BanG Dream!~隣の天才~   作:TRcrant

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こんばんは、第10話になります。

毎日の投稿は無理だと思っていたら、すでに数日分も書きだめている状況に、色々な意味で恐ろしくなる今日この頃です。



第10話 怒りと退院

あれからしばらく経ったある日。

俺たちは今日もお見舞いに来ていた。

一樹の調子はすでに回復し、病院内を出歩いたりすることができるほどにまでなっていた。

喜ばしいことに週明けにも退院の日を迎えるらしい。

現に、俺の話を病室にあるテレビをつけて聞きながらしている扱いから、それを感じ取ることができた。

 

「それでな、そこで俺は言ったんだよ――「ふざけんじゃねえっ」――」

 

いつも通りになりつつあるそれを感じながら話していると、それを遮るようにして廊下のほうから怒鳴り声が聞こえてきた。

 

(この声って)

 

「病院だからボリュームを落としなって」

 

聡志の父親を諫めるように、聞えてきたのは森本さんの母親の声だった。

 

「名俳優だからなんだ、数十年に一人の役者だからってなんだ。人を二人も死なせておいて、金で解決させようだなんて……そんなの筋が通らねえだろ」

 

(金で解決って……それって示談?)

 

示談で解決したところで、法律で裁かれることには変わりない。

だが、俺たちはそれはこの事故を引き起こした原因である、一樹の乗っていた車に衝突した犯人が、役者であるということが分かった。

俺たちは何とも言えぬ表情でお互いに顔を見合わせる。

確かに、筋が通らない。

いまだにその人物から謝罪の言葉はおろか、見舞いに来てすらいない。

もし俺が一樹ならば恨んでも仕方がない。

 

「一樹?」

 

ふとそこで、一樹の様子が気になり視線を向けると、無表情でテレビを見ていた。

まるで、廊下のほうから聞こえた声が聞こえていない風に。

 

『最近、交通事故が多発しております。直近のですと、7月の終わりに起きた高速道での玉突き事故でしょう』

 

(ん?)

 

そんな時、ニュース番組と思われるものに、出演しているアナウンサーの言葉が気になった俺は、テレビのほうに目を向ける。

テレビではある事故について話し始めた。

 

『この事故では衝突された乗用車に乗っていた三名のうち二人が死亡しました』

 

アナウンサーの説明を聞けば聞くほど、一樹が巻き込まれた事故であることがはっきりとわかっていく。

というより、それ以外に考えられなかった。

説明が終わったのか、出演しているほかのメンバーがそれぞれ感想を口にする。

出演しているのは弁護士やら芸能人など様々な業種の人達だった。

 

『しかし、こうしてみると確かに事故は多いですね。夏休みということから遠出の人も増えますし……注意して運転しないといけないですね』

 

人物紹介のテロップによれば、この人は俳優らしい。

その人物の感想を耳にした瞬間、一樹の手が一瞬ピクリと動いたのを俺は見逃さなかった。

しかし、テレビはすぐに関係のない内容に話題が変わっていた。

 

「失礼するよ」

「調子はどうだ?」

 

それからすぐに、聡志の父親と森本さんの母親が病室に入ってきた。

 

「ええ。すこぶる」

 

先ほどの話を聞いてしまったからか、一樹は少し困惑したような表情で答える。

 

「実はな、お前さんの車に衝突した運転手がお詫びをしたいということでだな……」

 

聡志の父親がばつが悪そうに言葉を詰まらせる。

言えるはずがない。

お金で解決したいなどという惨い言葉を。

 

「示談で別に構いませんよ」

「っ……そ、そうか。わかった、そのように伝えよう」

 

それでも、一樹は笑みを浮かべて淡々とした口調だった。

でも、その表情とは裏腹に無表情であるような気がした。

怒るでもなく、悲しむでもなくまったくもって普通の。

 

「交渉はお二人にお願いしてもいいですか? 僕だとあまりそういうのに詳しくないので」

「ええ、任せておいて」

「それじゃ、俺はそれを伝えてこよう。行くぞ、翠」

 

聡志の父親に連れていかれるように、森本さんの母親は病室を後にする。

残されたのは、一樹と、どう声をかければいいのかわからない、俺たちだけだった。

 

「退院でもしたら、お祝いしないとね」

 

そんな中、中井さんの一言で、ふっと重い雰囲気が軽くなったように感じられた。

 

「だね。よし、それじゃ退院の日は一樹の好きなチーズケーキでも買っていこうっと」

「それは楽しみだ」

 

そして、いつも通りの和やかなやり取りが戻った。

……だが、一樹はこの一連の出来事が原因で根っからの役者嫌いになってしまった。

それが分かるのはまだ先の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、一樹の退院を祝いまして不肖、この佐久間 啓介が音頭を取らせていただきますっ」

 

週明けの月曜日の夕方。

俺たちは退院した一樹の家に、渾身の出来の料理やケーキを持ってきていた。

それは、一樹の退院祝いをするためだ。

 

「えー、思い起こせばあれは――「かんぱーい」――んぎゃ!?」

『かんぱーい!』

 

俺の寝ずに考えた渾身のスピーチは、儚くも主賓であるはずの一樹に奪われてしまった。

 

「どうして一樹が音頭を!? せっかく俺が寝ずに考えた渾身の出来なのにっ」

「いや、どう考えてもくだらないうえにいらないから、それ」

 

聡志の意見に、俺は首をかしげる。

頑張ってA4の紙50枚分の原稿を用意したのに。

 

(ま、いっか)

 

「よし、こうなったら食うぞ! そして暴れるぞ!」

「暴れるなっ」

 

(いつも通りの日常だ)

 

ようやっと、俺達に日常が返ってきた。

一樹の両親がいないのはとても寂しいが、それも俺たちがいれば何とかなる。

 

(せめて、一樹の心の傷が癒えるまでは、俺たちも頑張ろう)

 

聡志にはたかれた頭の痛みを感じながら、俺は再びそう決心するのであった。

結局のところ、このバカ騒ぎは9時ごろまで続いた。

 

 

 

 

 

「本当に大丈夫?」

「心配しないで。片付けぐらいできるから」

 

夜の9時ということもあり、さすがにこれ以上はまずいということで、退院のお祝いはお開きとなった。

本当は片付けを手伝おうとしたのだが、それを申し出た中井さんに、一樹はやんわりと断ったのだ。

 

「それじゃ、私達は帰るね。また明日、いつもの場所で」

「ああ。いつもの場所ね」

 

明日からは一樹も復学する。

いつもの日常が訪れるんだ。

俺たちは名残惜しくも一樹の家を出ると、後ろから一樹が呼び止めてきた。

 

「今日は、ありがと。楽しかったよ」

 

そういう一樹の表情は、あの事故が起こってから始めてみる心のこもった笑みだった。

 

「お礼なんていらねえよ。俺は俺のやりたいことをやったまでだし」

「聡志は素直じゃないな~。ま、俺たちにできることってこれくらいだしな」

 

嬉しいのに照れ隠しにそっぽを向いてぶっきらぼうに言う聡志に、中井さんたちが笑いをこらえていた。

そして今度こそ、俺たちは一樹の家を後にして、帰路に就く。

 

(俺にもできることはあるんだ)

 

俺はこの時、一樹は大丈夫だと思って胸をなでおろすのであった。

 

 

★ ★ ★ ★ ★

 

 

啓介たちが帰った奥寺家のリビングでは、一樹が一人で後片付けをしていた。

 

「一人……か」

 

ぽつりとつぶやいた一樹は、コップを台所の流し場に置くと、水を流して洗い始める。

 

「……っ……っ」

 

一樹の口から洩れる嗚咽は、流れる水道の音でかき消された。

だが、頬を伝う液体までもを隠すことはできなかった。

啓介達の知らぬところで、徐々にではあるが歪が生じ始めるのであった。




次回は、ようやく音楽の話が少しだけ出ます。
それでは、また明日。

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