「あ……れ」
目を開けると、僕は何とも言えない違和感を感じる。
まずは姿勢だ。
僕はそれまで喫茶店の椅子に腰かけていたはず。
それなのに、どういうわけか横になっている。
次が場所だ。
僕が見ているのが幻でないのであるとするならば、おそらくここは
(病……院?)
病院のベッドの上だ。
そのことが分かってくると、次々にいろいろなことを頭が理解していく。
例えば、不定期ではあるが、”ピ、ピ、ピ”という電子音や、僕の体につけられている何かだったり。
これらのことが指し示しているのは、僕がここに入院しているということだ。
「一樹ッ」
「義父……さん?」
そんな僕に、心配そうな表情を浮かべながら声をかけてきた義父さんの様子から、僕は親を悲しませてしまった後悔と共にただならぬ不安を感じずにはいられなかった。
「ここは……いったい」
「……一樹、落ち着いて聞くんだ」
義父さんは、そう前置きを置いたうえで僕の身に何が起こったのかを話してくれた。
義父さんの話をまとめるとこうだ。
あの日、喫茶店で僕は突然地面に倒れたらしい。
倒れた瞬間を、席を外していた白鷺さんが見ていたらしく、慌てて呼びかけるものの返事がなかった。
それどころか息もしていない。
そこへ、たまたま喫茶店に来ていた医者が呼んだ救急車で、病院に運ばれ一命を取り留めたらしい。
なんでも、病院に運ばれている時には心臓が止まっており、死んでいてもおかしくなかったらしい。
幸いなことに、その医者の適切な処置のおかげで、僕は九死に一生を得ることになったのだ。
「なんで、そんなことに」
まさか、自分が生死の境を彷徨うような大病を患ったこともないので、僕の頭の中は疑問でいっぱいだった。
「それについては、医者のほうから聞いたほうがいいだろう」
険しい表情のまま義父さんは、医者を呼ぶべく病室を後にする。
「………」
横になったまま天井を見上げると、少しだけ混乱していた頭の中が落ち着いてきたような気がしたので、僕は周囲を見渡す。
病室の構造自体は数年前に入院した時と同じ感じだ。
違うのは、どういうわけか個室であるということくらいだろう。
(まあ、誰かに気を使う必要もないからいいんだけど)
こんな状況なのに、お金は大丈夫なのかと、おかしな方向の心配をしていると、しまっていたドアが開かれた。
「ああ、そのままでいいですよ」
起き上がろうとする僕を制止する医者の言葉に従って、僕はそのまま横になる。
それから、医者は何かをしばらく見ていると、こちらのほうに視線を向ける。
「さて、まずは君の体のことなんだけど―――」
こうして、僕は医者から僕の現状の説明を受けるのであった。
「それじゃ、また明日来るから、おとなしくしてるんだぞ」
「わかってるよ。さすがに出歩けないって」
何度も言い聞かせるように注意する義父さんに、僕は苦笑しながら言うと、それに安心したのか義父さんはそのまま病室を後にした。
(冗談でしょ)
それと同時に、自分の現状が実感となって重くのしかかってくる。
僕の病気は心臓の不整脈による発作らしい。
しかも最も質が悪いタイプのだ。
医者からは『何とか細動』と言われたが、あまり記憶にない。
今の僕は、応急処置の甲斐もあって生きていられるが、いつまた発作が起こるかわからない、ある種の爆弾を抱えている状態らしい。
(さすがに、埋め込むのは嫌だな)
医師からは、ペースメーカのようなものを体に埋め込む手術をすることを勧められたが、それを行うと今後の暮らしに支障が出るかもしれないと思い、僕はそれを断ったのだ。
理由は、それを行うことで、今後何かが変わるのが怖かったからだのだが、この判断が思わぬ誤算を招いた。
「まさか、二週間の入院だなんて」
医者曰く、手術をしないのであれば経過を観察するために、長い時間様子を見させてもらいたいという理由らしいが、退院日がまさかのライブ当日になるというのは予想外だった。
(一応間に合うことは間に合うけど……)
リハなどもできないし、細かいステージ調整もできないのはかなり痛い。
とはいえ、啓介たちにレイアウトは伝えてあるので、それほど大きな問題はない。
(あるとすれば、カバー曲だな)
今回のライブのアンコールで演奏するカバー楽曲『BLACK SHOUT』は、その曲自体は聞きこんでいるものの、まだ音合わせなどの練習をしていない状態だ。
僕たちの腕ならば、問題はないと思うが、かなりリスキーな状態だ。
(とりあえず、今は自分の体のことを考えよう)
僕はそれだけを考えることにするのであった。
あれから一週間が経過した。
「よし、こんなところかな」
僕は机の上に置いてある全問解いた課題を目の前にして、小さな達成感を感じていた。
(にしても、暇だ)
入院生活で、一番嫌なことといえば、暇な時間だろう。
他の人がどうかは知らないが、僕の場合はリハビリなどもなく投薬治療のみという状態だ。
最初のうちはいいとしても、さすがに一週間も過ぎれば暇を持て余すようになるのだ。
しかも、一週間は面会謝絶という名の軟禁状態。
一応普通に歩くことはできるのだが、病気が病気なだけに絶対安静という意味を込めての処置らしい。
義父さんが持ってきてくれた次の試験範囲や、友人(多分田中君だと思う)が持ってきてくれた課題をやるなどして過ごしていたが、さすがにそれも限界になってきた。
「ていうか、もう問題の内容まで覚えかけてるよ」
そんなわけで、現在暇を持て余している状況なのだ。
テレビを見るのもいいが、こういう状況の時に見るテレビは前回の時も含めてあまりいい思い出がないので躊躇っていたりする。
「まあ、週刊誌とかがあるからいいけど」
病室から出られない(トイレを除いて)ので、看護師の人にお願いをして持ってきてもらった『週刊台本』を読み始めることにした。
(うん。やっぱりくだらない)
『○○がXXで食事をした!』という見出しに、僕は心の中で切り捨てる。
別に誰が何を食べようが自由だろというのが僕の率直な意見だ。
「えっと……『ゴールドデカの主演の引退の理由を追う』ねぇ?」
『ゴールドデカ』とは夜、毎週木曜に放送されていた人気の刑事ドラマだ。
二人組の刑事が、数々の難事件を次々に解決していくというオーソドックスなものだが、ドラマ内での登場人物の独特な駆け引きなどが人気を呼び、既にシーズン15まで放送されているのだが、二年ほど前にいきなり主演の俳優が引退を発表したことから、番組は打ち切りとなってしまった。
僕も毎週欠かさずにその番組を見ていたので、驚いたのを覚えている。
「結局憶測だけか」
記事の内容は関係者への取材という名の予想を書き連ねているだけで、特にこれといった情報はない。
(今度、調べてみようかな?)
一応僕がいる場所も芸能事務所だ。
もしかしたら調べれば何かが分かるかもしれない。
……まあ、調べないけど
「えっと、次は……なっ!?」
週刊誌を読み進めていた僕は、あるページに書かれた記事に言葉を失った。
そこにはこう記されていた。
『アイドルバンドPのメンバーが脱退処分。お家騒動勃発か!?』と
次回も引き続き入院編になりそうです。