今回で本章は完結です。
「……いよいよ今日か」
朝、僕は自室でカレンダーを見ながらつぶやく。
カレンダーには『パスパレ、ライブ』と書き込まれていた。
今日は、Pastel*Palettesのライブ『Fresh IDOL Festival Vol.8 』の開催日なのだ。
(やれることはすべてやった。後は彼女たち自身だ)
僕にできるのは前日作った、5つのクッキーが入った袋を5つ持っていき、それを渡すことだけだ。
「それじゃ、行くか」
僕は、今日見に行く啓介達との待ち合わせ場所に向かうべく仕度を始めるのであった。
「一樹!」
「こっちこっち!」
集合場所である、イベント会場前に到着すると、先に来ていた啓介たちが僕に向かって手を振って自分の居場所を知らせてきた。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
「いよいよか……大丈夫か?」
朝の挨拶を交えつつ、田中君は不安げに会場のほうに顔を向ける。
田中君は、ボーカルが口パクのままなのではないかと不安に思っているのかもしれない。
「大丈夫。きっと彼女はちゃんと答えを見つけてきてるはず」
僕にはその確信がある。
言葉にはうまく言えないけれども、何でかそのように思えるのだ。
「……一樹が言うんなら、そうなのかもな」
一言つぶやいた田中君の想いは、僕にはよくわからなかった。
それは呆れているのか、それとも言葉通りの気持ちなのか。
「行こうか」
「ああ」
「ええ」
「そうだな」
「うん」
田中君に森本さん、啓介に中井さんの順で相槌を打つと、会場に向けて足を進める。
(さあ、ぜひとも答えを見せてもらおうか)
ついに、Pastel*Palettesの今後をかけた運命のライブが始まろうとしていた。
「ありがとうございましたー!」
会場内からの拍手に見送られるように、出場していたアイドルグループのメンバーたちがステージを後にする。
「次が、Pastel*Palettesか」
「な、なんだか緊張してきた」
「何で、啓介が緊張してんのよ。するのはあの子たちでしょ」
手にしているパンフレットで出演の順番を調べる田中君、なぜか緊張の面持ちの啓介とそれを見て呆れている森本さん。
そして、今か今かとステージを見続ける中井さんと、皆の様子は様々だった。
席順は僕の左側が森本さんと中井さん、右側が啓介と田中君という中間部分になっていた。
「みなさーん、こんにちは!」
ついに、Pastel*Palettesの番になった。
鮮やかなステージ衣装に身を包んでいた彼女たちは、いつもの彼女たちとは別人なのではという錯覚を感じるほど、光り輝いていた。
「私たちは―――」
『Pastel*Palettesです!』
丸山さんの言葉に続くように、全員で声を合わせてバンド名を口にする。
「まずは一曲聴いてください。『しゅわりん☆どり~みん』!」
丸山さんが曲名を言いきって少しの間が開き、演奏が始まった。
(なるほど。やはり実際に歌うのを選んだか)
丸山さんの謡っている姿が”フリ”ではないことが分かった僕は、彼女の出した答えを知る。
「また口パクだろ」
そんな時、どこからともなくそのような声が聞こえてきた。
「~~~♪」
(あ、今音程ズレた)
本当に本番に弱いんだなと思いつつも、会場のほうに意識を向ける。
「今音程ズレたぜ。これ本当に歌ってるぞ」
「ていうことは、演奏も本物!?」
会場の雰囲気も非常に悪くはない。
丸山さんの軽いミスが、結果として彼女たちにかけられた口パクアテフリ疑惑を晴らした。
やがて、彼女たちは見事一曲を終えることができた。
「改めまして、Pastel*Palettes彩でーす! 今日は見に来てくれてりがとーっ!」
演奏も終わり、再度自己紹介を始める丸山さんだが、その謎のポーズは一体何なのだろうか?
「最初に、皆さんに謝っておかなければいけないことがあります。私たちは前回のステージで、歌も演奏もしていませんでした。観客の皆さんに嘘をついてしまい、本当にすみませんでした。なので、今度はみんなに私たちの演奏を聞いてもらいたくて一生懸命練習しました。これからも、Pastel*Palettesをよろしくお願いします!」
『よろしくお願いします!』
彼女たちにヤジを飛ばすような者は、誰もいない。
全員が、静かに彼女たちの言葉に耳を傾けていた。
まあ、野次とは言えないが、彼女たちに投げかけられたのは
「いいぞー! 彩ちゃん、頑張れー!」
「でも、音程外してたぞー」
応援と、ツッコミだった。
「あう……これでも一杯練習したのに」
「皆さん。ベースの白鷺千聖です。皆さんに生演奏ならではの臨場感が伝わって何よりです♪ これも、彩ちゃんの歌のおかげね」
「う゛……素直に喜べないよ~」
上品に笑みを浮かべる白鷺さんに、がっくりと肩を落とす丸山さんの姿は、見ていてなんだかおもしろかった。
それは他の人も同じようで、会場内が笑い声に包まれる。
「流石、元子役だけあって頭の回転が速いな。面白いぞ」
「私達はまだ未完成な状態ですが、これからもちょっとずつ成長していきます。これからも、よろしく願いしますね」
「ねーねー、日菜ちゃんのギターも聞いてくれた?」
(こっちを見ながら言うな、こっちを見ながら)
観客に言ってるのか僕に対して言ってるのかわからなくなる。
自意識過剰かもしれないが、なんだか目があったような気がしたけど。
「私も、ブシドー精神に則って日々是精進です!」
「皆さんに応援していただけて、うれしいですね、フヘへ……あっ、また『フヘへ』と言ってしまいました」
(うわぁ……もはやめちゃくちゃだ)
いや、いつも通りの感じではあるが。
「武士道って何? 面白すぎるだろ」
「パスパレ……推せるな」
それでも、観客には受けが良かったのだろうか、会場内の雰囲気が変わりつつあった。
「これからも生演奏で、皆さんに歌を届けるので、私たちの歌を聞いてください。ね、彩ちゃん」
「あ……う、うん。それじゃ、次の曲は――――」
白鷺さんに促されるまま、丸山さんは次の曲名を告げ、演奏を始める。
この日、彼女達のステージは文句なしの成功を収めることができたのであった。
「はぁ……憂鬱だ」
彼女たちのステージも終わり、後は撤収するだけとなった現在、僕は彼女たちの楽屋前に立っていた。
理由は僕の手にある五つのクッキーが入った小袋を詰めた紙袋だ。
(まさか、僕が直接渡すことになるなんて)
本当はスタッフの人に渡すようにお願いしようと思っていたのだが、最近になってスタッフ(主に倉田だが)が信用できなくなり、直接手渡したほうが確実であるという結論に至ったのだが、何分恥ずかしすぎる。
(気合いだ。ここは漢を見せる時だっ)
自分に気合を入れつつ、僕はドアをノックする。
「はい?」
「すみません、美竹ですけど」
ノックに反応を示した白鷺さんの声に、僕は名前を告げる。
すると、中からドタドタという音がし始めた。
それが何なのかを考えるよりも早く、ドアから離れていた。
最終的にはその行動が正解だった。
「かっずくーん!!!」
なぜなら、ものすごい勢いでドアが開かれ、日菜さんが出てきたのだから。
(もし動いてなかったら……シャレにならない)
今また一つ、日菜さんの恐ろしさを思い知った瞬間だった。
「ひ、日菜ちゃん、勢いよく開けたら危ないよ!」
「えー、一君と一緒にいると、るん♪ってするんだもん」
「だからって、もう少し抑えてくれると助かる。心臓に悪いから」
丸山さんに注意されてもあっけらかんとしている日菜さんに、僕はお願いした。
おそらく聞いてくれることはないだろうけど。
「ねえねえ、あたしたちどうだった?」
「うん、すごくかわいかったよ」
「えへへ~」
僕の感想に頬を綻ばせて笑みを浮かべる日菜さんに、僕はうまくいってよかったと改めて思った。
「それで、一体何の用?」
「あぁ。えっと……これを差し入れに」
白鷺さんに用件を尋ねられた僕は、以ていた紙袋を手渡した。
「これって……クッキー? もしかして、あなたが作ったのかしら?」
「まあ……ものすごく下手だけどね」
流石というべきか、白鷺さんは包装されたクッキーを見ただけで、それが市販品ではないことを見抜いていた。
「え!? これ美竹君が作ったの!?」
「わあ! これって抹茶ですよね?」
「そう。緑色は抹茶味、茶色はチョコ味、ピンクはイチゴ味にしてある」
クッキーが入った小袋を見ながら丸山さん達が感嘆の声を上げる中、僕は味の説明をする。
正直に言うと、ものすごく恥ずかしくて早くこの場から離れたかった。
それを必死にこらえていたのだ。
「ありがとね、美竹君」
「ありがとうございます。美竹さん」
「ありがとう、美竹君」
「ありがとうございますね、美竹さん」
「ありがとう、一君!」
「……どういたしましてっ」
丸山さん、若宮さんに白鷺さん、大和さんに日菜さんの順で、皆にお礼を言われた僕は、心の中で達成感めいたようなものを感じていた。
(皆が喜んでくれて良かった)
改めて人のために何かをすることの大切さを知ったような気がした。
その後、僕は自分が作ったクッキーでみんなを喜ばせることができたことを嬉しく思いながら、会場を後にするのであった。
ちなみにその日の夜は、嬉しさや恥ずかしさなど様々な感情が渦巻いて、眠れなくなったりもしたが、一か八かの逆転劇は見事にうまくいき、Pastel*Palettesは最高の再スタートを切ることができたのであった。
その数日後、丸山さんに謹慎処分が下されるとも知らずに。
第2章、完
最後のほうで不穏な感じになりつつ、今回は終わりました。
それでは、次章予告をば。
一発逆転をうまく成功させたPastel*Palettes。
その波に乗るべく一樹たちも動きだす。
すべては、月末に開催するライブのために。
だが、彼らに様々な『想定外』の事態が降りかかる。
果たして、見事ライブを成功させ、一発逆転することができるのか。
次回、第3章『もう一つの逆転劇』