第105話です。
今回でこの章もいよいよ終盤に突入しました。
「みなさーんっ! これからPastel*Palettesのライブのチケットの販売を行いまーす!」
徐々に空がオレンジ色の光に包まれていく中、僕たちは彼女たちが出演するライブのチケットの手売りをしていた。
(なんで、こんなことを)
僕は、ふと今までの出来事に思いを巡らせるのであった。
それは、日菜さんの一方的な要件の電話を受けて、市ヶ谷さんの前から走り去った時のこと。
「美竹さん!」
「え、美竹君!? どうしてここに?」
日菜さんに指定された会議室に入ると、そこには白鷺さんを除いたPastel*Palettesのメンバーの姿があった。
「どうしてもこうしても、日菜さんからここに来るように呼ばれたんだけど」
「え?! それじゃ、日菜ちゃんが言っていた”頼りになる助っ人”って」
ここに来た事情を丸山さんに説明すると、丸山さんはとても驚いた様子で日菜さんのほうを見る。
「そーだよ! 一君のことだよっ」
「なるほど! 美竹さんは、”忍び”だったんですね!」
「いやいやいや! 意味が分からないから。というより、いったい何の話?」
目を輝かせる日菜さんに、どうしてか僕を忍びと言っている若宮さんと、色々な意味でカオスになりかけている中、僕はここに呼ばれた理由を知ろうとした。
「え、何も聞いてないんですか?」
大和さんの驚く理由もわからなくもない。
普通は、ここに呼ぶときには理由も言うからだ。
「聞くも何も、ここに来るようにしか言わないで切られたんだけど」
「えっとね、実は―――」
丸山さんが僕に説明してきた内容は、簡単に言えば『Fresh♪ IDOL Festival Vol.8』のチケットを手売り販売するというものだった。
「チケットはネット販売もできたはず。ここまでやる必要性はないはずだけど?」
「日菜さんと同じこと言ってますね」
「……」
大和さんの『日菜さんと同じ』という発言に、僕は喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのか複雑な心境だった。
「私たちってあのライブから一度も外に出てないでしょ。だから、私たちのことを思い出してもらえるんじゃないかなって思って」
丸山さんの説明に、僕はなるほどと相槌を打って考えを巡らす。
(確かに、思い出してもらえるかもしれないが……)
前回のライブに関して彼女たちに危害を加えられる可能性だって考えられる。
それは肉体的というよりも精神的な意味で。
また、やったところで売れない可能性もある。
そういったことを考えれば、手売り販売というリスクの塊のようなことではなく、個人練でさらに完成度を高めておくことのほうがよっぽどましだ。
「わかった。それで、僕も手伝えばいいんだよね」
それが分かっているはずなのに、気が付けば僕はそう丸山さんに答えていた。
「え、いいの?! ありがとうっ」
「これで百人力ですねっ」
(………ま、いっか)
僕が参加することに驚きなあがらもお礼を言ってくれる丸山さんと、プレッシャーをかけるように喜んでいる若宮さんたちを見ていたら、そんなことは些末なことに思えた。
その後、丸山さんと共に事務所を後にして今に至る。
「Pastel*Palettes、お願いしまーす!」
「お願いしますっ」
丸山さんに呼び掛けに続くように僕もまた声を上げる。
最初のころは少し恥ずかしさなどもあり、声が出ていなかったりもしたが、今離れて割と大きな声を出せるようになっていた。
(何千人もの前で演奏しているんだけどね、これでも)
よくよく考えるとそういう時には啓介や森本さんといった気心の知れた人がいたような気がする。
(初めてどのくらい経ったんだろう?)
手売り販売しながらふと、携帯で時間を確認すると始めてからすでに30分が経過していた。
だが、成果は芳しくない。
僕だけかどうかは知らないが、販売枚数は0だ。
「ねえ、あれってパスパレのメンバーとムングロの一樹じゃない?」
(ん?)
ふと、通行人と思われる人の声が聞こえてくる。
「たしか、デビューライブで口パクとアテフリがばれたっていうグループだったっけ?」
”ムングロ”というのは、僕たち『Moonlight Glory』の略称だ。
ファンの間ではそのような呼び方をされているらしい。
ちなみに、これは非公式な略称だったりもするが。
「全部嘘だってばれたのに、まだ解散してなかったんだ。それに、ムングロって嘘の片棒を担いでたんでしょ」
「私、ファンだったからすごいショックだった」
「……」
ファンと言っていた二人組の言葉は、僕にとっては残酷な現実を目の当たりにさせるのに十分だった。
(まあ、それでもやるしかないか)
僕は、余計なことを考えずに、手売り販売のほうに集中する。
だが、このあとしばらく粘っても、売れた枚数は5人合わせて0だった。
「ふわぁ~、疲れたぁー……全然売れなかったね」
「私は通りかかった人に、『まだあったんだ』や『解散したと思った』と言われました」
事務所に戻るなり、本当に疲れた様子の日菜さんに、販売していた時に通行人からかけられた心無い言葉に悲しむ若宮さんの様子を見れば、結果は散々なものだったのは手に取るようにわかってしまう。
「あのライブからメディアへの露出は避けるようにしていましたからね」
「でも、今日の私たちを見ていた人たちはちゃんと思い出してくれたよね」
「確かに……そういうとらえ方もあり、か」
いささかポジティブすぎじゃないかとも思いたくなるが、いま必要なのは丸山さんのような前向きさなのかもしれない。
「……アヤさんは悲しくないんですか?」
「もちろん、悲しいよ」
一生懸命次のライブに向けて練習をしているにもかかわらず、自分たちが忘れられていることが悲しい若宮さんの問いかけに、丸山さんも頷くが”でもね”と言葉を続ける。
「一時の感情に押しつぶされるんじゃなくて、今の私たちにできることをやりたいんだ。だから私はあきらめない」
(なるほど……悪くはないな。そういうの)
丸山さんの口から出た本心は、何ら説得力のない根性論のようにも思えたが、それでも僕はその考えを否定はしない。
「あ、そろそろレッスンの時間ですね」
「ん? あ、本当だ」
大和さんに言われて、ようやく僕は今日のレッスンの開始時間が迫っていることに気づいた。
「それじゃ、レッスンがんば――「ちょっといい?」――え、何かな? 美竹君」
「明日も、これをやる気?」
レッスンスタジオに向かおうとする丸山さんを呼び止めた僕は、そう聞いていた。
「うん。やるよ」
そう答える彼女の表情は、固い決意のようなものを感じられた。
「それなら、今度は啓介たちに声をかけてみるよ。もしかしたら手を貸してくれるかもしれないし、人数は多いことに越したことはないでしょ?」
「え? いいの?!」
僕の提案に、丸山さんは目を見開かせて驚きをあらわにする。
「せっかく始めたことなんだから、中途半端にするのもあれだからね」
「ありがとう! 本当にありがとね」
「うん、とってもるんっ♪てなってきたよ!」
嬉しそうに(若干涙ぐんでいるような気がする)お礼を言ってくる丸山さんに、いつものようにハイテンションな日菜さんと嬉しそうな表情を浮かべている若宮さんたちを見ていると、こういうのもいいなと思えてきた。
(外にいる人は、どういう風に動くんだろうね?)
僕は先ほど、ドアの外から一瞬感じた彼女の気配に、心の中でそう問いかける。
そして、僕たちはレッスンルームに移動して啓介たちと共にいつも通りレッスンを始める。
(このレッスンが終わったら、みんなに話さないとね)
そんな思いを抱きながら。