実力至上主義の教室と矮小な怪物   作:盈虚

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神室真澄の共鳴3-4-2

 二日目になると、Aクラスの様子も落ち着いてきた。坂柳不在のためか、表面的には葛城の指揮が行き届いているように見える。ただ、水面下では、その体制は少しずつ崩れはじめている。そして、それは葛城も僅かに気付き始めている。

 とはいっても、私の行うことは変わらない。葛城やその派閥の相手を適当にしつつ、Dクラスへの偵察を続けるだけだ。場合によっては妨害もしなければならない。不安もある。具体的な指示がないからだ。

 

――ただ、坂柳が何を求めているのか。それは少し分かる気がする。

 

 可能であれば、その情報を調べた方がいい。そのために、朝から、Aクラスがベースキャンプとしている洞窟の近くの高所へと身を潜めることにした。

 

「思った通り、ここからなら川辺がよく見える」

 

 視界の先には、Dクラスのベースキャンプが見える。丁度、朝から活動している生徒が三人ほど見える。そして、そのうちの一人が二人と分かれて、森へと入っていた。思わず森に入った一人を目で追う。この距離だと自信は持てないが、この生徒の動きをよく見る。木々が邪魔でよく見えない上、顔の判別もつかない。何かを探しているようにも見えるが、何をしているのか。偵察だろうか。

 できる限り、この生徒が何をやっているかを調べる方が、今後の自分のためになるという予感があった。確証はない。その上、今目で追った生徒が、私の想像した生徒であるかも分からない。さらには、それが求められた成果であるかも分からない。けれど、できることはしなくてはならない。なぜなら、最近の坂柳は今まで以上に恐ろしいのだから。

 

 

 結局、二日目は点呼と食事のときには洞窟に戻り、そのほかの時間は高所で過ごした。

 Aクラスでは葛城の方針で、食糧はポイントで購入し、できるだけ生徒を洞窟の中に隠す事にしている。

 私は例外的に葛城に許可を貰い、外で過ごすことを許されている。集団が苦手、閉所恐怖症、坂柳への密告の示唆、理由などいくらでも作れる。しかし、葛城は私が外で過ごしたい事と、Aクラスの不利になることはしない事を伝えると、深く詮索することなく許可を出した。

 葛城は、私が坂柳を苦手としている事を知っている。だから、これは葛城なりの配慮だろう。そこが葛城と坂柳の違いだ。そういう点では、葛城の方が人として好ましいとは思う。そして私や坂柳の方が人として間違っているのだろう。

 ただ、そんな葛城にも奇妙な点がある。それは、Cクラスとの取引だ。AクラスはCクラスから物資を融通されている。そして、葛城は、その対価を払っている。Cクラスとの取引、つまりそれは龍園との取引だ。それを強行したのは葛城らしからぬ判断だと、私は思った。調和や秩序を優先するあの男が、なぜ龍園との取引をするのか。なぜ、反感を買いそうな強行策に出たのか。私には、それは分からなかった。

 私は一度首を振り、思考を坂柳の命令へと戻す。

 

 

 二日目の観察で分かった事は、Dクラスのレベルの低さだ。やはり何度見ても脅威には感じられなかった。ほとんどの生徒が適当に動いている。一部の生徒がそれらを統率しているが、あまり上手く動いていないように見える。

 唯一、例外を挙げるとすれば、ある女子生徒の存在だ。

 たしか名前は……櫛田だったと思う。この生徒は島中を探索し、食糧の調達を担当している。人望が厚いのか、Dクラスの多くの生徒が彼女に従っている。そして大きな成果を得ている事が、遠くから見ても、はっきりと分かる。

 実際、無人島試験が始まる前から、櫛田の名前は、朧気ながらも私も覚えていた。クラスを問わず、様々な生徒と交友関係がある、顔の広いタイプだ。遠目で見たこともあったが、人柄の良さそうな生徒のように見えた。そして、今回の観察からして、能力面でもDクラスの中では頭一つ抜けていると見ていいだろう。

 

 その他の点としては、おそらく私が調べるべき男子生徒は、櫛田と行動を共にすることもあれば、Cクラスを偵察することもあった。時たま一人で行動することもある。あと、よく森の中で迷っている事が多かった。けれど、方向感覚は良いのか、迷っても、すぐにベースキャンプに戻ることができていた。

 ただ、少し気になった点もあった。この男子生徒はCクラスを偵察するとき、他に二人の生徒と偵察していた。そして、この二人は昼を少し過ぎた頃にAクラスの洞窟へと来た。プライドの高そうな女子生徒と才能の無さそうな男子生徒の組み合わせは、まるで女王と召使いのようだった。召使いは葛城を前に怯えたように一歩下がり、女王の方も葛城相手には歯が立たなかった。だが、そこには、あの男子生徒の姿はなかった。Cクラスを偵察したときはいたが、Aクラスの時はいない。警戒しているのか。もしそうだとすると、それは何のためなのか。疑問を感じ、少しでも情報を集めるために、女王と召使いを注意深く観察したが、得られるものは少なかった。

 

 それと、これは特記すべき事項とは言えないが、不思議な女子生徒を目撃した。

 その生徒は、一日中、海辺を見渡せる岩場で、ぐったりとしていた。その岩場は、私の潜む洞窟近くよりは低い位置にあり、そしてCクラスの生徒がひしめく海辺を一望できる地点だ。こちらから向こうは見えるが、向こうからは高所を見上げる形となるので、こちらを見るのは難しい。

 最初、この生徒を確認したときは、私と同じように、偵察のために岩場にいるのかと思った。しかし、この生徒が、ただただ適当にCクラスを眺めていること、そして、あまりにも緊張感がない仕草から、Cクラスを羨んでいるだけの生徒であることが分かった。偵察をしている身になると分かるが、あんな態度では到底できるものではない。この少女がいる場所はDクラスのスポットの近くなので、おそらくはDクラスの生徒だと考えたが、確信を持てたのは夜になってからだ。

 夜になると、この気だるげな少女と、櫛田、そして小柄な女子生徒の三人がライトを持って森を突き抜け、海辺を見渡せる岩場へと移動したからだ。

 櫛田の存在もあり、私は三人を注視した。夜であったため、小柄な女子生徒が持っているライトの光を頼りにすることで、何とか彼女たちを観察することができた。10分を少し過ぎた程度で、彼女たちはDクラスのベースキャンプへと戻っていった。結局、何をしたかったかは分からなかったが、あの気だるげな女子生徒は櫛田と同じDクラスの生徒であることは分かった。

 

 二日間の偵察で、ある程度のことは分かった。一方で『妨害』の方は難しいと感じた。それはDクラスの無秩序さにある。たとえば、一人でベースキャンプを離れて高所で無気力になったり、夜に唐突に移動したりと、無秩序に行動するため、予想が難しく、単独で妨害するのは困難だ。

 坂柳が『できれば』と言っていたのは、これを予想していたからだろうか。背中に鳥肌が立つのを感じながら、私は坂柳の命令の『偵察』への比重を強めることにした。

 

 

 

 三日目になると得られる情報も減ってきた。Cクラスはリタイアし、Aクラスは洞窟内で停滞している。そして、坂柳の命令対象であるDクラスの変化も乏しくなってきている。相変わらず櫛田率いる食糧探索班は優秀で、他は、ベースキャンプで多少纏まっている程度といったところだ。あとは、二日目と同じく夜の行動だろうか。三日目は、二日目のメンバー以外にも、何人かの人物が参加していた。そしてライトの使い方で、ようやく目的が分かった。おそらく星を見ている。つまり、特別試験には何の関りもない行動だった。

 

――櫛田が参加していたから、何かあるのかと思ったけど……どうやら櫛田もDクラス相応の点もあるみたいだ。

 

 そして、私が注視している男子生徒からは得られる情報は少なかった。少し気になる点としては、彼の立場だ。彼は櫛田からの信頼が厚いのか、よく櫛田と行動を共にしていた。

 つまり彼の立場を表現するなら、櫛田の手下と言えるからもしれない。坂柳にとっての私のようなものだろうか。いや、櫛田は坂柳のような残忍さを持つ人間とは考えにくい。むしろ、一之瀬とその取り巻きの関係に近いような気がする。

 ……坂柳は一之瀬を僅かだが意識している。そうすると、櫛田はDクラスにおける一之瀬なのかもしれない……ただ、坂柳の口から櫛田の名前を聞いたことは一度もない。そして同様に、坂柳は一之瀬の取り巻きの名前を口にしたこともない。だから、単純に比較はできない。何か大事な要素が抜けている気がする。

 たとえば……坂柳にとって櫛田は龍園以上に意識する相手であり、その情報を私たちには隠している……坂柳の性格から考えると、この仮定は成り立たない気がする。つまり、現状、坂柳からすると櫛田の方は眼中にはない。けれど、櫛田の手下には……

 ならばこそ、やはり、あの男子生徒は特殊なのだろう。それが何かは私には、まったく分からない。分からないが……

 

「怪物に目を付けられたことは、同情するよ、本当にね」

 

 おそらく、このことで一番共感できるのは、私なのだから。勿論、嬉しくも何ともないことだけれど。

 

 

 

 

***

 

 

 

 そして今、特別試験四日目。私は、持ち場としていた洞窟付近の高所を離れている。

 偵察で得られるものが無くなってきたという理由もあるが、本心は別にある。

 多分、これは反発心だろう。曖昧で成果を出すことに対する命令に対してか、それとも、そんな命令を出したあの怪物に対するものか。もしかしたら、怪物の命令に逆らえない自身に対してのものなのかもしれない。

 とにかく、私は解放されたかった。それが一時的なものだとしても。

 少なくとも今だけは、怪物の目もない。

 

「あいつのことだから、私の今の行動も知ってるかもしれないけどね……」

 

 もしそうなら、あいつはどうするのだろうか。私に罰を与えるのだろうか。

 いつも高所から見下ろしていた森の中へと入りながら、意味もないことを考える。

 

――今だけは忘れたい。

 

 そんな気持ちで、足を進めると、辺りの木々は深くなっていった。幸いにして、一直線に洞窟から降りてきたため、迷う心配はない。ただ、Aクラスのスポットからは離れすぎてしまったかもしれない。

 ふと、周囲を見ると、未回収の果実が目に入った。この辺りはまだ誰も来ていないのだろう。なんとなしに、その果実を掴もうとしたとき、ガサリと不審な物音がした。

 身を低くしながら、音源を見ると、ひとりの男子生徒が歩いていた。男子生徒の横顔が見えた時、思わず息をのんだ。

 

 口元を手で押さえていると、心臓が強く鳴る音が聞こえた。まるで今にも飛び出しそうだった。

 

「ふー、はー、……」

 

 何とか息を整え、その男子生徒を観察する。こちらには気づいていないように見える。

 

――私がしなくてはいけないこと、最近の偵察の収穫の無さ、一歩も進まない妨害作戦、自分の中で渦巻く感情、そして僅かな好奇心……様々な思惑が自分の中を駆け抜けた。そして、最後に、きっと今、あの怪物は船の上で嗜虐的な笑みを浮かべているだろうな、と思った。

 

「あんた、何やってんの?」

 

 気づけば私は……いや、私は自分の意志で、この男子生徒――赤石求に話しかけていた。

 

「ねえ、聞いてるんだけど」

 

 しかし、赤石はどこか上の空で、私の問いに答えなかった。些細なことであるはずなのに、なぜか苛立ちを強く感じた。

 私の怒気を感じたからか、赤石はこちらを捉えて、鈍く語りだした。

 

「えっと、あなたは、確か、モールにいた……」

 

 彼の話し方にも苛立ちを感じてしまう。きっとこれは、逆恨み、いや嫉妬だ。

 

「何やってるか聞いてるんだけど?」

 

 私が問うと、赤石は少し気まずそうな顔をしながらも、答え始めた。

 

「えーっと、そのクラスの皆に頼まれて、食料を調べてくるように言われて……そういう、あなたは、何をやってるんですか?」

 

 赤石の答えは納得のいく内容だった。彼は櫛田の取り巻きの一人だ。そして、方向感覚が良い。おそらく櫛田に命じられて、単独での行動をしていたのだろう。

 

「ここ、Aクラスの占有してる場所なんだけど」

 

 私は彼の質問には答えることなく、半ば嘘のようなことを口にした。正確には嘘かどうかは分からないが、だいぶ歩いたことから、ここはもうAクラスの占有したスポットではないだろう。ただ、そう、これは相手の出方を(うかが)う為の必要な工程だ。そう自分に言い訳しながらも、彼の挙動に注視した。

 

「そうだったんですか……すみません、気づかなくて」

 

 謝る彼の姿を見て、僅かだが鬱憤が晴れた気がした。そう、私は、ずっと、この男子生徒に悩まされてきた。一方的な感情で、彼には自覚はないだろうし、彼のせいとは言い切れない。けれど、怪物に鬱憤を晴らせない以上、行き場のない怒りだった。怒りの感情を向けることができる正当な相手がいる。そのことが、今の私には喜ばしかった。

 

「『すみません』、で済む問題じゃないでしょ。スポットの不正使用は減点って言ってたから」

 

 申し訳なさそうにする彼の表情が見えた。

 鬱屈としていた気持ちが塗り替わるように感じた。もしかしたら、あの怪物も、いや――坂柳有栖という少女も、今の自分と同じ気持ちなのかもしれない。

 

「ええっと、それは……その、何と言いますか、ここに本当にスポットがあるんでしょうか?もしあったら、見せて欲しいのですが」

 

 私が減点を示唆すると、彼は、急に頑なになった。その事に、少しだけ気に食わないと思いつつも、前に話をしたときの事を思い出した。彼は、以前に話をしたときも、基本的には、落ち着いているが、クラスのことになると頑なだった。おそらく真面目な人間なのだろう。だからこそ、なぜこんなにも、厄介な事になっている人間なのかが分からない。彼に非は無いのかもしれない。それでも恨まずには、嫉妬せずにはいられない。

 

――なぜ、彼は安全地帯(Dクラス)で、私が危険地帯(Aクラス)なのか。

 

 勿論、DクラスにはDクラスの大変さがあるだろう。三日間、彼らを偵察し続けたから分かる。能力が低い生徒が多いクラスだ。そんな中で過ごすのは苦痛を感じるだろう。特に人並以上の水準がありそうな、この男子生徒にとっては。だが、Aクラスが良いなどとは口が裂けても言えないはずだ。特に彼は。

 彼がもしAクラスにいたら、想像を絶する苦痛を味わっていただろう。そして今頃、きっと私は洞窟の中で適当に配給された食事でも食べていた。だが、そうはならなかった。あの怪物に目を付けられたから、そうはならない。なぜ、彼は無事なのか。嫉妬せずにはいられない。

 

「誤魔化したいのは分かったけど、そういう態度取るなら、……さ、――葛城に報告するけど、いいの?」

 

 思わず、言いかけそうになった悍ましい名前を寸前で止める。情報収集も兼ねて、一度、葛城の名前を出して反応を窺ってみることにする。

 

「その、……誤魔化しているつもりはありません、ただ、どうも、あなたは何か俺に望みがあるように感じられます。何かあるんですか?」

 

 反応が鈍い。葛城のことは気にしていないのか、それとも別の何かを考えているのか。いや、それよりも……じっと、こちらを見つめ、問いかける彼に対して、怒りを感じた。

 きっとそれは理不尽なものだ。もし望めば、彼は私と代わってくれるのだろうか。

 

「……、……別に無いけど、自意識過剰なんじゃない?」

 

 その怒りが言葉にも出てしまった。

 

「……そんな、つもりは、ありませんが……すみません、Dクラスの合流時刻に遅れるので、俺は失礼します。あと、俺はスポットを不正利用する気はありませんし、現にしてません。スポットの所在が、俺にも、そして、あなたにも明らかではない以上、これで説明は十分だと思います」

 

 彼は私の言葉に機嫌を損ねたようだった。当然のことだ。

 ただ、今までの彼の言葉の節々から妙な誠実さを感じた。それは、さっきから疑問に感じていた点でもある。なんでこんな普通の生徒が……

 

 逃げるように去ろうとする彼を見たとき、不思議な閃きが、かすかに光った。閃きとともに、私は、彼の腕を掴んだ。

 

「――ちょっと、待って」

 

 自分の不安定な立場を彼には変えられるのではないだろうか。

 安全地帯にいる彼に対して未だ嫉妬している気持ちはある。けれど安全な場所にいるからこそ、分かることもある。そして、本来同じ立場である私たちは協力することができないかと、閃いたのだ。

 

「あの、放してもらえないでしょうか」

 

 じっと彼の瞳を見ると、困ったように見つめ返してきた。私の心がまた少し軽くなった。

 

「私の質問に答えたら、今回の件は見逃してもいいけど、どうする?」

 

 嫌がる彼に一方的に言葉を放った。何だか癖になりそうな感触がした。それは変な感覚で、本来は感じるはずもないものだ。きっと、私は怪物と一緒に過ごし過ぎたのだろう。

 

「内容にもよりますが……クラスを売るようなことはできません」

 

 彼はクラスを守ることで頭がいっぱいのようだ。益々、私とは違う人間だ。だが、本質的な立場は同じだ。そう私と同じはずはのだ。なぜ、こんなにも綺麗でいようとするのだろうか。憎たらしい。

 

「――坂柳、坂柳有栖って知ってる?」

 

 私は核心を貫く質問をした。

 

「……聞いたことがあったと思います。確か、Aクラスの人でしたっけ?」

 

 彼の表情が陰った。先程とは違う。彼は何かを隠そうとしていると、そう感じた。

 

「……私が、前、あんたとモールで会ったとき、坂柳って名乗った。その時、あんたは何も言わなかった。なんで?」

 

 彼を問い詰める言葉を口にするたびに、心が軽くなっていくのを感じた。私は心の底まで、きっと毒されているのだろう。

 

「えっと、すみません、よく憶えていませんが……ただ、単にその坂柳さんという方があなたかと思ったのでは?あなたもAクラスでしたし」

 

 また陰った。そう、分かるのだ。だって、私と同じなのだから。彼の誤魔化し方は私と似ているのだ。また共通点を見つけた。

 

「やっぱりおかしい。私が坂柳って名乗ったのはクラス名を告げる前だから、なんか隠してるでしょ」

 

「えっと、すみません、先ほども言ったように、俺はあの時のことはうろ覚えで、あなたと違って、俺はD、……というより、あなたの名前は何なんですか?いい加減教えて貰えませんか?」

 

 本来なら、教えるべきことだと私も思う。けれど、懇願するような彼の瞳を見て、拒みたくなった。

 

「何で教えなきゃいけないの?」

 

 胸の中にあった泥のようなものが流されていくようだ。いや、本当は知っている。今、実際は胸の中まで泥に浸かって、そして沈んでいっているのだ。

 

「……こんな、尋問まがいの事を2度も受けて、その上、名前すら教えてもらえないのでしたら、これ以上の会話は俺には難しいですね」

 

 彼はムキになったように、そう答えた。

 

「神室、神室真澄。これでいい?」

 

「神室さんですか、よろしくお願いします」

 

「あっそ」

 

「えっと、俺は前、確か名乗りましたよね?」

 

 彼の困ったような顔を見て、また心が少し澄んだ気がした。もしかすると、私は、心も怪物に似てきているのだろうか。

 

「い、……赤石でしょ」

 

 きっと、そうだろう。だから、今も、思わず正しい言葉を口にしようとしてしまったのだから。 

 

「そうです……、ええっと、そろそろ、クラスメイトに言われた合流時間なので戻っていいですか?」

 

 彼は、腕を掴んでいる私の手を流し見た。放してほしいという意思表示だろう。けれども、そうはいう訳にはいかなかった。私には質問をした目的があった。のらりくらりと躱されて、つい気持ちが昂ってしまって、先ほどの閃きを忘れかけてしまうところだった。

 

「まだ、質問は終わってないから。……本当に坂柳のことを知らないの?」

 

 じっと彼の瞳の中を覗き込む。その色は、自身の瞳の色と同じように見えた。

 

――そう、反抗の色だ

 

「で、ですから、名前は聞いたことがあったと思いますが……何か神室さんにとって重要な名前なんですか?」

 

 上手く、誤魔化しているが、やっぱり彼は坂柳の事を隠している。

 

「坂柳はうちのクラスのリーダー。名前がどこまで広まってるか聞きたかった。それだけ、じゃあ、もう行っていいから」

 

 ただ、これ以上、聞くのは難しかった。だから、今日はこれで見逃そう。

 

「そ、そうですか……えっと失礼します、神室さん」

 

 そういって彼は私に背を向けた。隠している事、そしてあの反抗的な目、何をしようとしているかは分からないが、坂柳に対して挑戦的な何かを持っている人間なのだろう。

 ただ、彼は坂柳を甘く見ている。あの怪物に何かしようと考えるなど、身の程知らずと言っていい。

 打ち倒されて、そして支配されるだろう。

 

「あんたがどれだけ足掻いても、あいつには勝てない」

 

 私から離れていく彼の背に向かって、私はそう呟いた。聞こえていても、聞こえていなくてもどちらでもいい。

 ただ、きっと龍園と違い、赤石は、私にとって良い結果を出してくれるだろう。赤石と坂柳が対峙するとき、その時ならば、私はきっと……

 

 私は、彼の背が見えなくなるまで、目で追い続けた。そして視界から完全に消えたとき、自然と口が弧を作るのを感じた。

 

「あんたが、私の代わりに怪物の生贄になれ。赤石」

 

 そう、きっと、赤石ならば怪物の生贄に相応しいだろう。

 そうなれば、その時、きっと私は解放される。私の役割を押し付けることができる。

 

――あの恐ろしい、坂柳有栖から逃れられる。

 

 微かだが、確かでもある期待を胸に、私はAクラスのベースキャンプへと戻るのだった。

 

 




神室視点終了
対応視点『談合、そしてCクラスへ』『伝説的な功績』『岩場の観測者』『三日目、豊富な食料、飢餓』『四日目の攻防』


次は無人島での鍵を握っていた人です。

4巻部分以降についての知識調査(今後の執筆内容に関わります)

  • 小説の4巻部分を読んだことがある
  • アニメ版の無人島(3巻)までしか知らない
  • 小説未読だが、4巻部分の内容を知っている
  • そもそも原作を知らない

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