4月最後の日曜日に通信傍受のシステムが無事完成した。まだまだ試作版であり、対象や条件も限られるが、特定の人物に対する情報収集という点において、このシステムに勝る存在はこの学校にはないだろう。なんとか、クラス対抗戦が本格化されると予想される5月に間に合って良かった。
さて、せっかくのシステムだ使わねば損だが。誰を傍受すべきだろうか?
現在のシステムは特定の人物の通話とメールの送受信をすべて、俺のPCの外付けハードディスクにコピーされるプログラムとなっている。傍受可能な特定の人物は設計上の都合から2人が最大人数だ。
最大人数から情報の流量を意識するならクラスの中心人物にするべきだろう。また、情報が現状でもある程度入る、一之瀬と葛城は後回しでいい気がする。
……やはり単純に考えて龍園と坂柳の2人だろう。問題は2人に逆探知されないかという点だが。おそらくその点は大丈夫だろう。通信傍受システムはかなり隠蔽・偽装能力に長けた構成にした。これは俺のPCの中身を完全に解析しなければ発覚はしない……はずだ。
正直、今まで以上に犯罪行為であるため、緊張するが……いや、この実力至上主義の高校に入ると決めた時に何度も練習しシミュレートしたのだ。ここで止まってどうする……やるぞ。システムをオンにし坂柳と龍園の端末に侵入した。この瞬間から、通話とメールの送受信は全てハードディスクにコピーされていく。
ふと、自身の端末のメールボックスを見た。いつも通り椎名からのオススメの本のメールがあったが、今週の本のメールはなかった。どうやら椎名にとって1週間の始まりは月曜日らしい。
その日は緊張しながらメールを見た。自分のメールボックスには何も入ってこなかったが、ハードディスクには坂柳から橋本にメールが送られていた。内容は葛城派への工作依頼であった。……俺だけではなく、どこもかしこもスパイみたいな事をやっていた。……傍受したメールを見て坂柳に感謝した。なんだか自分のやっていることが肯定されているような、そんな気分だった。
***
5月1日。平田の御言葉は結果的にはあまり効果はなかった。4月30日に確認したところ、Dクラスのクラスポイントは0であった。減少ペースから考えて納得できる結果であったが、なんとも酷い数値であった。ちなみに他のクラスは400ポイント以上あった。
そして現在、俺のプライベートポイントは7万と少しである。4月30日の夜から変化はしていない。当然である。しかし、知っていたとはいえ、現実に直面すると何とも表現しにくい気持ちになる。
朝、椎名からのメールを処理すると、登校し、Dクラスに向かう。教室に近づくにつれ、喧騒が大きくなっていく。どうやら、盛り上がっているようだ。確かに、あらかじめ知らなかったら絶対焦るだろう。
これも全部茶柱先生が悪い。いや、まあ学校のマニュアルからして仕方ない面もあるが……
教室に入ると、こちらに近づいた平田が駆け寄ってきた。なんじゃ?
「赤石君。ちょうどよかった。赤石君の端末に今日ポイントは振り込まれているかな?」
0ポイント振り込まれたよ。と返すわけにもいかない。それに何より、平田要塞警護兵たちの視線が怖い。正直に言おう。
「ええ、平田君。実は俺も困っていて。朝起きてもポイントが増えていませんでしたから。平田君は何か知ってますか?」
嘘はなかった。ポイントが増えなくて困ってるし、平田に知ってるか聞いただけど、俺が知らないとは言っていない。ちなみに最初の「ええ」は相槌ではなく肯定である。平田はその声を聞くと、少し焦ったように周りを見た。俺が来たのはクラスの中でも最後の方だったようで、Dクラスのほとんどのメンバーがいた。しかし、非情にもチャイムが鳴り茶柱先生が入ってきた。いつも通りの冷淡な声で席に着けと言った。
Dクラスの反応は何時もと違い、ブーイングの嵐であった。曰く、ポイントが振り込まれていない、ポイントを早く振り込んで欲しい、毎月1日がルールでしょ、などなど。
茶柱先生は煽り耐性が無いのか、それとも元来そういう性格なのかは知らないが、嘲笑うように「本当に愚かだなぁ、お前達は」と言ってのけた。
茶柱先生曰く、遅刻や居眠り、授業中の携帯端末の使用により、クラスポイントが0になり、支給額も0となるとのことであった。うん。そうだね。
クラス中に絶望の声が響きわたった。聞いてねぇよそんなの……ある山内がそう言った。うん。そうだね。
また、先生は前回の小テストの結果だと言いながら、紙を黒板に貼った。
おいおいおい、結果公開されるのかよ、聞いてねぇよそんなの……ある赤石がそう思った。
小テストには上から順に高円寺・堀北・幸村の3名の名前があり、それぞれ90点という点数が添えられていた。点数も公開されるタイプでした。
さらに見ると、平田、櫛田、そして赤石と続いた。なんとクラス6位である。点数は83点とあった。さらに下にいくと、何人か生徒の名前があり中には佐倉71点や綾小路50点が見えた。下には下がいた。30点や20点などという点数もある。ひぇ、椎名怖い、あ、間違えた。ひぇ、Dクラスやばい。
茶柱先生が言うには、赤点を取ったら即退学というルールだ。うんそうだね。……確か赤点の定義は平均点の半分だったかな……?
まあ、テスト問題を見れる自分にはあまり関係のないことかもしれないが……他にもAクラスしか進路は保証されないなどの話もあったが、特に新情報はなかった。
茶柱先生が皆に中間テスト頑張ってね(意訳)と言うとHRはお開きとなった。しかし、この言い方。茶柱先生はAクラスに興味が無いのだろうか?この学校では担任の評価は卒業時のクラスに依存するようだが……まあ、あまり名声とかに拘らないタイプなのかもしれない。先生がAクラスに興味はないということは、やはりこのクラスをAクラスにあげるのは難しいな。まあ、そもそもCクラスに上げるのもかなり厳しいだろう。
やはり、ここは2000万計画だな……だが、ここまで阿鼻叫喚な状態のDクラスだと2000万隠し持っていることが発覚したら大変なことになりそうだ。誰にも悟られずに2000万集める。がんばらなくては。
HRが終わると、平田が皆を集めて、少なくとも今日のうちは授業を真面目に受けようという話と放課後皆で集まろうという話をした。どうやらクラス会議を開くようだ。会議に参加する意味があるかどうか若干悩むところだが、あまりに平田頼りになりすぎると、心証も悪いだろうし参加することにした。もう、放課後にやるべき情報の精査はだいたい終わったため、時間に余裕ができたという点もある。
通信傍受作戦も進行中だ。葛城と一之瀬周りの情報が監視カメラ頼りになってしまっているのが問題だが……そこまで他のクラスに注力する必要な無いか?少なくとも現状Dクラスも含め、各クラスが団結を深める時期であり、他クラスに工作をしようとしている動きはない。
なお、Aクラスには団結を乱そうとする女がいるが、それは考慮しないものとする。いや、少なくとも彼女も通信状況を見るに、他クラスに干渉する余力は無さそうである。
というわけで、平田に参加したいという旨を伝えると、安心したような笑みで応じてくれた。平田の笑みは攻撃性がないので、話していて怯えずに済む。どこかの椎名とは大違いだ。
なお、堀北・綾小路・高円寺の非コミュ三銃士は参加しないこととなった。ちなみに三銃士の4人目は須藤である。須藤はまだ非コミュ見習いぐらいだしね。しかし須藤、クラス最低点だけど大丈夫か……?
***
午前の授業を緊張感を持って皆で受けて、昼休みになった。今日は椎名とは食べない。
なぜなら、俺はDクラスの生徒で突然ポイントが振り込まれなかったのだ。慌てた俺は椎名のメールに「すみません、ちょっと大変なことになっていて。お昼は御一緒できないと思います」と返した。さらに、Dクラスの会議が決まった後、追加で「すみません、Dクラスで会議を行うので放課後も無理です。すみません」と送っておいた。
いやー、困っちゃうなー。本当は椎名と一緒に推理小説の話でもしたかったんだが、これは仕方ない。いやー、しょうがないなー。
そう思いながら、今日は登校時に買っておいたパンを見る。学食は避け、教室で食べる。完璧だ。いや、学食を避けるのは仕方ないのだ。Dクラスはこれから1か月ポイント0生活をしなければならない。許せ椎名。
そんなことを考えていると山内が近づいてきて、話しかけてきた。うん?なんじゃ?というより初めて話す気がする。
「なあ、赤石。ものは相談なんだが。ポイント貸してくんね?」
普通に駄目です。
「すみません。ちょっとポイントに余裕がないので」
ポイントは命より重いっ!……とまで言うつもりはないが、2000万貯めるためにはケチにならなければならないのだ。
「そこを何とか……!」
しかし、さらに押してきた。駄目なものは駄目なのだ。というよりDクラスは皆ポイント無いので、Aクラスでポイントを募った方がいい気がする。
「すみませんが……」
面倒なので、教室から離れることに決めた。このまま教室にいたら山内どころか池まで来そうだったのだ。しかし、どこに行くべきか……中庭なら椎名もいねーだろ。じゃなかった、中庭は天気が良いし、久々に外で食べるのもいいだろう。
そう思い、立ち上がろうとすると……椎名と目が合った。
――え?
椎名が教室の入り口にいた。右手の指を自分の口元に当てている。静かにと言いたいのだろうか……?
さらに左手では手招きしている。なんか可愛かった。いや、そうじゃない。椎名には今日は会えないとメールを送ったのだ。抗議の意味も込め、机から動かずにいると。椎名がDクラスの教室に1歩足を踏み入れた。そして、右手の指を口元から離して、今度は両手を使って口の周りにメガホンを作った。まて、やめろ。
仕方ないので今度は俺が右手を使い指を口元に持ってった。椎名の真似だ。しかし、大事な事を忘れていた。まだ山内がいたのだ。山内が「赤石何やってんだ?」と聞いてきた声で我に返った。本当に何をやっているんだ俺は。しかも、Dクラスの面々が廊下にいる椎名に気づき始めた。
これは危険なことが起こると察した俺は、席をたち、山内に軽く会釈し、椎名がいない方の出口から静かに出て行った。そのまま、立ち去り、中庭を目指す。椎名が後ろから、ぱたぱたと着いくる音が聞こえる。
中庭の人通りが少ないベンチに座る。間を置かず、椎名が隣に座った。そちらの方を見るとにっこりと椎名が攻撃的な笑みを浮かべていた。
「赤石君、隣に座っていいですか?」
だめ。
というより、もう座ってんじゃん。でも一応「ええ、どうぞ」とは言っておいた。
「椎名さん。今日はどうしたんですか?お昼は会わない方向で決まったと思いましたが……」
本当になぜ来た。Dクラスの面々にバレるところだったぞ。
「Dクラスは今月貰えるポイントが0になったと聞いたので、赤石君がお腹を空かせていると思い来てみました」
文面は心配しているように聞こえるが、言っている椎名は何時も以上に、にこにこ顔だ。なにわろてんねん。
「それなら大丈夫ですよ。今日はパンを買ったので……しかし、今後は昼休みも放課後もDクラスで集まることが多くなると思うので、椎名さんとお会いできる機会は少なくなると思います」
椎名の笑い顔はスルーしながら、ジャブを放つ。これから椎名とはあまり会えないのだ。さびしいなー。つらいなー。でも仕方ないよね。というやつだ。
「Dクラスの集会が行われる日は事前に分からないのですか?」
椎名にしては大人しい反撃である。これに対する反撃は用意してある。……しかし今日の椎名は何時も以上に笑っている。何をする気だ……?
「ええっと、ですね。そのDクラスは少しばかり纏まりに欠いたところがありまして……事前には難しいかと」
そう聞くと、椎名は我が意を得たりと両手を叩いて口を開いた。
「そうですか、では今日のようにお昼休みにDクラスの方に確認に行ってもいいでしょうか?」
だめ。
「その、それは少し、その控えて頂ければ……」
全力で控えてくれ。それはさすがに条約違反である。
「どうしてでしょうか?」
怖いから。主に椎名とDクラスの反応が。
「なんと言いますか、なんだか、変な気分がするので」
そう言うと隣にいる椎名は、じっとこちらを見てきた。――これは、と気づいた時にはもう遅かった。椎名は右手で俺の左手を掴んでいた。手のひらと手のひらが触れ合い、さらには椎名の指がこちらの指と指の間を刺激してくる。やめろ、にぎにぎするな。やめろ。
「赤石君が言う私がDクラスに来た時にする変な気分というのは、今のような気分のことでしょうか?」
にぎにぎ、にぎにぎ、と椎名の白くて細い指がこちらの指や指間腔、手の甲を刺激してくる。やめろ、やめろ、やめろ、これで毎回俺が屈すると思ってるだろ。やめるな、あ、間違えた、やめろ。やめろ。しかし思いが通じなかったのか、椎名はこちらを観察しながらも、指を動かしていく。
「あの、椎名さん、ちょっと、困ります」
こちらの抗議を無視し、そのまま椎名は指を使い、こちらの手を弄ってきた。さらに、こちらの顔を覗き込み質問を放った。
「変な気分がしますか?」
にこにこと笑みを浮かべる椎名。めちゃくちゃ可愛い。やばい。ちょっと正直になりそう。
「します」
あ、やべ、正直に言い過ぎた。それを聞いた椎名の表情を見るのは怖かったが、もう顔がかなり近いので、はっきりと見えてしまった。こちらの答えを聞いたとき、一瞬、悪戯っぽい笑みを浮かべた。そして、手を離した。……ぐぬぬ。
それから、椎名はいつものペースに戻った。つまり推理小説の話を始めた。俺は何食わぬ顔で、持ってきたパンを食べ、椎名の話を聞く。たまに、パンを食べるのを止め、椎名の話で気になった点を聞いてみる。そうすると椎名が、その点を話すので、再びパンを食べ聞く。パンが尽きるまで聞いていた。ちなみに椎名はお弁当を持ってきていて、気づいたら食べ終わっていた。お前はいったい何時食べたんだ……?
「赤石君のクラスが忙しいというのは中間テストとクラスポイントの件ですよね」
椎名はこちらが一息ついたのを見計らって、質問をしてきた。
「ええっと、まあ、そんな感じです」
「赤石君もAクラスを目指しているんですか?」
探りの質問だろうか……どう答えるべきか?目指してはいるが、正規の手段ではなく2000万の方法でだ……うーん
「一応は目指しています。ただ、そのちょっとDクラスのクラスポイント的に考えて難しいと思うので、多分無理だと思いますが……椎名さんは目指しているんですか?」
「私はCクラスのままでも良いと思っています。クラスポイントはあった方が便利だとは思いますが……」
椎名はAクラスに興味がないのか?いや、そう言ってるだけか?……しかし、椎名はあまり嘘をつかない印象がある。……いや、違ったコイツ初めて会った時に本を借りてきたとか嘘を言っていた。判断に迷うな……そう考えていると、椎名が真剣な顔でこちらを見てきた。
「赤石君に1つ相談、いえ提案があります」
「提案ですか……?なんでしょう」
「これから、Dクラスは0ポイントで生活を行います。今後ポイントが増える機会が無い、もしくは乏しい場合はプライベートポイントが苦しい状態が続くでしょう。そこで、Cクラスの入る毎月のプライベートポイントとDクラスに入る毎月のプライベートポイントの差の半分だけ、私が赤石君にお渡しします。その代わり赤石君にはこれから言う条件の飲んで頂きたいのですが……ここまではいいですか?」
いや、よくないよ。それって、つまり椎名と俺が月に同じ額だけポイントを貰うという事ではないか……いったい何を要求されるか恐ろしい。……しかし約25000ポイントか……いや、俺は、ポイントで釣られるような男ではない。ここは断ろう。
「その、条件とはなんでしょうか?」
あれ、口が勝手に!どうやら、思った以上にDクラスのクラスポイント0が響いていたようだ……いや、特別試験が定期的に開催されるらしいが……でも条件だけは聞いておこう。
「赤石君の私が求める事は3つです。
1つ、今後クラス間でトラブルまたは学校がクラス間での競争を促進した際にDクラスに積極的に肩入れしない事。
2つ、私と赤石君は双方、クラスが理由で対立しそうになった場合、可能な限り対立を避ける事。
3つ、毎週水曜日と木曜日は放課後に会う事。
以上です」
やだ。
特に3つ目がダメ。2つ目は良い。別に椎名と対立したいわけではない。1つ目もまあいい。Dクラスにおいては元々目立つ動きが避けるつもりだ。影からの支援は行うが、悟られないようにするつもりなので、椎名には分からないだろう。3つ目は駄目だ。どこで会うと言っていない点が怖い。図書室ならまだ良いが……もし椎名の寮とかになったら、1日持たないだろう。
よって拒否する。……いや、本当に拒否するよ?
「椎名さん――」
「よう、ひより。こんなところで何やってんだ?」
答えを言おうとしたら、誰かが割り込んでた。そちらを見ると初対面の「見慣れた」男である龍園翔であった。Cクラスのリーダー的存在であり危険人物である。……彼も「ひより」呼びを強制されているのか。可哀そうに。もしかしたら、彼とは友達になれるかもしれないな……
「龍園君。どうも、こんにちは」
椎名はいつもの、のほほんとした顔のまま、龍園に挨拶をする。龍園はクックっと器用に笑うと、こっちを見てきた。なんだ?その笑い声の出し方でも教えてくれるのか?
「お前は?Cクラスじゃないよな?ひよりに何か用か?」
じっとりとした蛇みたいな視線であった。何だか不気味な男だ。しかし龍園はこちらに質問しつつも、何処か上の空なのか、しきりに周囲を確認していた。あれかな?やっぱり椎名と関わると周囲を確認したくなるのかな?……龍園、残念ながら椎名はもう目の前にいるから今更警戒しても無意味だぞ。むしろ椎名の両手をよく確認しておけ。と思ったが、口に出すと怒りそうなタイプであるため、無難なことを言うことにした。
「いえ、特に用はありませんよ。あと、どうも、こんにちは」
椎名に倣って挨拶をしてみた。無難だ。龍園は再びクックと器用に笑うと椎名の方へ向かっていった。
「なんだ?ひより、彼氏とデートだったか?ずいぶんと間抜けな野郎だな?どのクラスだ?何て名前だ?」
何言ってんだコイツ?疑問を口に出さないと気が済まないタイプか?というより1つの文に質問を3つも入れるな。椎名がキレるぞ。
「今、お昼を食べていたので、龍園君に邪魔して欲しくはなかったのですが」
そう言って、椎名はこちらの手を掴んだ。おいぃぃぃぃ。龍園、お前のせいで椎名キレてるじゃん。手、にぎにぎしてきたじゃん。ホントお前ふざけんな。あと流石椎名だ。質問に答えてない。
椎名の恐るべき『にぎにぎ』を見た龍園は「そうか」と呟き若干後ずさった。おい、逃げるな。お前が爆発させた爆弾なのに、どうしてお前だけが逃げるのか。
「邪魔して悪かったな。ひより。次の会合には参加しろよ。じゃあな」
そう言って龍園は去っていった。おい、なに逃げとんねん。
幸いにして龍園が去ると椎名は手を解いた。どうやら、今回の『にぎにぎ』は龍園に対して『次はお前だ』という脅しだったようだ。
しかし、これ以上、にぎにぎされると1日の許容にぎにぎ量を超えるので、ここらで俺も去ることにした。そこで、ベンチを立ち上がって、椎名の手が届かない範囲に離れたところで、椎名の方を向いて口を動かす。
「邪魔して悪かったな。ひより。次の会合は何時になるかわかんねーぞ。じゃあな」
頑張って、最後にクックと笑い声を出してみた。残念ながら上手くいかずククとなってしまったが。椎名の方を見ると、渾身の物真似が良かったのか、前のめりになり顔を抑えていた。表情は見えなかったが、確かな手ごたえを感じ、椎名の元から立ち去った。最後、普通に挨拶をするか悩んだが、やめた。物真似の余韻を残したかったのだ。
しかし、はじめて椎名に対して一本取った気分だ。これは龍園に感謝しなければな……心の中で。
ありがとう。龍園。
――この物真似が地獄の始まりであったことを俺はまだ知らなかった。
***
放課後になり、平田の会議のため教室に残る。会議にはDクラスの過半数が集まった。非コミュ三銃士以外にもテストの点が低かった池・山内は来ていなかった。他にも何人かが参加していないようだった。平田は前後の扉を閉めると、開口一番にこういった。
「今日は、皆集まってくれてありがとう。今日は皆には今後Dクラスがどうしていくべきか、を話し合ってもらいたいんだ」
安定したいつも通りの平田節だ。それから、平田は皆から意見をまとめたり、平田自身が意見を言ったりしていく。出た意見を書記となった櫛田が黒板に書いていく。なんだか、建設的な事をしている気分だが、……根本的な事は何もしていない気がする。
つまりは、今後は意識を変えてがんばりましょうという話だ。いや、それ1週間前にもしたやろ。まあ、今回はポイントというものがあるので、皆もちゃんとやるだろうが、そんなことはきっと言われずともやっただろう。ポイントに影響を及ぼすような状態で平田に言われなかったからといってクラスポイントを落とすようなことをする生徒はいないはずだ(少なくとも会議に出るぐらいの協調性があるやつなら気を付けるはずである)。つまりは、現在の時間を有意義に使えていないのだ。
以上、クラスポイントの増減条件を知っていたくせにクラスに教えなかった男の八つ当たりタイムであった。いや、ちゃうねん。直接言うと目立つし、何より上手く伝える術がなかったんだ。誰か、クラスと自分を繋ぐ媒介者のような存在はいないだろか……?平田でもいいのだが、あまり平田頼りになりすぎるのもなぁ……そう考えていると、平田がこっちを向いた。
「赤石君から何か意見はあるかな?」
え?なぜ?俺?こんなみんなの前では喋れないよ。怖いし、あと目立つし。しかし、平田に指名された以上は仕方がないので、立って言葉を紡いだ。
「えっと、そうですね。……平田君の言うようにやはり授業態度が大事だと思います」
無難である。周りからは、そんな事わかってる、というオーラを感じたか仕方がないのだ。唯一後ろの席にいる佐倉はこっちをじっと見ていたが気づかないフリをすることにした。いや、佐倉の為でもあるのだ。もし佐倉の方に気づいて佐倉を見たら、その視線に気づいた平田が佐倉に意見を聞くかもしれない。それを思ってのことだ。決して佐倉のことをマウント少女だとまだ疑っているわけではない。
それから、本当に何の進捗もなく会議はお開きとなった。……会議には出ずに、明日平田に聞くでも良かったな。まあ、平田の心証を考えると出て正解だった気もするが……あと椎名に対する言い訳にもなるか。
皆がDクラスの教室から出ていくのを確認し、俺も寮に帰ろうとすると、平田に話しかけられた。
「赤石君。先週の件で話があるんだけど。いいかな?」
待て、平田。俺をカラオケに誘うのは最後にすると言ったはずだぞ!
「ええっと、その平田君。カラオケの件だと思うのですが……ちょっとポイントが厳しいので。すみません」
カラオケには行かないぞ。俺は人前では歌わないからな。
「ああ、いや、そうだね、こんな状況になるとは思っていなかったからね。気にしないで」
「そう言って貰えると助かります」
ふぅ。助かった。
「ただ、うん。僕が赤石君に聞きたいことは別のことなんだ」
「別の事……ですか?」
なんだ……?
「先週、赤石君が授業態度の改善について話をしてくれたよね。それを、僕がもっと上手く皆に伝えていれば、こういう結果にはならなかったと思って、一言君に謝りたかったんだ。ごめんね」
流石平田だ、謝罪にも気持ちが籠っている気がする。ただ、それは聞きたいことではなく話したいことだろう……ということは、なんだ?先週の俺の話し方が平田に疑心を与えたか?そうならないように気を付けたが……不自然な話し方だっただろうか。
「いえ、そんな、平田君が謝ることではないと思いますよ。気にしないでください」
とりあえず、ゆっくりと言葉を紡ぎ時間を稼ぐ。今は1秒でも欲しい。ただ、上手く考えが纏まらない。
「うん。ありがとう。それで赤石君。大事な話なんだけど。赤石君はもしかして、茶柱先生が言ったように授業態度がポイントに反映されることに気づいていたのかな?」
ぐぬぬ。どうやら平田に疑われているようだ。これはいけない。どう答えたものか?俺の能力が高く評価されるのはできれば避けたいが、平田に嫌われるのも避けたい。
「その、なんと言ったらいいか難しいんですが……クラスポイントがこんなことになるというのは俺にはわかりませんでした。ただ……」
ここで、言葉を切る。一応ここまでは嘘はつかない。というより0ポイントなんて予想出来ない。平田の顔を伺いながら次の言葉を決める。だが、平田は俺の言葉が濁ったのを聞いて、先に口を開いた。
「いや、決して赤石君を責めようとは思ってないんだ。むしろ話してくれて、僕もDクラスもすごく助かってる。赤石君は人が良いからきっとあの時はやんわりと言ってくれたんだと思う。ただ、出来れば、今後はもっとDクラスが良くなれるように、赤石君のアドバイスが欲しいんだ。力を貸してくれないかな?」
流れるように平田は言った。この感じからすると、平田の中では、俺は1週間前の時点で授業態度次第で支給額が変わることを予期していた人物だと半ば確信しているみたいだ。凄まじい観察力だ。俺が単純な人間であるという可能性もあるが、どうやら俺は平田の事を実力よりも低く見ていたようだ……事前データでは俺より優秀な人間であることは分かっていたが……俺の演技力の問題か?それとも事前データがある故の過信か?……どちらにしろ、これは今後の計画に支障をきたすな。いや、今自身の能力に気づけたのは幸いか。それに平田の言動を見ると、かなり俺に配慮している。Dクラスは敵ではないが味方でもないと考えていたが……ここは平田の誠実さに期待しよう。
「平田君。再度言いますが、あの時はこうなるとは予期できませんでした。ただ、『10万円を何度も支給されるのかな?』とは少しだけ考えました。そして、水泳の時に先生が5000ポイントを景品にしていて、茶柱先生が実力主義という言葉を何度も言っていました。ということは、月の支給額が実力というものに左右されるのではないかなと考察してみました。その実力が何なのかは分かりませんでしたが、もし学力を意味するならば授業に集中する必要があると感じました。穴だらけの考察だったので人には話せず……すみません。せめて平田君には相談すればよかったと思っています」
訥々と話す。話していて、筋はあまり外れていないと思う。実際に自分がハッキング無しでここまで考察できるかは分からない。もしかしたら論理が飛躍しているかもしれない……だが、今の平田はどうも参謀を求めている気がする。それなら若干飛躍している方が平田の望むところかもしれない。使い勝手が悪い参謀。ポジションとしては悪くないかもしれない。平田の出方次第だが……
「いや、赤石君は悪くないよ。悪いのは僕だよ。それで、赤石君、今後は僕たちはどうするべきかな?」
平田はだいぶ下手に出ている。これはとりあえず、図書室での件は許されたと考えていいか……いや蒸し返さないといったところか?とりあえず質問には答えるか……
「その、俺としても難しいと思うんですが……茶柱先生が言うには今後のテストは赤点を取ると退学とのことなので、クラスでそうならないようにすべきだと思います。授業を聞くだけでは分からないこともあると思うので、そういった授業の難所をクラスで共有したり、出来る人が教えたりするというのが必要だと思います」
そういうと、若干、難しい顔をしていた平田の顔がいくつか和らいだ。うん?こんな当たり前のことでなぜ……?いや、俺が平田の「お願い」を聞きアドバイスを形にしたことが重要だったのか?……もしや、かなり警戒されているか?どうする……もう少し言うか?平田からは評価が高い気がする。無難な事ばかり言うとやる気がないやつだと思われかねない。せめて他の繋がりができるまでは平田は最重要だ。……言うか。
「それと、単純に学力だけを実力と考えるのは危険かもしれません。水泳のときの5000ポイントがあったように。体育の授業の出来次第でクラスポイントが上下するということがあるかもしれません。そのためにも――」
今、喋っていて気付く。悪魔の一手に。これをやって良いのか。少し考える。
道徳的には悪い。だが、この学校の理念には背かないだろう。そして効率が良い。もし上手くいけば、俺の平田に対する依存度も半減する。すぐには出来ないことだが……だからこそ今のうちにやる必要がある。デメリットは何だろう、この悪魔の一手のデメリットはクラス内の平田依存度が高まることだが……現状平田以外にリーダーがいない上、地力が弱いDクラスが他クラスに対抗するにはリーダーが必要だ。ならば平田を中心のどっしりと構えた方が良い。……平田の影響力が高い時に平田に嫌われた場合のデメリットが生じるが………………いや、平田はみたところ、仁君だ。それは本人の気質かもしれないし、役目としてそうでなければならないと考えているのかもしれない。前者なら結構。後者なら、嫌いな相手でも決して疎かにしない。よし。やろう。悪魔の一手を。
俺が考えている間。平田は黙ってこちらを見ていた。
「そのためにも、クラス内で連絡網を確立する必要があると思います」
「連絡網?中学校のときに保護者の連絡に使ったりしていたやつのことかな?」
「それに近いです。たとえば、さっき言ったように授業の難しい点を連絡しあったり、教えあったりする時に使ったりします。今日の会議の内容なども連絡網に流すことで参加していない人にも状況を教えることができます。あとは、今後中間試験が近づいてくるとすると、勉強会などを開くと思うんですが、そういった時に、確実に場所と時間を伝えられます。それでも参加しないことはありますが……少なくとも場所と時間が分からなかったから参加しなかったという人はいなくなるでしょう。平田君は全員の連絡先を知っていますか?」
「クラスの中ではだいたい知ってるよ。けど勉強会か……確かに必要だね」
まあ、連絡網自体は別に大したことではない。しかし俺には重要な事だ。……けど勉強会の方を平田が意識している?赤点組を危惧しているのか……?
「平田君。これは余計な言葉になってしまうかもしれませんが……今後は常にDクラスという枠組みで行動することになると思います。そのためにはクラスで団結する必要があります。さっきの連絡網もその一環です。そして団結には中心となる人が必要であって、それはたぶん平田君だと思います。具体的に言うとクラスメイト全員の連絡先を平田君が知っている必要があると思います」
「……団結は重要だね。僕が中心になれるかは分からないけどやってみるよ。ただ、連絡先を無理に聞くことは出来ないよ」
できれば、平田には無理にでも聞いてほしいが……いや、無理は言えないな。最後にポジションの確認だけはしておくか……
「俺が今思いつくことはこのくらいしかありません。……あと、平田君にお願いがあるのですが、いいでしょうか?」
嫌とは言わないだろう。しかし言い方は大事だ。
「僕にできることなら。なんでも言ってほしい」
「今日のことはクラスの人には秘密にして欲しいんです。俺は目立つのが苦手で、上がり症でみんなの前だとすぐ緊張してしまうので。あと俺が平田君に変なことを吹き込んだと思われると、その、怖くて…………できれば、平田君の考えでということにしてもらえないでしょうか?都合のいい話だとは分かっているのですが……」
目立たないようにしよう。平田の外部相談役あたりはポジションとしては悪くない。若干平田からの評価が高いのは問題だが、Dクラス全体からの評価が平均程度なら問題ない。俺にとって重要なのは自身がノーマークであることだ。俺は暴力には弱いし、尾行に気づく知識や能力もない。得意のハッキングの欠点を突かれない。そこが一番大事だ。
平田は俺の提案に戸惑っていたが、最終的には同意した。ただ、手柄をとるようなことはしたくないので、何時でも言ってくれれば赤石君の貢献を示すとも付け加えてくれた。やはりいい奴である。
***
帰宅後、今日の通信傍受の結果を見る。Cクラスは振り込まれるポイントが減っていることから、朝に龍園に対して相談する生徒が何人かいた。あと気になる点として、龍園が椎名に何回も、昼休みに一緒にいた男、つまり俺について質問していた。なお、椎名は質問には答えていなかった。流石である。
一方Aクラスの坂柳派閥の方は動きがあまりなかった。どうも、坂柳派閥は連絡数があまり多くなく、坂柳が最低限の指示を出し、結果を待つというパターンが多いようだ。例外として多く連絡をしているのは葛城派の工作をしている橋本ぐらいだろうか?橋本の工作の記述が全て正しいものだとした場合は葛城派閥内に内応の約束をした人物は今日増えた分も合わせると、3人となる。
学校が始まり1月もせずに3人も引き抜いた橋本がすごいのか、3人も引き抜かれた葛城の求心力が意外と低いのか、それとも派閥をホイホイ変えるやつがAクラスには多いのか、判断に迷うところである。
一通り、傍受結果を閲覧した後はシステムの修正を行っていく。現在は2人の通信状況のみを漁っているが、将来的には学年全体に対して行うのが理想だ。
短期的な目標としては、今日布石を打っておいた平田に対する傍受である。平田がCクラスの龍園のようにクラス代表になった後、その通信を傍受すれば、Dクラスの情報はほとんど把握できる。わざわざ平田に聞く必要もなくなるし、今日のように情報を得るために無駄な会議に出席する必要もなくなる……それに将来、平田やDクラスと疎遠になったとしても、Dクラスの情報を把握し利用することができる。
ちなみに中期的な目標は葛城・一之瀬の通信傍受である。本来は短期的な方がこの2名で、中期的な方が平田であったが、Dクラスの団結力や全体的な能力が想像以上に低かったため、急遽変更とした。……無論、この計画は平田がリーダーにならなければ意味合いが下がってしまうが……しかし、Dクラスに平田以上のリーダーはいないだろう。人望のある櫛田ならば少し可能性があるが、櫛田はどちらかというとリーダーを支えるサブリーダータイプ、つまり副司令官だ。やはり、リーダーは平田だろう。
そんなこんなでシステムの調整に取り組んだが、この日は3人目への傍受拡張を行うことはできなかった。ただ手応えはあったため、近いうちに平田への傍受が可能になるであろう。そのころには平田の連絡網も完成しているだろうし丁度いいだろう。