それは翌日の登校する時のことだった。
「一樹一樹! 大変だ大変―――がぷ!?」
「珍しいね、こんなところまでくるなんて」
家を出たところでスライリングをするようにこける啓介を見ながら、僕はそう声をかける。
「少しは、俺のことを心配してくれ」
「いや、あのくらいでどうにかなるような啓介じゃないって知っているし信じているから」
「その信頼がものすごく憎らしいっ」
伊達に田中君からの強烈なツッコミの光景を見ていないわけじゃない。
「それはともかく、何の用? 何かトラブル?」
「そうだったっ! 一樹、これ見て見ろよ!」
興奮気味な啓介に押し付けられるように渡されたスマホの画面には、SNSの書き込みが表示されていた。
「これ……は」
そこに書かれていた内容は僕の予想を大きく上回る内容だった。
『さっき、チケットの手売りをしているパスパレの彩と千聖を見た。雨が降っているから誰も買ってなかったけど、すごい根性だ。見直した』
『それマジ!? 明日も売ってるかな?』
『ただの口パクバンドかと思ってたんだが、今は地道に努力してるんだな』
あの後白鷺さんがどうしたのかは知らないが、どうやら二人のことを見た人たちがSNSに書き込んだ。
「今、Pastel*Palettesがすごい話題になってるんだよ。ものすごくいい意味で!」
「そうか。それはよかった」
(本当に良かった)
僕はこの時初めて、自分の計画がうまくいっているという実感を得ることができた。
(本当は、僕たちのほうにも反映されないといけないんだけど……まあ、いっか)
Pastel*Palettesだけでも、良い再スタートを切る見込みができたことは、素直に喜びたい。
僕たちが受けたダメージは、ちゃんとライブで挽回すればいい。
ゼロからのスタートになってしまうが、それでもかまわない。
「驚くのはそれだけじゃないぞ!」
「……何?」
どこか勝ち誇ったような啓介の言葉が気になった僕は、少しだけ引きながら続きを促す。
「これを見ろ!!」
そして再び押し付けられるようにして見せられたスマホの画面。
「…………嘘」
それを見た瞬間、僕は驚きに言葉を失うのであった。
「………」
数日後の昼休み、僕は一人屋上で、青空を見上げていた。
(本当に、計画通りにはいかないよ)
Pastel*Palettesは何とか良い再スタートをができそうな兆しが見えた。
だが、僕たちMoonlight Gloryには思いもよらない評価となっていた。
『そういえば、Pastel*Palettesの彩と一緒にムングロのメンバーもチケットの手売りをしていたな』
『ムングロって、Pastel*Palettesの口パクの手助けをしたやつだったっけ?』
『いや、ただ楽曲を提供しただけっぽい。それなのにPastel*Palettesの演奏指導やチケットの手売りを手伝ってた。正直感動した』
『マジ!? 口パクの一件で失望したからファンをやめたんだけど、いいところあるじゃん。もう少し追いかけ続けようかな?』
啓介に見せられたスマホには、そのような内容の書き込みがいくつもあった。
『あの手売り、絶対に一樹っていうギタリストが言い出しっぺだ。最初から一緒にやっていたのを見たから間違いない』
『へー、テレビとかでちやほやされているだけの生意気なガキの集団だと思ったんだが、ものすごくいい奴っぽいじゃん。今度あいつらのライブ行ってみよっかな』
書き込みは、現在も増え続けており、僕たちの評価も意外な形で上がり始めていた。
Pastel*Palettesも、当初個人練習という名目で行われていた自主練の参加者が現在は全員参加になっているほどだ。
それまで来ていなかった白鷺さんが参加したためだ。
(パスパレもちょっとずつまとまり続けている)
これを好転と言わずしてなんというのだろうか?
そのの上に、僕たちの評価の上昇だ。
僕の予想もしない流れで、少しずつ僕の計画した通りの展開になりつつある。
だが、状況とは裏肌に僕は悩んでいた。
(何かできないかな? 僕にも)
ここにきて、僕は何か彼女たちのためにしてあげたいと思い始めていた。
策略とか関係ない、労いの意味を兼ねて。
(ほんと、病気なんじゃないのかって思うよ)
少し前の僕なら、このようなことをしようとは思わなかったはずだ。
(僕も影響されたのかな、あのポンコツな努力家に)
本人が聞いたら怒るのか喜ぶのかは知らないようなことを僕は心の中でつぶやく。
問題は何をするかだ。
(労いの言葉……はなんか違うな)
お疲れ様などはいつも言っているような気もするので、違うような気がした。
(だとすると、差し入れをするのが無難か)
それ以前に差し入れくらいしかできることないし。
(問題は何を差し入れるかだよな)
「好きな物……一部の人がとんでもない物のような気がする」
刀とか絶対に無理だ。
(だとすると……食べ物?)
そもそもそれしか考えられなかった。
そして、必然的に種類がお菓子になっていくわけなのだが、一つだけ問題があった。
「料理とかできないんだよね」
人並みにはできるとは思うが、お菓子ともなるとまず無理だ。
しかも、人並みにとは言うが料理をやったのは授業のときのみだ。
原因としては小学生時代の授業の際に、『男子は厨房にはいるべからず』などという言葉を真に受けた教師の方針で男子は裁縫、女子は料理というカリキュラムにされたためだ。
男女差別だという保護者からの苦情があったのかどうかは定かではないが、半年ほどで担当の教師が変わったが、どういうわけかその後の家庭科の授業では調理実習が行われることはなかった。
(今更だけど、古い考えだよね。あれ)
とまあ、そのような経緯があり料理を作るという機会があまりなかった。
作れると言っても、卵焼きと目玉焼きの次元の話だし。
「お菓子って言ってもどういうのがいいんだろう」
僕はスマホを取り出すと、一番簡単に作れそうなお菓子を調べる。
結果はすぐに出た。
(あ、クッキーとかよさそうだな)
『初心者にお勧めなお菓子作り』というタイトルで書いてあったのがクッキーだった。
「えっと、クッキーの作り方は……」
インターネットのレシピサイトで一番最初に目に留まった作り方を読み始めた僕は、言葉を失う。
(やばい、全然作れる気がしない)
工程はものすごく単純なものだが、単純だからこそわからないのだ。
「これ、文字と写真じゃ無理だ」
そもそも卵焼きくらいしか作れない程度のレベルの人がお菓子作りをしようとすること自体が無謀という物だろう。
(でも、絶対に作って見せる)
今の僕はとても燃えていた。
(だけど、作ることができない)
「誰か、お菓子作りの得意は人はいないかな」
なんとなくぼやいた言葉に、僕ははっとする。
そういえば、いた。
しかも、知り合いに。
(引き受けてくれるかわからないけど、お願いしてみるか)
間違いなく引き受けてくれるとは思うが、色々とごたごたがあったので、引き受けてくれるかどうかは微妙だが、僕はようやく見えてきた好転の兆しを実感しながら屋上を後にするのであった。