「おはよう!」
いつもの集合場所で待つ俺たちにかけられたのは、これまでと変わらない一樹の姿だった。
「おっす」
「おはよう」
「おはよう、一樹君」
「おう」
俺たちもそれぞれいつも通りに挨拶を返す。
「そういえば、一樹宿題はどうするんだ?」
「もう終わらせてるので、ご心配なく」
「さ、さすがだね……」
一樹は宿題などの面倒ごとは先に片付けるタイプだ。
そんな一樹が夏の課題を終わらせていないなど、あるはずがない。
「啓介にも、その心がけをまねてもらいたいところだ」
「どうして俺の話を出しやがりますかっ」
俺だって、したくてしているわけじゃないんだ。
「まーた、夏休みの終わりに写したのか」
「うぐっ!?」
呆れたようにジト目で見てくる一樹に、俺は一歩後ずさる。
俺は、”面倒ごと? そんなの知らない♪”な、一樹と正反対のタイプだ。
夏の課題など、一番最後にやればいいというスタンスだ。
「最初に楽しんで後で頑張るのが正義だっ」
「だからって、やりきれなくて毎年田中君たちに土下座をするのは違うと思う」
いつもは何も言わない中井さんまでもが援護射撃をしてくる始末。
ちなみに、中井さんも森本さんも聡志も、大小あれど課題などは自分でやれというスタンスであり、写させてもらうのも大変なのだ。
特に、聡志は筋金入りの頑固者だから、なかなか折れない。
そんなんだから周りから頑固者なんて呼ばれるんだ。
(いや、ここまでくると頑固おやじ……頑固爺だな)
我ながらうまいことを言うと、自画自賛していると俺の肩に手がトンっと、されとて力強く置かれた。
「ほぅ? 俺のことをそんな風に呼んでいたんだな」
「あ、あれ? 俺口に出してました?」
なんで俺の心が読まれてるのかと思ったが、聡志以外の全員が呆れた様子で頷くのを見て俺は悟った。
「あ、あのですね……今のは言葉の綾という――「言い訳無用っ」――は、はぃぃ!!」
やばい。
色々な意味でヤバイ。
「幼馴染のよしみだ、多少は加減しよう。何、ほんの数日間眠るだけだ。いい案だろ?」
(全然よくないからっ)
聡志の目がマジだった。
聡志は、いつも怖そうな雰囲気ではあるが、ちょっとのことでは怒らない。
その代わり、怒らせると収拾がつかなくなるタイプなのだ。
去年に俺と聡が取っ組み合いのけんかをした際は、俺は一週間ほど左足に包帯を巻きつけて生活する羽目になったくらいだ。
理由は、休みの日は女子との出会いの場を探したいという、俺の気持ちを聡志が思いっきり否定したことからだった。
「やりたいことは済ませたか? 神様にお祈りは? 道の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はできたか?」
「終わってないので失礼しますっ!」
ボキボキと拳から音を立てながら、どこかの執事のような物騒な言葉を口にする聡志から、俺は全速力で逃げ出す。
「待ちやがれっ!」
その後ろを聡志も追いかける。
こうして、俺と聡志の命がけの追いかけっこは幕を開けるのであった。
……もっとも、この後すぐにつかまり、強烈な一発を顔に食らう羽目になったが。
「不幸だ」
「あんたが、馬鹿なだけよ」
俺のボヤキは、森本さんにあっけなく一蹴されるのであった。
「さあ、準備はいいか?」
放課後、一樹の家のリビングにいつものように集まった俺たちは、一樹の問いかけに頷く。
一樹はそれを確認して、リビングの隅に置かれた小さめの本棚の前に歩み寄ると、本を一冊取り出す。
取り出したことで空いた本棚のスペースに手を突っ込むと、何かが動き出すような音とともに、床の一部が動き出す。
すぐにその動きは止まり、現れたのは下に続く無機質な石の階段だった。
その先が、俺たちが”練習スタジオ”と呼んでいる地下室があるのだ。
「何度見ても、すごい仕掛けだよな」
感慨深げに言う俺に、さらに中井さんも続いた。
「確か、一樹君もどうしてこれがあるのかわからないんだよね?」
「そうだね。最初からあったのか、それとも後付けで付けたのか」
この家の家主がいなくなった以上、真相は永遠に闇の中だ。
防音性に優れており、真夜中でも大音量で練習することができる。
近くに練習ができる箇所はあることにはあるが、いずれもレンタル料金が高いのだ。
しかも、ライブハウスなどへ行くにも時間がかかったりと問題が多くあり、一学生の俺たちが通うのは不可能だった。
(確か、ここから一番近い『SPACE』っていう場所なら、良かったんだけどな)
近くにあるライブハウスで、ガールズバンドの聖地と呼ばれているだけに、僕たちが使うのは不可能だったので、すぐに断念したが。
そんな俺たちの救世主となったのが、この練習スタジオだったのだ。
俺たちは、一樹を先頭に薄暗い石段を下りていく。
少し降りたところで、一樹がドアを開けたのか、重い感じの音が鳴り響く。
そして、明かりがつくとそこは俺たちのよく知る練習スタジオだった。
「それじゃ、各自セッティングを」
一樹の指示に、全員がそれぞれのスペースに移動する。
俺と聡志のドラムは、そう簡単に移動できないのでここに置かしてもらっている。
それぞれの場所から楽器の音が聞こえ始める。
俺も、シンセサイザーの音色を確認する。
一樹と森本さん、中井さんはチューニングを始めていた。
(この時間が一番いいんだ)
このセッティング中のに音を作っている感覚が、俺には何とも言えない至福の時間だった。
「一樹って、本当にチューナーを使わないよね」
「必要ないし」
森本さんの言葉に答えながら、一樹は淡々とチューナーなしでチューニングを進める。
「絶対音感だもんな。うらやましいぞ」
聡志のボヤキに、一樹は苦笑するしかなかった。
「よし。それじゃ、まずは流しでやるぞ。全員曲は覚えてるな?」
練習中の舵取りは、主に聡志の役割だ。
俺達が頷いたのを見て、聡志はスティック同士をぶつけて音を立てる。
「それじゃ行くぞ……1,2,3,4ッ」
聡志のリズムコールを合図に、曲が始まる。
曲名は、新曲『Devil Went Down to Georgia』だ。
だが、すぐに違和感を感じた。
ギターの音色が、おかしかったのだ。
「ストップ!」
それに気づいた聡志が、大きな声で演奏を止めさせる。
「ギター、音が変だぞ」
「ごめん、ちょっと間違えたよ」
「こっちも少し出遅れた」
聡志の指摘に二人が謝る。
「久しぶりだからなんて言い訳になんねえからな。気をつけろよ」
そう注意した聡志は、再びリズムコールをすると曲の演奏を始めさせる。
だが、やはりギターの音がおかしい。
しかし二回目はさすがに誰のかはすぐにわかった。
俺は不安のあまり、一樹に声をかけてしまった。
「一樹?」
「どうして……」
ギターの音色がおかしいのは一樹だったのだ。
当の一樹もその理由に戸惑っていた。
「一樹、最初のところ弾いてみろ」
「わかった………」
一樹がギターを弾き始めるが、その音は心なしか歪んでいるようにも感じられた。
「一樹、一回弦を張り替えろ。それとチューナーを使ってセッティングを」
「うん。急いでやるよ」
厳しい表情を浮かべて指示を飛ばす聡志に、一樹は素早く減の張替え作業をすると、慣れない様子でチューナーを使いながらチューニングをしていく。
聡志は長期間使っていなかったために音が変になったのだと予測したのかもしれない。
なのに
「よし。それじゃ、一樹もう一度弾いてみてくれ」
「わかった」
音色の歪みが直ることはなかった。
「どうしてっ……なんで?!」
力なく地面に座り込む一樹の背中が痛々しかった。
結局、その後も一樹のギターの音色は歪み続け、演奏をすることはできなかった。
聡志も、これ以上はだめだと判断したのか予定を大幅に早めて練習を終わらせたのだった。
「どうして、一樹君のギターはあんなふうになってるの?」
『……』
帰り道の、中井さんのその疑問に、誰も答えられる人はいなかった。
この時から、少しずつおかしくなっていったのかもしれない。
★ ★ ★ ★ ★
「……」
全員が返り、家に一人だけになった一樹は、真っ暗なリビングで呆然と立ちすくんでいた。
(僕のせいで、僕のせいでみんなに迷惑をかけてる)
ギターの演奏が上手くいかないことを、一樹は責め続けていた。
やがて、思い立ったように隠し階段を降りて地下室へと向かう。
「一人でここに来るのなんて、初めてだ」
今まで一人でここを使うのは寂しいという理由で一人では入ったことがない一樹にとって、一人で地下室に行くのは考えられないことだったのだ。
「あ、そうか。僕は一人……なんだ」
それだったら、地下室にいてもいなくても同じだ。
そう呟いた一樹は、地下室に入ると、一人でギターの練習を続ける。
何度も何度も同じ個所を弾き続けるその姿は、啓介たちがその姿を見てれば、慌てて止めるほど異様な雰囲気をまとっていた。
ところ変わってとある廃ビル。
そこにたむろする作業着を着た数人の人物の姿があった。
彼らの名前は『花咲ヤンキース』
花咲川を中心に悪さを働く不良集団だ。
彼らの名を聞いたものは、見な恐れをなして逃げるほどだ。
「団長! わかりましたぜ!」
「おう、マツ。わかったか」
マツと呼ばれた角刈りの男は、団長に促されるまま話を始める。
「奥寺 一樹の奴ですが、実は――――」
その説明を聞いた団長は口角を吊り上げてほくそ笑む。
少しずつではあるが、不協和音はその強さを増しつつあった。
感想などお待ちしております。
今回出てきた楽曲名は実際に実在する曲ですが、作曲者(アーティスト)は架空の物です。
正しくは下記の通りとなります。
『Devil Went Down to Georgia』ゲーム”Guitar Hero 3”より