実力至上主義の教室と矮小な怪物   作:盈虚

40 / 47
堀北鈴音の錯誤3-1

 私、堀北鈴音にとって、赤石求という生徒は、理解に苦しむ存在だ。

 

 

 

***

 

 

 

 特別試験。

 真嶋先生から告げられた試験の内容は、自分の想定のはるか外側の話だった。

 綾小路君も言っていたが、勉学以外のなんらかの指標を用いて、生徒やクラスの能力を測ることは私も予想していた。しかし、それが、このような形で行われるというのは全くの想定外だ。

 この試験は、何もかも未知数だ。自分一人では、難しい試験かもしれない。けれど、Dクラスの有象無象と協力することもまた難しい。平田君や櫛田さんならできるかもしれないが、彼らと違い、私は慣れあうつもりはないのだ。そんなことをしている時間も必要性も、私には無い。

 

――綾小路君なら、どう考えるのかしら。

 

 ふと、脳裏に過った思いを抑える。馬鹿馬鹿しい。彼は、兄さんが認めるだけあって、確かに優秀な面を持っているとは思う。口にはしないが、私も少しだけ、本当に少しだけだが、彼は頼りになると、そう思う所はある。

 ただ、それは弱さだ。自分一人で切り抜ける力。それこそが強さであり、兄さんの背中を見て私が学んだことだ。

 この試験、兄さんはどのように突破したのだろうか。勿論、毎年、同じ試験をやるとは限らない。けれども、多少は、他者と協力を求められる試験があったはずだ。兄さんは……

 

――あの人は天才だ。きっと周囲もそれを理解し、自ずと協力したのだろう。

 

 自分では、きっと今の兄さんの足元にも及ばない。それゆえ、自分に対して協力的なクラスメイトが多くはないのだろう。だが、この試験の性質を考えると、ある程度、彼らと歩調を合わせる必要がある。一つだけ、案があるが、これを選ぶのは、何だか、綾小路君を頼っているようで、気に障る。

 

 それにしても、体に上手く力が入らない。頭も普段よりどこか冴えないように感じられる。Dクラスの慌ただしい面々を見ながら、私はそんなことを考えていた。

 朝から不調だったけれど……僅かに顔に触れる。少し熱い。頬もどこか硬い。表情も上手く作れていないかもしれない。

 普段なら、そんな状態ならば、学校どころか他人に会う事さえしないだろうが、これは大事な特別試験だ。Aクラスに上がるための第一歩となるもの。それを体調不良などという脆弱な理由で参加しないわけにはいかない。

 僅かに、弱気になりそうな気持を抑え、顔を引き締める。ふと、こちらを見る赤石君と目が合った。彼はいつもの様な柔和で惰弱な笑みを浮かべていたが、こちらと目が合うと、慌てたように目を逸らした。彼は入学当初から変わらない。櫛田さんや平田君に媚びるように従い、そして、私とは目も合わさない。上に媚び、上昇意欲がなく、非効率的で、意識の低い、ごく一般的なDクラスの惰弱な生徒の一人だ。

 しかし、綾小路君の意見は違う。今も隣にいる彼は、赤石君の方を見ると、手を挙げようとしていた。おそらく、また赤石君に話しかけようとしているのだろう。そう思ってしまったからだろうか。反射的に綾小路君の腕を掴んでしまった。

 腕を掴むと、綾小路君は、

 

「堀北。いきなりどうした?」

 

 などと言って惚けてみせた。思わず、握っていた彼の腕をつねった。

 綾小路君がこちらを非難する言葉を耳で捉えながらも、私は心の中で別のことを考えていた。

 

――どうして、私は、こんな事に……

 

 また、無駄なことを考えてしまった。体調の悪さが、思考を鈍らせている。

 

 

 他のクラスが動き始め、それに呼応するようにDクラスからも池君たちが動いた。一方で、彼らを制御できなかった平田君は、残った生徒を森の中へと引き連れていった。

 道中、綾小路君と他愛もない会話をしつつ、私は改めて自分のやるべき事を考える。

 綾小路君と先ほど話したこと――先行した池君たちの動きが、正しいかどうかは分からない。

 しかし、あの状況で、素早く行動に移ることができた彼らなら、何か事態を好転させることができるかもしれない。自分には咄嗟にできなかったことだ。Dクラスの生徒全員に能力があるとは到底考えられないけれども、少なくとも、彼らの存在がクラスの好材料となることもあり得るのだ。

 上手く彼らをコントロールできればとも思う。その方法としては、誰かを媒介させて、私の指示をクラスメイトに聞かせるという案を思いついたが……優柔不断な平田君は頼りにならず、疾しい心を持つ櫛田さんは信用できず、そして綾小路君にはやる気がない。

 

 森を歩きながら、特別試験のことを考えようとするが、思考が纏まらない。上陸前よりも少しずつ体調が悪くなってきているのが分かる。

 それに、綾小路君に心配をかけられてしまった。もしかしたら、顔に出てしまっているかもしれない。けれど、この試験の性質上、いえ、私の信念としても、弱さを見せるわけにはいかない。故に、彼にも自分の状態を告げなかった。

 

 森の窪地に着くと、平田君はDクラスの生徒たちを纏め、今後の方針についての話し合いを始めた。とはいっても、Dクラスの生徒でまともな意見を出せる人はほとんどいない。結果、平田君一人の発表会の様相を呈している。

 幸村君が平田君に言い負かされた後、平田君はサバイバル経験の有無をクラスメイトに質問した。

 

「あの、精通とまで言えませんが、中学生の時、親に言われてサバイバル合宿のようなものに行ったことがあります。……と言っても数日の体験なので、あまりお役に立てるか分かりませんが……」

 

 答えが出るとは思っていなかったため、私は反射的に、発言者である赤石君の方を見た。彼の表情はDクラスの惰弱な生徒を象徴するものであり、そしてその立ち振る舞いからは他の凡人と同じような才気しか感じない。不自然だと、私は感じた。

 赤石君らしからぬ発言だ。私の持つイメージに合わないと言うべきだろうか。彼は責任ある立場に就こうとはしない人間だ。普段からの態度を見るに、クラスでは中核的な立ち位置に就こうとする一方で、リーダーのような立場は避け、集団の行動には差配せず、結果責任も取らない。無責任というよりも、そもそも責任のある地位を避けるタイプだ。私の見立てでは、櫛田さんに頼まれてようやく責任のある立場に就くといったところだろう。

 今の彼の発言は、この特別試験において、Dクラスの方針に関与する意図があるものだ。赤石君はDクラスの中では、こと知性に関しては平均よりは少しはマシだ。今の発言が、彼が普段から大事にしている保身を傷つけかねないという事を分かっているはず。彼の振る舞いらしくない。

 

 赤石君に対する考察をしている間にも二人の会話は進んでいき、探索班を編成することになった。当然、先ほどサバイバル経験について言及した赤石君も参加した。ますます妙だ。彼は運動神経は悪くはなかったが、かといって、この無人島に適した動きができるかは不明だ。彼の性格から考えると、やはり不自然だ。いや不気味と言ってもいいかもしれない。

 

――よほど、自信があるのかしら?

 

 もし、そうであれば、多少は納得できる。それでも少し不自然である気もするけれども。もし彼が本当にサバイバル環境に適性があるのならば、この無人島試験においては有用な存在になるかもしれない。勿論、彼が嘘を吐いていて、本当はサバイバル経験などなく、何か別の目的――そう、例えば、意中の女子生徒に対する見栄や下心があるのかもしれない。

 どちらにしろ、彼の探索結果が分からなければ答えは出せないことだ。

 

 私は、体から出る異常な熱さを抑えながらも、今後の計画を練ることにするのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 体調を整え、今後の計画を思案している間にも時間は過ぎていった。

 途中、先行していた須藤君たちの班員の一人である山内君が慌てながら戻ってくる、などといった事件が発生したけれど、気がつけば、5つの探索班のうち3つが帰還していた。

 櫛田さんの班が帰還した時、彼女がこちらに何かを話しかけようとしていたが、気づかぬふりをしてやりすごした。彼女と話をするのは双方の利にならない。彼女は私の事を嫌っていて、そして、私は彼女と話を合わせる気が無い。どこまでも平行線なのだ。

 けれでも櫛田さんは事あるごとに私に話しかけようとする。上辺を取り繕う彼女を何度も拒絶しているが、未だに諦めた様子はない。そんな彼女からは、愚直というよりも、どこか策謀めいたものを感じる。とはいっても、彼女が何を企んでいるか、それを追求したいとは思っていない。どうせ碌でもないことだろう。周囲に良く見せたい、あるいは私の嫌がる事をしたいといったところだろうか。少なくともクラスの妨げになることはしないならば、私にとって関心の対象にはならないだろう。

 

 14時半ばを過ぎた頃、綾小路君の班も戻ってきた。これで残るは赤石君の班だけとなった。

 

「堀北、ちょうど良かった。赤石を見なかったか?」

 

 綾小路君は私を視界に収めると、一直線にこちらに来て、そんな言葉を吐いた。

 

「見てないわね。他の班は戻っているみたいだけれど……これで彼の班だけ15時を過ぎれば、お笑い種ね。本当は経験なんてないんじゃないかしら?」

 

 反射的に言う必要のない言葉まで出てしまう。体調の悪さが、心の余裕まで削っている。

 

「そうか。ちなみに、高円寺は見たか?」

 

 綾小路君は特に顔色を変える事なく、次の問を発していた。まるで話題に、いえ、私の興味がないとでも言うかのような態度だ。兄さんに認められた彼に、そのような態度を取られると、自分の僅かな自尊心が抉られるようで、つい固執しそうになる。

 気持ちを抑え、綾小路君の後ろにいる佐倉さんを捉え、さらには近くにいるDクラスの生徒を視界に入れる。そこで、ようやく、高円寺君がいない事に気づいた。

 

「高円寺君?貴方の班でしょう。もしかして、逸れたの?」

 

 十中八九、逸れたのだろう。分かり切ったことなのに、語調は鋭くなっているのが、自分でも分かる。

 

「結果だけ言うと、そうなるな」

 

 綾小路君は特に悪びれる様子もない。ただ、その瞳は、さきほど私が言ったことを責めているようにも見えた。それが悔しくて――、

 

「呆れたわ。彼を班員にした以上、貴方には監督する責任があるはずよ」

 

 またしても必要のない言葉を返してしまう。

 

「オレにあの男をコントロールできると思うか?」

 

 けれど、自分のそんな言葉にも、彼は気にする欠片さえ見せず、淡々と答えるだけだった。

 

 

 

***

 

 

 

 14時の終わりに最後の探索班――赤石君の班が戻ってきた。

 

「戻りましたー!……皆さんお揃いですね。すみません、ちょっと時間がかかってしまったみたいで」

 

 言い訳のような言葉を並べる彼を視界に収める。後ろに二人の少女を引き連れる赤石君はどこか得意げだ。二人の女子――赤石君の班員である王さんと井の頭さんは、どちらも櫛田さんと仲が良かった生徒だと記憶している。赤石君が櫛田さんの強い影響下にある以上、実質櫛田さんに息がかかった班と言っていいだろう。

 二人のうち、井の頭さんの方は優秀とは言えない、厳しく言うなら須藤君たちと同じような、Dクラスの中でも特に下の生徒だ。一方、王さんは運動面はかなり苦手としているが、座学においては、Dクラスの中でも高い。中間・期末ともに問題なく突破していたのを、頭の片隅に憶えていた。

 彼の班員の二人の女子生徒が運動能力に劣る以上、合流が最後となるのは不自然なことではない。ただ、合流したときの彼の表情は僅かに得意げな一方で、肝心の成果の報告は、やけに抽象的で具体性に欠けていた。

 

――成果は無し。と言っているようなものね。

 

 得意げな表情は、中身の無さを誤魔化すものか、それとも探索以外の目的を達したからか。合流後も、王さんと楽し気に話していたことを考えると、おそらく後者の方がより強いだろう。彼にとって見栄や下心はクラスポイントよりも大切だったという話だ。もちろん、多少は罪悪感を感じているようで、それが中身の無さを誤魔化す表情なのだろう。つまるところ、赤石君は特別試験でも、いつも通りということだ。

 そのことに関して特別責めるつもりは無かった。いや、無いつもりだった。Dクラスの生徒ではそれは普通のことなのだから。けれど、綾小路君が……

 

――いえ、やめましょう。これ以上、このことを考えるのは不快なだけね。

 

 そう自分に言い聞かせ、いつまでも燻る心に蓋をするのであった。

 

 

***

 

 

 池君がスポットの情報とともに戻ってくると、Dクラスは、にわかに慌ただしくなった。流石に、茶柱先生の言ったルール()憶えている生徒も多いようだ。

 右往左往する面々を視界の隅に捉えつつ、池君から得た情報について考える。スポットの位置や、ルール上の価値についてまで思考の網を広げていく。広げた思考の中で、最も重要な課題は、このスポットをどうするか、という点だ。

 勿論、状況から考えて『占有しない』などといった戦術はありえない。ゆえに『占有する』という観点から考えなくてはならないが、果たして誰が占有するかが問題だ。

 『誰か適当な人物に』などという選択肢は思考の放棄だ。しかし、Dクラスの多くの生徒が、議論の末『適当な人物に』決めようとするだろう。考えられそうなパターンとして一番ありうるのは、平田君と櫛田さん、次いで考慮にも入れたくないが軽井沢さんだろう。

 平田君は優柔不断であり、リーダーカードを持つ人物となるべきではない。リーダーカードを持つ人物は、この特別試験において、クラス内でイニシアティブを握る。それが平田君のような人間が持つのはクラスポイントを危険に晒すことになる。櫛田さんは平田君以上に信用ならない。軽井沢さんに関しては議論する必要すら感じられない。

 

 つまるところ、このまま座して待てば、このスポット占有を衆愚的選択に任せることとなり、その愚かな行いの結果は火を見るよりも明らかだ。何か手を考えなくてはいけないけれど、どうにもこちらは考えが纏まらない。

 

 すでに移動を開始したDクラスの面々を追いかける。足取りが重い。

 一度深く呼吸し、熱くなった体を抑える。少しだけクリアになる頭をさすり、思考を整理する。スポットに関しての思考を一度、頭の隅に寄せ、歩きながら、もう一つのことについても考える。

 それは、先行した須藤君たちのことだ。先ほど考えた通り、彼らは見事にDクラスに好材料を持ってきた。当然、その分、考えなくてはならないことも増えたが、何もないよりは遥かに良いことだろう。彼らを切り捨てようと中間試験の時に考えたのは、少し早計だった。彼らには彼らの長所があり、私には私の長所と役割がある。

 

――そう、私はちゃんと自分を省みて、判断をしている。()に言われるまでもなく、そんなことは分かっている。

 

 そして、客観的に見て、自分の判断はDクラスの中で最も合理的で、正しいはずだ。勿論、すべてにおいて正しいとまで言うつもりはない。ただ、『Aクラスに最短で上がる』という目標を達成するにおいて、私の判断と行動に疑う面は無い。

 ならば、リーダーカードを持つに値する人物は、客観的に考えて、私ということになるだろう。

 

――こんな体調で、その上、クラスメイトと協力していない自分が?

 

 やはり、体調が悪い。余計な事ばかり考え、弱気になっている。

 

 

 

 

 川辺に臨んだスポットに辿り着いた時には、体調の悪さも少しは落ち着いたようだった。日陰で座ることで、僅かばかり体力の回復に努める。

 リーダーカードを持つにしろ持たないにしろ、今後のためにも体力の回復は急務だ。そういった事情から、Dクラスの会議には聞き手に徹することにした。

 本来であれば、何らかのアクションを行うか、綾小路君を使いイニシアティブを握る試みをする必要があったが、そのような余裕は時間的にも体力的にもなかった。

 

 心の中の葛藤を抑えつつ、Dクラスの会議を見守っていると、ついに平田君がこの試験の中核となる議題に触れた。

 

「じゃあ、後は誰をリーダーにするかだ。肝心なところだね」

 

 その言葉に反応はなく、Dクラスの面々はそれぞれ異なる仕草を見せたが、皆が黙したままであった。そして仕草の意味もほとんどが同じものだ。静かに俯く生徒、心配そうに平田君を見る生徒、視線を忙しなく動かす他力本願な生徒。最後の生徒に強い苛立ちを感じつつも、Dクラスの生徒たちの反応を分析する。彼らの仕草は、どれも『適当な人物』をリーダーに望む反応だ。私の予想通りだが、望んではいない状況だ。このまま座して待つわけにはいかないが、愚かなDクラスの面々では私の説明では納得できないだろう。眉に力が入るのを自覚しながらも、行動できずにいる。そんな自分に苛立ちを募らせていると、おもむろに櫛田さんが手を挙げたことで、静寂は終わりを迎えた。

 

「いいかな?……私なりに色々考えたんだけど……リーダーは責任感が高い人じゃないとダメだと思うの。でも平田君がリーダーをするのは、リスクが大きいと思うの。だから、目立ち過ぎず、責任感がある堀北さんがいいと思うの」

 

 その言葉が鼓膜を震わせたとき、最初に感じたのは疑念であった。

 

――なぜ?櫛田さんが?

 

 彼女が、私を認めているとは思えない。それは、彼女の今までの言動から容易に推測できることだ。この試験での主導権に拘っていないのだろうか。いや、もしかしたら、このリーダーカードを持つことを彼女自身が恐れているのかもしれない。その方が彼女らしいと言える。リーダーになったとき、仮に失敗したとして、私と櫛田さんなら、櫛田さんの方がダメージが大きいだろう。勿論、これは仮の話である。まず前提とし、私は失敗する気はない。さらに、この試験の性質上、リーダーを当てられるのは稀だ。ならば、計画性をもって行動すれば失敗することはない。

 あとは、僅かだが、私の足を引っ張りたいという考えもあるかもしれないが……いやクラスポイントの関わる試験で、そのような愚かな行動はしないだろう。流石に、櫛田さんも、そのくらいの分別は弁えている。

 というよりも、むしろ、推薦したリーダーが役目を全うすれば、その功績の一部は推薦者のものとなる。

 

――なるほど。櫛田さんの目的はそっちね。まったく、狡賢い、いや、要領が良いというべきかしら?

 

 櫛田さんの本心について考察しつつ、それとなく周囲を(うかが)う。Dクラスの面々は不快な表情を浮かべる者もいたが、表立って対抗意見を出そうとする者はいない。不本意だが、好ましい結果でもある。たとえ私が不調であったとしても、他のDクラスの生徒がリーダーになるよりはマシである。唯一、彼ならばと思わなくもなかったが。

 

「櫛田さんに意見に賛――、赤石君、何かな?」

 

 そうして、平田君がリーダーの決定をクラスに問おうとしたとき、赤石君が手を挙げ遮った。理解できず、思わず彼を見て、そしてその表情を視界に入れてしまい、再度まじまじと見てしまった。赤石君らしからぬ、というより、今手を挙げた生徒はまるで赤石君ではない別の人物のようだ。付和雷同を表現したかのような顔は鳴りを潜め、決意と使命感に満ちた別人のような顔をしていた。彼は一度だげ、別の方向に視線を向けた後、Dクラスの生徒たちに語りだした。

 

「えっと、堀北さんは確かに、素晴らしい方ですし、責任感が強い方でもあると思います。しかし、堀北さんが優秀な生徒であることは、Dクラス以外でも話になっているでしょうし、リーダーにするのは危険ではないでしょうか?」

 

 理解に苦しむという意見ではない。ただ、もし、そう言うならば誰をリーダーにするのだろう。平田君とでも言うつもりだろうか。……いや、違う。もっと赤石君の狙いは単純だ。その狙いは、彼が意見を言う前に視線を向けた先にある。僅かにその方向を見ると、笑顔を浮かべている櫛田さんの姿があった。

 

――完全に読めたわね。

 

 この後、平田君と櫛田さんが何を言うかは考えるまでもなく理解できた。平田君は悪意なく優柔不断なことを言い、そして櫛田さんは嘘にまみれた厚かましいことを言うだろう。そして、それは実際その通りになった。

 

「そうだね、確かに赤石君の言う通りだね。堀北さんは目立つ人かもしれない。でも、その上で、僕は堀北さんがいいと思うよ。リーダーになるのは責任感だけでなく、統率力やメンタルの強さも要求される。それらの能力が高い水準に纏まっている堀北さんがやるのがベストだと思う。……勿論、堀北さんが受けてくれれば、だけどね」

 

「うん、平田君の言う通り、赤石君の意見は正しいと思うよ。ありがとう。でも、その上で、私は堀北さんがリーダーになるのがクラスの為になると思うの。理由は平田君が言ってくれたけど、でも私から改めて言えるとしたら、きっと、それは、堀北さんが信頼できる人で、それでいて、皆の信頼に応えられる人だからだよ」

 

 

 つまり、簡単なマッチポンプだ。まず櫛田さんが私を推薦し、狡賢い利益を狙う。さらには一度、赤石君にそれを否定させることで、自身が得られるであろう功績をより強固なものにする。もしかしたら、私に恩を売ったつもりかもしれない。

 馬鹿馬鹿しい。私が今の一連の小芝居で感じたことは、赤石君が櫛田さんの飼い犬だという不快な事実だけだ。彼が櫛田さんの息のかかった人間だということは、今までの行動から理解していた。けれども、クラスポイントのかかった試験で、彼女の個人的欲求を優先するというのは、許容できないほど愚かな行為だ。

 赤石君は自分がどれほど愚かなことをしているか自覚があるのだろうか。彼に認められ……いや、そんなことはどうでもいい。赤石君の知性に関しては、Dクラスではまとも(・・・)な方であったと記憶していたが、彼は、それをもう少し活用できなかったのだろうか。

 

 苛立つ気持ちを抑え、赤石君を見ると、櫛田さんの発言を肯定するようなことを言い、直ぐに自身の意見を取り下げた。櫛田さんからの使命に忠実な彼の姿は、まるで調教された犬のようだった。そこまで考えて、ふと近くにいる綾小路君の方に視線が流れてしまった。そして、すぐに自分の行動に後悔した。なぜなら綾小路君は愚かな赤石君を見ても、何の反応も示していないからだ。自分が綾小路君の表情を読み取ろうとしたことも悔しければ、それができない自分の洞察力の低さも悔しく、そして何より、彼の無表情を見て『残念』という感情を微かに抱いてしまった自分が悔しかった。

 

 

***

 

 

 

 その後は、赤石君と平田君が中心となり、無人島での生活に関する豆知識――想像していたよりも優位性が認められる知識がクラス内で共有された。そのことで、彼に対する理解のし難さが、また一段と上がった気がした。有用なのか、そうでないのか、分からない。なぜ、貴重な知識を共有しようという意識があるのに、櫛田さんの策謀に参加するのか。なぜ、まっとうな知性を持っているのに、計画性が皆無なのか。なぜ、私より綾小路に評価されるほどの人でありながら、Aクラスを目指そうとしないのか。

 熱を持った頭で、結論が出ない問題に関して思考を巡らす。

 そういえば、先ほどの知識――川の水について言及した点も妙だ。クラスの女子からの反感を買いかねない。やはり彼らしくない。これも櫛田さん絡みの事柄だろうか。

 今もそうだ。私の視線の先には、赤石君が櫛田さんに媚び(へつら)っている。見るに堪えない。思わず綾小路君の方に視線が流れかけて、鉄の意志で止める。

 

――同じ過ちを二度も犯しそうになるなんて……これは相当ね。

 

 自身の体調の悪さに呆れながらも、ぼんやりと視界に入れた櫛田さんと赤石君の様子を見る。彼らは食糧を探すための班を編成し、森を探索する前の打ち合わせをしている。

 食糧班は櫛田さんが中核になり、赤石君をはじめとした櫛田さん目当ての男子や、櫛田さんの取り巻きの女子によって構成されている。まさに、櫛田さんのホームと言っていい。当然私は参加しない。

 

 

 櫛田さんの班がスポットを離れた後、平田君がDクラスの面々に指示を出し、ベースキャンプの設営に取り掛かった。彼の指示は的確とは言い難かったが、設営自体は順調に進んでいた。

 丁度、視線の先では、平田君が綾小路君に薪集めを頼んでいた。綾小路君は一度こちらに声をかけてきたが、それには応えず、体力の温存と今後の計画について思考する。

 

――このスポットの維持と管理に努め、リーダーカードを守り、そして秘匿する。

 

 そして、それを成すために、Dクラスの生徒たちをある程度、『協力』させる必要がある。しかし、リーダーを決まる経緯からイニシアティブという点は活用しにくく、また、現在の自分の体調や、やけに非協力的な綾小路君のことを考えると、Dクラスの生徒との協力は難しいだろう。平田君に対してアクションを取ることも考慮にいれるべきだろうか。いや、自分にはできない。というより、する必要がないと感じてしまっている。体調的な面もあるが、平田君や櫛田さんを信用できないという感覚もある。綾小路君が伝達役になってくれればと少し考えたが……

 

 ぐるぐると、思考が歪み、戦略が上手く立てられない。方針や目標がしっかりとしているが、それを達成するための方法に難があり、そして、その方法を実行することが、今の私にはできない。

 ふと手の中で握られているリーダーカードを見る。薄く、軽いカードだ。けれど、今の私にとっては、遥かに重いものだった。

 

 

 

***

 

 

 

 一時間も経たないうちに櫛田さん率いる食糧班はベースキャンプへと戻ってきた。随分早い。一瞬、成果が無く戻ってきたかと思い、彼らの方を向き、その姿に驚かされた。彼らが大量の食糧を運んでいたからだ。しかも、櫛田さんが言うにはまだ多くの食糧があり、運び終えたら、また食糧を探してくるらしい。平田君も私と同じように考えていたからか、食糧が運び込まれたとき、直ぐに調理班の篠原さんに声をかけていた。やはり、彼も食糧班がここまでの成果を収めるとは思っていなかったようだ。

 食糧班の成果は喜ばしいものだった。一方で、それは厄介な事態を呼び寄せている。そう、

 

「――だからっ、堀北さんもどうかな?堀北さんが来てくれたら、この試験を乗り越える一歩になると思うの。それに、私も堀北さんが一緒に来てくれたら心強いよ」

 

 目の前にいる櫛田さんのことだ。

 

「必要性を感じられないわね」

 

 彼女は事あるごとに私に纏わりついてくる。今回もそうだ。櫛田さんは食糧班の成果を見せつけるが否や、私の方に向かってきて、しきりに私に食糧班の存在を誇示してきた。面倒な事、この上ない。

 

「どうしても、駄目、かな?」

 

「役割から考えて、私が動くのは危険だと思うのだけれど。貴女なら、その程度は理解しているのではないかしら」

 

「……確かに堀北さんの言うことも分かるよ。でも、せっかくの皆で協力する機会だから、堀北さんも皆と仲を深めた方がいいよっ」

 

「余計なお世話よ。私に時間を割くより、クラスのほかの女子に媚びを売っている赤石君の相手をしてあげた方がいいわね」

 

「堀北さん。赤石君はクラスの他の子たちを集めてくれてるんだよ。そんな言い方したら、赤石君に悪いよ」

 

「そう。つまり、赤石君がDクラスの女子で、貴女が私ね。益々、私に時間を割かない方がいいと思うのだけれど。赤石君に成果で負けたら笑えないわね」

 

「……、……堀北さんに、ううん、……堀北さんのその言い方だと、赤石君は必ずクラスの女子を参加させられるってことだね。何だかんだで、やっぱり堀北さんも赤石君のことを認めてるんだね。良かった!二人は仲が悪いんじゃないかって心配だったから、一安心だよ」

 

 櫛田さんの、些細な挑発。いや、売り言葉に買い言葉というだけかもしれない。けれど、どうしてか、今日はいつも以上に苛立ちを感じた。そのためか、また不必要な言葉が漏れてしまった。

 

「認めてないわ。面の皮が厚い赤石君のことも、貴女のことも……ね」

 

 櫛田さんは一瞬不快そうに顔を歪ませた後、笑みを作った。しかし、それは何時もの善良さを演じたものではなく、もっとドロドロとしたものだった。

 

「……そっか。そこまで言うなら堀北さんの意見を尊重するよ。じゃあね」

 

 そう言うと、櫛田さんは軽い足取りで赤石君たちがいる方へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 二時間ほどすると、櫛田さんたちの食糧班は無事作業を終えた。彼らの働きは大きく、おそらく、明日の昼程度までの食糧の確保に成功した。勿論、運の面も大きいだろう。しかし、一方で、櫛田さんの優秀さの表れでもある。そして、おそらく赤石君の活躍もあったのだろう。やはり彼は不可解な生徒だ。

 そして不可解なのは赤石君だけではない。

 Cクラスの伊吹さんという生徒がDクラスへと来たことも、また不可解だ。いや、こちらは不可解というよりも、怪しいと言える。彼女の傷は本物だが、彼女自身からどこか嘘の気配を感じた。

 しかし、Dクラスの生徒たちは、彼女を受け入れることを表明していた。これだけでも、彼らが普段から何も考えていない証拠と言える。この事に関して、優柔不断な平田君は正しい判断をできず、櫛田さんに至っては、ここぞとばかりに自身の善良さを強調していた。

 そして、そんな平田君と櫛田さんの判断を訳知り顔で頷いている赤石君に対して、今日何度目になるかも分からない苛立ちを感じていた。彼は本当にわからない。能力的には愚かな事をしていることには分かっているはずだ。それなのに……

 

  

 苛立つ気持ちを抑えつつ、特別試験についてに思考を巡らす。

 もう日は沈みきり、一日目が終わりを迎えようとしている。

 

 伊吹さんを招き入れたことに対する不安、平田君や櫛田さんへの不安、それらを感じつつも、夕食を口にする。

 様々な考えが浮かんでは消える。どのように勝つべきか。Aクラスへの最短を目指すために、この試験で行うべきこととは何か。そのために何をすべきか。何をさせるべきか。

 

 

 考えが何巡もしたところで、クラスの中で怒声が響きわたった。思わず、周囲を窺い、そして愕然とする。

 高円寺君がリタイアしたからだ。

 Dクラスが混乱に包まれる中、私は、綾小路君のいる方向を目を向ける。彼はどこか険しい顔で、ある一点を凝視している。彼の視線の先を追うと、そこには……

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 私、堀北鈴音にとって、赤石求という生徒は、理解に苦しむ存在だ。

 優秀なのか、愚鈍なのか。まるで二つの間を行ったり来たりしている彼の姿は不可解で不気味だ。綾小路君とはまた違う。

 勿論、これはきっと私のただの妄想で、実際は見たままの平凡な生徒なのだろう。

 ただ、特別試験の一日目終了間際で見せた表情――Dクラスが混乱に包まれた中、一人狂気を宿していたかのように見えた笑顔は、どこか彼を平凡足りえぬ存在としているように思えてしまった。

 





特別試験一日目。
「上陸と探索」から「一日目の終わり」までの別視点となります。

4巻部分以降についての知識調査(今後の執筆内容に関わります)

  • 小説の4巻部分を読んだことがある
  • アニメ版の無人島(3巻)までしか知らない
  • 小説未読だが、4巻部分の内容を知っている
  • そもそも原作を知らない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。