無人島での初日を終えた今のオレには、二つの悩みがある。
一つ目は今回の特別試験にどう対応するかという悩みだ。本来、事なかれ主義者のオレとしては、無人島でもクラスの中に紛れ、ゆったりと、そこそこの青春を過ごせれば良いと思っていた。平田や堀北、櫛田などの試験に前向きな生徒が、ほどほどにDクラスを維持してくれれば、それで問題はない。邪魔にならず、目立ち過ぎず、そして嫌われない程度に彼らに協力すれば、二学期以降の自分のささやかな地位も維持できるだろう。そう考えていた。
しかし、人間とは何かに縛られる生き物である。人によっては金銭だったり、名誉だったり、異性だったり、様々であるが、ことオレに関して言えば、それは自由だ。
茶柱先生から告げられた「あの男」に関すること、そしてオレが先生の計画――DクラスをAクラスへと押し上げる計画に参加しなければ、オレを退学させるということだ。現在得られる情報から考えて、先生の言葉は嘘とは言い切れない。そして、最悪のケースを想定した場合、茶柱先生に協力することが、現状のオレの最善の選択肢だ。自由を求めるために、他者に不自由を強要される。なんとも矛盾なことであるが、人生とは矛盾の詰まったモノだ。
――赤石。あの男が、オレと同じ立場ならどう判断するだろうか。
いや、そもそもあの男なら茶柱先生が嘘を吐いていたか、そうでなかったかを見抜くことが可能だろう。つまりオレ以上に、あの会話から得られる情報が多い。ならば、単純に判断を比較することに意味などないだろう。
どちらにしろ、オレのやる事は変わらない。不本意ではあるが、茶柱先生をある程度満足させる結果が必要だ。
オレは脳内で、この特別試験のルール、船から見た島のおおよその概形、各クラスの様子、様々な事を思い描き、いくつかの試験結果を想像する。その中で、必要な事を思い描き、そして、結局は、いつもと同じように、あの男のことを考える。
――赤石求。オレにとっての二つ目の悩みだ。
正直な話、この男に対する悩みを最低限解決しない限り、特別試験の考察は難しい。この不確定要素の塊のような男を制御……いや、せめて行動方針だけでも掴まなければ、こちらの行動の成功率は大きく低下する。故に、この男について考える必要があるのだが……まだ、ピースが足りない。少なくとも折り返しである四日目までには、赤石の方針を知る必要がある。
***
無人島試験二日目の早朝。まだ、生徒たちが起きていないと予想される時間に、オレは目を覚ました。数秒程で意識を整え、さらに数秒を使い、今の時間にやるべき事を決め、静かに起き上がる。隣には須藤が心地よく眠っている。この男は、無人島の悪環境でも、問題なく快眠できるようだ。これも一種の能力と言えるだろう。
テントを出て、まず、伊吹の鞄を漁ろうと考え、止める……足跡が二組ほど川の方へと伸びていたからだ。誰か目が覚めたのだろう。かなり早い。1つは女子で、1つは男子。男の方は赤石がいる方のテントだ。少し悩むが、不審にならないように、足音を発てて川辺へと向かう。
ふと、自分とは違う足音が聞こえた。トイレの方から女子生徒がふらふらと歩いてきた。足取りは重く、如何にも眠たそうだ。
「…………おはよう」
挨拶をするべきか悩んだが、早朝に眠たそうな女子を、じっと見ていたなどと誰かに邪推されれば、今後のDクラスに生活に関わる。不審にならないように、向こうも気づくように、害意を持っていないように、それらを示す為にこちらから声をかける必要があった。
「……?え……」
しかし、女子生徒は、こちらに全く気付いていなかったようで、呆けたような声を上げていた。
「あ、いや、同じクラスの綾小路だ」
一瞬、この女子はオレの事を憶えていないのではないかと思い、念のため名乗った。相手は井の頭心。櫛田の親友であり、よく彼女の傍にいる女子だ。正直な話、一度も会話したことがない。そして、櫛田や堀北からのオレの評価を聞くに、十分、オレの事を憶えていない可能性があった。
「……?えっと、おはようございます、あ、あやの?こう?……?」
かなり寝ぼけているのか、それとも彼女がオレの事を憶えていないのか判断に迷うが……実は、オレは、この少女には聞きたい事があった。この時間に女子と二人きりで話すことには、若干の危機感を抱かなくもないが、赤石に対する理解のために聞く必要がある。
「井の頭、少し聞きたいことがあるんだが、いいか?」
井の頭はオレの問を聞くと、怪訝な顔をした。
「え、……は、はい」
「井の頭は確か、中間試験では赤石の勉強会に所属していたんだよな?実はオレも興味があってな。良ければどんな感じだったか聞かせて欲しい」
赤石勉強会。中間試験に行われた勉強会であり、そして、あの恐ろしい『チェックシート』が使用されたと思われる勉強会だ。七月の始めにあった一連の事件。あの騒動により佐倉との交友関係を持ったオレは、細心の注意を払い、勉強会に参加していた佐倉から『チェックシート』の情報を聞き出した。重要な点は二つ。一つは、『チェックシート』は赤石が持参したものであること。そして、もう一つは『チェックシート』の使用と問題集の推薦の手順とその速さから、恐らく赤石が作った可能性が高いこと。これは外村にも聞いたことであり、概ね裏付けは取れている。念のため、最後に外村と同様に接触期間が長かった井の頭から赤石や勉強会の印象を聞いておきたい。そして可能であれば、そこから話を繋げ、櫛田との関係についても聞くことができれば、今後の方針に役立てるだろう。
「……勉強する、ところです」
それは質問の回答になっていないが、井の頭の表情はふざけたものではなく、怯えつつも真剣味があった。
「ああ、それは、……えっと、赤石は井の頭から見てどんな奴だと思う?」
どうも、この少女は佐倉と同じか、それ以上に会話が苦手に見える。あまり、答えにくい質問を強要するよりは、質問を変えた方が有意義な回答を得れるだろう。
「……、勉強を……丁寧に教えてくれる、人?」
悩みながらも井の頭は疑問形で答えた。……疑問形?赤石から教えを受けたのではないのだろうか。
「勉強会以外では滅多に話さない……です、から」
オレが思わず黙っていると、井の頭が説明を付け足した。その表情を素早く見るが、嘘はまったく見えない。おそらく本心から話している。これまでの会話と日頃のクラスでの態度を考えると、この少女は佐倉に近い。敢えて違う所を挙げるとすれば、佐倉よりも口数が少なく、それでいて女子グループに参加する集団性がある所だろうか。
「赤石は――」
「――あ、あの……」
オレの質問とほぼ同時に井の頭が顔を赤くしながら、声を上げた。見ると井の頭は、それまでの静かさと、それに伴う気弱さから打って変わって、こちらを真っ直ぐと見ていた。
「あの、綾小路君は桔梗ちゃんとどんな関係なんですか……?」
……?オレは赤石の話をしていたんだが……
「……友達だと思っている」
少し詰まるが、そう答えた。本来は櫛田はオレのことをただのクラスメイトとしか思っていない可能性も高いが、櫛田の目標から考えると友達と答えるのが無難な気がした。僅かに櫛田に対する未練が無かったわけではないと思っている。
「と、友達……?本当にそれだけ……?」
怯えながらも、じっと井の頭はこちらを訝し気に見てきた。オレが肯定の意を返すと、彼女は勇気を振り絞ったように手を握りしめ、口を鋭くした。
「あの、桔梗ちゃんは誰にでも優しいから、その……、勘違いしないで、下さいね」
そう言って、井の頭は女子のテントへと歩いていった。
――ショックだ。オレは、どうも井の頭に、高望みしている勘違い野郎だと思われているようだ。
ふとBクラスの白波千尋を思い返す……先月の須藤の事件の際に、協力した一之瀬との交流。その間に起こった、告白という、あの少女にとっての大きな出来事。井の頭と白波はどこか重なって見えた。やはり櫛田はかなり人望があるようだ。
赤石についての情報を得る事がほとんどできなかったが、井の頭のクラス上の位置を確認できたことは良かった。櫛田の性格と井の頭の立場、二つの条件から考えて、おそらく、今後、しばらくの間、井の頭と関わる必要性は皆無であろう。
気を取り直して、足跡が続いている川辺へと向かう。二人分の足跡が僅かながらに残っている。足跡を追いながら、この足跡の持ち主について思考を巡らす。片方は状況から考えて、井の頭のものだろう。井の頭の体格と合っていて、それでいて、あまり運動が得意でない人間の歩き方だ。特段、足運びや足跡を意識していない人間のもの。つまり、普通の女子生徒の足跡だ。男の方は……この
そこまで、考えたところで、川辺に人影が見えた。まだ暗いが、影の大きさと、足跡から誰であるかは分かっていた。
「……あー、赤石か。おはよう。朝早いんだな」
オレが声をかけると、川辺の人影――赤石は、こちらを見ると、半笑いのような表情を作った。相変わらず、判断に迷う表情だ。
「おはようございます。綾小路君」
表情からも声音からも、何を考えているか判断がつかない。あえて言うと、『何も考えていない』ように見えるが、それはありえないだろう。
「……一人か?誰か、平田とかはまだ起きてこないのか?」
少し悩んだが、情報収集と赤石のスタンスを知るために、一手放つ。
「平田君は、まだ起きてないみたいですね。さっきまで、井の頭さんがいたんですが、眠かったみたいで、テントに戻ったみたいですよ」
赤石は少し悩まし気な表情を浮かべながらも、そのように答えた。先ほどの井の頭の言動や、普段の赤石と平田の関係性を思えば、単純に平田の目が覚めるのを待っている、または、上手く会話が続かない井の頭に辟易としたといったところだろうが……何分、赤石の考えは読めない。
やはり、自分はこの男を前にすると上手く思考が纏まらない。そのせいか、意図せず会話が止まりそうになる。本来なら『利用してはいけない』区分である赤石に、あまり危険なことはしたくはないが、今後のこともある。よって、さらに一歩踏み込む。
「赤石は井の頭とは仲が良いのか?」
普段のクラスでの様子や、昨日の赤石の班が出発するときの様子と戻った時の様子、櫛田との関係性、そして先ほどの井の頭の態度から考えて、おそらく、特段親しくはないだろう。中立以上友人未満といったところか。お互い櫛田という共通の友人がいる。そういった関係性だ。
答えはほぼ決まっている質問。だからこそ、聞くことに意味がある。読み取れない生徒、赤石求の
「……難しいですね。本堂君と綾小路君みたいな関係、と言えばいいのでしょうか。友人の友人と言えばいいですかね」
集中力を研ぎ澄まし、言葉の一言一句、僅かな抑揚も聞き逃さず捉える。同時に、赤石の表情や仕草に関しても、同様に集中して読み取る。
――これは、本心か?
赤石は、回答に少し困ったような感情を込めていた……ように思えた。また、その抑揚や、言葉の間の取り方からして、自然なものだった。少なくともオレにはそう感じられた。自然すぎるが、『本心』でも
いや、もはやできる限りの手は打った。今できる赤石の
「ああ、いえ、すみません。本堂君と綾小路君は直接話をしているのを見る機会が無かったので……そう、勝手に思っていたのですが、実は仲が良かったりしますか?」
オレが黙っていると、赤石はさらに声をかけてきた。その読み取りは正しい。オレと本堂は特に親しくはない。須藤たちを間に挟んだ関係だ。まさに、赤石と櫛田と井の頭の三者の関係との比較として的確だ。そこまで考えて一度思考を中断し、赤石との会話に戻ることにする。あまり、考えて会話が途切れると、先ほどの『分かり切った答えに対する質問』が『ただの雑談』ではなく『不審な質問』になってしまう。
「――、いや、確かに赤石の言う通りだ、本堂とはあまり喋らない。……オレも櫛田とは仲良くさせてもらっているが、赤石はやっぱりクラスの女子だと、櫛田と仲が良いのか?オレからすると、かなり良いように見えるが……」
『雑談』を続けつつ、話の方向性を利用して、櫛田の話題へと切り込む。少々危険に感じなくもないが、まだ、これは『雑談』だ。
「櫛田さんとは、綾小路君の方が仲が良いと思いますよ。櫛田さんと一緒にいる時、よく綾小路君の話になりますから」
客観的に見て、赤石の方が櫛田と仲が良いのは分かり切ったことだ。そして、赤石から見た、オレの立ち位置からもそのことは明白。つまり赤石のこの言葉は言葉通りの意味ではないだろう。
……これは、どっちだ?赤石はこれを『雑談』として言っているのか。頭の中で数々の思考が流れる。赤石、櫛田、チェックシート、指紋、Dクラス、堀北、茶柱、ホワイトルーム、そしてオレの立場。……これはもはや『雑談』ではない。さきほどの『分かり切った答えに対する質問』は赤石には、最初から『不審な質問』だったようだ。
「……櫛田が、オレの話を……差し支えなければ、どんなことを話しているか教えて欲しい」
言葉に詰まりつつも、『雑談だったもの』の話を続ける。お互いが、お互いの話の裏に気付いている。たが、踏み出した以上、途中では止まれない。止まるには条件が必要だ。そして、その条件は、あと僅かな時間が過ぎれば揃う。ならば、今は、このまま『不自然な自然』を演じればいいだけだ。この状況は時間の経過により、決着を迎えるのだから。
「よく、一緒に行動する事と、頼りになるといった感じの事を言いますよ。あと、そうですね。これは俺の主観ですが、堀北さんとばかり行動している事が気になっているようです。まあ、櫛田さんはずっと堀北さんと仲良くしたいみたいですし、一方で堀北さんは綾小路君以外は寄せ付けませんから、気になるんだと思いますが……」
『櫛田を使っている』という情報開示と、『堀北を支援するな』と示してきたか。前者はいい。既に分かっていたことだ。問題は後者だ。なぜ、堀北への支援を止める?赤石の目的が見えない。単純に櫛田のように堀北が嫌いなどといった理由ではないだろう。この男はそのような理由では行動しない。いや、むしろ、これは堀北に対する妨害ではなく、オレに『動くな』と伝えに来たのか?
オレがこの男を読めないように、この男もオレを計りかねているのか?そうなのだとしたら、まだ手はある。
「……そうだな。確かに堀北と櫛田の関係は何とかしたいな。赤石は何か良いアイデアはないか?」
まずは、赤石の要求を確かめる質問をする。
「堀北さんは、誰に対しても刺々しいところがありますし、中々難しいですね。一度三人で話をしてみたらどうでしょうか?綾小路君ならあの二人の架け橋になれるのでは?」
――そう、来るか……だが、なぜだ。そこまでする必要などないだろう。何が赤石を駆り立てている?
この赤石の要求への回答は本来ならば、するべきではない。だが……。オレは、僅かに心に引っかかった思いを断ち切り、当初の予定通りの決着方法を選ぶことにした。
「悪いが、オレには難しいな。最近知ったんだが、人間関係全般が苦手なようだからな。堀北の成長に期待だ」
オレの完全に話の裏を無視した回答――まるで話の表側しか捉えていない愚かな生徒の回答をすると、赤石は『何とも言えない』といった表情を浮かべた。面白い。この男はこんな表情もするんだな。
そのまま、オレの回答への保留に対して無言になっていた赤石を視線に収めながら、時間を待つ。
そして、オレの当初の予定通りの『会話が止まる条件』が揃った。
「おはよう、赤石君、綾小路君」
そう、平田の介入だ。
***
平田の起床タイミングは、平田自身の性格とこれまでの行動、そして初日のバス内で睡眠をとっていなかったことからも明らかだった。あとは僅かな音に耳を澄ませば、どのタイミングで来るかを予想することは容易い。
唯一の誤算は、赤石の要求内容だった。そこまで行動を起こす理由が分からない。だが、これではっきりした。昨日のクラス内での行動、特に異常な食糧班の成果は、赤石らしからぬ大きな動きで不自然に感じたが、どうやら、あの男は、この試験で大きくDクラスを前進させると決めたようだ。茶柱先生との約束内容を考えると、これはオレにとってもプラスだ。赤石が動くなら、櫛田と平田、そして軽井沢あたりが隠れ蓑となってくれるだろう。オレは堀北を使おうと思っていたが……赤石は、堀北をこのタイミングで使いたくはないということか?これも確かめる必要があるな。赤石の要求も考えると、ある程度、赤石の行動と互換性を持たせたい。
平田と赤石との雑談を終えたオレは、当初の予定通り、伊吹の鞄を漁った。平田の目もなく、クラスメイトの殆どは眠りの中である。そして何より赤石は陣地を離れている。伊吹の鞄を漁るには絶好のタイミングと言えるだろう。陣地を離れて何をしているのかが、多少気掛かりではあったが、今後の方針や赤石との関係性を考えるならば、あまり危険なことはするべきではない。
伊吹の鞄を一通り確認し、鞄の中に「足りないモノ」について考えを巡らせつつ、島の地図を確認する。昨日、赤石の班が戻った時に、王が書き込んでいたものだが……これは異常だな。
昨日の探索の後、最後に赤石の班が合流する前に、平田が各班の探索具合の調査と島の地図の更新を行っていた。オレの記憶にあったモノ――クラスメイトの話声や各探索班の予想される行動領域から、ある程度の島の概形、そして、Dクラスの持っている情報量に当たりをつけていた。しかし、最後の赤石の班の合流後に記述された内容には昨日の時点では目を通せずにいたが……まさか、これ程とは。
――この探索領域は異常すぎる。これ程の範囲を、女子二人、それも運動を苦手とする二人とともに探索したのか、あの男は。
仮に、オレと高円寺がそれぞれ単独で探索し、その成果を合わせても、赤石の班には及ばないだろう。これは理論上の最速をもってしても探索しきれない範囲だ。どうやってこれ程の範囲を調べた?説明がつかないが……『調べていない』範囲を想像で書いている……いや補っていると考えるべきか?だが、そうすると、ここまで正確な地図は書けない。この地図はかなり精巧だ。オレが船から見た島の特徴とほぼ一致している。いや、地図自体は王が書いていたか。確か彼女はDクラスでは、成績上位者であったが……もしかしたら、赤石からすると櫛田以上に……頭の片隅には入れておこう。
しかし、地図を書いたのがどちらにしろ、やはり探索方法に謎が残る。想像、空想、……補う?
ふと、今までの赤石の異常な能力の数々が頭を過った。
入学式の監視カメラの発見、『チェックシート』の作成、そして異常な探索能力。バラバラな3つの特異な技術。……いや、これは、むしろ一つの……、流石に発想が飛躍しているか?
……これ以上、考えるのは危険だな。
それに、どちらにしろ、あの男が異常な才能の持ち主というのは分かっていたことだ。それが何であれ、そこから何をするかの方が重要だ。そう、赤石が何をするかだ。それを掴まなくてはならない。
***
朝食を食べ終えた後、最初の機会が手元に転がり込んできた。
最初の機会――そう、Cクラスのバスケ部の二人がDクラスのベースキャンプに入ってきたことだ。
これから二人の言うことは、ほぼ精確に予想できる。二日目にしては、かなり良い『引き』と言えるだろう。
オレは、横目で堀北の様子を確認して、今日の行動を決定した。
堀北の置かれた状況や『体調』、そして、堀北に対して何らかの計画を持つ赤石、Cクラスで噂の龍園という男。それら三つの問題を一つに集約させる行動だ。つまり、
――堀北を龍園のいるCクラスへと投げ込む。そして、赤石をその場に立ち会わせる。
少々無理やりだが……だからこその堀北だ。彼女の現在の立場と状態、兄への確執、そして、オレへの感情と、オレと赤石の関係性、全てが堀北鈴音という少女を駆り立てる原動力になる。赤石がこの少女に固執する理由だけは分からないが……いや、むしろ因果が逆か。膨れ上がった堀北の感情は、赤石をも動かしているのか。もしそうであれば、あの男は堀北だけは読めないのか……?
……それはないな。仮に、そうだとするのならば、赤石の今までの、『やけに、堀北を挑発する態度』が不自然になるか。ならば、赤石は堀北の感情面も完全に理解していると考えるのが自然だ。やはり特別に気を払っていると考えるべきか。オレは、そこまで堀北に期待できるほどの特別性は感じなかったが……赤石にとって堀北という少女はどんな役割を与えるに相応しいのだろうか。興味深いな。
……?興味深い?
やはり赤石のことを考えると、オレは上手く思考できていない気がする。一度、静かに息を吐き、吸う。心拍数と血圧が僅かに乱れている。無人島での環境の変化もあるが、赤石の影響も大きいな。やはり、あれほどの男と、このような環境下で過ごすことに、無意識下での体調の変動があるのかもしれない。
もう一度息を吐き、思考を一度クリアにする。
――よし正常だ。
感情と体調を制御し、本日の計画を実行に移すため、堀北の下へ向かい、声をかける。
「堀北、ちょっといいか」
「駄目よ」
反射で拒絶されてしまった。
「早くないか?」
堀北らしい回答ではあるが、これを認めてしまうと、オレの計画が狂う。仕方なく、少し、おどけてみせる。
「要件があるなら手短に言いなさい」
そうすると、こちらの要件を催促してくる。いつも通りではある。しかし、その表情と仕草は僅かに違う。
「さっき来たCクラスの二人。あの誘いに乗ってみないか」
「却下よ」
「早くないか?」
オレがまた、おどけてみせると、堀北は一度深くため息をついた。
「必要性を感じないのだけれど?」
――鋭い眼差しだが、いつもより力がない。オレの想像以上に堀北の体調は悪いようだ。
「他クラスの動向を知っておいた方がいいんじゃないか?『敵を知り』、とか言うだろ」
「この場合はむしろ、『上兵は謀を伐つ』ね。これはCクラスの作戦の一環よ。乗る必要はないわ」
「堀北は、『交』を伐たれないように……冗談だ。そう怒った顔をするな」
さきほどの、力がない視線というのは訂正だ。十分、力が籠っている。
「勘違いをしているようだから、一つ言っておくわ。そもそも私に伐たれる『交』など存在しないわ」
「それ、自信を持って言う事じゃないだろ……」
「まあ、いいわ。それで、行くとして、メンバーはどうするの?態々、そんな話をするということは私と貴方の二人だけという訳ではないでしょ。櫛田さん?それとも……」
「あー、たぶん今、お前が思った人選で正解だ」
堀北は露骨に顔を
「そう嫌そうな顔をするな。赤石は昨日かなりDクラスの為に頑張ってくれてただろ。そう悪い奴じゃないぞ」
「そうかしら?」
「まあ、ここでの赤石の能力に関する議論は置いておくとして……どうだ、オレとお前と赤石の三人でCクラスへの偵察。サバイバルに詳しい赤石が状況を見て、お前が判断を下す。そして、オレは、にぎやかしに徹する」
完璧な布陣である。
「ふざけているの?」
「冗談だ。オレは、お前が苦手なコミュニケーションを補佐し、場の空気を整える。どうだ、最高の人選だろう?」
「未だにクラスに友達が一人もいない綾小路君が言うと説得力があるわね」
冷ややかな視線がオレの心に突き刺さった。
「……櫛田は、オレのことを友達だと、きっと言ってくれるぞ」
「今から櫛田さんに確認しに行ってもいいかしら?」
「待て、そんなにオレを傷つけたいか?」
「自信が無いなら、最初から不確かな事を口に出すべきではないわ」
「わかったわかった。悪かった。オレのことは雑用だと思って好きに使ってくれ」
「それは綾小路君が、今後、私の言う事は何でも従う下僕になるという認識でいいということね」
「そうは言ってないぞ?!」
「とりあえず、赤石君のところに行きましょうか」
そう言うや否や、堀北は赤石の方へと歩き出した。
――やはり、堀北は『使える』。
「赤石君、少しいいかしら?」
赤石は堀北を視界におさめると、僅かに瞼を震わせた。赤石の左目の秘密。この情報がまだ有効であるならば、今回のオレの行動は赤石にとって予想外、ないし可能性が低い選択であったということであろう。チリチリと頭の裏側が焼ける感覚がするが、同時に心にも煮えたぎるものを感じる。まるで、血そのものが強い熱を発しているかのようだ。
「はい、なんでしょうか、堀北さん」
「まず始めに、今からする提案は、私の意志ではなく、綾小路君がどうしてもと私に頭を垂れたから、仕方なく行うということを前提に聞いてもらえるかしら?」
「は、はい……えっと、それで?」
反応が遅い、いや、正しくは『遅く見える反応』だな。
「私と綾小路君はこれからCクラスの偵察に行くことになったわ。そこで貴方のサバイバルの知識が役に立つ可能性がある……。ここまではいいかしら?」
赤石は、鈍く表情を作りながらも、先を促すように堀北の方を見た。まるで、必死に理解しようとする生徒のようだ。相変わらず、自然な演技だ。やはり、この男の表情や仕草を読み取るのは難しい。
「続けるわよ。勿論、これは可能性であって、あまり役に立てない可能性は十分あるわ。というより、私はあまり役に立てないと考えているのだけれど……貴方は忙しそうには見えないし、クラスの為を考えるなら、貴方も来なさい。以上よ」
堀北は一方的に言い終えると、鋭く赤石を睨みつけた。
「えっと、堀北さん、言いたいことは分かりますし、俺を評価して頂けて、大変光栄なのですが、……ただ、申し訳ないのですが、俺はこれから食料探索に向かいますので、そちらの方でDクラスに貢献できれば、と考えています……」
しかし、赤石は堀北の眼光に臆することはなかった。興味深い対応だ。愚鈍な生徒を演じつつ、堀北の指示も適当に流す。オレと堀北、堀北と赤石、そしてオレと赤石の関係性を考えるなら、最も堀北を苛立たせる行動と言える。堀北を煽ることに関しても、この男は一流だな。
「まず、貴方のことを、私
堀北も堀北で、分かりやすい挑発を会話に入れたがる。能力のある人間は、その能力に応じてプライドも高い傾向がある。彼女ほど能力があると、そのプライドの高さも自然とは言える……言えるが、見事に赤石に操作されているな。
「――貴方の技術的な知識は平田君が既に継承しているし、食料探索については貴方よりも優秀な櫛田さんがやってくれるから大丈夫よ。Cクラスの分析に貴方が必要だと言っているの。分かったのなら、従いなさい」
堀北の声には既に怒気が籠り始めていた。それに対して、まるで困ったかのように表情を変え、そして視線を彷徨わせ、挙句の果てに――
「赤石君、私からもお願い。きっと赤石君がいれば、堀北さんたちの力になれるよ」
――櫛田にアイコンタクトを送る。最悪の行動、いや、人間関係、人間心理を完全に理解した恐るべき行動だ。
赤石は櫛田の方を見て、少し悩んだかのような表情を作った後に、重い口を開いた。
「……櫛田さんが、そこまで言うのでしたら。堀北さん、よろしくお願いします」
そして、『櫛田のおかげ』という余計な一言も忘れない。ここまで来ると堀北を苛立たせるのが目的の一つだと思っていいだろう。赤石ならば、堀北の今の体調も理解しているはず……精神的にも消耗されることは、オレには今のところメリットはあまり感じられないが……何か考えがあるということだろうか。
オレの疑問をよそに、堀北を旗頭とした臨時偵察チームはCクラスの本陣へと向かい始めた。
特別試験二日目。
「談合、そしてCクラスへ」の別視点となります。
4巻部分以降についての知識調査(今後の執筆内容に関わります)
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小説の4巻部分を読んだことがある
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アニメ版の無人島(3巻)までしか知らない
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小説未読だが、4巻部分の内容を知っている
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そもそも原作を知らない