実力至上主義の教室と矮小な怪物   作:盈虚

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循環する白い布

 5日目早朝、この日も早くから目が覚めた俺は、起き上がろうとして、止めた。テントの外に人の気配がするのだ。薄目で外の気配を探ると、誰かが、テントの外にある鞄を漁ってるようだ。変だな。こっちのテントには綾小路はいない。もし、綾小路がいれば、漁り人は櫛田か堀北だと確信を持ったのだが……

 そう、思いながら、謎の人物がテントの前から去り、しばらく時間を置いた後に、起き上がり、テントから出る。いつもの川辺の待ち合わせ場所に行くと、井の頭がいた。しかし、どうも様子がおかしかった。頭を抱え、必死に何かを考えているようだ。だいぶ悩んでいるようで、今にも頭から蒸気が出そうな雰囲気だ。

 

「井の頭さん、おはよう」

 

 一応、挨拶をするが、井の頭は返事をすることなく固まったままだ。やばいな、何かあったのか、と思っていると、突然井の頭が「あ、」と呟き、ガバっと、頭を上げ、こちらを見た。いきなり動くと、びっくりするぞ、友よ。

 

「え?赤石君、――――すぐ、戻って、テントに、今日は皆が起きるまでテントから出ないで。それで寝たふりして。きっと、女子の誰か、……櫛田さん、じゃなくて、たぶん篠原さんが騒ぎ出すから、それまで寝るか、寝たふりをしてて。それで、きっと、ずっと掴めなかった流れが掴める。きっと、勝てる」

 

 それだけ言うと、井の頭は、まるで話が終わったという風に、彼女のテントに戻っていった。まったく分からないが、……ここは友を信じよう。

 俺は、素早くテントに戻り、狸寝入りに入った。

 

 

 

***

 

 

 

 時刻は6時40分、本来であれば、外に出て食料を一人で事前探索をし、午前中の櫛田班への準備に備える時間。そんな時間でも、未だ俺はテントの中で横になっていた。うーむ、井の頭の指示によりテントに戻ってみたものの、特に何かが起こる様子もない。はて、友の計算違いだろうか。適当に欠伸をすると、突然、外がざわつき出した。うん?

 それら、しばらくの間、ドタバタ音がして、そして、なんと、井の頭の予想通り、篠原の声が外から響いてきた。うわ、預言者。

 

「ちょっと、男子、集まってもらえる?」

 

 なんじゃ、なんじゃ、と男子たちが少しずつ起き上がりテントの外に出ていく。見ると平田が篠原と何か話し合っている。また、テントの外には篠原だけではなく、女子が10人ほど雁首を並べていた。

 うん?と思いながらも聞き耳をたてると、どうも、軽井沢の下着が盗まれたらしい。そりゃ、何というか、凄い事件だ。なんたって、あの軽井沢だ。Dクラスの女王にして、カースト頂点、そして、溢れ出る虐めっ子オーラ、コイツの下着を盗った度胸も凄いし、コイツの下着にしたという方向性も凄い。

 なんでよりによって軽井沢の下着なんだ?布切れにバラして売るなら、どの生徒でもいいだろうから、態々危険な軽井沢を選ぶ必要はないし、ましてや、そういう目的に使うのなら、もっと魅力的な女子がDクラスにはいるだろう。

 いや、まあ、軽井沢も見た目は可愛いし、軽井沢のような女王様タイプから奪った方が良いと考えている性癖の人かもしれないが……いや、軽井沢みたいなタイプは敵も作るし、性欲的な理由ではなく憎悪的な理由での犯行かもしれない。それなら犯人は女子の可能性もある。まあ、犯行動機はどうでもいいか。

 

 適当に観察した感じ、出張ってきてるのは男子が言う所の女帝チームと傲慢チームの皆様だ。つまり軽井沢軍団と篠原軍団だ。櫛田たちは軽井沢を慰めているらしい。井の頭はきっと、また『何で、私はこんなアホなことをしているのだろう』という顔を浮かべているに違いない。

 ……そういえば、井の頭は篠原が起こしに来るって言ってたな、他にも、今日はテントの中にいろ、とも言っていた。ふむ。これは、間違いなく井の頭は事件について、なんらかのアクションを起こしているようだが……

 うーん、井の頭のポジションがいまいち分からないから、変に関わって井の頭の足を引っ張るのは良くないし、基本は静観でいいな。

 

 やることもないので、騒動をぼーっと、隣に立っている三宅と眺めていると、なんか、持ち物検査するみたいな話になった。犯人が自分の持ち物に隠すとは思えないが……んんん?持ち物検査……?

 もしや、朝、俺が見た人影が犯人なのではないだろうか。あの時、俺達のテントの中には全員いた。もし、あの人影が犯人であれば、その目的は……やばいやばいやばい、こっちのテントの誰かの鞄に軽井沢の下着がある。これは120%間違いない。

 いや、落ち着け、落ち着け、冷静になれ。冷静に、冷静に、自分の鞄の中に手を突っ込み中身を確認すればいいんだ。慌てると怪しい。本当に、自然に手を突っ込め。――クソ、持ち物検査の雰囲気的に、今、自分の鞄を漁ったら怪しまれる……どうする?

 見た所、検査は平田と女子3名により行われる。男子は列をなして、検査を行う者どもの所に並んでいる。そして、その男子の列を、残りの女子が囲み、不審な行動がないかを監視している感じだ。ちなみに平田は最初に鞄を差し出した事で疑いが晴れている(イケメンで完璧なリーダーだから、そもそも疑われていないだけのような気もするが……)。

 現在の並びは7名。メンバーはこちらのテントに所属しているものだ。そして、隣の三宅が動き、彼が列の最後尾についた。雰囲気的に、俺が並ばないと不自然なため、仕方なく三宅の後ろにつく。クソ、前の検査が次々と終わっていき、並びは5名となった。こちら側のテントの最後の一人が俺の後ろに並び、その後ろに隣のテントの本堂が並ぶ。並んでいく感じからに最後は山内や綾小路あたりになりそうだな。

 

 まあ、いい、とにかく俺のやることは、三宅が持ち物チェックの為に鞄を開けるのに合わせて、鞄を開け、周囲の女子にバレないように鞄の中身をチェック。もし下着があったら、片手で握り潰し、ポケットに突っ込む。

 ……できるのか?ポケットに突っ込むのは不審すぎるよな……どうする……いや、落ち着け、俺の鞄にあるとは限らない。確率は10分の1だ。もうこちらのテントで6人がセーフになってるけど、確率は10分の1だ。決して4分の1じゃない。やめろ、俺は現実を見たくないんだ。

 あ、三宅が鞄を開けた!俺も彼の動作に合わせて、ふ~そろそろ鞄を開けるかね~めんどいぜー、といった雰囲気を出しながら、鞄を少しずつ開ける……堀北のヤツ、俺の事をガン見してやがる……あいつ、俺の何が気に食わないんだ……おのれぇ、許さん。貴様の就職先も綺麗にしてやろうか?

 ――お、堀北が視線を外した!どうやら、どちらが真の強者か分かったようだな……よーし、鞄を開けて……市橋・前園、貴様ら誰を見ている!俺を疑っているのか!こっちを見るんじゃない!見るなら他のやつにしろーー!勉強会での教えを忘れたかー!恩知らずどもめ!!

 クソ、こうなれば監視下であろうとやるしかない。不審にならないように、チッ、チャックが詰まったぜという風な演出を行い、手を突っ込み中身を漁る……結果は。セーフ。ふ~、ビビらせやがって。まあ、確率は10分の1ですし、俺じゃないって分かってましたけどね。

 

 しかし、そうすると誰の鞄だろうか。

 ここまで軽井沢の下着は見つかっていない。お、三宅の番だ。前にいるのは三宅と、検査役の平田と女子三人――松下、篠原、長谷部という珍しい組み合わせだ。というか、なんか違和感。あー、分かった、この三人共通点がないんだ。というか、たぶん、あれだ。これ、Dクラスの三派閥の女子一人ずつだ。

 うーん、やっぱDの女子の謎の連携は怖いな。派閥長の三人である軽井沢・篠原・櫛田には、これからも定期的に媚を売っておこう。

 

 三宅の持ち物を調べる平田の表情は検査が始まるときと同じ顔だ、まるで祈るような、聖職者のような顔といえばいいのだろうか。

 やっぱり彼はDクラス一の聖人である。ガールフレンドの下着が盗られても怒るのではなく、皆の安息を祈るその姿には、信仰心に欠ける俺でも、この世に神がいるのではないかと思わせてくれる。そういえば、平田って昔からこうなのかな。まあ、根っからの聖人っぽいし、中学校の頃からこんな感じなのだろう。すぐ手が出る綾小路や堀北、すぐ声を上げる篠原などとは絶対に違うタイプだろう。きっと中学校の時から、穏やかで、暴力性など欠片も無い立派な人だったのだろう。間違いない。

 

 ちなみに他の四者の表情は、この四人の人間模様を分かりやすく伝えてくれる。篠原は平田の近くで持ち物を詳しく調べている。結構疑っている雰囲気だ。疑い60%って感じだ。実質こっちが検査官だ。松下は、三宅の一挙一動を観察している。疑い50%って感じだ。長谷部は緊張しているものの、三宅に向ける眼差しに疑念のようなものは見えない。疑い0%だ。ちょっと意外だ。長谷部は結構きついイメージがあったが……まあ、船室での一件を考えると三宅と長谷部はただならぬ仲のようだから、信頼しているのだろう。

 ……最後の三宅は若干緊張しつつもリラックスしている。コイツの鞄にはないだろうな。ということは、可哀そうに……ババを引いたのは俺の後ろの男子だ。まあ、名前を伏せていたが、正直に言おう、幸村だ。

 さようなら、幸村、お前のことは忘れないよ。お前は絶対冤罪だと思うし、きっと平田もお前のことを信じると思うけど、間違いなく女子のほぼ全てと男子の多くはお前の事を軽井沢から下着を盗った野郎だと思うよ。でも、俺だけはお前が冤罪であることを記憶しておくから……怖いから、庇わないけど。すまない。許してくれ。

 

 

 幸村への別れを告げ終えると三宅の荷物検査が終わり俺の番になる。

 平田と篠原の前に開いた鞄を差し出す。平田は祈りながらも中を探る。疑い0%、緊張99%って感じだ。さっきより緊張してない?平田的には三宅より俺の鞄にあると思ってるの?ちょっとショックなんだけど……

 篠原は、やはり俺と篠原の仲だ。この無人島生活では食料班・料理班と近い任務を帯び、過去には一緒にAクラスを襲撃した仲だ。俺を疑うことはあるまい。うむ、疑い30%って感じだ。おい、0%じゃねーのかよ。何疑ってんだよ。俺らの絆はどこへ行った?まあ、三宅の半分だと思えば、篠原的にはだいぶ譲歩したと言えるのかもしれないが……

 ゴソゴソと中身を見る二人に体を向けながらも、なんとなく気になり、一瞬だけ松下と長谷部をチラ見する。松下はさっきと同じだ。疑い50%。コイツ結構ぶれないよな……冷静って言えばいいのか。さすが軽井沢の懐刀って感じだ。

 そして長谷部は疑い90%って感じだ。いや、なんでだよ。俺は長谷部とあんまり話したこと無いけど、男子の殆どは長谷部と話したことは無いはずだ。おかしいだろ。何でこんな疑ってるんだよ。というか、パーセンテージの合計とったら、三宅より俺の方が疑わしいのかよ……まあ、確かに三宅は欲が少なそうな顔してるけどさ。なんかおかしくない?大半は長谷部のせいなんだけどさ。

 

 色々と考えさせられた人間関係であるが、篠原が検査に満足したため、俺も晴れて無罪メンバーの仲間入りとなった。そして幸村の番だ。せめて祈りは捧げよう。

 

 

 

***

 

 

 

 荷物検査は続き、現在、池君の番だ。幸村?無罪メンバーだよ。あれれーって感じだけど、うん、たぶんアレだ。きっと朝の出来事は俺の勘違いだ。もしくは、軽井沢下着事件とは無関係だ。

 

 うん、まあ、いいや、実況に戻ろう。残りは池君、山内、綾小路だ。池君には今後も焚き火を頑張って欲しいので、できれば彼でないことを祈りたい。

 

 池君は、何度も後ろにいる山内や綾小路の方を振り返りながらも、篠原に鞄を差し出した。綾小路たちは、どういうつもりか、テント前でなんかゴソゴソしている。なんかあったのか?もしや……いや、まあ、いい、池君の方に視点を戻そう。

 篠原は疑い80%って感じだ。うーん、調理班のリーダーと焚き火班のリーダーとして、二人はそこそこ仲が改善されていたように見えたが……

 松下はいつも通り、疑い50%だ。コイツは殆どの男子に対して疑い50%って感じだ。良く言えば差別しない。悪く言うと、全ての男子を疑っているって感じだろうか。長谷部は疑い70%って感じだ。俺よりは甘い配点に見える。というか、コイツ、露骨に俺にだけ疑いの視線を向けていたぞ……

 

 まあ、全体的に疑い指数が高い池君であったが、鞄からは軽井沢の下着は見つからなかった。なお、篠原や松下からは「鞄の中に隠してない?」とか、「なんで綾小路君たちとコソコソしてたの」などと尋問されていた。こういう風に平田以外の観察官は池君などの一部の男子に尋問を行っている。厳しいっすね。

 池君が苦しみながらも勝ち取った無罪であったが、残った綾小路と山内はテントの前で蹲ってしまい中々来なかった。しかし、女子たちから激しい罵声を受けて山内がリング、もとい検査場に登った。そして、池君が受けた疑惑の眼差しと同等かそれ以上の視線と尋問を受けた山内であったが、彼の鞄からもブツは発見されなかった。

 

 残った綾小路にほとんどの生徒の視線が突き刺さった。

 綾小路さん。残念です。まあ、でも正直言うとね、俺は綾小路じゃないかなって、ちょっと思ってたんですよ。綾小路は堀北・櫛田相手に二股、その上、一之瀬様や佐倉にまで手を出しているような雰囲気があるのだ。顔は可愛い軽井沢を見て、やっちまうか、と考えたのかもしれない。さらば綾小路。

 綾小路はこちらに来て、鞄が検められる。最後の一人だ。平田と篠原が慎重に中身を確認していく。長谷部は、明らかに、コイツだろうな、という視線を綾小路に向けている。が、なんと、発見されなかった。はて?と思っていると、篠原から厳しい一言が告げられた。

 

「さっきから、三人はコソコソして怪しかったよね」

 

 はい、池君、山内、綾小路は身体検査されるようですね。なるほど、やっぱり綾小路も俺と同じことを考えていたようだ。いや、まあ、池君や山内、もしくは俺の先ほどの推論通り、幸村、はたまた三宅という可能性もあるが……

 

 三人は身体検査を渋っていたものの、途中で、何を考えたのか、山内が「無罪を証明するためなら」などと言い、平田の前に立ち身体検査を受けた。山内の言葉を聞いた池君は顔を強張らせながら山内を見て、彼が何も持っていないことを平田から明らかにされると、今度は綾小路の方を見た。綾小路はいつも通りの無表情だ。

 なんか、状況が分かってきたぞ。たぶん、この3人の誰かが、軽井沢の下着をゲットしてしまったのだ。そして、誰が隠すか揉めた結果、山内と綾小路のどちらかとなったのだろう。まあ、状況から綾小路が下着を保有している可能性が高い気がする。

 

 間違いない、綾小路から軽井沢の下着が発見される。今度こそ、さらばだ、綾小路。

 

 

 

***

 

 

 

 その後、身体検査の結果、Dクラスの男子に疑わしい者がいないと証明されたのであった。まあ、俺は信じてたけどね。勿論、綾小路のこともね。彼はDクラス一の参謀タッグであり最強タッグである片割れだ。こんな事はしないと思ってたよ。

 しかし、そうすると誰がやったんだろうか。仮に男子じゃないとすると、まあ女子ということになるが……む、もしや。いや、まあ、これは仮定だが……いや、友も何か画策しているようだし、この考えは秘めていた方がいいか。

 

 

 一旦検査大会は解散したものの、少し時間が経つと、再び平田による招集があった。女子は男子を未だに疑っているようで、女子のテントを男子から離したいという要望を告げてきた。

 あと、軽井沢は意外な事にガチ泣きしたのか、目が真っ赤に腫れていた。うーん、軽井沢のイメージ的に怒り狂いながら襲い掛かってくるか、余裕の態度で周囲に精神攻撃するかの二択だと思ったが……

 

「ねえ、平田君、軽井沢さんのために手伝ってくれる?」

 

 現在の議題は、女子がクラスの分断を主張し、それに男子が乗ってしまい、テントは女子が動かせよみたいな話になって、それで篠原が平田にテントを動かす助けを求めた感じだ。平田はこんな状況でも唯一女子から信頼があり、疑われていないようだ。

 まあ、ある意味当然と言える。事態を静観すると、平田がそれを了承し、平田の重労働が確定したかと思ったが、そこで堀北が異議を唱えた。曰く、平田は信用できないとのことだ。

 

 おいおいおい、コイツ死んだわ。当然軽井沢は激怒。まさかの軽井沢と堀北のレスバが見れるとは……野次馬根性で眺めていると、二人の議論はヒートアップしていき、精神攻撃の打ち合いとなってきた。うーん、これ、俺らもう帰って良くね?男子の半分くらいが、きっとそう思っているだろう。

 堀北曰く、自分の彼氏である綾小路の方が信頼できるので、平田と一緒に作業させようとのことだ。ちょっと俺の主観が入ってしまったかもしれない。それに対して、軽井沢は、綾小路はむっつりスケベ!と言い放った。

 流れ弾に当たった綾小路は苦しそうだった。やっぱり彼は見た目が可愛い女の子に弱いね。いや、まあそれは殆ど全ての男子生徒に当てはまる弱点だから仕方ないのだが。

 ちなみに、俺はこの問答が行われた時に笑いを堪えるのに必死だった。だってさ、むっつりスケベだよ。普段のクールさと堀北と路上でやってしまったギャップを考えると、言い得て妙だろ。でも堪えたよ。だって笑ったら間違いなく謎技術でテントのシミにされるからね。命がかかっているから俺も必死だよ。

 

 平田の援護もあり、結局、綾小路もテント移動に参加することになった。お疲れ様です。

 

 

 

***

 

 

 

 綾小路たちがテントを動かしている一方で、他の男子は何をしているかというと、何もしていなかった。男子の移動は許可されず、午前中はテントの近くで男子は集まり、それを女子が数名で監視にあたっている状態だ。刑務所かな?

 ちなみに女子は普通に移動が認められていた模様。女子が犯人かもしれないだろ、と多くの男子が反論したものの、軽井沢軍団が睨みをきかせた結果、男子の意見は黙殺された。平田は女子を説得していたが、残念ながら上手くいかなかったようだ。

 ううむ、これは一種のクーデターと言える。クソ、やはり武闘派は危険だ。平田の制御すら効かないとなると、軽井沢への今後の媚売り活動を強化する必要があるかもしれない……しかし、俺と軽井沢は相性があまり良くない。なんたって、平和主義者の凡人と超絶虐めっ子のカースト女王だ。交渉に一歩間違えれば、奴隷階級にまで堕とされそうだ。ひぇ、軽井沢怖い。

 

 食料探索にも行けないので、午前中はやる事もなかった。疑心暗鬼に包まれたクラスでは会話も少なく、時折される会話は、男子の、『女子が悪いよー』という内容であり、二、三ワード話したあたりで、監視にあたってる女子がイチャモンを付けてきて、会話が終わる。その繰り返しだ。やっぱり刑務所かな?

 そして馬鹿みたいな話だが、今回、無人島生活にあたって、初日以来初めての昼食抜きだ。理由は食料探索を行えない為の食料切れだ。これ餓死するまで続けるのか?と思っていたが、さすがにそんなことは無かった。平田と綾小路によるテント移設が終わったからだ。お疲れさまでした。

 どうも、現状、女子のスタンスは交渉には平田を使わなくてはならず、男子と何かを協力するにも平田を経由する必要があり、彼の作業が終わるまで、男子と上手く話せず監視していたようだ。いや、だったらテント移設に平田を使うなよ……何もやってない俺が言うことでもないだろうが、さすがにアホすぎませんかね。

 まあ、それも、このクラスの平田依存度が高すぎるのが原因か。……平田一極体制の構想を考えたのは俺だし、結局、原因の一部は俺にあるかもしれないが……。まあ、いいや、こういうこともあるね、しょうがない。俺のせいじゃない、俺のせいじゃない。

 

 平田の訴えもあり、臨時に食料班を編成することになったが……この編成は揉めに揉めた。俺としては、植生を知っている俺と、あと場数があり指揮力もある櫛田がいれば、残りはどうでも良かったのだが、男子女子ともに、誰がベースキャンプに残るか、誰がベースキャンプから離れるかを議論した。

 

 男子の多数は退屈な刑務所(ベースキャンプ)よりも外で食料探索をすることを望んだ。池君や山内は熱心に自分の有用性について訴え、幸村などの非アクティブ系男子も退屈が過ぎたのか自分がやると立候補していた。もう、希望者全員参加でいいんじゃない?

 

 一方で、女子の方は統率が取れており、三派閥のリーダーが車座になり話をしていた。各リーダーの後ろに構成員が集まっているあたり、どう贔屓目に見てもヤクザの会合にしか見えなかった。

 時折、「ベースキャンプに誰が残るか分からないから、男子のメンバーが決まってから決めた方がいいんじゃない?」とか、「でも、絶対探索には行かせちゃいけない男子がいるよね~」とか、「うん、賛成、ベースキャンプにちゃんと繋いでおかないと何するか分からないし」などという声が聞こえてきた。おい、それ俺のことじゃないだろうな。

 なお、こんな時でも佐倉と堀北は話し合いには参加していなかった。佐倉は女子の集団から少し離れたところに座っており、堀北は、嫌悪と侮蔑の眼差しで女子の集団を見ていた。なんとも平常運転である。

 

 その後、男子の間で、熾烈なジャンケン大会が行われた。平田・三宅・綾小路以外全員が参加した。ちなみに俺は負けた。まさかの敗北である。いや、俺も頑張ったのだ、自分は食料班に所属していたし、経験で他の男子に勝っているとアピールしたりすることで、Dクラスへの貢献度を示したのに、残念ながら、話し合いではなくジャンケン大会になってしまったのだ。道理が通らぬ世の中である。

 

 しかし、ジャンケン大会が終わった後も過酷な現実が待っていた。ジャンケンで勝者10人が決まるや否や、軽井沢を中心とした女子が編成に口出しに来たのだ。

 例えば「平田君も一緒に食料班に参加してほしい」とか、「山内君は役に立たなそうだからベースキャンプに残ってよ」とか、「須藤君は力があるんだから、食料班に参加して」などなどだ。これジャンケンした意味ねーじゃん。男子は反論するも、暴れまわる軽井沢軍団には敵わず、結局は女子の希望を全て受け入れた編成となった。

 これにより、最終的に男子は平田を中心に11名が参加した。一方女子は10名となり、計21名のメンバーが参加することになった。食料班の歴代最高人数更新である。というか、大所帯すぎる。

 ちなみに、居残り組は、男子は、俺、三宅、綾小路、池君、山内、本堂、外村、幸村であり、女子は櫛田、井の頭、王、小野寺、長谷部、篠原、市橋、前園、堀北、佐倉、伊吹となった。うーむ、良く分からん組み合わせだ。一応、派閥で別れているみたいだが……あ、いや、篠原たちは調理班か。まあ、搬入手順などを考えると、調理班は残った方がいいだろう。うん、さりげなく焚き火班も全員残っている。結構、女子による編成介入は合理的だったかもしれない……いや、じゃあなんで食料班のリーダーであった櫛田とナビゲーターであった俺が参加できないんだ?やっぱり適当なんじゃないのか……

 

 まあ、仕方がないので、平田たちの出発を見届けた後、再びテントの前に座る。役目がない男子は基本的に女子の監視が行き届く場所にいなければいけないらしい。トイレどうすんの、と思ったが、さすがにそこは監視されないらしい。ムショよりはマシか……

 しっかし、他人に見られる環境というのはストレスを感じる。あーイライラするなー、と思いながらも、チラリと辺りを見る。看守、もとい、監視をしている女子はだいたい3人だ。1時間に1回交代があるようで、メンバーが変わっていく(当然、伊吹はメンバーに含まれていない)。

 例外的に櫛田だけは常に看守を引き受けている。これは、最初、綾小路を合法的に監視するためかと思ったが、そういう訳ではなく、綾小路以外の男子とも関わる事で、男女間の溝を埋めようと頑張っているように見えた。櫛田の表情にはあまり嫌悪感は見えず、男子の中に犯人がいると思っていないのかもしれない。あと、もしかしたら、現状平田にしかできていない、男子と女子の交渉窓口になろうとしているのかもしれない。分断が進んでいるDクラスにとっては、とても立派な行動だと思う。俺にはとてもできない。

 

 

 現在の看守、じゃなくて監視役は櫛田、前園、堀北だ。強そう。

 勇気が乏しい俺は、ブルブルとテントの近くで震えながら、目を付けられないようにする。前園も絡まれると面倒なタイプだが、なんといっても堀北と櫛田が同時に看守になっているのだ。これは危険だ。どっちかと会話すると、間違いなく大変な事になるぞ。綾小路、お前に言っているんだぞ。

 いや、まあ綾小路以外の男子でも、どちらかと話すと、もう片方から敵認定されそうな雰囲気があるから、なんとも言えないが……一応、櫛田は堀北の事を気に入っている可能性もあるから、堀北と話す方が安牌かな?まあ、堀北と話すと、煽られまくるから、男子どころか女子も彼女とは会話したがらないけどね。

 

「綾小路君、どうしてジャンケンに参加しなかったの?」

 

 おっと、しかし、何という事でしょう。櫛田が綾小路に話しかけてしまいました。これは大変な事になるでしょう。おっと、危険です。堀北がこちら、つまり綾小路をガン見しています。これは困った。完全に位置取りを間違えた。

 クソ、綾小路がテントの傍に座ってるから、俺まで巻き添えを食らってしまう。よし、避難するか。そろりと立ち上がり移動すると、ちょうど堀北がこちらが側、つまり綾小路の方へと近寄って来るのが見えた。あばよ。綾小路。

 

「クラスには貢献したかったが、やりたい奴がいるなら、そいつにやって貰った方が良いと思ってな……」

 

「あはは、綾小路君らしいね」

 

「そういう櫛田は何で参加しなかったんだ?」

 

 櫛田と綾小路が会話しているのを尻目にそのまま、そそくさと離れると、またしても腕を掴まれた。やめろ、綾小路、修羅場へはお前一人で行けと思い、振り返ると、堀北がいた。おい、何で俺を掴む。お前は綾小路を櫛田から奪い返すのが使命だろ。いいのか、今めっちゃ話してるぞ。アレ止めないと、櫛田に綾小路を取られるぞ。

 

「何処へ行くつもり?」

 

 お前らが存在しないところ。 

 

「堀北さん。あの、トイレに行きたかったのですが……放してもらえませんか?」

 

 堀北は訝し気に、こちらを見た。そして、たっぷり十数秒かけて、俺の方をジロジロと観察すると、

 

「そう……分かったわ」

 

 と言い、堀北は腕を放した。変に間を取りやがって。大物気取りがっ。ぺっ。だが手を放したのなら、こっちのものだ。しめしめ、と思い、綾小路たち三人から距離を取るため、トイレに向かう。まあ、実際は嘘なのだが……一応トイレに入って、少し時間を置いた後、出る。手を洗い終えた所で、また、がしり、と腕を掴まれた。

 

「用事は済んだかしら?」

 

 ……いや、綾小路の所にいけよ。ここからじゃ視界が通らないし、声も聞こえないけど、きっと今櫛田とイチャイチャしているよ。邪魔しないとマジで正妻のポジションを櫛田に取られるぞ。無関係な男子を煽ってる暇はないぞ。

 

「ええっと、まあ、済みました。あ、堀北さんもトイレでしたか?俺は戻りますね……すみません」

 

 適当な事を言って、逃げようとするも、堀北は掴んだ腕を放す気配はない。それどころか、ベースキャンプから離れる方向へと進みだした。おい、放せ。お前は今までに俺の腕を掴んだ回数(手を握った回数はカウントしない)を憶えているか?たぶん歴代一位になったぞ。大変不名誉なことだぞ。

 数分歩いたところで、堀北は歩みを止めたが、腕は放さず、未だに、がっしりと握っている。

 

「私はあなたに質問、いえ、尋問したいことがあるわ」

 

 俺には無いよ。というか、言い直すな。悪化してるぞ。

 

「ええっと、その、――」

「――まず、最初に、軽井沢さんの下着を盗んだのは貴方かしら?」

 

 違ぇよ。というか、話を最後まで聞け。人の台詞に被せるな。

 

「違います」

 

「……昨日も言ったけれど、貴方は私に隷属する立場よ。後で虚偽が判明した場合は叛逆行為として厳しく罰するから、そのつもりで答えなさい」

 

 コイツ、さては、俺の事を疑っているな……本当に、何で俺なんだよ。いや、もしかしたら、疑っているのではなく、精神攻撃をしたいのかもしれない。

 より具体的に言うと、堀北は櫛田と仲が良い男子全員をトイレ近くで一人一人絞めてるのかもしれない。真っ当に自分を磨いて綾小路にアタックしろよ。なんでライバルを攻撃してるんだよ。しかも本人にではなくライバルの近くの人間を攻撃とか、迂遠すぎるぞ。もっとちゃんと騎士道精神を持て。

 

「嘘のつもりはないのですが……変な言い方になりますが、俺は平田君とも仲が良いと思ってますし、客観的に見ても、俺が犯人である可能性は低いと思っているのですが……」

 

 わりと本音である。まあ、堀北には関係ないんだろうけどね。この少女、優秀だと思っていたが、綾小路が絡むと、判断が感情的で無茶苦茶だな。

 

「そうかしら?私から見れば、貴方は十分に怪しいわね。少なくとも3割以上の可能性があると思っているわ」

 

 正直だな!というか、3割なのか……打率で考えればかなり良いと思うが、ここまで『疑ってます』みたいな顔をしている堀北が言うには低すぎる気がする。もっと怪しくなってから、相手を責めてくれ。捜査というのは疑ってかかってやっちゃいけないし、間違えていたらごめんなさいで済まないんだよ。

 

「えっと、その、何と言いますか、7割方、俺ではないと思っているってことですよね?」

 

 『クラスメイトを信じろ』という思いを込めて発言するも、堀北は俺の言葉をガン無視し、次の質問を投げてきた。おい、会話しろ。

 

「次の質問に移るわね。貴方はさっき、私と目が合うと、まるで逃げるように移動しようとしたけれど……それは何故かしら?疾しい事が無いなら説明できるわよね」

 

 俺はただ、お前らの修羅場に巻き込まれたくないだけなんだけど。

 

「トイレに行きたくなった時にトイレに行っただけなのですが……」

 

 堀北は殺意の籠った視線でこちらを睨んだ。怖いからやめろ。

 

「……真面目に答える気が無いようね。そういう態度を取るのなら、貴方の怠慢と命令への不服従を櫛田さんに相談するわ。せいぜい、彼女からの懲罰を受けた後に、私に謝罪する文面でも考えておきなさい」

 

 悪口やめろ。まあ、俺も櫛田にやったけど……それをやっていいのは俺だけだよ。お前がやっちゃ駄目だよ。せっかくの媚売りが台無しになったらどうするんだボケ!

 いや、恋敵の意見なら櫛田もあまり重視しない可能性もあるか?……待てよ、櫛田は、結構、堀北の事を内心気に入っている可能性が出てきたし、ちょっと危険か?

 

「……怠慢ですか。そのようなつもりは無いのですが……どうも、俺は堀北さんを不快にさせてしまったみたいですね。すみません」

 

 ごめんね。だから悪口は止めようね。俺も無人島にいる間は堀北の悪口で櫛田と盛り上がらないようにするから、止めようね。

 自分なりに誠意を込めた謝罪だったが堀北には伝わらず、彼女はこちらに軽蔑の視線を流した後、俺の腕をようやく放した。そして、俺の方を見向きもせずに歩き出した。しかし、数歩、歩いたところで止まり、振り返った。いや、そのまま見向きもせずに進んでくれよ。止まるんじゃねぇぞ。

 

「何をやっているの?」

 

 そんなキレ顔で言われても、反応に困るんだけど。

 

「はい?」

 

 思わず、久々に、感情をそのまま乗せて、言葉を発してしまった。対する堀北は、左手で僅かに、彼女自身の額を触った。

 

「ベースキャンプに戻るわよ。来ないようなら、腕を引き摺って行く事になるわ。私はそれでも良いけれど」

 

 とりあえず、堀北に従ってベースキャンプに戻った。まるで看守に従う囚人だ。やっぱりここは刑務所だ。

 

 

 

 その後も何度も看守の交代を見ながら、食料班の到着を待った。結局、櫛田は常時看守であった。彼女は、俺以外の男子全員と会話したようだ。こんな状況下で立派な志である。なんで俺は省かれたんだろう……まあ、別に櫛田と話をしたいわけではないから、問題は無いのだが。

 なお、堀北は看守になるたびに、こっちをガン見していた。精神的に疲労するから止めて欲しいのだが……そういえば、結局、井の頭と王は看守にならなかったな。まあ、あの二人の雰囲気的に監視役は難しいか……

 

 

 

***

 

 

 

 夕方になり食料班が帰還した。櫛田がいなかったため不安視していた食料班であったが案の定、成果は歴代最低であった。

 櫛田の代わりに平田が入ったものの、食料班としての適性は櫛田が上だったのか、はたまた、人数が多すぎて統率が困難だったのか、もしくは、他のメンバーが足を引っ張ったのか、理由は定かではないが、彼らは僅かな食料とともに険悪とした空気を出しながら、ベースキャンプに戻ってきたのだった。

 

 一応、平田が説得したこともあり、女子だけで構成される調理班の料理を男子も食べることが許された。とはいっても、食料班の成果が芳しくないため、量は今までの三分の一程度だ。まあ、こんな状況なら食べられるだけマシとも言えるだろうけど。

 なお、未だに男子と女子のゾーンは境界線によって分けられており、女子も男子も器用にその線を超えないように振舞っていた。まあ櫛田や平田・綾小路のように境界線を越えることができる生徒もいるが……

 

 夜の点呼を終えると、綾小路が看守の女子に絡まれ、テントの移設に従事させられていた。女子生徒と綾小路のやり取りは、まさに看守と囚人のやり取りそのものだった。うーん、強制労働まであるとは……やはりここは刑務所であったか。

 

 クラスの分断が始まったが、なんとか、この日はまだクラスとしての名目が保たれていた。ただ、唯一良かった点としては本日も脱落者がいないことだ。とてもよいことだと思う。俺卒業したら世界一クリーンな企業作るんだ!

 

 

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