第112話 渡されたバトン
「すみません、遅れましたっ」
事務所のミーティングルームに僕が駆け込んだ時には、席について待っていた啓介たちと、同じく立って待っていた相原さんの姿があった
「いえ、まだ時間前ですよ」
「一樹、日直お疲れさん」
優しい笑みを浮かべながらフォローの声をかけてくれる相原さんと、労いの言葉をかけてくれる啓介たちの言葉を受けつつ、僕は椅子に腰かける。
この日、朝に相原さんから緊急ミーティングがある旨の連絡を受けていた僕は、放課後に事務所に向かうことになったのだが、運が悪く僕が日直の日だった。
そして、さらに最悪なことに日直は隣の席の物とペアで組むことになっており……あとは、言わずもがなだ。
(日誌を日菜さんに任せたのがまずかった)
日直は一日の授業の科目と内容、またHRでの連絡事項や一日を通してのコメントなどを書く必要がある。
僕はそのほかの黒板の清掃などの雑務を担当し、日菜さんに日誌を書いてもらうことにしたのだが、いざ担任に提出したところ、まさかの書き直し。
理由はすぐに判明した。
(日誌にまで擬音を入れてくるのはさすがに予想できなかった)
どのようなものかというと
『今日はお日様がぴかーとなってるるんってしながら授業を受けようと思ったけど、先生の話がズーンとして―――(以下略)』
といった感じだ。
ちなみに、これを普通の文章に変換すると
『今日はよく晴れたので気持ちが弾むけど、授業中の先生の話が暗くて』
といったところだろうか?
「ええー!? 一生懸命書いたのに、ひどいよーっ!」
書き直しの指示を受けたことを告げた時の日菜さんの言葉は、ある意味ツッコミどころ満載のものとなった。
とまあ、そんな理由で書き直しにかなり時間がかかってしまったのだ。
BanG Dream!~隣の天才~ 第3章『もう一つの逆転劇』
「それでは、皆さんそろったようですので、ミーティングを始めます」
相原さんが話を切り出したところで、僕は相原さんの話に集中する。
「Pastel*Palettesのライブ成功に伴いまして、Moonlight Gloryの評判もある程度は回復しつつあります」
「ある程度、ということはやはり」
「ええ、少なからず影響は残っております」
啓介の神妙な面持ちの言葉を肯定するように、相原さんは静かに頷く。
僕の『Pastel*Palettesの口パクアテフリのデビューライブを失敗させ、自分たちが介入して彼女たちの演奏レベルを向上させて、嘘偽りのない演奏をすることで汚名返上を図る』計画は、大半がうまくいった。
Pastel*Palettesの評判はたちまちよくなっていき、アイドルなのに本当に演奏をするガールズバンドと言われている。
この調子で行けば、よほどのポカをやらかさなければ安定した活動ができるだろう。
そして、問題の僕たちの失った評判を取り戻す部分があまりうまくいっていない。
「月末のライブのチケットの販売率は?」
「現時点で85%です。おそらく当日を含めても97%が限界かと」
「97%……」
森本さんの言葉は、とても重たいものだった。
今度のライブ会場のキャパに対して販売数が97%ということは3%分の空席ができるということを意味している。
空席というのはステージに立つ者としてはこれ以上につらい物はない。
野次とかであれば、それを実力で黙らせてやるという気にもなるが、空席となるとそうもいかない。
それに対抗する手段は、たった一つだけだ。
(本当は、こういうのはやりたくないんだけど。背に腹は代えられない)
「すみません」
「はい、なんでしょうか?」
「今回のライブのチケットをどのくらいでしたら確保できますか?」
僕の問いかけに、一番驚いていたのは田中君たちだった。
全員が目を見開かせて僕を見ていたのだから。
「20枚ほどでしたら、大丈夫だと思います」
「すみません、20枚いただいてもいいですか? 代金は私のと相殺で」
「わかりました。チケットの用意をしますので、少しだけお待ちください」
相原さんは僕たちに一礼すると、やや速足でミーティングルームを後にする。
(あはは、これで僕の来月のお小遣いが消えた)
チケット代は僕の給料と相殺になる。
お小遣いは、僕が事務所に所属しているため、親からは1円ももらっていない。
つまり、給料がなくなるということは、僕のお小遣いがなくなることを意味していた。
(こりゃ、本気でバイトを探したほうがいいかも)
『CiRCLE』を辞めたのが今になって悔やまれるが、家に近い場所でバイトをするほうがスケジュール的にも都合がいいのもまた事実だ。
「一樹、誘うのか?」
「うん。これが最初で最後になるかもしれないからね」
このような状況をずるずると続ける気などない。
今回のライブで僕たちが負ったダメージを回復させて見せる。
(それが、この計画を立てた僕にできること)
思い返せば、前からそうだった。
H&Pを結成して、子供だと馬鹿にされていた時も、Moonlight Gloryを結成して大して注目されていなかった時も
「僕たちは自分たちの実力で、ここまで来たんだ」
「そうだな。また一から始めりゃいいんだ」
「そうね。ついでに私も彩さんに倣って、ボーカルのみにしてみようかしら」
僕の一言が、みんなの士気を高めていく。
「Pastel*Palettesから渡されたバトン、絶対に落とさないでつなごう!」
『おう!』
僕の言葉に、全員が声を上げる。
(いけないな。また悪い癖が出始めてるな)
少しずつ、バンドリーダーのような感じになり始めている自分を戒める。
僕がリーダーになったことで起きた悲劇を繰り返さないためにも、ここは少しばかり控えたほうがいいだろう。
(もう絶対に、リーダーにはならない)
それこそが、僕の犯した過ちに対する償いなのだから。
その後戻ってきた相原さんにチケット20枚を受け取り、それぞれの必要枚数分配り終えた僕たちは、セットリストについて話し合う。
「それと、申し訳ありませんが、休憩時間のゲリラライブですが、今回から禁止になりました」
『ええ!?』
……どうやら今回のライブは、少々大変なことになったかもしれない。
相原さんから告げられたそれは、そう思わせるのに十分な一言だった。
そんなわけで始まりました第3章。
今回は前回ほど長くなく終わる予定です。