放課後、啓介たちには先に事務所に行ってもらった。
”用があるので少し遅れる”と言ったところ、朝に話した通り魔事件のこともあり、残ると言われたが、僕は大丈夫と半ば無理やりみんなを事務所に行かせた。
(早めに終わらせないと)
あまり時間をかけても、余計な心配をさせてしまうだけだ。
僕はそう思いながらスマホを取り出すと、ある人物に連絡をする。
『兄貴ですか!?』
やや慌てた様子の声の電話の相手は、花咲ヤンキースの情報担当のマツさんだ。
「突然すみません。実はマツさんのお力をお貸しいただきたくてご連絡いたしました」
『兄貴が直々に……誠に光栄でございます! 不肖このマツ、命を賭してでもお力になります!』
(ハイテンションなのは、花咲ヤンキースの人たちの特徴なのかな?)
なんだか、無駄にハイテンション過ぎて怖くなる時がある。
「あの、そんな命をかけなくてもいいですから」
『なんとっ。流石兄貴です! この私にお優しい言葉をかけていただけるとは……一生、兄貴についていきますっ』
「……」
もう何を言っても大げさに解釈されてしまいそうなので、僕は何も言わないことにした。
『で、何をしたらいいんでしょうか?』
僕が何も言わなかったので、マツさんは先ほどまでの口調から一変して、少しばかり威圧するような口調で用件を聞いてくる。
「実は―――」
僕は、マツさんにあらかたのことを説明する。
『なるほど。要するに、ご友人に対して暴言を吐いている者たちのことを全て調べればいいということですね?』
「ええ。彼女たちが、二度と生意気な口をきけないように徹底的に」
僕が考えた計画は、彼女たちの弱みを調べ上げ、それを元に彼女たちにこれ以上日菜さんに対して暴言を吐くなと『お願い』することだ。
問題は、僕一人では弱みを調べ上げることができないというところだが、ここは人の力を借りることにした。
『それくらいならお安い御用ですよっ。それでは、対象の写真をいつもの場所に入れておいてくださいな。調査が終わりましたらいつもの場所に報告書を入れてご連絡しますから』
「いつもすみません」
実はマツさんの家は有名な探偵事務所らしく、顧客満足度もここ数年で95%を下回ったことがないらしい。
得意としているのが張り込みや身辺調査などで、過去には大物政治家の汚職を暴いた実績もあるらしい。
これを知ったのはほんの少し前のことで、その時に試しにとマツさんに正式に依頼をしてみたのが始まりだ。
ちなみに内容は『倉田という男性スタッフの素行調査』だ。
直接会ったりして、マツさんたちにまで迷惑をかけるのが嫌だったため、依頼は電話で、対象の写真など調査に必要な情報は駅のロッカー(ロッカー番号はメールで連絡)に入れておき、マツさんがそれを取り出して確認する。
その後、調査結果をロッカーの中に入れてこちらに連絡をする。
それが大体の流れだ。
支払方法は、本当は振り込みなどになるのだが、マツさんのご厚意で調査結果を受け取った際に同じロッカーに入れておくことになっている。
当然だが料金は正規の物だ。
最初は『尊敬する兄貴からお金を頂くなんて無礼な真似はできません』と言われてタダになっていたが、そのようなことはできるわけないので、食い下がって今の形になったのは記憶に新しい。
(”兄貴割で”って言われたけど、いったいどんな割引なんだろう)
そもそも調査代は安いとは言わないがなかなかのお手頃価格なので、割り引いてもらう必要もそんなになかったりもする。
(まあ、あまり連続で使うとやばいけど)
今月はバンドのほうがこのような状態なので、あまりお金を使うわけにはいかないので今回の依頼はかなりあれだったりもするが、放置できるようなことでもなかったので仕方ないと自分に言い聞かせる。
「それじゃ、これからも頑張りますかっ」
そして僕は自分に気合を入れつつ教室を後にすると、事務所に向かうのであった。
「Pastel*Palettesです。お願いしまーす!」
あれから数日が過ぎたこの日も、チケットの手売りを続けていた。
啓介たちも加わり、心強くなったからなのか、最初の時に感じていた恥ずかしさやら居心地の悪さはなくなった。
「うーん……チケットを売り始めて今日で何日目だっけ?」
「確か5日目だったはずです」
(もうそんなに経ったんだ)
どこか疲れた様子の日菜さんの問いかけに答える大和さんの言葉から、僕はそんなことを思っていた。
全く売れていないというわけではない。
だが、この5日間で売れた枚数はそれほど多くないのもまた事実だ。
このままでは逆転サヨナラホームランは難しい。
(僕の計画は失敗したのか?)
そんなことまで頭をよぎり始めた時だった。
「……雨?」
突然頭に感じた冷たい感触に、日菜さんは不思議そうに空を見上げる。
それは僕も同じだった。
「これはかなり降りそうですね。今日は撤収したほうがいいかもしれません」
「そうですね。ヒナさん、アヤさん、美竹さん、今日は帰りましょう」
「おーけー」
「わかった。皆、今日は撤収だよ」
日菜さんに続いて相槌を打った僕は、啓介たちにも終了を伝える。
それぞれがその場を後にしようとしている中、1人戻ろうとしない人物がいた。
「彩ちゃん、帰ろう」
「ううん。私はもうちょっと続けてみる。ううん、私は続けていないといけないと思うから」
「でも、雨が降ったら誰も買わなくなると思うよ?」
日菜さんに首を横に振って答える丸山さんに、日菜さんは食い下がるが
「それでもお願い……続けさせて」
と口にする丸山さんの目からは決して揺るがない強い信念のようなものを感じ取れた。
「……帰ろう」
「そうだな……」
本来であれば、雨に濡れて風邪をひくリスクを考えるのであれば、引きずってでも連れ帰るべきだ。
だが、それをするのを躊躇ってしまうほどの強い意志のようなものを感じた僕たちは、丸山さんを残して事務所に戻るのであった。
「うわぁ……ずぶ濡れだよ」
「結局間に合いませんでしたね」
最初は小雨だった雨は、大和さんの予想した通り、事務所に戻る少し前に本降りとなった。
思いっきりずぶ濡れになってしまった僕たちだったが、それでも事務所まであと少しのところにいたのは不幸中の幸いなのかもしれない。
「日菜さん、大丈夫……っ!?」
「うー、ちょっとびしょびしょで気持ち悪いかも……ってどーしたの、一君?」
とりあえずいつものように日菜さんのほうを見た僕は、慌てて背を向ける。
雨に降られてずぶ濡れになったことと、彼女の来ていた服の色も関係して、若干透けているように見えたのだ。
しかも、体に服が張り付いているためか、体のシルエットがよりはっきり浮かび上がっている。
そんな彼女(というより、大和さんたちもだけど)を見るのはいろいろな意味でヤバイ。
なのに、日菜さんは僕の視界に入ろうと顔をのぞかせる。
そのたびに、僕は彼女を視界から外していく。
「むー、どうしてあたしから目をそらす……~~っ」
(あー、気づかれた)
できれば紳士的に、彼女に気づかれまいとしていた僕の(できてたかどうかは別として)奮闘もむなしく、日菜さんは理由に気づいてしまった。
「……一君のエッチ」
「うっ」
おそらく顔を赤くしているであろう日菜さんのその一言の僕へ与えたダメージは、計り知れない。
(えっと、何とかしないと……何とか)
僕は慌ててこの状況の打開策を見つけようとする。
「美竹さん、ものすごく慌てていますね」
「あはは……美竹さんに少し同情します」
「あの一樹があそこまで動揺するとは……氷川日菜おそるべし」
「けっ。これだからムッツリリア充は」
僕の様子を見て会話をしている若宮さんに大和さん、田中君に啓介のことは放っておこう。
(いや、啓介だけはあとで締めよう)
さりげなく暴言を吐く啓介への鉄槌を決めつつ、僕は打開策を探すが、ようやくそれを見つけることができた。
「日菜さん」
「……あ」
僕は椅子に掛けられた自分のジャケットを彼女に羽織らせる。
「それなら冷えないでしょ?」
「うん。ありがと」
顔は赤いが、軽く微笑みながらお礼の言葉を口にする日菜さんに、とりあえず僕はほっと胸をなでおろす。
「む、ヒナさんだけズルいです」
「まあまあ、いいじゃないですか」
とりあえず、恨めしそうに見てくる若宮さんと彼女をなだめる大和さんの二人は放っておくことにした。
「さて、僕はタオルをもらってくる」
「あ、それならジブンも……うわ」
タオルをもらいに会議室を後にしようとした大和さんが、中に入ってこようとしていた白鷺さんとぶつかった。
「すみませんっ」
「いえ、私もちゃんと前を見て……って、どうしたの!? みんなずぶ濡れじゃない」
「チサトさんっ! 実は、さっきまでチケットを売っていたんですが―――」
若宮さんが状況を説明し終えると、白鷺さんは険しい表情になっていた。
「彩ちゃんは?」
「それが……」
「彩ちゃん『自分は残らないといけない』ってきかなくて」
白鷺さんの問いかけに悲しげな表情を浮かべる若宮さんの言葉を引き継ぐように、日菜さんが説明する。
「……」
「彩さんの『自分にできることはやりたい』という強い思いの前では何を言ってもだめだと思って……どうすることもできませんでした」
こちらに向ける『どうして放っておいたのよ』と言わんばかりの視線を感じ取ったのか否かはわからないが、僕が言おうとしていた内容を大和さんが説明してくれた。
「あー、俺の推測だけど。どうも彼女は自分を追い詰めすぎているようにも思えるな。責任感が強すぎるのもあれだな」
それまで黙っていた田中君が口を開く。
なんとなく、最後の言葉は僕に向けられているような気がした。
「やっぱり、アヤさんを連れて戻りましょうっ」
「そうだね。風邪とか引いたら大変だもんね」
「二人とも、ちょっと待って」
若宮さんの一言をきっかけに、中井さんも一緒になって事務所を後にしようとするのを、白鷺さんが呼び止める。
「こういうのはスタッフさんにお任せするのが一番よ。スタッフの人には私から言っておくわね」
「え? 千聖ちゃん待ってっ」
一方的に言い切った白鷺さんは、慌てた様子の仲居さんの声にも反応せずそのまま会議室を後にしていった。
「とりあえず、タオル貰ってくるよ」
重苦しい空気に包まれる中、僕はそう言い残して会議室を出る。
(雨、やみそうだな)
色々な意味の”雨”が止む兆しが見えたことを感じながら。
次回は明日に投稿いたします。