実力至上主義の教室と矮小な怪物   作:盈虚

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媒介者

 入学式から十数日が経過した。授業に関しては中々興味深かった。というのも、この学校の教師のレベルが思った以上に高かったからだ。どの授業もなんらかの長所があった。それは教え方が面白かったり、解りやすかったり、整理されていたりと様々だった。

 具体例を挙げると日本史の茶柱先生は、歴史を時代・文化・人物ごとに整理していて、非常に解りやすく、すんなりと頭の中に入ってくるのだ。

 

 元より、ハッキング抜きにして、多少は真面目に受けようと思っていたが、思った以上に本気で授業を受けてしまった。まあ、悪い事ではないだろう。

 

 続いて平田に関してだ。1日に1度平田に声をかけることを自身に義務付けてきたが、状況は芳しくない。

 いや、悪くはないのだが、平田が隣の席の軽井沢と付き合ってしまい。その軽井沢が前後の松下・篠原と平田を巻き込みながら行動しているため、平田に声を掛けにくく、またかけたとしても、軽井沢が来てしまうため、すぐ会話が終わってしまうのだ。

 最近は、さらに森・佐藤がこの集団に合流し、平田が要塞化されてしまった。幸いなことに平田からはそこそこ話をする相手と認識してもらい、たまに声を掛けられるが……

 

 反面、平田以外とのコミュニケーションはほぼ最悪だ。初日に話した綾小路は池・山内・須藤とつるみ、まったく交流がなくなってしまった。

 他にも男子・女子ともに小集団を形成し、今更入ることが難しくなってしまったのだ。気づいたら皆、仲良くしてたのだ……カメラで調べたが、原理がまったくわからなかった。

 現状、1日のうちに話をする相手は平田ぐらいである。極稀に櫛田が声を掛けてくるぐらいだろうか?

 

 学校以外の活動では放課後は常にハッキングを敢行している。情報集めを重視し、他クラスの動向の確認とクラスポイントの増減要因について調べた。

 

 

 まず、他クラスの情報としては、非常に入手が容易だったのはBクラスだ。

 Bクラスは後ろめたい事が無いのか、クラス内で堂々と会議を行っており、カメラで筒抜けであった。またDクラスと同様に自己紹介を行っており、全体的にDクラスよりも協調性に優れているように感じられた。現状のリーダーは予想通り一之瀬となった。少々予想外だったのは神崎が思った以上に協力的な人物であり、Bクラス内で独特のポジションを確立していた。

 

 

 続いてCクラス。ここは最初に5日間しか情報を仕入れることができなかった。ある意味Dクラス以上に荒れたクラスであり、初日からギスギスした雰囲気であった。が、数日経過すると、石崎や山田といった面々が負傷しており、龍園が支配者として君臨していた。

 カメラの範囲内で彼が活動していたのが見れなったことから(気づいたら石崎と山田は負傷していた)、カメラを意識して行動している可能性が高かった。カメラを警戒していること、おそらくカメラの無い所で暴力を行っていることから危険な人物だと感じられた。また、龍園はカメラを警戒しているためか、入学式から5日経過すると、自身の独裁の宣言とCクラス全員の連絡先を提出させ、それ以降カメラの前では活動はしなかった。

 

 

 Aクラスは最も混沌としたクラスであった。

 まず、坂柳は美少女であった。入学前は写真も性別も不明という得体のしれない人物だったため、少々、というかかなり驚いた。儚い感じの銀髪の美少女であり、丁寧な言い回しを好んでいた。が、この坂柳は中々の曲者であった。

 入学当初は葛城を支持するような動きを見せるが、葛城がAクラスの掌握を始めると、反対活動を開始。自身の派閥をいつの間にか(おそらくカメラ監視外で)形成し、Aクラスは二分されてしまった。

 坂柳はカメラを警戒し、カメラの監視網を避けて活動する一方で、葛城は後ろ暗いことがないのか、カメラの前でも堂々としていた。活動もカメラの監視内で行われることが多かった。勿論カメラの監視外でも活動をしているのかもしれないが……

 

 

 

 続いてクラスポイントの増減なのだが……これは少々難しい問題であった。まず朗報としては、特別試験というものが定期的に開催され、その結果によりクラスポイントが増減するのだ。

 他にも中間試験終了後に増加するらしい……しかし一方で悲しい問題として、授業態度によって減点されるということだ。最初に述べたがこの学校の教師はレベルが高く、気づくと授業に集中してしまうのだ。……授業に集中しすぎて、周りをよく見ていなかった。

 さらに俺が抜けている点として、「こんな面白い授業なのだから皆聞いているだろうな」と勝手に思い込んでいたことだ。クラスポイントの増減のルールの情報を不正入手した次の日、須藤が休み時間中に爆睡しているのを目撃したとき、恐ろしさに気づいた。

 そこで、授業中に隣の席の平田要塞警備兵の1人である篠原を周りに悟られないようにチラリと見たが、絶句。なんと携帯端末を弄っていた。

 おいおいおい、コイツ死んだわ。

 

 その日は帰宅後、急いで、Dクラスのクラスポイントを確認すると180clという恐ろしい値が……

 これが昨日の話である。

 

 

そこで本日の課題「クラスポイントの減少を防ぐにはどうするか?」

1、赤石は突如皆を説得するアイディアを思いつき披露し、ポイントの減少を防ぐ。

2、仲間(平田)が助けてくれる。

3、助からない。現実は非情である。

 

 俺としては(1)にマルをつけたいが……現実的ではない。ということはここは(2)だ。ただ平田にはなんと説明しようか……?

 

 

***

 

 

 平田がトイレに行く時を狙い話しかけ、無事昼休みに図書室で2人きりで会う約束を取り付けた。昼休みになり、図書室に行くと、初めて見る「見知った」少女が本を選んでいた。Cクラスの椎名ひよりだ。

 

 彼女は龍園から距離をとっているようで、Cクラスでは孤立気味であったが、同時に龍園には頼りにされているようで、よく龍園から話しかけているのを見かける。

 といっても椎名本人はあまり乗り気ではなく、また龍園と椎名の話はカメラの監視下での行動であるため、カメラを嫌う龍園も本気で椎名を自身の活動に組み込んでいるわけではないだろう。軽い相談役のような感じである。

 

 

 そんなことを考えていると平田が図書室に入ってきた。彼はこちらに気づくと軽く手を振り、遅れてきたことを詫びた。本棚を使い椎名の視線が入らないように位置を調整し早速本題に入った。

 

「平田君。今日は来てくれてありがとうございます。実はさっき言ったように相談があるんです」

 

 そういうと、平田はまったく不快な素振りも見せず、笑顔で答えた。

 

「赤石君が困っているんだから来るのは当然だよ。どんなことかな?僕にできることなら喜んで力を貸すよ」

 

 すげぇ。コミュ力が高いというのもあるが。多分平田の今までの活動からこれは本心で言っている可能性が高い。平田大明神、いや救世主平田様だ。ここは頼らせていただこう。

 

「少し言いにくいことなんですが……Dクラスの授業態度のことなんです」

 

 そういうと、平田は若干緊張したように「Dクラスの?」と聞き返した。ん?なんでそこで緊張するんだ……?

 

「はい、その、なんというか、Dクラスはもう少し勉強に集中した方がいいと思うんです。少なくとも勉強する意思がある生徒に配慮した方がいいと思うんです。そのー、平田君や堀北さんのように集中力が強い人なら何も感じないと思うんですが、俺や、あとちょっと言いにくいですが幸村君みたく周りが少し気になるタイプからすると、そのー、ちょっと他の皆の授業中の行動が気になってしまって……」

 

 そう言うと、平田は少し黙ったあとこちらを見た。

 

「確かに君の言う通りだね。Dクラスは少し授業に集中していないところがあるね」

 

 よし来た!あとは流れで……

 

「ええ、そこで、その言いにくいんですが、自分から言うと角がたつので、その何といいますか、もしできれば、平田君の方からクラスにやんわりと言ってもらえないでしょうか?平田君はDクラスで一番人望があるので……」

 

 平田は若干険しい顔立ちになるが、すぐ笑顔になりこう返した。

 

「そうだね。わかったよ。僕の方から今度皆にお願いしてみるよ。赤石君教えてくれてありがとう。君はクラスのために勇気をもってくれたんだね。嬉しいよ」

 

 実に爽やかな返しであった。しかも面倒なことを頼まれたのに、返事が「ありがとう」である。まさしく仁君平田様。よーし、作戦成功!今日はこれで――

 

「ただ、僕からも1つお願いをしていいかな」

 

 やだ。なんか面倒事っぽいもん。

 

「えっと、なんでしょう……?」

 

 すごく嫌な予感。だが、無情。平田はいつもの笑顔で言ってのけた。

 

「今日、軽井沢さんたちにカラオケに行こうって誘われててね。いっしょに来てくれないかな?」

 

 4時から空手の稽古があるの付き合えないわ。というか人前で歌いたくない。あと何で軽井沢と行くのに誘うの?彼女と2人でデートしろや。多分、俺が行ったら軽井沢キレるぞ。

 

「その、すみません。今日はちょっと用事がありまして……」

 

 できるだけ申し訳なさそうな顔してみる。ちゃんとできたか分からないが、平田は少し目を瞑った後、再び切り返した。

 

「なら、来週でどうかな?来週ならポイントも入ってきてるし、なんならDクラス皆で行くのはどうかな?」

 

 来週、Dクラスのポイント収入は多くて1万8千。そして一部の生徒はもうポイントを使い切っている。どう考えても、Dクラス皆は無理だろう。ならば……

 

「うん、それなら。実は軽井沢さんたちはちょっと苦手で。ああいや、嫌いという訳ではないんですが……でも『みんなで』一緒なら行けると思います」

 

 そういうと、平田は目を輝かせて、喜んだ。……ちょっと、いや、けっこう罪悪感を感じる。

 

「うん!なら良かった。来月は皆で行こうね。入学式の時は赤石君が居なくて皆寂しそうだったから。できれば堀北さんや綾小路君も参加してくれといいんだけどね……赤石君は2人とは仲が良かったりするかな?」

 

 俺は居なくても誰も寂しいとは感じないと思うが……いや、平田のこの言い回しとしては堀北と綾小路との関係があるか聞きたいんだよな……どう答えたものか……

 

「すみません。2人ともあまり喋らないので、よく知らないです」

 

 なんだか、平田に少し悪い気がしてきたが……いや、でも、まぁ、Dクラスの態度が改善されれば1万8千ポイントは失われずに済むから、来月次第だが、平田に得がないわけではないか……

 

「そっか。でも、良かったよ。今日は赤石君と話せて。それじゃあ、またね」

 

 

 そう言って平田は図書室を後にした。チラリと本棚から顔を覗かせると、椎名が先ほどから全く動かずに本を読んでいた。多分聞かれていなかったと思うが……まあ、藪を突いて蛇を出す必要もないと、立ち去ろうとすると椎名と目が合った。

 椎名は少し驚いた顔をした後、左右を見て、そして誰もいないことを確認すると後ろに振り向き、また誰もいないことを確認すると、再びこちらを見て、口を開いた。

 

「私に何か御用でしょうか?」

 

――しまった。つい仕草が可愛くて逃げそびれた。こうなれば、コマンド「適当な事」を言うだ!……最近こればっかり選んでるな……

 

「いえ、その読んでいる本が気になってしまって。邪魔をしてしまってすみません」

 

 そう言って素早く背中を見せ撤退。(走らない程度に)急ぎ図書室を離脱。これは勝ったな。と、思いきや図書室を出る寸前で袖を掴まれた。

 見るといつの間にか移動したのか椎名がしっかりと袖をつかんでいた。いや、お前身体能力Eじゃなかったっけ?今一瞬で距離を詰めたよね?お前も能力隠してる系なの?

 そう現実逃避を始めるが、椎名は目を輝かせて、こちらに話しかけた。

 

「この本が気になりますか!これはウィルキー・コリンズの『月長石』という古典推理小説を代表する一作ですよ。私はもう持っているのでどうぞ読んでみてください」

 

 白い肌を若干赤くさせながら、迫るように本を押しつけてきた。思わず受け取ってしまうと、椎名はにっこりと万遍の笑顔を浮かべた。

 

――いや、忙しいから読めない。どうしよう。とりあえず、純粋に気になることを聞いてみるか……

 

「えっと、し、あなたはこの本を読んでいたように見えたのですが、どうして持っている本を読んでいたのですか?」

 

 今間違って椎名さんって言いかけた。危ない。椎名は何度か瞬きすると、不思議そうな顔で逆にこちらに尋ねてきた。

 

「持っている本を図書館で読んではいけないという決まりはありませんよ」

 

 違う、そこじゃない。

 

「そうではなくて、ですね。図書館というのは見たことない新しい本を探す場所なのではないかと思うんですが……」

 

 話題を修正する。そしてさりげなく、『月長石』を近くの台に置く。椎名はそれを見ると、にこにこしながら『月長石』を回収し、こちらに再び押し付けてきた。やめろ。

 

「それはとても素晴らしい考えだと思います。近年、図書館では本を読む人が悲しい事に減っています。また、何を勘違いしたのか、図書館で本に関わらないことをする人や図書館で騒がしくする人も増えています。いえ、多少勉強場所として使用する分には私も文句はありませんが、図書館に敬意を払い、勉強に使用した時間の2倍の時間は本を読む時間に使ってほしいです」

 

 と、若干怒り気味に言ってのけた。勉強に使用した時間の2倍というのは過激思想ではないだろうか。せめて勉強に使用した時間の10分の1くらいにしないか?というより『月長石』を押し付けてきた件に関してのコメントはない。それどころか、元々こちらの質問は『なんで持ってる本読んでるの』なのにそれにも答えてない。

 椎名、コイツは危険すぎる。多分だが何かと心配性で突っ込み気質の自分と相性最悪だ。撤退準備に入ろう。

 

「なるほど、確かに仰る通りですね。あ、モウコンナジカンダ。すみません。ちょっと友達と約束がありました。あと自分、まだ図書カードを作っていないので、『月長石』はまた今度にしようと思います。ありがとうございました。じゃあ、さようなら」

 

 素早く言ってのけ、『月長石』を椎名に渡すが、椎名は受け取りを拒否。しかたないので、さきほど置いた台に『月長石』を置き撤退した。椎名に『月長石』の片づけを押し付ける形になってしまったが……あ、違った『月長石』は元々椎名が読んでた本だった。しかし、なんだか怖かったので後ろは振り向かず脱出した。

 

 

 

学食に向かい比較的安価の定食を選び、席を探す。平田と椎名と会話をして時間が休み時間の後半に入っているため、空いている席も多かった。定食が置かれたトレイを持って端の方の人がいないブロックに座った。ふぅ~。やっぱり人がいないと良い。軽く目を瞑り、力を抜いた後、定食を食べるため目を開けた。

 

 目の前には定食はなくなっており、『月長石』が置いてあった。

 

 

――え?

 

 

驚いて前を見ると、銀髪の美少女が座っていた。何故か彼女の前にはトレイと定食があった。

 

「同席してもいいでしょうか?」

 

 駄目です。

 

「ええっと、その、その定食、あなたのではないですよね」

 

 一応聞いておく、もしかしたら1億分の1くらいの確率で目の前の定食は椎名が買ったもので、何らかの現象により俺の定食は『月長石』へと変化した可能性が……ねえよ。

 

「そうですね」

 

 いや、返せよ。仕方ないので素早くトレイを掴むが、ダメだった。それより早く椎名がトレイを掴み抑えていた。やめろ。はなせ。

 

「あ、あの、返してほしいのですが……?」

 

 早く返してくれねば冷める。俺は冷めた味噌汁が許せないタイプだ。頼む返してくれ。何でもするから……って言ったら最後、死ぬまで推理小説読ませてきそうだから言わない。

 

「友達と約束があるあなたのために『月長石』を借りてきました」

 

 椎名はゆったりとした口調で言った。怒ってはないように見えるが笑ってはない。これは、あれだね。嘘ついたことがバレたね。仕方ない。毒を食わねば皿までも。一転攻勢だ。

 

「ありがとうございます。『月長石』は大切に扱いたいと思います。定食の方を返してもらってもいいでしょうか」

 

 読むとは言っていない。ちゃんと図書館に大切に返却する。椎名は納得したのか、いつものふわふわとした笑顔で定食のトレイを離した。素早く定食を奪還し、食べる。椎名がいたが関係ない。冷める前にがっつく。というより、最初の方は椎名と喋るだけで美少女オーラに圧倒されたが、もう慣れた。むしろいい経験だった。これでどんな美少女が来ても怖くない。

 定食を食べ終わった後も椎名は笑顔でこっちを見ていた。手には『The Woman in White』と書かれた洋書を手にしていた。いや、しまった罠だ。気づいたときには遅かった。

 

「この『The Woman in White』は『月長石』の作者のウィルキー・コリンズが書いた本の1つですよ。これは洋書ですが、日本語版も図書館にありますよ。『白衣の女』というタイトルです。私も持っていますから、読みたくなったらいつでも言ってくださいね」

 

 読みたくありません。

 だが、今ので椎名の行動パターンが分かってきた。コイツは攻撃を行うときは必ず笑うのだ。笑顔とは本来攻撃的なものである、といった感じだ。

 しかも、コイツの場合、自覚があるのか美少女なのでついつい椎名の顔を直視できず視線を逸らしてしまう。そして誘導された先には本がある。椎名の地獄コンボだ。嵌めれば最後、定食が本に見えるまで小説を読まされる……なんと恐ろしい。

 だが、定食を食べ終わった以上、椎名は用済みだ。そもそも『月長石』は椎名が借りたもの。又貸しは基本禁止されているはず。そこを突き……椎名が学生証端末を差し出してきた。なんだ。意味が分からない。

 

「定食代、お支払いしますね。少し冷めてしまったかもしれませんし。お話にも付き合ってくれましたから」

 

 椎名は若干上目遣いで言ってきた。やめろ。『月長石』が返せなくなる。やめろ。

 

「えっと、いや、いいですよ。別に。それより本――」

 

 全てを言い切る前に椎名は右手の親指を立てて言った。

 

「又貸しについて心配されているなら大丈夫ですよ。この『月長石』は私のものですから」

 

 よくよく見るとこの『月長石』には図書館で見たものと違いラベルが貼ってなかった。ちょっとまてや。さっき借りてきたとか言ったやろ……許せん。

 椎名の方を見ると悪戯っぽく笑っていた。けっこう可愛かった。

 

「あと、定食代は払わせてもらいます。学生証を出してください」

 

 かなり強く出てきた。もしかしたら、椎名の中で何かが琴線に触れたのかもしれなかった。まあ、定食代1食分とはいえ、Dクラスは今後支給額が減る。ここは貰ってもいいだろう。

 

「えっと、ではお言葉に甘えて。ありがとうございます」

 

 学生証を出し椎名に見せて、気づく。椎名が笑っていることに。ああ!また引っかかった。

 

「赤石君というのですね。私は椎名ひよりです。ひよりちゃんと呼んでもいいですよ」

 

 名前バレた。いやまぁ、いずれ分かることだが……ポイントを送るには相手側の連絡先が必要になる。勿論匿名送信機能を使えば連絡先を教えずにポイントだけ貰えるが……この状況では言い出しにくい。まずい。このままだと、なし崩し的に推理小説漬けにされる。

 

「椎名さん。ですか。色々とありがとうございます。でも俺は実は活字が若干苦手でして……『月長石』もきっと読むのに時間がかかってしまうと思うのですが……それでもいいでしょうか?」

 

 最後の抵抗だ。しかし残念、効果はなかったようだ。椎名は目を若干潤ませて、感動したように体を揺らした。

 

「苦手なのに興味をもって図書館に来て下さるなんて。とてもいいことですよ赤石君。これからはいっしょに頑張りましょうね!安心してください。私が読みやすい本を紹介してあげますから。最初は興味を持った『月長石』が良いかもしれませんので、まずはそれを読めるように頑張りましょう。ただ、『月長石』は少し難しいところがあるので、少し様子を見ながらいきましょうね。何がいいでしょうか。やはりアガサ・クリスティーの名作を……いえ、あせってはいけませんね。それに推理小説に限らなくてもいいかもしれませんし……」

 

 ひぇ。椎名怖い。伊達に龍園の相談役をやってないな。こんな怖い食堂にいられるか、俺はDクラスに帰るぞ。というよりそろそろ休み時間が終わるので帰らなければいけないのだ。

 

「椎名さん、あの、そろそろ昼休み終わりますよ……」

 

 そう言ってみると、椎名はピタリと止まり、学生証端末を使い、定食代をこちらに譲渡してきた。残念ながら番号は交換することになった。あと『月長石』も渡された。

 

「では赤石君。また会いましょうね。小説について話したいことがあれば何時でも言ってくださいね。あと私のことはひよりちゃんと呼んでくれてもいいですよ」

 

 やだ。

 

 

 

 

 椎名は去っていき、『月長石』だけが残された。これ読むのか……

 

 

 

***

 

 

 

 そして、波乱万丈の昼休みが終わり、午後の授業を順調にこなし、HR終了後、平田が立ち上がりみんなの前に立った。授業を真面目に受けるように皆にお願いしたのだ。流石は平田、約束も守るし、話も通じる、おまけに嘘もつかない。椎名とは大違いだ。平田の御言葉により女子の多数と男子の一部は了承したが、残りはなんとも不満そうだった。あと綾小路が平田の方をじっと見ていたのが多少不気味だった。相変わらず綾小路の考えはわからん。

 

 平田の演説終了後は用事をはたすため、家電量販店に向かう。アリバイという訳ではないが、用事と言ってしまった以上は直接寮に戻るのは心情的に抵抗があった。

 よって当初の予定を前倒しし、必要な電子機器の購入することにした。……のだが、思ったより高い。現在の所持ポイントは8万と少し。節約して使っているが、来月の支給が18000未満であることを考慮すると、予算はせいぜい1万程度だろう。とりあえず、ハードディスクだけは買うか……できれば、集音器と小型の無線機とカメラが欲しいが、最悪外付けハードディスクさえあれば、情報戦ではそんなに困らないだろうし。

 

 

 ――携帯端末の通信傍受。会話とメールの内容を特定の人物に限れば入手可能である。さすがに学園内の人物全員となると組むシステムも情報量も多すぎて処理できないが、特定の人物だけであれば、外付けハードディスク1つあれば保管は十分であるだろう。

 

 

 つまり、動向が解りにくい龍園と坂柳の通話内容を狙って傍受可能だ。とりあえず、安価のもので6000ポイントで購入可能であったので買う。

 

 ついでに一応カメラを確認するためにカメラコーナーに行ったのだが、そこには、どこかで見た少女がいた。服装から1年生だと思うが、思い出せない。縁が強いメガネをかけている……同じクラスにいたような気もするが……最近他のクラスのカメラばかり見ているせいか、肉眼で見た自分のクラスメイトだったかカメラ越しで見た他のクラスメイトだったか判別がつかない。

 そうやって、少女を見ていて気付く。あ、これ、椎名の時と同じパターンだと。素早く視線を外し、物陰に隠れる。いや、隠れる必要はなかったかもしれないが念のためである。幸い、椎名の時とは違い向こうは気づいていないようだった。まあ、椎名レベルのヤバい奴はそうはいないので過剰な警戒であったと思うが……とりあえず陰から怪しくない程度に女子生徒を見る。

 

 その後、こちらを見ていない事を確認し、そそくさと監視カメラコーナーを巡り、その後集音器コーナー、最後の無線コーナーを回った。一応盗聴器コーナーも見たが必要なポイントは高めであった。やはり当初の予定通り通信傍受用のハードディスクだけでいいだろう。ポイントに余裕が出るか、もしくは必要に駆られたら、集音器と無線から頑張って盗聴器を作るか……機械工作はあまり得意ではないが、幸いシステム構築はハッキング能力を駆使できるようになった時にマスターした。必要部品を揃えられれば、盗聴器より安く高性能のものを作れるだろう。

 

 

 

 

 家電量販店を去り、あとは寮で情報の整理でもと思ったが、やはりハプニングが発生した。家電量販店を出て、人通りが少ない路地で後ろから猛烈なタックルを浴び、組み敷かれた。一瞬椎名の襲撃かと思ったが、ヤツはこんな大きくなかったはずだと思い後ろを向く。

 背中には顔を真っ赤にした先ほどのメガネの少女がいた。どうやら彼女はマウントを取り続けるタイプらしく、俺の背中に乗ってから動く気配がなかった。

 

「あの、すみません、どいてもらっていいですか?」

 

 とりあえず、頼んでみた。そうすると少女はさらに顔を赤く染め、「ち、違うんです」とつっかえながら両手を前に出し左右に振った。

 いや、そうじゃなくて、どいてよ。

 

「えっと、もしかして、何か事情があって動けないのですか?人呼びますか?」

 

 「人を呼ぶ」のところで少女はさらに顔を真っ赤に染めた。この子はどこまで赤くなるのだろうかと思っていると、なんと少女は驚くべき暴挙に出た。前に出してい両手を使いこちらの背中を押してきたのだ。プロレスごっこかな?

 

「ち、違うんですって、あの私、さっきから視線を感じて……ろ、路地に入って、それで誰かが、その、走ったら、ぶつかってしまって、そ、そのすみません。私、わざとじゃなくて、その、すみません……」

 

 なお、この間、彼女は背中に乗ったまま、両手を使いこちらの背中を圧迫している。

 

「そろそろ、厳しくなってきたので、降りてもらっていいですか?」

 

 そう言うと、ようやく自身の体勢に気づいたのか、彼女は俺の上から降りた。ふぅ。ようやく一息つける。

 

「えっと、とりあえず、次からは前を見て走ってもらえると嬉しいです」

 

 お昼に絶対読書させるガールに出会ったと思ったら、放課後には絶対マウント取るガール(物理)である。この出会いは素早く破棄したいところだ。

 

「はい、すみません。赤石君」

 

 おい、なんで俺の名前知ってるんだよ。

 

「あれ?えっと、すみません、どこかで会いましたっけ?ちょっと記憶力に自信が無いもので……」

 

 正確には最近記憶すべき事項が多すぎてパンクしているだけかもしれないが……というより、名前を知っているということは、この少女はDクラスだったか?いまいち記憶にない。こんなプロレス少女が居たら話題になっていると思うが……うーん。

 こちらが悩んでいると、少女は若干戸惑いながらもオドオドと自己紹介を始めた。

 

「あ、あの同じクラスの佐倉です。その赤石君は前の方の席だけど、後ろの方の席にいるので……」

 

 後ろ……ダメだ。思い出せない。いや後ろの方の席は須藤・堀北・綾小路ぐらいしか覚えていないから、単純に忘れているだけだろう。

 

「同じクラスの人でしたか。忘れてしまいすみませんでした。一応、言いますと、Dクラスの赤石です。よろしくお願いします」

 

 適当な事を言いつつ距離を少しとる。この子は暫定椎名枠だ。つまり要危険人物だ。

 

「はい、よろしくお願いします。あのさっきは本当に………………?…………?あれ……?」

 

 え?何?この間。普通に怖いんだが……

 

「あの赤石君。ちょっと聞いて良い……かな?」

 

 やだ。

 

「えっと俺に答えられる事でしたら」

 

 恐る恐る言ってみる。

 

「あの……もしかしたら間違ってるかもしれないんだけど……赤石君って、人と、ううん、私と話すの苦手……?」

 

 うん。

 

「えーっと、どうでしょう。確かに人と話すのはあまり得意ではないですが……多分今、初めて……?初めてですよね?初めて話す佐倉さんの事は苦手とか思わないと思いますよ?」

 

 ぶっちゃけ苦手である。なんか椎名とは別ベクトルに怖い。

 例えるならば椎名のは、おいおいおいやめろやめろやめろ、であり、佐倉のは、え!何?!え、ちょやめろ、なのだ。

 

「うん、赤石君と私が喋るのは初めてだよ……でも、その私も人と話すのは苦手で、特に、その、怖い人と話すときは緊張して話せなくてね……赤石君は平田君や茶柱先生と話すときは普通に話すのに、私と話すときは、なんだか、えっと、その、私が怖い人と話しているのと同じ雰囲気を感じるの。ごめんね。変な事言って……」

 

 佐倉は若干下を向きながら喋った。すごい、だいたい合ってると思う。でもせっかくなので聞いておきたい。

 

「えっと佐倉さんが思う怖い人というのはどんな人なんでしょうか?あ、いえ、もし、できればでいいので教えてもらえると助かります」

 

 やんわりと言ってみる。佐倉は一瞬迷っていたが、俺の方の目を強く見ると、一度頷いて語り出した。

 

「えっと、須藤君とか、軽井沢さんとか……あと、く、……そんな感じかな」

 

 つっかえながらも、佐倉は答えた。最後の方がよく聞こえなかったが、怖いの方向性が分かった。つまり威圧感があるタイプだ。そうすると、俺が佐倉に怯えている理由と違うのだが……

 

「多分佐倉さんは威圧感のある人を怖い人だと思ってると思うんですが、そうすると佐倉さんも威圧感を周囲に出しているんでしょうか?」

 

 出してません。でも適当な詭弁を言ってみたかったのです。

 

「……どうだろう……でも、その赤石君は私を見るときの目が怯えているように見えて……その勘違いだったらごめんなさい」

 

 佐倉は妙に自信があるようだった。オドオドしつつも先ほどから俺が佐倉に関して感じた恐怖を主張し続けている。いや、それだけではない、先ほどからはっきりとこちらの目を見て話してくる。正直、こちらが逸らしたくなる。とりあえず、これは墓穴を掘っている可能性があるので、話題を変える。

 

「あ、いえ、そんな、全然謝ることはないと思いますよ。ただ少し不思議に感じてしまって。そういえば、先ほど視線を感じると言っていました、それは何だったのでしょうか?ずいぶん慌てていたみたいですが……?」

 

 人にぶつかるほど慌てるのは分かる。でも人にマウント取るほど慌てるというのは正直分からない。

 

「あ、はい、その実は家電量販店にいた時から視線を感じてそれで、その後もずっと視線を感じて。誰かが追ってきている気がして、走って逃げようと思ったの。そしたら赤石君とぶつかっちゃって……」

 

 上手く佐倉が乗ってくれた。よって話を続行する。

 

「そうだったんですか。では、その視線は今も感じるのでしょうか?」

 

 今もあったら、すごいよ。何がすごいって俺が鈍感すぎるよ。

 

「ううん、今は感じないよ」

 

 よかった。俺はまだ鈍感ではないらしい。……いやその証明にはならないか。

 

「その、こういった事は何度もあったのでしょうか?」

 

 初めてだったら過剰反応すぎない?あ、いや、俺も小さいころ暗い道路を歩くのが怖かったし、変な事でもないか。でもタックルからのマウント取りはしなかったな……

 

「えっと今日で2回目かな。前も、あの家電量販店に行ったときに視線を感じて、最初は勘違いだと思ったんだけど、だんだん誰かが近づいてきた気がして……それで、今日も感じたから店を出たんだけど。前回は店の中でしか感じなかったから……」

 

 2回目というのはどうなんだろうか……自意識過剰の気もしないでもないが、だが女性はこういった視線に敏感と聞くし、本当のことかもしれない。うーん。これが4回や5回なら偶然ではないと思うが。あ、いや監視カメラを調べればわかるか……今度時間に余裕があったら調べるか?いや、なんで佐倉のために……?

 

「赤石君はどうしたらいいと思う?」

 

 警察に相談するとか……?

 

「あの、ありきたりですが、警察に相談するというのはどうでしょうか?」

 

 そう言うと、佐倉は怯えたように若干目を逸らした。

 

「その、警察の人はなんだか怖くて」

 

 俺にどうしろと?

 

「では、しばらくの間、あの家電量販店には行かないというのはどうでしょうか?それで視線を感じなくなればいい事ですし、逆に視線を感じるなら警察へ。というのでどうでしょう」

 

 大丈夫。佐倉は可愛いと思うので警察も優しいよ。とは言えないので適当な事を言う。もう困ったら適当な事を言うでいいかな……?いや、椎名の時は失敗しているしな……

 

「う、うん、そうしようかな……」

 

 今回はうまくいった。あとは適当に別れるだけだ。ここは慎重に……

 

「うん。そうするのが良いと思いますよ。それじゃあ、俺はこのへんで、明日またDクラスで。さようならー」

 

 完璧だ。前回、椎名の時は、焦って早口になってしまったが、同じ愚は犯さない。いや最近同じ間違いばかりしているが、今回は大丈夫だ。話し方は自然だ。たぶん。

 

「あ、待って!赤石君!」

 

 やだ。 

 

「えっと、何でしょうか?」

 

 聞こえないフリも考えたが、距離が近かったことと、今までで佐倉の声が一番大きかったことから不自然すぎるため止めた。そうすると、佐倉は若干心配そうにしながらこちらを向き言った。

 

「もし、良かったら、また話しかけても……いい……かな?」

 

 だめ。

 

「ええ、いいですよ」

 

 断る理由が思いつかなった。佐倉は俺の答えを聞くと安心したように笑って、そして手を振って去っていた。なんか罪悪感を感じるからやめてほしい。なぜか椎名の時より心に響いた。アレだ、悪意が無い分、よりキツイのだ。佐倉の相手をするのは……

 

 

 

 

 こうして、昼休みに続いて放課後まで大変な日であった。この日は寮につくと、疲れていたのでハードディスクと通信傍受の準備だけして活動は終わりにした。実際の傍受開始は来週からでいいや……

 

 

 

 

 

 

 

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