今年もよろしくお願います。
「それで、一体何の用だ?」
パスパレの練習が終わり、解散した時にミーティングルームに集まるように啓介たちに伝え、そのままミーティングルームに集まったのだ。
第三者に情報が漏れるのを防ぎたいので、ドアにはかぎをかけ、部外者が入ってこられないようにしてある。
流石に聞き耳を立てられたりされるとどうしようもなかったりするが、まあそこまでするような人物はそうそういないはずだ。
……たぶん。
「今後の方針に向けての懸念すべき事案が発生しているから、そのことを言おうと思って」
「懸念すべき事案……それは一体なんだ?」
僕の口にした単語に反応した田中君が目を細めて先を促す。
それだけのことで、一気にミーティングルーム内に緊張が走り始めた。
「バンド内の音に歪みが出始めているのは前に言ったと思うけど、その原因が分かったんだ」
僕はそこで少しの間をおいて、原因となる人物の名前を口にする。
「原因は白鷺さんだ」
「そんなことっ」
白鷺さんの名前を出した途端、反論の声を上げる中井さんだが、僕は首を横に振る。
「白鷺さんのベースの音は、他のメンバーの音と交わっていない。それは中井さんだってわかってるはずだ」
「それは……」
僕の指摘に黙り込んでしまった中井さんに、申し訳なく思いつつも、僕は話を進める。
「本来であれば、彼女に直接指摘するべきなんだけど……こればかりは僕の失態だ。浅はかな行動をしてしまったせいで、それができない状態だ」
この間の一件は、相手にその気がなくても、こちら側にしてみれば大きな引け目を感じているほどだ。
これがうまい下手であれば、仕事という名目で注意はできた。
だが、僕が言おうとしているのは上手い下手というレベルの話ではなく、それ以上の次元のことだ。
果たしてそれを”仕事”という名目で片づけてしまっていいものなのだろうか?
(とはいえ、放置できるような問題でもないし)
そういったわけで、現状は詰んでいるということになるのだ。
「それで、どうする?」
「直接ではないけど、間接的に指摘する。……効果はあれば幸運程度になるけど」
白鷺さんに伝わる可能性は限りなくゼロに近い。
例を挙げるのであれば、僕がAfter glowに告げた警告のようなものだ。
だが、言わずに放置するよりはましだ。
「それと、中井さんに頼みごとがあるんだ」
「な、何かな?」
僕はいったん話を区切る。
突然名前を呼ばれた中井さんは、何かを感じたのか、僕から若干距離を取り出す。
「これを白鷺さんのバックの中に入れてほしいんだ。もちろん、彼女には気づかれないように」
「ええぇっ!?」
僕が彼女に差し出した茶封筒の中身は、僕が当初から目星をつけていた『Fresh♪ IDOL Festival Vol.8』のイベント概要が記された用紙だ。
「白鷺さんは、今Pastel*Palettesがイベントに出演できるようにスタッフに根回しをしているらしい。彼女にとってこれが非常に役に立つはずだ」
「それなら、直接手渡せばいいじゃ? わざわざそんな回りくどい真似をする必要なんてなくない?」
森本さんの指摘も尤もだ。
同じ目的で動いている以上、余計な手間をかけずに直接渡したほうが手っ取り早い。
「白鷺さんは、程度は違えど僕と同じタイプ。そうだとすると僕の計画を悟られる可能性がある。すべてが終わった後ならばともかく、今の時期にそれが起こるとものすごくよろしくない状況になる。だから、この方法が最適であると判断したんだ」
(まあ、悟られても黙っている可能性が高いけど)
いずれにせよ、危険な橋はなるべく渡らないのがベストだ。
「彼女のバックがどのようなものかを知り、なおかつ自然にこれを入れられるのは中井さんしかいないと思って頼んでる。お願いできる?」
「……が、がんばります」
ものすごく責任重大な役割を押し付けてしまったような感じがするが、こればかりは致し方ない。
何せ、僕には彼女のバックにそれを仕込む隙はおろか、機会すらないのだから。
僕は心の中で中井さんに謝りながら、茶封筒を彼女に託すのであった。
それから二日ほど過ぎたレッスンの日。
この日は、全体での演奏に重きを置いた練習を行っていた。
「はい、そこまで」
そろそろ終わりの時間となったため、何度目かわからない演奏を止めた。
「今この中で、”演奏は手足を使って弾く”という考えを持っているのであれば、それはある意味では正解かもしれないが間違いなので、この瞬間にそれを改めてほしい」
僕のその言葉は、パスパレのメンバーたちを困惑させるのに十分だった。
「それでは、何を使って弾くんですか?」
大和さんの問いかけに、”本来であればそれは自分たちで時間をかけて知ってほしかったんだけど”と前置きをして言葉を続ける。
「心だよ。心を込めて演奏をするんだ。”聴いてほしい”とか、”自分の気持ちを伝えたい”とかなんだっていい。心を込めて演奏をすることによって、観客の心をつかみやすくなる」
「なるほど……確かにそうですね」
楽器経験者である大和さんは、僕の言わんとすることが分かるのか、賛同してくれた。
日菜さんは、他の人と同様に興味深げに聞いているだけだけど。
音楽というのは、演奏技術が高ければいいというわけではない。
それに加えられる”+α”が重要なカギとなる。
現に、演奏技術はそれほど高くない”ハローハッピーワールド!”がいい例だ。
彼女たちの場合は、”世界を笑顔に”という、”+α”が非常に高いので、それが演奏技術が不足しているのを補っているのではないかと推測している。
もちろん根拠はないので、断言はできず、僕の思い込みという名の持論だ。
(今度花音さんにお願いして、彼女達とコンタクトをとってみるか)
彼女たちの演奏は、あの時確かに僕の心を動かしていた。
その理由を解明できれば、僕たちのバンドはさらなる高みに行くためのヒントにもなるのは明らかだ。
(まあ、あの金髪少女がいるからな……まあ、要検討としておくか)
日菜さん二人分の存在を相手にして、疲れ果てている自分の姿が容易に想像できたため、僕は彼女たちと接触するのをいったん保留にすることにした。
「誤解がないように言っておくけどロボットなどの機会が演奏した音楽を否定はしない。昔はともかく、今はそういったジャンルが存在し、それもまた一つの作品として成り立っていたりもする」
ネットサーフィンをしていた時に見つけたジャンルなので、あまり詳しくなかったりもするが、なかなかいい曲だったのは覚えていた。
「それを踏まえてあなたたちの演奏の評価をつけるのであれば、不合格」
『っ!』
ずいぶん長い前置きだったなと思いつつも、話の本題である評価を告げると全員が息をのむ。
それもそうだろう。
演奏がうまくなったという評価をつい最近出されているのだから。
「それって、私たちの演奏が下手ということですか?」
「それは否定しないけど、その点に関しては許容範囲だから問題ではない」
「否定しないんだ」
丸山さんの質問に答える僕に、日菜さんが小さな声でツッコミを入れるが、僕はそれをあえて聴かなかったことにした。
「バンドというのは、一つの目標に向かって進む……要するに一致団結することが必要。それなのにある人物がそれをできていないために、曲が歪んで聞えるんだ」
「あの、ちょっといいですか?」
僕の指摘に手を上げる大和さんに、僕は無言で頷く。
「勘違いではないですか? ジブンには、全く音の歪みは聞えませんでした」
「そうだね。音の歪みはよほど耳の良い人にしかわからないから、観客たちも気づくかどうか。とはいえ、観客たちを侮ってはいけない。曲の良し悪しを直観的に決められる力があるからね。だから、この曲はいいと直感で思ってもらえるような演奏をする必要がある。それが僕たち演奏者の義務なんだ」
この歪みに気づけるのは、日菜さんクラスの素質がなければ難しいだろう。
また、大幅な歪みであれば演奏している状態でも気づけるが、非常に小さな歪みだと第三者からでしかそれを把握することは難しい。
しかも、演奏を録音したとしても小さな物を収録できる可能性は低いので、把握するのは非常に難しい。
(そういう意味だと、僕たちも他人事じゃないんだよね)
自分たちが気付かないうちに、小さな歪みを生じさせてしまっている可能性だってあるのだ。
音楽の底の深さを、僕はあらためて思い知らされた。
とはいえ、元凶でもある白鷺さんの腕によって、歪みは小さなもので済んでいるが、これが大きくなっていくことだって十分考えられる。
「ここではあえて、それが誰なのかは言わない。だが、おそらく自分ではないかという心当たりがある者はいるはずだ。心当たりがある者は自分の考えを改めて、メンバーとの接し方を考えるように。僕からは以上」
今回もまたAfterglowと同じ方法を選択した。
”誰なのか”を指摘せず、該当する人物に気づかせてそっと改善させて、気づいた時にはすべての問題は解決。
波風を立てることもなく、問題も解決できるという一石二鳥な方法だが、該当者が気付かないというデメリットも存在する。
(今の状況だと、これが精一杯……なんだよな)
あの時、白鷺さんにばかげたことをしていなければ、もっと違う方法で改善させることだってできたはずだ。
僕は自分の浅はかな行動を悔やみながら、次のレッスンの日程を話す田中君の言葉を聞くのであった。
僕が恐れていた事態が発生するとも知らずに。