第102話です。
そろそろこの章も終盤に入っていきます。
「うーん……」
翌日、僕はレッスンスタジオの周辺で唸っていた。
誰から見ても不審者認定間違いなしの状態だが、そんなことが気にならないくらい、僕は悩んでいた。
内容は言わずもがな、先日の一件だ。
(ここは形だけでも謝罪をする? それとも苦手なフォローをする? もしくは無視するか)
約一日ほど、そのことを考え続けていても答えなど出るはずがない。
最初のは、絶対に形だけなのがバレる。
二番目も、藪蛇になるような気がする。
最後のは論外だ。
どの選択肢もデメリットしかなくハイリスクなものだ。
無論、選択を誤ればメンバーの反感を買って、計画の遂行に支障がでる可能性もある。
それ故に堂々巡りを続けていたのだが、
「あ、一君だ」
それも日菜さんに見つかったことで終止符が打たれる。
「こんなところで何してるの?」
「いや、ちょっと丸山さんに――「彩ちゃんのところに行くの? じゃあ、あたしと一緒に行こっ」――ってうわ?!」
丸山さんの名前を出した瞬間に、僕は腕をつかまれると引きずられるような形でレッスンスタジオに向かっていく。
(そうだよね、日菜さんってこういうタイプだったよね)
僕は抵抗すること(元々そんな気もなかったけれど)をあきらめ、そのままレッスンスタジオへと向かうのであった。
「あ、いたいた」
「日菜さん!? それに美竹君も」
レッスンスタジオ内には白鷺さんを除くメンバー全員の姿があり、入ってきた僕たちを見て驚いたり喜んでいたりという視線が集まる。
「日菜ちゃん、美竹君。来てくれたんだ……ありがとうっ」
特に、丸山さんは来てくれたことがうれしいのか笑みを浮かべていた。
「あー、ここに来たのは実は理由があってね。あたしって、『努力すれば夢がかなう』っていうのが全然わからないんだ。それに、できない人の気持ちもね」
「まあ、日菜さんはそういうのとは対極にいるような感じだもんな」
日菜さんはどちらかというと、努力というよりも才能でバンバン結果を出していくタイプ。
丸山さんの言っていることに共感できるわけでもなく、理解もできないというのは僕の予想通りであった。
「うっ……す、ストレートに言うね」
「本当のことだしね。でもね、麻弥ちゃんに『バンドは他人が集まって組むもの』って言われて、いろんな人を観察して気づいたんだ。そうしたら、すっごく面白いの! だって、みんなの考えていることが分からないんだもん」
(わからないことをここまで嬉しそうに話すのって、日菜さんくらいだよね)
なんだか他にもいろいろツッコミどころが満載だったような気がする。
「特に彩ちゃんみたいな存在とか!」
「え、私!?」
「うん。彩ちゃんって何度練習をしても同じところで失敗するでしょ? あたしだったら一回でできるのに、どうしてだろうって考えてもわからないんだっ。それでずっと考えていたら彩ちゃんのことがすっごく好きになってたの!」
「な、なんだかちょっと複雑」
苦笑する丸山さんの気持ちが、何となく理解できたような気がした。
ものすごく遠回しではあるけど、軽く悪口にも似たようなことを言ってるし。
本人にその気がないだけに、複雑な気持ちになるのも当然だ。
「というより、ここ数日の奇行はそれでかっ」
「うん、数日間ずっとみんなを観察してたんだー」
ここ最近の日菜さんの、おかしな行動の理由がようやく理解できた。
まあ、すっきりはしないけど。
「観察って……じーっと擬音付きで見つめ続けるのは不自然すぎる上に、怖いぞ」
「えー。でも、面白い人ははしゃいでたよ?」
首をかしげながら反論する日菜さんに、僕は話に出てきた人物を思い浮かべる。
ちなみに、日菜さんの言う”面白い人”は啓介のことだ。
啓介のおちゃらけた性格が日菜さんの中に根深く存在するのか、”面白い人”と呼ばれるようになり、名前で呼ばれることはなかった。
「いやいや、あれははしゃいでいたんじゃなくて、日菜さんの不気味な視線にテンパっていただけだから」
あの時の啓介は、表面上でははしゃいでいるように見えて、内心では混乱の極みだったらしい。
『何で彼女は、擬音付きで俺を見てくるんだっ!?』
という啓介の必死の問いかけが、今でも思い出してしまうほど強烈なものだった。
「ん~、ヒナさんの言っていることが、私にはさっぱりわからないです」
「つまり、未知数の存在である彩ちゃんと関わっていくのが面白いんだ。『他人』が今のあたしの原動力で、その才たる存在が彩ちゃんっ。いやー、どうしてこんなに他人って面白いんだろー」
日菜さんの言っていることを聞いていると、どう考えても丸山さんのことをけなしているように聞こえてならない。
「それ、絶対に褒めてないでしょ?」
「うんっ」
確認とばかりに聞いてみたら、思いっきり頷かれてしまった。
「だから、失敗してもめげない彩ちゃんが好き! もちろん、イヴちゃんに麻弥ちゃんも千聖ちゃん、一君もね!」
「さりげなく僕を混ぜないで」
話の流れから、まるで僕も謎人間みたいに聞こえてしまう。
そんな僕のことは置いといて、大和さんと若宮さんは続けるように丸山さんに勇気づけるように声をかけて行く。
(もしかしたら、ここがチャンスかも)
先日自分でまいてしまった種を自然に回収することができるかもしれない機会を、僕は見つけることができた。
「僕も同じだ。努力というのは最終的には掛け算のようなもの。努力をすればするほどその値が掛けていかれるけど、才能がない……元の数字が0の人は0のままだし、1の人と2の人とでは数字の大きさも違いが出てくる」
僕にとっての努力は『もともと持っている才能をさらに高める掛け算』という認識なので、丸山さんの信じている『努力万能』という考え方は理解できなかったのだ。
僕のその言葉に、丸山さんの表情が曇る。
僕は、”だけどね”と言葉を続けた。
「丸山さんみたいな人がいたのを思い出したんだ。その人は、丸山さんよりも何もかもがダメダメな人だったけれど、あきらめずに頑張り続けて、周りの人を勇気づけていた人なんだけどね」
「……その人って、誰?」
僕が口にした特徴の人物で思い当たる人がいたのか、まさかというような表情で名前を聞いてくる。
「名前は忘れたけれど」
僕はそれに首を横に振りながら答える。
(本当は嘘だけどね)
本当は名前をちゃんと覚えている。
名前は『あゆみ』という。
『Marmalade』というアイドルグループのメンバーで、僕たちもバックバンドとして一緒に出演したことがある。
特に親しいというわけではないが、それまであったことがないタイプの人間だったので、印象に残っているのだ。
「それでも僕は丸山さんの努力万能説は理解できない。だから……」
僕はそこまで言うと手のひらを上に向けて丸山さんのほうに差し出す。
「え?」
困惑する丸山さんをしり目に、僕は静かに口を開く。
「結果でそれを示して。努力で成果を上げ、それが正しいということを僕に示してほしい。無論、僕もできる限り協力はするけど……できる?」
「……うんっ。……ぐすっ」
笑みを浮かべて頷いた丸山さんはその目に涙を浮かべる。
「って、ちょっとなんで泣くの!?」
「だって~……嬉しいんだもん」
すすり泣きながら答える丸山さんに、あたふたしていると
「あ~あ、一君泣かした―」
「美竹さん、女の人を泣かせたらだめですよ」
「ちょ!?」
二人の表情からからかっているのは分かるが、ものすごく心臓に悪い。
「あはは……」
大和さんも、僕のそんな気持ちがわかるのか苦笑していた。
「お願いだから泣き止んでっ。このままだと僕が泣かせたみたいになるからッ」
「ち、ちょっと落ち着くまで待って~……」
僕の必死の懇願に、丸山さんはそう答えるが、結局泣き止んだのはそれからしばらく経った後だった。