ラブライブ!〜Moment Ring〜 作:黒っぽい猫
その部屋に、生きたものは一人を除いて誰も居なかった。その生きている少年は肩で息をし顔を痛苦に歪めていた。彼の目からは光が消えどこか別の場所を見ていた。
彼の周囲には九人の少女達が横たわっている。
彼は誰一人として手にかけてはいない。彼女の中のたった一人が、彼女を殺してしまった。少年は間に合わなかったのだ。
「………もう、無理だよ」
何度繰り返したのか知れない。もう数える事もやめた。もがけばもがくほど状況は悪化していた。何度も殺された。そして、その度にやり直してきた。
今度こそ、救いたいと願って。彼は、台所へ行き包丁を取り出した。
「もう………嫌だ…僕は人が死ぬ所なんてもう見たくない」
誰も苦しめたくない、誰にも苦しめられたくない。その一心だった。その目からは絶え間なく大粒の涙が零れ落ちていた。
「こんな忌まわしい記憶も、何もかも捨ててしまいたい」
少年はそっと包丁を自分の首元に当てる。もう終わりにするために。終わらないと頭は理解している、これは彼自身の立てた誓いだから。
「そんなの──もうどうでもいいや」
ブスリ、という鈍い音と共に、少年の意識は苦痛と悲しさ、そして虚無に飲まれて消えた。
ラブライブ!〜Moment Ring〜
第一部〜過去を乗り越えて〜
ジリリリリリリリ!!ジリリリリリリリ!!
…耳障りな音が聞こえる。
「ん……うるさい…」
そう呟いて目覚まし時計に腕を振り下ろして黙らせる。
意識がはっきりしてくると、それと同時にとてつもない恐怖が僕を貫いた。何に対する恐怖なのかは分からない。だが、とても怖い。
「なん………なんだ……?」
断片的に、謎の映像がフラッシュバックしてくる。
「血まみれ……包丁…首元………?」
他にも次々に少女達の顔が浮かんでくる。これは一体──?
とにかく、一度落ち着いて自分のことから思い出せ……名前は──あれ…?
「僕は──誰だ………?」
慌てて近くに何かないかと思って探すと、手帳を見つけたので開いてみる。
「音ノ木坂学院……一年生…?学校の名前かな?それで僕の名前は……不動 遥…?」
いや、待て。この状況はおかしい……何故自分の名前も何も思い出せないのに、思い出せないっていうことが認識できる?
言葉はわかる、モノの名前もわかる。ただ、自分のことが何もわからない。
同じく手帳の近くにあったスマートフォンでとりあえず日付とスケジュールを確認する。
「今日は入学式……午後1時から?」
今の時間は午前6時、昼頃に家を出れば間に合うのだろうか?
「先ず、どうしてこうなったのかを知らなきゃね……」
決めたら即行動、だ。寝室から外に出る。恐ろしく長い廊下だ。豪邸かなにかに住んでいるのだろうか?
「どこかに書斎は──ここかな?」
導かれるように扉を開けて中に入る。不思議な事に、初めて入ったのに落ち着く。
『大丈夫!ハル君の事は私が守るから!』
「!!」
突然流れ込んできた記憶に動揺する。髪の長い──透き通るような目をした人だ。今のはなんなのだろうか……?
「………ダメだ、分からない。どうして僕は記憶を失っているんだ?それも、自分の事、過去の記憶に関してだけ」
すっぽりと抜け落ちた記憶をなんとか思い出したいのだが……。ふと、一つの本棚に大量のノートが入っていることに気がついた。一般的な学習帳である。
その中から左端の一冊を取り出して驚いた。そこには確かに自分の筆跡でこう書いてあった。
『記録帳No.1 不動 遥』
恐る恐るページを捲っていく。そこに書かれていたのは、僕と同じ名前をした誰かが書き記したであろう『μ's』というグループ名らしい少女達との日常の記録だ。
だが、それは九月頭で途切れている。
その後に書かれていたのは、どうにかして過去に戻りたい、助けたいと願う僕の心の叫び声のようだった。
そして、遂にその方法を見つけ出したこと、今からそれを試すという記述を最後に、これは途絶えていた。
「どういう………?」
震える手でそれを戻すと、その隣のノートを抜き出して読んでいく。
今度は成功した旨から始まり、どうやらこの書斎に置いておけば記録が可能であること、自分の誓いが達せられるまではこのループが続くことなどが書かれていた。
その後には、やはり彼女達との日常が、そして末尾には──。
『9月××日:南ことり 通り魔に殺される』
という文字。彼女は、一冊目の時には交通事故にあったと書いてあった。
わけも分からず幾つも幾つも、ある限り読み漁っていった。
そしてわかった事がいくつかあった。
「メモ……しておかなきゃ」
『No.81 不動 遥』
何故か指が勝手に動いてこの数を記していた。
そんなことは気にしていられない。とにかくノートの最初のページに書き殴っていく。ひとまずは前例に習って書いていく。
『・僕には前回までの記憶が無い、それより前の過去のことも分からない
・置かれている現状の理解はした、だが実感がわかない以上は不用意に行動出来ない
・まず早急に、少女達に対して抱く恐怖をどうにかする必要がある
このノートは、誰にも見られないようにすべきかもしれない』
現状をまとめてみた。自分の感じる恐怖は、まるで身を貫かれるような、そのような不快感を伴って表れる。これをどうにかするのが今の僕の急務ではないだろうか。
「とにかく、何日かかけてノートを全部読んだ方がいいのかな……でもその前に」
そう、今の僕にはそれより大切な事がある。
「……お腹空いた」
何故だか料理は上手にできるという確信の元、僕は台所へと急ぎ足で向かった。
彼が去って少し後、本棚に収まっていたはずの1冊のノートが不意に地面に落ち、開いた。
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〜追憶ノ章〜
No.43
『9月20日:雨』
バシャバシャと、水溜まりを踏みつけながら必死に足を前に運ぶ。一瞬だけ振り返るが、どうやら追ってきてはいないらしい。
「早く、早く逃げないと!!」
追い立てられるように走る。走る。走る。
見慣れた門扉にタックルするようにしながら門の内側に入りすぐに閉める。
そのまま玄関まで走り鍵を開け転がり込む。兎に角早くドアを閉めろ、そう本能が叫ぶままにドアを閉め鍵をかけ直す。
チェーンまでかけると恐怖から解放され、そのままドアにもたれて座り込む。
「逃げ………きれ……た…?」
息も絶え絶えに、自分が生きていることを認識する。だがそこに嬉しさはなく、ただ恐怖と悲しさだけがあった。
「…………失敗した、な」
μ'sは既に解散してしまった。そして今、僕は命を狙われている。
「…っ!とにかく手当が先だ。理由を書き記すのは後でいい」
左肩にある深い切り傷の痛みに顔を顰める。確か寝室に救急箱がある筈……。
朦朧とする意識を奮い立たせ、なんとか寝室へ辿り着く。ドアを開けた瞬間、甘い焼菓子のような匂いが鼻腔をくすぐった。
が、そんなことが頭に上るわけもなく、目当てのものを机の上に発見する。
「あれ………?僕、机の上に置いた記憶はない…」
おかしい、そう気づくには、あまりにも手遅れだったのかもしれない。よく考えたら僕の部屋はこんな匂いじゃ──
「ふふっ、気がついちゃったみたいだね〜♡」
「──っ!!!」
本能的な恐怖に動けなくなる。強烈な殺気と胸がむかつくほどの甘い匂いが伝わってくる。
ガチャ、と開いていた扉を閉めると少しずつ近づいてくる気配がする。
怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!
「ふふっ、怖いのかな?体そんなに強ばらせて〜♪傷も痛いよね?ことりがちゃ〜んと治してあげます♡ほら、ベッドに座って?」
言われるがまま、逆らいきれずにベッドに腰掛ける。トテトテ近づいてきてそのまま治療されるが恐怖以外感じられない。
「………どうやって、中に入った?」
今回は、誰にも合鍵を渡していないはずだ。傷をつけた本人に治療されながら、思っていたことを聞いてみる。声は驚くほど掠れていた。
「窓が開きっぱなしだったからそこからかな♪」
「ここは2階だぞ………」
そうね、頑張っちゃった♪と言いながら処置を終える。どんなに狂っていても、治療は一流のようだ。
「それにしても、どうして逃げたの?ハル君?」
再び放たれる殺気に、今度こそ体が動かなくなる。先程雰囲気を緩めていたのも、ここで効果を高めるためだったと知るも後の祭りだ。
「ことりは、ハル君と一緒にいる方法をずーっと考えてたの。ハル君のことがだぁい好きだからなんだよ?それなのに、どうして逃げたの」
詰め寄ってきてそのまま押し倒される。本当なら喜ぶのかもしれないが、今はひたすら怖い。甘い香りとともに恐怖を刷り込まれているような感覚だ。
「ねえ、なんで?どうして?ことりのこと嫌いなの?嫌われるようなことした?!ねえなんでなの!なんで私を選んでくれないの!!」
強い力で肩を掴まれ揺すられる。こみ上げてくる吐き気をこらえながら涙に濡れたことりの顔に手を伸ばす。
「ことり!落ちつ……ぐぁぁあっ?!」
ことりを宥めようと手を伸ばすも、いきなりその指を逆方向に曲げられ、鈍い音がする。
「がぁぁぁぁあっ?!ゆっ……ぁぁあがぁ!?」
苦悶の表情の僕を冷たい目で見下ろしたことりは、何処からか光輝く刃物を取り出した。そしてそれを容赦なく太ももに突き立てられる。
「逃げたってことは、ことりのこと嫌いなんだよね?」
「ぁぁぁあがぁぁぁあががぁあああ!!!」
もはやことりの声など耳に入らない。太ももの痛みに反射的に身体を捻り抜け出そうとするが逃げ出すことができない。
ゆっくりと傷口を抉るように刃物を抜き取り逆手に持ちかえ、振り上げる。
「ことりのこと嫌いなら、生きてなくていいよ。死んでからことりのモノになって?
心配しなくていいよ?
ことりがちゃんとハル君の全部食べてあげるから、一欠片も残さず。そうすればずっと一緒だもん♡」
目から光が消え、怪しげな笑みを浮かべる。そして、振り上げられた刃物が僕の右目に振り下ろされ──。
────────────────
「──っ!!?」
前後不覚に陥りながら、荒く息を吐く。
「……夢?」
どうやら、僕が読んだノートの最期を追体験したようだ。案外、記憶の奥に詰まっているのかもしれない。
ここは音ノ木坂学院、校舎の屋上だ。入口の上で昼休みと放課後、いつも僕はここで本を読んだり寝たりしている。
入学して四日ほど経つが人と話すのが怖くクラスで孤立し、部活動にも入っていない僕の居場所は無く、仕方なくここにいるのだ。
「彼女が──南ことり、なのだろうか?」
グレーの髪の毛、オレンジに近い色をした瞳。あんな時ですら、恐怖とともに美しさを感じてしまっていた。
──救えない人間かな。僕って。
『──からないね?』
『仕方ありませんよ……部活動ではないんですから』
おっと誰か来たようだ。別に悪いことをしてるわけじゃないのに、何故か姿勢を低くしてしまう。
こっそり様子を伺って僕は、目を見開いた。あの特徴は、間違いようがない。ノートに書いてあった特徴とそれぞれが一致する。
高坂穂乃果、園田海未、南ことり。μ'sの二年生だ。まだこの時点ではμ'sという名前は無いのだが。
「雨が降ったら練習出来ないけど……」
練習場所を探している──?ノートにそんな話はなかった……いや、全てを鵜呑みにするのは危険かもしれない。僕自身の目で見たものを信じた方がいい気がする。
「でもここなら声が邪魔になることもなさそうだし、いいかも!」
高坂先輩──初対面だしそう呼ぶ──がそう言うと、二人の先輩も微笑みながら頷いた。
「それじゃあ歌の練しゅ──「へっくし!!」?」
急に鼻がムズムズして堪えきれなかった。
「そこに誰かいるんですかー?」
くそっ、今は見つかりたくない!できるだけ姿勢を低くすれば──。
「むー、登っちゃお!」
なんでや?!と叫びたいのを抑えて匍匐前進。音を立てずに後ろ側に着地する。後はいなくなるまでここに──!!!!?!
「え〜っとぉ……君、誰?」
驚いて動けない僕の目の前には、苦笑を浮かべた南先輩が立っていた。
「ひぃっ?!」
思わず引きつった声が出る。体もいうことを聞かない。本能は早く逃げろ!逃げないと殺されると訴えるが、意識が混濁していれからかただただ恐怖に震えることしか出来ない。
足が動かない。その場にへたりこんでしまう。
「ことり?誰か──?貴方は……?」
「う………ぁ………」
怖い。その感情に心が支配されてしまい、ひたすらに二人を前に怯えることしか出来ない。必死に距離を取ろうとするが後ろは壁だ。
違和感に気がついたのか、園田先輩が手を伸ばしてくるが。
「さ、触らないでっ!」
手を払うと、やっと動くようになった体で必死に走る。すぐそこの角を曲がれば──ッ!
「わぁぁあっ?!」
こちらに走ってくる高坂先輩の発見が遅れ、僕の意識は彼女と激突したところで途絶えた。