実力至上主義の教室と矮小な怪物   作:盈虚

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龍園翔の努力3-3

 特別試験は今日で三日目になる。

 そして、今、俺は危機的な状況にある。

 目の前で進行していく事態に対して、手が出せないでいる。いや、自身の戦略を守る為に、あえて手を出さないでいる。

 鳴りそうになる腹の虫を誤魔化すためにも、俺は、今までの展開について考察することにした。

 

 夏休みの間に学校側が何かを仕掛けてくることは、予想できていた。そして、それは概ね、俺の考えた内容に近かった。

 この三日間での俺の行動を振り返る。まず、Cクラス全体を使った囮作戦。そして、金田と伊吹をスパイとして送り込んだこと。さらには俺自身はAクラスと取引し、その上での潜伏。

 勝利のための手は全て打った。盤上に関しては、目の前で行われている局所的な面を除き、ほぼ支配していると言って良い。

 

 全てのクラスの状況を考えた上での最上の作戦。

 Aクラスは葛城と坂柳の派閥の対立がある。さらには坂柳の試験リタイアと、葛城の生徒会入りの失敗、この二つが丁度良く重なった。葛城はこの試験で成果が欲しい。その考えを利用して俺は罠を張った。そうして、俺は葛城と特殊な契約を結んだ。

 さらには、葛城との契約から逆算し、Cクラスのやつらを派手に遊ばせた。これで俺の持つクラスへの影響力も強化でき、さらにはAクラスへの物資提供の隠れ蓑にもなる。また、それに対して自然と反抗的な生徒が産まれる。まさに一石三鳥の良手。

 Bクラスの一之瀬は体面が邪魔をして動けない。俺に『反抗した』金田に対して行動を起こせない。金田の動きを多少不審に感じても、追い出すことはできない。一之瀬はそういう女だ。

 

 三手四手先を読み、手を打つ。葛城も一之瀬も俺の敵ではない。唯一、敵になり得る、あの女はこの試験には参加していない。

 

 この特別試験、殆ど結果が見えていると言って良い。

 伊吹と金田の成果に多少影響されるが、あの二人ならば俺の指示した通りの結果を示すだろう。

 少し伊吹が心配ではあるが、Dクラス程度騙せなければ、どの道話にならない。あいつがその程度の女だったということだ。

 

――そう、Dクラス程度だ。

 

 Dクラスに関しては、7月の一件で、俺は少し評価を改めた。本筋を描いたのは堀北という女子生徒だと聞いていた。

 7月に一目見たが、やけにプライドの高そうな女だった。

 

 俺は、目の前で行われている事態から目を離すためにも、昨日の一場面を思い出すことにした。

 

 

 

***

 

 

 

 特別試験二日目の午前中に、Dクラスの堀北が偵察に来ていることを、Cクラスの生徒が俺に伝えてきた。

 俺は、その生徒に堀北を連れてくるように言いながら、その思惑について考察した。

 前回の一件での堀北の動きから、Dクラスの中では最も警戒する相手だと認識していたからだ。

 おそらくは偵察。こちらのポイントの仕様具合や士気の確認がメインだ。現状で俺の思惑に気付くことは不可能。ならば、これから始まる堀北との腹の探り合いは、断然優位にある。

 そこまで考えたところで、堀北がこちらに近づいてきた。男子生徒二人を引き連れた堀北の姿は、少しあの女に似ていた。飼い犬を従えた女王気取りだ。

 

「なんだ、こそこそ嗅ぎまわっている奴がいるって話だったが、お前だったか、鈴音」

 

 俺の言葉を聞くと、堀北は不快そうに顔を顰めた。

 表情が顔に出過ぎているな。演技の雰囲気ではない。随分、潔癖な女だな。

 

「随分と羽振りがいいわね。かなり、豪遊しているようだけれど」

 

 第一声はそんな言葉か、堀北。俺は僅かに感じた失望を隠し、下卑た笑みを作り、挑発気味に言葉を発した。

 

「見ての通りだ。俺達は夏のバカンスを楽しんでいるんだよ」

 

 俺の言葉に堀北は過剰に反応した。

 

「どうやら、貴方はこの試験のルール、いえ本質を分かっていないようね。愚かだわ」

 

 少し不自然だと感じた。明確な理由がないが……本当にこの堀北が7月の事件の中核を担ったかが怪しいと、俺は感じた。

 

「愚か?俺はそもそも努力が大嫌いなんだ。お前らみたいな雑魚が必死こいて、100だが200だがの下らないポイントのために汗を流す。惨め過ぎて笑えてくるぜ」

 

 それから互いに腹の探り合いを始めたが、やはり手ごたえが無い。伊吹が順調に作戦を進めているのは朗報だったが……どうにも、この堀北は俺の想定しているイメージとだいぶズレがある。

 

 

「警戒してここまで足を運んだのだけれど、無駄だったようね。一之瀬さんは貴方のことを過剰評価していたようだわ」

 

 探り合いに一息ついたところで、堀北が小生意気なことを言い出した。どうやら、一人前に俺を挑発したいようだ。

 

「一之瀬か、確かにあの女は大したことはない。まあ、不良品のお前らよりは遊びがいがありそうだがな……ただ、そうだな、鈴音、お前がどうしても俺と遊びたいようなら、特別に相手をしてやってもいいがな。専用のテントくらい用意するぜ」

 

 俺が少し手を伸ばしてやると、堀北は素早く振り払った。顔が赤いな。一之瀬でも、もっと上手く躱すぞ、堀北。

 

「不快よ、猿山の大将気取りはいいけれど、人間相手に動物の常識が通じるとは思わないことね」

 

「おいおい、鈴音、暴力行為は禁止だぜ」

 

「あら?私はただ汚い虫が寄ってきたから叩き落としただけよ」

 

「クク、この島の夜は暗い。お互い、気を付けた方がいいだろうな」

 

「心配なら不要よ。あなた程度に遅れはとらないわ」

 

 堀北の涙ぐましい『頑張り』には評価してやりたいところだが、ここまで想定を下回ると、面白味に欠ける。

 言ってしまえば、今の堀北に興味をそそられるものは無かった。

 

「そのわりには随分とビビッてやがるみたいだな。お供を二人も付けて、一人じゃ怖くて来れなかったか?」

 

 気まぐれに堀北が引き連れてきた飼い犬二人を見る。一人は腰巾着で有名な綾小路。もう一人は……どこかで見た顔だ。確かこいつは、椎名の言ってた男か。

 

「確かお前は金魚の糞の綾小路で、お前は……いつぞやの間抜け野郎じゃないか。久しぶりだな」

 

 俺が声をかけると、対照的な反応が返ってきた。綾小路の方は、何も考えていないのか、脱力したまま、少しだけ体を反応させた。そして赤石の方は、見るからに怯えたような顔で一瞬びくりと体を震わせた。よほどの臆病者らしい。

 

「え、えっと、どうも」

 

 声も震えている。演技ではない。体の震えからも強い感情が伝わってくる。

 

「鈴音、良い事を教えてやる、この間抜け野郎がここに来た理由はお前のためでも、クラスの為でもない」

 

 ビクつく赤石を尻目に、堀北の反応を見るために、椎名の件を話す事にした。

 

「勝てないと分かって、こちらを混乱させる気でしょうけど、その手には乗らないは、行くわよ綾小路君、赤石君」

 

 俺から出る言葉を聞くのが怖いのか、堀北はそそくさと逃げ始めた。どうやら、飼い犬にも不安があるようだ。

 

「……赤石か、憶えたぞ。一つ教えておいてやる、赤石。ひより目当てで来たんだろうが、あいつはもうリタイアした。残念だったな」

 

 念のために堀北の疑念の種を撒いておく。必要はないかもしれないが、やることにデメリットは無い。ならばやるべきだ。

 

「そ、そ、そうですか、それは、教えて頂き、ありがとうございます」

 

 返答など期待していなかったが、赤石は恐怖で体を震わせながらも俺に言葉を返してきた。どうやら、見た目以上に間抜けな男のようだ。まあ、堀北の犬らしいと言えばらしいが。

 

「どこまでも間抜けな野郎だ。鈴音、飼い犬を連れてくるのは良いが、次はもう少しマシなのを連れてこい。でないとDクラスの層の薄さに、こっちが泣けてくるぜ」

 

 妙な納得を感じながらも、最後のもう一度、堀北を挑発しておくことにする。そう、堀北に対する最後の調査だ。

 

「彼は私の飼い犬ではないわ」

 

 その返事で確信が持てた。

 

――この女じゃないな。タイプが違い過ぎる。

 

 7月の一件、策を練ったのは、おそらく別の生徒だ。もしくは、ただの幸運だ。Dクラスの生徒の層や、目の前の堀北が交渉役に選ばれている事を考えると、おそらく後者だろう。

 もし策士がいるならば、必ずCクラスを直接偵察に来るだろう。そして堀北は俺が考えるタイプの策士ではない。一瞬、堀北が連れまわしていた飼い犬二人が候補に挙がったが、すぐに取り消した。

 腰巾着の綾小路はいつも堀北と行動しているが、優秀な点は何もない。直接見たが、強者特有の覇気も感じなかった。間抜けの赤石は、椎名が気にかけているようだが、それ以上に興味を持てる点が無い。そもそも堀北ではないという前提で考えている状況で、堀北よりも数段劣る二人を考察する必要性すらないだろう。

  

 必然的に、策士などいないという考えが最も可能性が高いと言える。

 去り行く堀北達の背を見ながら、今後の事について考察する。

 

 Aクラスは、坂柳の不在と葛城の判断ミスで勝てない。Bクラスは、一之瀬の欠陥が原因で負ける。そして、Dクラスは、幸運に恵まれただけで、この試験では大敗する。

 あまりにも簡単な、約束された勝利に対して、失笑する。

 

 

 そうして、二日目の終わりに伊吹と金田を除くCクラスの生徒たちをリタイアさせた後、俺は一人森へと潜った。

 たった五日のサバイバル。ちょっとした刺激になるだろう。

 

 その程度だと、この時は考えていた。

 

 

 

***

 

 

 

 昨日の出来事。

堀北という少女を思い返してみて、感じた事を正直に言うと、少しだけ期待していた。

 プライドの高くて、頭のキレが良く、そして妙手を打つ。あの女もそうだった。

 つまり、戦い甲斐がある。そんな女だと思っていた。

 それ故か、昨日、堀北と本格的に会話をして、肩透かしを食らった。ただの運が良いだけの女だったからだ。

 

 そこまで考えた俺は、諦めて現実を直視することにした。

 そう、即ち、Dクラスの想定外の攻勢だ。

 

「あった、あった。良かったよ桔梗ちゃん。ここにも食糧があるみたい」

「櫛田さん、こちらにもあるみたいです。やっぱり櫛田さんの言った通りでしたね」

「櫛田ー、こっちにもあった。どれから運ぶことにする?」

「櫛田チャン、櫛田チャン、本当にすごいよ。やっぱDクラス一の人気者なだけあるね。って人気者関係ないか、ははっ」

 

 馬鹿どもの騒ぎ声が聞こえる。

 それだけならば何の問題もないが……あろうことか、この馬鹿どもは、この辺り一帯の食糧を回収し始めたのだ。

 このままでは不味い。俺の食糧が無くなる。

 

「あ、トマト、トマト」

 

 クソッ!

 今、目の前にあったトマトを、間抜け野郎が回収し始めた。草場に隠れていたから、これだけは無事だと思っていたが、妙に運の良い野郎だ。間抜け野郎の分際で……いや、というより、何故こいつがここにいる?

 一瞬、堀北に気取られたのかと思ったが、目の前の間抜け野郎にも、周りの雑魚どもにも俺を追い詰めようという意志は感じられない。純粋に食糧を回収しに来たという風に見える。

 おそらく、偶然だが……ッチ、間抜け野郎の奴、トマトをほぼ全部回収しやがった。ふざけやがって。堀北は飼い犬の管理も碌にできないのか?

 ……いや、昨日の堀北の言動はそういうことか。あの言葉、文字通りの意味だったようだ。やはり妙に潔癖な女だ。とすると赤石は、櫛田の犬か。何の役にも立たない情報だ。

 

「櫛田さん、トマトがいっぱいあります」

 

 そんな間の抜けたことを言いながら、赤石は、ほぼ全てのトマトを回収し、櫛田の方へと歩き出した。

 

――好機っ!

 

 間抜け野郎の視界から見えなかったトマトを回収しようと、俺は手を伸ばそうとするが――

 

「あ、裏にもあったか」

 

――間抜け野郎の間抜けな声に、思わず手を戻した。

 

 そして、間抜けな動作で、残っていたトマトを全て回収した。俺のトマトが……

 

 幸いにして、赤石は持ち前の間抜けさを発揮して、1メートルの距離に潜んでいた俺に気付くことは無かった。

 

 

 

***

 

 

 

 Dクラスの生徒たちが離れたのを確認して、俺は周囲を探索したが、食べられそうなものは欠片すら残っていなかった。

 自身も食糧を探索する必要があるが、そこかしこに櫛田とその猟犬どもがいる。探索に出れば、見つかる可能性があり、そうなれば、俺の戦略は瓦解する。

 昼ではなく夜動くことも考えたが、どういう訳か、昨日の夜、櫛田が何人かの生徒を引き連れているのを見た。音や光に意識が集中しやすい夜は逆に危険だ。

 俺自身も、この島で夜に歩き回るのはリスクがある。ならば昼に探索を行うべきだが……

 

 いや、一つ策がある。BクラスとDクラスのベースキャンプ、その中間地点であれば、まだ食糧があるはずだ。

 一之瀬の性格上、境界上のものは取りにくいはず。そこが一之瀬の弱さだが、今回はさらに、7月の事件で判明した一之瀬と堀北の協力関係もある。

 俺がAクラスと手を組んでいるように、おそらく堀北と一之瀬も何らかの取り決めをしているだろう。昨日、感じた堀北のタイプと一之瀬の性質からも不戦以上の関係が結ばれたと考えていい。

 

 ならば、やはり中間地点は狙い目だ。

 

 俺はDクラスやBクラスの探索部隊に気付かれないように、ゆっくりと両クラスの中間地点へと向かう。

 僅かな音も立てないように慎重に動く。一瞬の油断が、全てを瓦解させる。

 頬に汗が走るのを感じた。まさか、俺が、まぐれ(・・・)とはいえ、Dクラス相手にここまで追いつめられるとはな……

 だが、最後に笑うのは俺だ。

 

 

 そうして、移動にかなりの時間をかけつつも、到着した中間地点には何もなかった。

 いや、正確に言うと、そこには採取された植物の跡だけがあった。

 

――クソッ!!!

 

 

 

 その後も探索を続けたが、結局、俺は午後から何一つ食べ物を口にすることはできなかった。

 作戦は上手くいっている。あと4日間の辛抱で全てがひっくり返る。その達成の為であるならば、多少の犠牲は(いと)わない。

 だが、身体的な欲求を我慢するには限度がある。

 

 夜の流れ星を見ながら、俺は、明日には食糧が手に入る事を願った。

 




特別試験三日目。

「伝説的な功績」と「三日目、豊富な食料、飢餓」の別視点になります。

4巻部分以降についての知識調査(今後の執筆内容に関わります)

  • 小説の4巻部分を読んだことがある
  • アニメ版の無人島(3巻)までしか知らない
  • 小説未読だが、4巻部分の内容を知っている
  • そもそも原作を知らない
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