Dクラスが阿鼻叫喚に包まれ、龍園と出会い、そして平田のアドバイザーになるというイベント盛りだくさんだった5月1日から2週間が経過した。
Dクラスは一応授業には集中し、クラスポイントを引かれるようなことがないように努力している。また、本日より勉強会が開始となる。これは平田の努力が一つの結果となったようだ。
しかし一方で、平田は連絡網の構築に手間取っている。三銃士の1人である綾小路の連絡先を手に入れ、櫛田の力を借り須藤・池・山内の連絡先も手に入れたが、高円寺と堀北の連絡先を手に入れることができなかった。あの2人はやはり別格だ。非コミュ三銃士改め非コミュ双璧と言うべきか?
幸いなことに綾小路が堀北の連絡先を知っていたため(やっぱり付き合ってるのか?)、間接的に平田と堀北のラインが繋がったが、高円寺の番号は誰も持っていないようだった。高円寺、おまえがナンバーワンだ。
龍園・坂柳に対する通信傍受は特に変化はない。
強いて言えば、坂柳の配下である凄腕営業マンである橋本がまた1人勧誘に成功したようだ。こいつはたぶん進路が保証されてなくても営業の道で食っていけると思うよ……
それと龍園が一之瀬にちょっかいを掛けたいらしい。一之瀬可愛いからな。俺も一之瀬はカメラ越しでしか見たことはないが、気持ちはわかる。
あと、通信傍受に関してだが、新たにフリー枠として傍受枠を増やすことに成功した。これは常に特定の人物ではなく、俺が決めた人を短時間だけ傍受する枠だ。少し今までとは違う方式で動いているため、常時枠以上に制約はあるが、龍園・坂柳以外にも調査したい対象が広がったため、悪くない改善であった。
朝のメールを処理するためにメールボックスを見る。椎名からメールが来ている。
そういえば、椎名とは龍園と出会った以降は直接会っていない。
理由としては、どうも龍園が無理を言って椎名を昼休みと放課後にCクラスに引き留めているようだからだ。いいぞ、よくやった龍園。やっぱりお前とは友達になれる気がするぞ。
その上、龍園は本の勉強をしたのか、推理小説ネタを使い椎名に話しかけている。一瞬命知らずな、と思ったが、どうも龍園の推理小説トークに興味が薄いようで、監視カメラ越しにみた椎名は無表情であった。
そのため、椎名とはメールやSNSでのやりとりが主体になっている。お互いの近況報告を主としている。と言っても基本的に椎名の小説感想メールに当たり触りの無い答えを返すだけだが……
本日の椎名のメールを一通り処理し、そして、椎名ではない発信元を見つける。発信元を見て若干、にやついてしまった。名前は「井の頭 心」、Dクラスのクラスメイトであり、俺にとってこの学校最初の異性の友人である。(椎名は友人ではない)
なぜ、俺が井の頭と友人になったのか、それは2週間前のポイント騒動の後のゴールデンウイークまで遡る。
***
ゴールデンウィーク。5月3日から始まるこの連休はポイント支給が0のDクラスにも平等に訪れた。といっても、4月に遊び過ぎてポイントがない生徒が多いDクラスとしては、時間しか費やせるものがないというケースも多いが……
そして、ポイントは7万以上あるものの、浪費を避けたい自分としても、ゴールデンウィークは通信傍受システムの調整か、A・Bクラスの監視カメラを利用した葛城・一之瀬派閥の監視か、もしくは、散歩にでも行くかといったところであった。
まあ、結論から言うとゴールデンウィーク初日に、通信傍受システムの調整が上手くいかず、息抜きに散歩に行ったら、ばったりと井の頭と遭遇してしまったのだ。それも、ちょうど井の頭が他のクラスの女子と揉めている所だった。
正直関わりたくなかったが、井の頭と目が会ってしまったのだ。しかも井の頭は助けを求めるようにこちらを凝視してきたのだ。――囲んでいる女子は4人。4対1であり、自分が加勢しても4対2で不利である。しかし、助けを求めるように見つめられて見捨てるのは少し気まずかったのと、何より井の頭は人気者である櫛田と友人であるため、ここで見捨てたら何をされるか若干不安だったことから、加勢することにした。
どうやら、井の頭の前方不注意でCクラスの女子と衝突してしまったらしい。井の頭は謝罪して立ち去ろうとしたのだが、許されず、Cクラスの女子に囲まれてしまったらしい。
中核人物である真鍋と名乗った女子は、衝突により汚れてしまった(見たところ汚れているようには見えなかったが)服のクリーニング代として3万ポイントを払うように井の頭に命じ、さすがにそれには答えられない井の頭が黙ってしまっているという状態だ。
真鍋と女子2人が井の頭を囲むように陣取り、最後の1人はなぜか真鍋の後ろから様子を伺っている。よくわからない配置だ。
俺は井の頭がDクラスであるためポイントがない事と井の頭も悪気はなかった(あったかもしれないが事件発生時の現場を見なかった俺にはわからない)と真鍋に説明したがが、そうすると真鍋はなぜか俺にポイントの賠償を命じてきた。いやいや。俺としては井の頭に恨まれない程度に助け、恩を売れればいいな程度の気持ちで介入したのだが、どうも真鍋は井の頭の謝罪ではなくポイントが欲しいようだ。
しかたないので、適当な事を言い時間を稼ぎ、気の短そうな真鍋がキレるのを待つことにした。そこで包囲網を敷いていた2人の女子(藪と山下という名前らしい)と真鍋の後ろに隠れていた女子(こちらは諸藤という名前だ)を論争に巻き込み、道理や道徳の話をダラダラと展開していった。諸藤と藪はもういいんじゃないか?面倒だなコイツという気持ちになり真鍋・山下に撤退を進言したあたりで、真鍋の我慢の限界を超えたのか掴みかかってきた。
期待通りである。このあたりは元々カメラが通っており、どうも真鍋はカメラの監視網を計算していないようで、良い感じに掴みかかってきた。井の頭は心配そうにこちらを見ていた。が、問題なかった。
俺は真鍋にだけ聞こえるようにこう呟いた。
――俺は椎名さんと知り合いだぞ、と。
効果は抜群だった。というのも、椎名は監視カメラから見た映像でもCクラスで恐れられていた。そりゃそうだ。アレは怖い。真鍋はビビッて掴んだ手を離し、負け惜しみを言いながら逃げて行った。竜がどうとか言ってた。ドラゴンに憧れる年頃なのかもしれない……
真鍋が逃げると取り巻きは不思議そうな顔をしながらも真鍋を追いかけて次々と離脱していった。残されたのは井の頭のみであった。井の頭に感謝の言葉を言われたので、気にしないように伝えたが、俺を巻き込んだ罪悪感を感じたのか、喫茶店で1杯奢ってもらうことになった。
奢ってもらった時に、なんとなく、井の頭に話しかけたのだが、これがある意味、運命を分けた。
どうも自分と井の頭は相性が良かったのだ。どちらも内向的であり、物思いに耽ることが多く、人と話すのは結構好きだが、目立つのは苦手である。さらに面白い事に人間関係の構築の仕方も似ていた。
俺は井の頭と櫛田が仲が良いと思っていたが、井の頭からすると、櫛田との仲は特別良いわけでも悪いわけでもなく、どちらかとクラスとの交流用としての繋がりだと言った。何時もの大人しそうな雰囲気のまま、淡々と言った事は驚いた。
櫛田と井の頭の関係を聞いた俺は、自分と平田との関係に似ていると正直に言った。
「意外……でもないかな。なんとなく、そうかなって思ったよ。……赤石君、私と少し似ている気がするから」
俺と平田との関係を伝えた後、井の頭はやんわりと言った。最初会った時は丁寧語だったが、お互いに言葉を交わしていくと、井の頭は砕けた口調になっていた。
「そう?自分としては結構平田君と仲良く見せてるつもりだったんだけど。やっぱり不自然だった?」
ちなみに俺も、いつもより砕いた口調だ。最初は丁寧語だったのだが、井の頭から、演技してるみたいだがら止めて欲しいと言われて変えた。やっぱり分かるのだろうか?
「うーん。そうでもないかな。……でも、あまり一緒に遊んだりしないし、距離を取ってる雰囲気はあるから、見る人が見れば平田君と赤石君は友達じゃないってわかるんじゃない?桔梗ちゃ――櫛田さんは分かると思うよ」
この、女子特有の本人がいないと苗字呼びになるのはすごく怖い……と言いたいところだが、井の頭の場合は櫛田を嫌っているわけではないだろう。おそらく櫛田に合わせて名前呼びをしているのだろう。せっかくだから、櫛田の事でも聞くか……
「櫛田さんって皆と友達になりたいって言ってたけど、実際はどこまで友達になったか知ってる?」
気になる。櫛田の交友網次第では傍受候補になるからな……
「赤石君。こういう時は他の女の子の話、普通はしないよ?」
井の頭は咎めるようにこちらを見た。ごめん。
「え、聞いちゃ駄目系?ごめんごめん。いや、純粋にクラス間でこれから対立していく中でどうやって他クラスと友達になるのか気になっただけ」
「なんというか赤石君って肝心な所で空気読めないよね……まあいいけどね。櫛田さんは一応Bクラスを中心に仲良くなってるみたいだよ。でも5月1日以降はDクラスを意識してるのか他のクラスの話はあんまりしないかな?」
空気読めない……確かにそういう面はあるかもしれないが……
「ぐぬぬ、空気はそこそこ読めるつもりだったが……Bクラス?あ、いや、てか、井の頭さんって意外と櫛田さんの事見てるんだね」
少し意外ではあった。井の頭はあまり他人に興味がない印象がある。あと周りを見ていないような感じなのだ。
「流石に意識するよ。クラス内の繋がりとしても大事だし、それに人の好さを演出してるから、頼れるし……」
なるほど、まさに俺にとっての平田だな。というか、やっぱり櫛田は演出だったか。平田はどうなんだろうな……
「あ、あれってやっぱ演出なの?」
「当たり前だよ。赤石君、女子にそんな高望みしちゃ駄目だよ……」
ジト目で見ないで。なんか井の頭みたいな大人しそうな感じの女の子がやると、グッと来るから。あと、高望みはしてないから。いや。本当に。本当だから。
「いや、高望みという訳ではなく。演出だとしたら、何であんな演出するかが分からなくて、デメリットの方が多くない?」
結構気になる点なのだ。櫛田は普通に見た目も良いし、スペックも全体的に高い。コミュニケーション力も高い。あそこまで優しく明るくなくても十分だと思うのだが……
「あー、なるほど。それはちょっと分かるかも。でも女の子の中には偶に自分は優しい子ってアピールしたい時期があったりして、櫛田さんの場合はその時期がかなり遅くて高校だった……とかかな?」
それって遅くても中学生ぐらいまでだと思う。いや、俺は男なので分からないけど。
「疑問形?」
「うん。ふつう遅くても中学までだよ」
……うん。つまり、これは。
「やっぱり?てか、もしかして、井の頭さんも経験者?」
「小学校低学年くらいの時、そういう妄想したかな……でも、数か月で飽きちゃった」
「そこで、『飽きちゃった』って言う井の頭さんの思想は結構好き」
「褒めても何も出ないよ……」
そこで、褒めたって認識してくれるあたり、なんか本当に相性が良い気がする。なんだろう、まだ直接話をして数時間だが、まるで数年来の友達の気分だ。そこで、少しお節介を焼こう。たぶん怒らないと思うが……
「そういえばさ、話変わるんだけど。というか結構アレな話なんだけど。していい?」
予防線は一応張っておく。
「え、ちょっと怖いかも……エッチな感じなのは止めてね……」
ちげえよ。
「いや、そっちじゃない。というよりその発想は軽井沢さんっぽいから意外。じゃなくて、井の頭さん中間大丈夫?あ、いや、嫌な質問なら答えなくていい感じだから」
これが一番重要なことである。確かうろ覚えだが井の頭は小テストが赤点組だったはずだ。一昨日の結果発表の時はまったく気にしなかったが、井の頭の本性を知った後だと不思議なのだ。もしかして、俺と同じでバカアピールで櫛田あたりに気を使ってもらう気だったのか……とか少し疑ってる。
「大丈夫。赤石君にはあんまり気を使わない方向で行くから。……中間はちょっと厳しいかも。実は結構勉強苦手で……」
……って、マジであの点数なのか。やばいやばい。これは何とかせねば。初めての友達が退学になる。真面目に手伝うか。
「苦手というと授業集中するのが苦手系、それとも勉強するのが苦手系?」
授業には集中できないけど独学ならできるタイプなのか、それとも授業は聞いてられるけど実際に机に向かうと何をやったら良いかわからなくなるタイプなのか、他にもタイプはたくさんいるが、井の頭とのこれまで会話の印象からこの2択だと思う。
「どっちもかな……」
まさかの3択目。聞いてて分かんないし、やる気もないだった。かなり意外。どうしよう……でもその前に、
「ありゃ、ごめん、かなり嫌な話だった?」
勉強そのものが嫌いなら、今の話やこれからする話はかなり苦痛だろう……
「うーん、普通の人に言われたら嫌だけど。別に赤石君相手なら気にならないかな……赤石君小テスト結構できたよね……教えてもらっても大丈夫……?」
いいよ。
「俺としては井の頭さん相手なら全然問題ないけど……ただ、独学だから教えるのは下手かも。というか櫛田さんだと駄目な感じ?」
「うん。櫛田さんは多分私に勉強を教えたくないと思うよ……というより私もできれば赤石君に教えて欲しいかな……」
頼ってもらうとちょっと嬉しい。うん異常だ。いつもなら、面倒だと思う所なのに……井の頭の見た目が可愛いからだろうか?あ、でも、椎名も見た目は可愛いか。
「おぅ、こういう仲の良さそうな女子が嫌いあってる展開はリアルだと怖いなー」
なんかちょっと茶化してみた。これぐらいなら許されるかなという感じでいった。あと椎名との違いを見たかった。いや、そもそも椎名は怖くて茶化したことなかった。
「別に仲は悪いつもりはないんだけどね……赤石君が平田君に勉強を教えてもらいたくない理由と同じかな……」
これは思わぬカウンター。うん。こっちの人格もだいぶ把握されてる気がする。2000万計画を考えると、良くないと思うんだが……どうも、この短期間で井の頭にだいぶ心を許してしまったようだ。
「これは1本取られた。で、勉強の話だけど、中間テストはどの教科を教えればいい?」
小テストの結果は全て覚えているわけではないが……だが、断言しよう。井の頭、お前は次に全部と言う――ッ!
「ありがとう。赤石君。……できれば全部かな。いいかな……?」
いいよ。でも上目遣いはやめて。可愛くてグッと来るのと同時に椎名のトラウマを思い出すから……
「大丈夫大丈夫。一応時間には余裕あるから。あ、でも日曜日は個人的にはきついかも。あと学校では教えにくいかな……?」
日曜日は通信傍受の精査とシステムの改善だから難しい。それに今後を考えると井の頭と一緒にいるのは見られたくない。
「あ、やっぱり、私と一緒にいるところ見られたくないんだね……」
「どちらかというと、態度を崩してる自分を見られたくない感じ」
嘘ではない。でも1番は一緒にいるところを見られたくない。――この先、井の頭がどんな選択を、いや、それは今度でいいか……
「確かに、私もそういうところは見られたくないかも……そうすると、どちらかの寮も駄目だよね……」
「お互い、相手が入るところを他の生徒に目撃されたくないからなぁ。あ、今の状況は一応Cクラスから守った的な感じでいい?」
「いいよ。実際本当の事だからね……ありがとね」
助けるようにこっち睨まなかった?とは聞かないでおこう。たぶん俺も同じ状況なら同じことをするからな……
「いや、正直に言うと見捨てようと思ったから、むしろ感謝されると気まずい……」
「私が櫛田さんと友達だと思ったから助けたの?」
やっぱわかるか。友よ。
「ぐぬぬぬ、バレたか」
「もう赤石君のことは大体分かるよ……」
それから井の頭と1時間ほど他愛のない雑談に花を咲かせた後、アドレスを交換し、一旦別れた。
今後はクラスではお互い今まで通りに接し、2人きりの時は友人として過ごすことにした。
また、平田が今後勉強会を開くなら、その時に不自然にならない程度に教えることになった。勿論、平田が俺を教師役にするか、いやそもそも、どのような形式で勉強会を開くかどうかが未定なので決定事項ではないが。平田の勉強会までは、たまに電話で分からないところを相談することにした。
――井の頭と別れた後は、心に一抹の寂しさを感じた。人と別れて悲しさを感じたのはこの学校に来てはじめてのことであった。近いうちに、井の頭と周囲に悟られずに2人で会うことが可能なエリアの絞りこみでもやるかと心に決めたのだった。
***
それから二週間が経過した、ある朝。それが今日である。井の頭のメールを開くと、本日から始まる平田主催の勉強会についてであった。
平田は忙しく、サッカー部の休みの放課後に勉強会を行い、これまでの授業の復習を行うことになった。クラスの半数程度が参加する事になったが、高円寺・堀北・幸村の90点トリオが参加を拒否したため、教師役は櫛田と平田、そして俺になった。珍しく平田の頼みを受け入れた形だ。まあ、俺としても合法的に井の頭と話せるので悪い事でもないが……
ちなみにメールの本題は井の頭は櫛田経由で誘われたため、櫛田が教師役になりそうだが何とかならないかといった内容だった。
大丈夫じゃない?男子が櫛田に群がり、女子が平田に群がるため、押し出された人たちが俺の担当になるはず、よって押し出された可哀そうな女の子役でお願いします、と送っておいた。一応俺の方でも、教師役をやるときに、それとなく井の頭を誘うか?
そんなこんなで放課後を目指すため、午前の授業を終わらせたのだが、事件が発生した。念のため言っておくが椎名ではない。今日も朝から龍園が頑張って椎名にメールを送ったので、それだけはない。フリじゃないぞ。本当に龍園には感謝だ。メールの内容はヘンリー・クリストファー・ベイリーという作家の話だったのだが、まったく分からなった。
いや、龍園は今はどうでもいい。事件の内容は簡単だ。
昼休み、なんか変な視線を感じたので、振り返ると綾小路がこっちを指さしていた。隣には堀北がいる。気になり、じっと綾小路の方を見ると、こちらに手招きしてきた。近寄ろうとするが、今度は堀北が隣の綾小路の脇腹を掴み、何か言っていた。おい、人を呼んどいてイチャイチャするな。抗議のためという訳ではないが……いや、純粋に彼らの話が気になり近づいてみる。
そうすると、堀北は怒りの表情を浮かべこちらを睨み牽制してきた。一旦止まる。しかし綾小路はまるで堀北の仕草には気づいていないように、再び手招きをした。おいおいおい、マジでどういう状況だ……?
机2個離した距離で2人に対峙する。
「えっと、その、何か俺に用ですか?綾小路君」
距離を保ったまま話しかける。堀北の眼力に屈してしまった。なんか怖いよこの子。かなり美人なのに……
「おお、そうだ、赤石。良ければ一緒に学食に行かないか?堀北も一緒だぞ」
いや、なんで?彼女と2人っきりで行けよ。俺が一緒に行ったら堀北キレるぞ。いや、もうキレてるか。綾小路の言葉を聞いて般若みたいになってるぞ。というより、平田といい綾小路といい彼女との逢引に他人を誘うがDクラスの流行りなのか……?
「いえ。その、お二人の邪魔はできませんよ」
一応断っておく。たぶん綾小路も本気ではなく、ただ学食デートを自慢したかったんだろう。だが、俺には自慢にならんぞ。なぜなら食堂で女の子と2人っていうシチュエーションは最近の俺には鬼門だからだ。あ、いや、ここ2週間はそうでもなかったか……
「……?いや、邪魔とは思わないが。むしろお前が来てくれると――」
「悪いけど、赤石君はお呼びではないわ。私は綾小路君だけを呼んだのよ。そこを勘違いしないでもらえるかしら」
綾小路が全て言い切る前に堀北が凛とした声で遮った。
「いや、別に赤石1人ぐらい良いだろう。むしろ俺のためを思うなら赤石を連れて行ってくれ」
が、素早く綾小路が言い返した。なんか、相性良いねこの2人は。当意即妙って感じだ。
「赤石君を連れて行くメリットが無いわ。いえ、それ以上にデメリットがあるわ。彼は廉価版平田君みたいなものよ。平田君が使い物にならない以上、廉価版の彼に出番は無いわ。それに、一体どうして彼を連れて行くのが綾小路君のためになるのかしら」
「廉価版には廉価版の長所がある、という冗談はさておき、赤石と平田は違う人間だからその例えは止めた方がいいじゃないか。あと、赤石を連れて行くのはこれから、お前が起こす恐ろしい行為からオレを守ってもらうためだ」
「恐ろしい行為?いったい何のことかしら。私はただ、ポイント不足で生活にも苦しんでいる哀れな綾小路君に食べ物を恵んであげようとしただけよ」
「いや、お前が無償の行為をするのが怖い。裏がありそうだ」
「可哀そうに。人の善意も素直に受け取れなくなってしまったのね。綾小路君は」
やべぇ。こいつら流れるようなディスリ合いだ。ツッコミが追いつかない。
というか、堀北は俺の事を廉価版平田だと思ってたのか……結構、的を射ているか?あ、いや、根本的には違う人間だが、俺の表面は結構平田に近いロールだからな。平田と違って友達いないけど。これは俺の演技力も捨てた事ではない証明になるか……?あー、いや堀北の看破能力が低いだけかもしれない……わからん。
しかし、平田が使い物にならない、ってどういう事だ。何か堀北と綾小路は相談でもしていたのだろうか。それで相談に進歩がないから綾小路が俺を呼んだ?いや、それは俺である必要性がわからない。綾小路が言ったように堀北へのボディーガードとしてか?いや冗談だよな。綾小路筋肉あるし、堀北より強いだろ。……でも水泳は苦手みたいだったし、やっぱり見せかけ筋肉なのか?実は見た目ほど運動能力は高くないのか……?うーん綾小路は色々と謎だ。
まあ、でも。面倒事なら離れるのが吉だな。なんだか、綾小路も堀北も面倒事を人にやらせるのが上手そうだし、ここは素早く撤退を選ぼう。
「えっと、俺は一応弁当を持ってきているので……すみません。失礼しますね」
そういって素早く……おい、やめろ。綾小路。腕を掴むな。というより、机2つ分の距離を一瞬で詰めたぞ。どうやった。隣の堀北も目を丸くしてるぞ。運動能力が高くないと思ったらコレだよ。
「あの、綾小路君。離してもらっていいですか?」
「ああ、すまん。ちょっと、手が出た」
そういうと、綾小路はすぐ手を離した。不思議だ。さっき掴まれたとき、まったく体が動かなかった。おそらくすさまじい力が入っていたはずなのに、痛みは全くなかった。腕にも異常はない。何かの武術だろうか?どういう原理だ?
「ええ、では」
まあ、とりあえず、2人の元を離れて自分の席に戻る。後ろを振り返ると堀北は綾小路の方をじっと見ていた。何?私の彼氏、武術も出来てかっこい~。みたいな気分なのだろうか。
まあ、いい。そんな事より弁当だ。まあ、おにぎり3個という、弁当と言っていいか微妙なものだがな。おにぎりを食べながら、今後を考える。
――平田の勉強会。井の頭のこと。2000万計画。通信傍受。クラス闘争。中間テスト。特別試験。椎名怖い。
あ、駄目だ。最近会ってないから逆に怖くなってきた。一昨昨日も夢で見たし。そろそろ会うか?いや、龍園の努力を無駄にするわけにはいかない……っ!
おにぎりを食い終わり、昼休みが終わる少し前に食堂に近い方の教室の入り口から綾小路と堀北が帰ってきた。
堀北はいつも通り、凛とした表情で自身の席に向かったが、綾小路は何かを訴えるようにこちらを見た。……なんだ?奢ってもらえると思って行ったら逆に奢らされたのか?わからん。綾小路は少しの間こちらをじっと見た後、席に戻り、再び堀北と何かを言い合っていた。
……たぶん一番大変なのは三宅と王だと思う。あの2人の前は退屈しないが、始終イチャイチャされたら鬱陶しいだろうに……いや、俺と篠原も後ろが平田と軽井沢だから同じか。
アニメ版の井の頭心ちゃんの急激なポイント減少はきっとカツアゲに違いないという妄想です。そしてこんな時には便利な真鍋さんが召喚されます。真鍋さんは3人組の中で唯一グラフィックが無いのが残念です……