った顔を浮かべた後、再び表情を消し、いつもの、おっとり無表情へと戻った。
「……私こそ、…………ん、とりあえず、綾小路君については気を付けるよ。他に――あ、赤石君、あの、私は、これで」
そう言って、いきなり態度を変えた井の頭は少し、だるそうに体を動かし、仮設トイレの方へと行った。時間はまだ早く、他の生徒は起きたとは思えないが、圧倒的な野伏力を見せつける井の頭が急に態度を変えたのだから何かあるのだろう。
俺が警戒して十分も経たないうちに、誰かがこちらに歩いてくる音が聞こえた。
闇の中目を凝らすと、陰気だが整った顔立ちの男がこちらに歩いてきた。綾小路だ。噂をすれば影というヤツだな。というか、井の頭大丈夫だったか?トイレ経由だから大丈夫か?いや、しかし、綾小路に会った可能性もあるな……
「……あー、赤石か。おはよう。朝早いんだな」
ボケーっとした感じだが、井の頭曰く、コイツは常に考え事をしているらしい。うーん、さすがにそれは言い過ぎなんじゃ?いや、まあ、かなり頭が切れる男だと思うけど。あと、路上で行為に至るやべー奴だけど。
「おはようございます。綾小路君」
まあ、とりあえず、適当に接しておくことにする。
「……一人か?誰か、平田とかはまだ起きてこないのか?」
なんとも答えにくい質問だ。うーむ、正直、井の頭と一緒にいたこと黙っていたいが、しかし、さきほどの僅かな時間で井の頭と綾小路が会っていたら最悪だ。ここは慎重に……
「平田君は、まだ起きてないみたいですね。さっきまで井の頭さんがいたんですが、眠かったみたいで、テントに戻ったみたいですよ」
俺が答えると、綾小路は少し間をおいた後に、何食わぬ顔で、再度質問をした。
「赤石は井の頭とは仲が良いのか?」
回答拒否していい?
「……難しいですね。本堂君と綾小路君みたいな関係、と言えばいいのでしょうか。友人の友人と言えばいいですかね」
そう言うと、綾小路は目線を鋭くした。ひぇ、0.4椎名だ。これはアレかな?俺が櫛田と友達アピールしたからキレたかな。俺の女を盗るな、みたいな感じだろうか?どうしよう、正直に、綾小路の自由過ぎる恋愛の邪魔はしないと言うべきか、いや、しかし、直接伝えるのも憚られる。ここは、話題を変えるか。
「ああ、いえ、すみません。本堂君と綾小路君は直接話をしているのを見る機会が無かったので……そう、勝手に思っていたのですが、実は仲が良かったりしますか?」
「――、いや、確かに赤石の言う通りだ、本堂とはあまり喋らない。……俺も櫛田とは仲良くさせてもらっているが、赤石はやっぱりクラスの女子だと、櫛田と仲が良いのか?俺からすると、かなり良いように見えるが……」
おい、話題を櫛田にするな。というか、あれ?これ怒ってます?寝取り野郎だとか思われてます?大丈夫です、ご安心を。0.7椎名の半径1メートル以内には入らないようにしていますので。
「櫛田さんとは、綾小路君の方が仲が良いと思いますよ。櫛田さんと一緒にいる時、よく綾小路君の話になりますから」
ちゃんと、櫛田は綾小路が好きですよ、とアピールしておく。なんで俺が人の恋愛応援してるんだよ。俺は忙しいんだ。この話はこれで終わりにしてくれ。
「……櫛田が、俺の話を……差し支えなければ、どんなことを話しているか教えて欲しい」
まだ続けるのか……というか、綾小路はエゴサするタイプなんだな。あれは人間の構造的にあまり建設的ではない行為だぞ。そう思っていると、テントが開く音が聞こえた。誰か起きたか?
「よく、一緒に行動する事と、頼りになるといった感じの事を言いますよ。あと、そうですね。これは俺の主観ですが、堀北さんとばかり行動している事が気になっているようです。まあ、櫛田さんはずっと堀北さんと仲良くしたいみたいですし、一方で堀北さんは綾小路君以外は寄せ付けませんから、気になるんだと思いますが……」
はい、これで本当に終わりな。
「……そうだな。確かに堀北と櫛田の関係は何とかしたいな。赤石は何か良いアイデアはないか?」
つまり、お前のハーレム事情の改善策を出せと?
「堀北さんは、誰に対しても刺々しいところがありますし、中々難しいですね。一度三人で話をしてみたらどうでしょうか?綾小路君ならあの二人の架け橋になれるのでは?」
自分でぐちゃぐちゃにした人間関係なら自分で処理して下さい。スパゲッティコードは作った本人が直しなさい。
「悪いが、俺には難しいな。最近知ったんだが、人間関係全般が苦手なようだからな。堀北の成長に期待だ」
そっすか。
綾小路のなんとも言えない答えに無言になっていると、新たな人影が加わった。平田だ。
「おはよう、赤石君、綾小路君」
今日も眩しい笑顔だ。
「ああ、おはよう、平田」
「おはようございます。平田君」
平田を新たに含めたメンバーで適当に雑談を続けた。
雑談の中には平田の体調についても含まれていた。まあ、煮沸水を飲んだが大丈夫だったらしい。当然の事だが、一応確認できてよかった。平田曰く、本日から川の水を解禁するとのことだった。俺は提案者のため当然参加の意を示した。あと、聞いたところ綾小路も参加してくれるそうだ。まあ、綾小路は泥水でも平然と飲んで、そして何の問題もなく過ごせそうな雰囲気があるがな。
そのまま各自の無人島試験での意気込みなどを適当に話をしていると、話の合間を縫って綾小路が新しい議題を打ち出した。
「そういえば、二人は昨日の伊吹についてどう思う?」
怪しいね。間違いなく怪しいね。アイツはきっと龍園の使いですよ。間違いない。
「伊吹さんか。正直複雑だね。助けてあげたい気持ちが強いし、あんな怪我をしている以上、助けるべきだと思うよ。でも……」
そう言いながら平田はチラリとこちらを見た。え、こっから先、俺が言うの?なんか、俺が冷たい人みたいじゃん。
「俺は、伊吹さんは少し怪しいと思います。こう言うのは酷かもしれませんが、彼女はリタイアすべきだったと思います。昨日の時点で。それが最善だと彼女自身も分かっているはずです。しかし、彼女はDクラスの陣地に来ました。正直、Cクラスのスパイなのではと勘ぐってしまいます」
というか絶対スパイだろ。スパイじゃないなら、リタイアしろ。そして「いじめ」ないし暴行罪で龍園を訴えろ。たぶん勝てるぞ。そして龍園を停学に――っは!駄目だ。それは駄目だ。そんなことをしたら邪神の封印が解かれてしまう。なんということだ、これでは伊吹は学校に訴えれない。
……もしや、それも龍園の考えの上ではないか?伊吹は邪神を解き放ちたくない、唯一封印できる龍園が必要、龍園が伊吹をボコって潜入させる。ボコられてるから怪しまれない。なんということだ。龍園の計画を完全に理解してしまったぞ……なんと恐ろしい。そしてこの策の真に恐ろしい点は、他のクラスも訴えられないところだ。伊吹のことをチクっても龍園が停学処分、最悪退学になってしまう。そしたら、この学校は邪神の支配下に置かれてしまう。なんと恐ろしい。恐ろしい。クソ、これでは伊吹を排除できないではないか。
いや、ここは誠心誠意伊吹を説得してリタイアしてもらうか?別に学校にチクらなくても、怪我や体調不良でリタイアはできるだろうし……リタイアしろ伊吹。そして、スパイだけはするな。リタイアしてCクラスのポイントを減らせ。減らすんだ、あの邪神の生きる糧を少しでも減らすんだ、伊吹。お前ならできる。だからリタイアしろ。
「赤石君、それは、少し厳しい考え方のような気がするな……綾小路君はどう思う?」
平田的にはやはり駄目であった。
「……そうだな。かなり大きな痣が伊吹にはあった。そのことを考えるとスパイの可能性は低いと思う。それに、もしリタイアすればクラスポイントを減らした者として龍園に制裁を受ける。伊吹はそれを恐れているんだと思うが……」
確かに龍園の制裁は怖い。0.6椎名くらいある。でも、恐怖を克服して前に進むことも時には必要だと思う。ずっと図書館を避けてた俺が言っていい台詞かどうかわからないけど。
「……ですが、資材も有限です。伊吹さん、いえ、Cクラスの人を一人助けるためにDクラスの限られた物資を使うのは、少し抵抗を感じます。道義的には、俺の言う事は間違っているかもしれませんが、でも、平田君には分かって欲しいです」
正直、伊吹がスパイじゃなかったらマジで申し訳ないとは思うけど、でもスパイだよ。というか、龍園って俺の知ってる感じ、部下を殴るのには理由を求めるタイプだから、どうせ今回もフリだよ。苦肉の策だよ。絶対スパイだよ。伊吹何某改め伊吹黄蓋だよ。
「赤石君の言う事は分かったよ。でも、幸いまだ物資がある。とはいっても、これはほとんどは君のおかげで得られたものだから、本来は君の言葉に従うべきだとは思うんだけど……一度だけチャンスをくれないかな?伊吹さんが怪しい行動をするまでは彼女を信じたいんだ。駄目かな?」
そう言うと、平田はいつもの誠意を込めた表情でこちらを見た。やめろ、平田、その表情は俺に効く。
「……平田君がそこまで言うのでしたら」
あんまり、平田の意見に歯向かうのは良くないし、この位にしておこう。
***
その後、平田の彼女の話に話題が変わったあたりで雑談を打ち切り、俺は一人で陣地の周囲を見回りに出た。今日の収穫予定物の確認のためだ。昨日分かったことだが、やはり俺の持つ植生データは有用だ。これを利用し、飢餓無きポイント稼ぎを行い、快適なDクラス生活としたいところだ。
これはリンゴ、これはアケビ、これはタロイモと、脳内に記憶した位置を再確認し、午前中に回るべき探索ルートを自分の中で作っていく。昨日と同じ大人数を率いるならば裏道は使えない。さすがに多くの人がいる中で裏道を多用したくはない。ちなみに昨日、王にも秘密と言ってある。
これはブドウ、これはカボチャ、これはナス、うーん、食材の相性や栄養バランスも考えて採取した方がいいのかな。そうすると篠原あたりと相談するべきか?いや、しかし、何を採ってきて欲しいと聞くのは少し変か?
いや、まあ、午前中に見つけたので、と言えばいいか?実際、今見つけてるみたいなものだし。うん、あとで料理班のメンバーに見つけたものについて話をして、その上で採取物で特に欲しいものを聞いてみよう。
そんなことを考えていると、何処からか視線を感じた。はて?と思い、周囲を見るが、特に人影はない。気のせいか。ううん?何か見られている感じがしたが……どこかのクラスの偵察か?もしそうなら、こんな早くからよくやるな……うーん、大丈夫とは思うが、一応陣地に戻るか。襲われたら怖いし。
陣地に戻ると、半数近くの生徒が起きており、一部は作業に勤しんでいた。焚火班と料理班が特に熱心に取り組んでいるように見えた。篠原を中心とした女子数名の料理班は5ポイントで買った調理器具を巧みに使いこなし、昨日は40人分の料理を作った精鋭部隊だ。今回も残りのものを上手く調理してくれるだろう。朝食、期待してまっせ!
昨日の活躍度合いが目出度かったのは調理班や釣り班だが、同時にいぶし銀のような活躍をした班もある。焚き火班だ。池を中心とした人員で構成されており、一見すると赤点三人衆とか期待できない、と思いそうだが(というか、俺はちょっと思っていた)、実はこの池、なんと無茶苦茶着火が上手いのだ。
昨日実演を見してもらったが非常に鮮やかなものであった。俺も練習したが、あんな風にはできなかった。ちなみに、同じ焚き火班であった綾小路、佐倉、山内も力量は俺と変わらないのか着火には至らなかった。うーむ、池、お見事と思ったものだ。そして今も、池が火を管理しているようだ。うーむ、今日の火もなかなかのものだ。これは敬意をこめて、池ではなく池君と呼ぶべきか……?
そう思っていると料理班の篠原が池君の方へ向かっていき、何かを話していた。ちょ、待て、まだお前は喧嘩しているのか。ここで有能二人が喧嘩するのは不味い。篠原、コイツの火の技量はなかなかのものです。ここは見逃してやりましょう。その思いが通じたのか、二人は怒鳴りあうことなく、というか若干朗らかに話し合っていた?はて、昨日はあんなに仲が悪かったと思ったが……うーん、苦難を共に乗り越えるということで和解でもしたのだろうか?まあ、いいか。喧嘩がないのは良いことだ。
その後、美味しい朝飯を腹に入れ、少しばかりの休憩を挟み、朝8時の点呼を迎えた。点呼が終えると自由行動になり、料理班に朝見つけたものについて報告し、必要物資の確認を行う。ふむふむ、昼飯はそういう感じの料理かー、と思っていると、池君の怒った声が聞こえてきた。また揉め事か……
見ると、見覚えのある男子生徒が二人、確か、バスケ部の小宮と近藤だ。また須藤に声をかけにきたのだろうか?こいつら、須藤の事が好き過ぎるだろ。小宮と近藤はジュースを飲みつつ、忙しなくお菓子を食べながら、龍園について語ってくれた。なんでも、夢を見せてくれるらしい。おそらく真実だろう。
実際、俺は5月から7月にかけて夢を見ていた。邪神が封印されていた夢を。結局その夢は覚めてしまったけれど、けれども、龍園が見せてくれたひとときの夢は今でも思い出すのだ。ああ、あんな日常がいつまでも続いていればな、と。まあ、Cクラスの陣地に行くとか罰ゲームでしかないので、当然行かない。というか、Cクラスの陣地に行って見れる夢とか、それただの走馬灯だから。臨死体験は誰もしたくないから。
しかし、龍園は浜辺に陣を敷いたのか、意外だな。あそこは不毛の地だと思ったが……龍園は浜辺に何を見出したのだろうか。いや、もしかしたら何か宗教的な意味があるのかもしれない。邪神を封じるには砂地が必要だった、とかだろうか。やはり英雄の考えることは我々凡人には理解できん。
そんなことを考えていると、よからぬ気配を感じ、思わず周囲を見ると綾小路と堀北がこちらに近づいてきた。俺のそばに近寄るなああーッ 。
「赤石君、少しいいかしら?」
よくない。帰れ。
「はい、なんでしょうか、堀北さん」
適当に返事をすると、堀北はトレードマークの鮮やかな黒髪をはためかせながら口を開いた。今ふと思ったが、その髪、無人島だとセット大変そうだな……
「まず始めに、今からする提案は私の意志ではなく、綾小路君がどうしてもと私に頭を垂れたから、仕方なく行うということを前提に聞いてもらえるかしら?」
わかったから、帰って。俺は今忙しいの。
「は、はい……えっと、それで?」
「私と綾小路君はこれからCクラスの偵察に行くことになったわ。そこで貴方のサバイバルの知識が役に立つ可能性がある……。ここまではいいかしら?」
よくない、と思い堀北を見るも、何を勘違いしたのかそのまま言葉を続けた。
「続けるわよ。勿論、これは可能性であって、あまり役に立てない可能性は十分あるわ。というより、私はあまり役に立てないと考えているのだけれど……貴方は忙しそうには見えないし、クラスの為を考えるなら貴方も来なさい。以上よ」
俺はこれからDクラスの昼飯を調達するから無理。という建前は置いておいて、Cクラスの陣地とか絶対行きたくない。お前が今俺に言った言葉は死ねという言葉に近いぞ。なぜ邪神の贄にならねばならないのか。贄は俺以外にやってほしい。というか、お前たち二人は自殺志願者っぽいから、さっさとCクラスに行って邪神の糧となれ。
「えっと、堀北さん、言いたいことは分かりますし、俺を評価して頂けて、大変光栄なのですが、……ただ、申し訳ないのですが、俺はこれから食料探索に向かいますので、そちらの方でDクラスに貢献できれば、と考えています……」
というわけで、自殺は二人で勝手にして。骨は拾わないけど、贄になってくれたら感謝はするよ。たぶん、にぎにぎしたら邪神も少しは満足するだろ。だから、お前ら二人が犠牲になれ!俺の代わりにな!!
「まず、貴方のことを私
そこまで言うと堀北は一呼吸置いた。今なんか、妙に『私は』の『は』を強調していたな……もしや……
「――貴方の技術的な知識は平田君が既に継承しているし、食料探索については貴方よりも優秀な櫛田さんがやってくれるから大丈夫よ。Cクラスの分析に貴方が必要だと言っているの。分かったのなら、従いなさい」
やだ。
いや、まあ、堀北の言っていることは分かる。実際、サバイバル知識について使えそうな、ポイントの使い道・陣地設営・水の知識なんかは平田に話してしまったし、火に関しては俺よりも遥かに凄い池君がいる、残った食料に関しては櫛田に食えるものについて話した以上、俺が必要ないと考えるのもそんなにおかしくはない。
でも、俺は櫛田が知らない場所、というか無人島全域の植生を知ってるからやっぱり食料班が天職だと思うよ。説明できない、ってか、説明したくないけど。
しかし困ったな。困り過ぎて、なんとなく井の頭の方を見てしまった。すると、井の頭の近くにいた櫛田が頷きながらこっちに来た。いや、お前じゃない。
「赤石君、私からもお願い。きっと赤石君がいれば、堀北さんたちの力になれるよ」
おい、馬鹿やめろ。というか、何でだよ。お前、実は堀北好きだろ。なんで堀北の協力してるんだよ。お前、これ断れないじゃん。断ったら角が立つじゃん。何で俺がCクラスに行く事になってるんだよ。
クソ仕方ねぇ。こうなれば、邪神が降臨した瞬間、「この二人です、この二人が聖典である『月長石』を愚弄しています!」と告発しよう。そしていかに自分が『月長石』を愛読しているかを語り、邪神を鎮めてみせよう。えーっと内容は……全然読んでないけど、まあ、適当に話を合わせておけば大丈夫だろう。
「……櫛田さんが、そこまで言うのでしたら。堀北さん、よろしくお願いします」
俺がそう言うと、堀北は若干目を細めた。うむ。なんだろう。やっぱり、いつもより優しく見える。口調は変わらないけど、いつもより怖くない。なんでだろう?やっぱり自然が好きなのかな。ああ、いや、堀北は結構プライド高いし、リーダーになれて嬉しいのかな?
全然喋らない綾小路と一緒に堀北の後ろを付いていくと、本陣から少し離れたところで堀北が呟いた。
「櫛田さんに言われるとすぐ頷く……まるで犬ね」
そういう発言は櫛田にも失礼だぞ。櫛田は普通に良い人っぽい所があるから、人を犬扱いしたりしないぞ。あと、櫛田はそういう風に他人に勘違いされること自体に少し嫌な思いをするタイプのように見えるから、思っても口に出さないほうがいいぞ。
まあ、口に出してくれたほうが分かりやすいから指摘はしないけど。それに、櫛田とも結構距離があったし、聞こえてないと思うから大丈夫か。
なお、この時、隣にいた綾小路が僅かに笑い声を漏らしていた。コイツの笑いのツボは分からん。
***
そうして、俺はついに、邪神が眠る地――Cクラス本陣がある浜辺に辿り着くのであった。