今回より、投稿を『毎週日曜日』とさせていただきます。
また、ストックがある場合はなくなるまで連日の投稿(例えば、日曜日の時点でストックが2つあった場合は、その後2日間毎日投稿)にする予定です。
これで不定期投稿のほうは改善できると思います。
皆様にはご迷惑をおかけしますが、今後ともよろしくお願いします。
それでは、本篇をどうぞ!
それは、あのレッスンの日から数日経ったある日のこと。
その日僕は、前日に個人練習で使っていたレフティーギターをミーティングルームに置くために、事務所を訪れていた。
あのギターはお給料を前借して購入したものだが、すでに相殺は完了しているので、完全に僕の物となっている。
なので、自宅に持って帰っても別に問題はないのだが、家に持って帰ったところで、練習ができるわけでもなく部屋の飾り物状態にするのが嫌だったので、事務所で保管をするようにしている。
そしてギターを置いてその足で華道の集まりに出ようとしていた時のこと。
「こんにちは美竹君」
「……どうも」
曲がり角で曲がると、ちょうど向かい側から来ていた白鷺さんと遭遇した。
「このあと少し時間は大丈夫かしら?」
「……少しだけなら」
この間の一件もあり、何かするのではないかと身構える。
自分が悪いのは当然だがそれはそれ、これはこれだ。
「別に取って食う気はないわよ。ただ、ちょっとついてきてほしいの」
「……わかりました」
僕はこの時、白鷺さんに言葉には言い表せない”何か”を感じていた。
実際に時間的余裕は十分にあるので、ついて行っても問題はなかったのだが、一瞬ではあるがそうしなければならないと思っていた。
(とりあえず、ついていくか)
僕は白鷺さんの後に続いてその場を離れるのであった。
(ここって、レッスンスタジオ?)
白鷺さんに導かれるようにしてたどり着いたのは、いつも僕たちがレッスンをしているスタジオだった。
「皆、お疲れ様」
白鷺さんは、自然な動作でドアを開けると、労いの言葉をかけながら中に足を踏みいれる。
「あ、千聖ちゃんに美竹君」
中にいたのは、練習着を着ている丸山さんたちだった。
(なるほど、自主練か)
彼女たちが自主練を行っているという情報は、森本さん経由で得ていたので何をしているのかはすぐに把握することができた。
彼女たちが目まぐるしい勢いで上達をした要因がこの自主練にあるのは言うまでもないだろう。
「千聖ちゃんと一君が来るなんて珍しいね」
丸山さんは、白鷺さんが来たことが嬉しいのか笑みを浮かべ、日菜さん達はいつも来ない僕たちが来たことに意外そうな表情を浮かべている。
「皆にいい知らせを持ってきたの。これを見て」
そう言って近くにいた日菜さんに一枚の用紙を手渡す。
「えっと、『Fresh♪ IDOL Festival Vol.8 』?」
それは僕が中井さん経由で渡したイベント概要が記されたものだった。
「それ、確かデビュー1年以内のグループが出場できるイベントだよ。このイベントで有名になる人が多いから、アイドル業界では注目されてるんだよ」
流石は丸山さんといったところだろうか。
このイベントのことをしっかりと把握できているようだ。
僕がこのイベントに目を付けたのも、丸山さんが説明したことが主な理由でもある。
(この話をするということは)
「このライブに、私たちが出場することになったの」
やはり僕の予想通り、このイベントへの参加が決まったようだ。
おそらく、白鷺さんが倉田さんをはじめとしたスタッフの人にプレッシャーなどをかけたのだろう。
「私たちが……ほ、ホントに!?」
「わぁっ! またPastel*Palettesとしてライブができるんですね♪」
出場が決まったことに驚きを隠せない丸山さん、ライブができることを喜ぶ若宮さん。
反応は様々だったが、喜んでいるのはみんなが同じだ。
(やっぱり彼女にやらせて良かった)
僕が白鷺さん自身にこのイベントの出場の提案をスタッフにさえた理由は、僕たちがそれをするよりも、メンバーである白鷺さんが行ったほうが不自然でもないからだ。
もし僕が行っていれば、決定までにこの倍以上の時間がかかっただろう。
(ここまでは僕の予想通り)
ゆっくりとではあるが、確実に僕の目的成就に向けて進んでいる。
これからは、さらに演奏のレベルを上げ、観客に利かせられる演奏を行おう。
そう方針を改めて確認する。
「きっと、皆でしてきた努力の成果だね。頑張って練習してきてよかった~」
「「……」」
丸山さんの何気ない一言。
当然だが、悪意はない。
だが、その一言に白鷺さんは表情を曇らせる。
僕も、もしかしたら白鷺さんと同じ表情を浮かべているのかもしれない。
(努力の成果……だけじゃないんだけどね)
このイベントの出演は間違いなく、僕と白鷺さんの根回しによるものだ。
そのことを言ったら間違いなく一波乱が起こるので口にはしないが、複雑な心境だ。
「美竹君たちも上達したって言ってくれてたし、やっぱり努力をしていれば―――」
「……本当に、自主練や努力でイベントの出演が決まったと思っているのかしら?」
「え?」
丸山さんの言葉を遮るようにして言われた言葉に、丸山さんは目を丸くして驚きを露わにする。
「演奏のレベルが、上達していると美竹君たちに言われた……確かにそれは、自主練の成果かもしれない。でも、それは研究生時代と何が違うのかしら?」
「それは……」
「研究生時代と同じことをしていて、今回はどうしてイベントの参加が決まったのかしら?」
白鷺さんの口から放たれる問いかけに、丸山さんは何も言えない。
いや、言えるはずがない。
「もし、これが努力によるものであれば、あなたはとっくに研究生を卒業してデビューしているはずよ」
「で、でも……努力以外に何をすれば……」
白鷺さんから浴びせられる正論という名の言葉の数々に、表情を曇らせる丸山さんに対して、白鷺さんは
「努力して夢を見るのは結構。でも、努力が必ず夢を叶えるものじゃないのよ」
思いっきりとどめを刺していた。
「そうよね? 美竹君」
(そういうことか)
白鷺さんの言葉にショックを受けている丸山さんをしり目に、僕に同意を求める白鷺さんの様子に、僕は連れてこられた本当の意味を知る。
白鷺さんは薄々なのかどうかは別として、僕の考え方が自分と似ていることを感づいている。
そのうえで、僕を連れてきたのだ。
”自分の言っていることが間違っていないことを明らかにさせる証人”として。
(こりゃ、一本取られたな)
まさか自分が相手の思惑通りに動くことになるとは……まだまだ精進しなければと自分を戒める。
「あ、あはは……なんかごめんね。私、努力すれば何とかなるって思ってたけど、思い違いしていたんだね」
今にも泣きそうな丸山さんに若宮さんや大和さんも悲しげな表情を浮かべる。
「それじゃ、”次の仕事”があるから私はこれで失礼するわね。次のライブ、頑張りましょう」
いつものように人当たりの良い笑みを浮かべながら言った白鷺さんは、そのままレッスンスタジオを後にする。
……僕を置いて。
(しかし、やってくれたな)
今、レッスンスタジオ内の空気は非常に重い。
こんな状況で、知らんぷりしてこの場を離れるなどできる訳がない。
そうなると、僕がフォローをしてくる必要があるのだが、悔しいが僕も白鷺さんの意見と同じため、確実に白鷺さんと同じ……いや、むしろそれ以上に辛辣な意見を言うだろう。
(まあ、向こうの策に乗るのはあれだけど、ちょっとばかり放置もできないんだよね)
今の丸山さんの考え方では、いずれ限界を迎える。
ほんのちょっとした考え方の間違いをこの場でほのめかしておくのも手かもしれない。
「努力をするのは悪いことなんですか? 頑張って夢を見てはいけないんですか?」
(それにこういうとらえ方をする人も出いてくるからな)
努力=悪という解釈をされたりすると、ものすごく面倒くさいことにもなる。
現に、若宮さんが困惑している状態だし。
(このままお開きになってくれてもいいんだけど)
「美竹さんは、どう思いますか? 努力をすることはいけないと思いますか?」
そうは問屋がなんとやら。
若宮さんから直接聞かれてしまった。
どう考えても傷口をえぐっている様子しか思い浮かべられない。
(ここは、ある程度抑えて簡単に言ったほうが無難かな)
「別に努力をすることは悪いことでもないし、絶対に必要な物だと思う。ただ、僕としては”努力万能説”的な考えには反対かな」
「それって、どういう意味ですか?」
「努力していればどんなことでもできるようになるというのはただの夢見物語だし愚かなことだということ」
僕はそこまで言い切った瞬間、内心では”やばい”と思った。
気が付けば僕を見る視線は、悲しみとそして軽い怒りのようなものとなりつつあった。
言わなくていいことを言ってしまったのだ。
僕は一つ咳ばらいをして話を強引に区切る。
「丸山さんの場合、少し”努力”の考え方が違うと思うよ」
「それって、どういう――「まずは一回、自分で考えないと意味がない。申し訳ないけど、こっちも予定があるから、これにて失礼」――」
縋るような目で聞いてくる丸山さんの言葉を遮り、僕は一蹴する。
すぐに答えを言ってしまっては、何も成長しない。
まずは自分で考えてみることが重要だと思ったからだ。
そして僕は一礼して強引にその場を後にする。
正直、これ以上あそこにいると状況が悪くなりそうだったので、完全に逃げ出したような格好だ。
(これ、悪影響とかでないよね?)
何とも言えない不安に心臓がバクバクいっているのを感じながら、僕は華道の集まりに向かうのであった。