「そ、それじゃ、また来るね」
「あ、うん。ありがとう」
少しだけよそよそしい態度で去っていく彼女たちを見送る僕は、一体どのような表情をしているのだろう?
(気を遣わしちゃったかな)
気が付けば、彼女たちはここに数十分ほどいたが、その間の記憶があまりない。
『どうしてあなたの笑顔は、ぎゅーってしてるのかしら?』
原因は間違いなく、弦巻さんから放たれた、この疑問だった。
『あなたの笑顔って、ぎゅーってまるで縛られているように窮屈そうなんだもん。ねえ、貴方は本当に笑っているのかしら?』
僕はそれに何も答えられなかった。
いや、答えることができなかった。
(僕って、そんなにおかしいか?)
その疑問にはすぐに答えが出る。
無論、YESだ。
ここ数日、医者といろいろと話す機会があってから、僕は自分がおかしいことを自覚するようになった。
というのも、役者嫌いという部分だけだが。
僕が役者を嫌ったのは、両親が死ぬことになった事故を引き起こした犯人が役者だったからだ。
だが、それだけの理由で役者全員を犯罪者扱いにするのは、いくら何でもやりすぎだ。
もちろん、あの時はそうでもして誰かを悪者にしなければ、ここまで僕は生きていることはできなかったのかもしれない。
気が付けば、役者嫌いは僕が僕でいるための、一種の自己防衛ではと思うようになっていたのだ。
(僕って、一体誰なんだろう)
”美竹家”である自分と、”奥寺家”である自分。
どっちが本当の自分なのかを、僕は見失っていたのだ。
(こんなの、誰にも相談できないよね)
これまで周りにかけた迷惑は十分なほどわかっているつもりだ。
それなのに、これ以上周りに迷惑をかけるのは、僕にはできなかった。
(いつか答えを見つけよう)
僕はそう結論をづけ、考えるのをやめる。
それがたとえ、逃げているだけであったとしても、この時の僕にはそれしかできなかったのだ。
「やっほー☆ 元気そうじゃん」
「リサさん、それに湊さんまで」
夕方、病室を訪れてきたのはリサさんと湊さんの二人だった。
「いきなり入院したって聞いてびっくりしたよー。でも元気そうでよかったよ」
「そうね。危篤だって言ってたから安心したわ」
(啓介だな。あいつ、いい加減なことを)
湊さんにウソの情報を教えた犯人は、一人ぐらいしかいない。
しかも、彼には何ら悪気がないのだから余計にたちが悪い。
(まあ、生死の境を彷徨ったのを”危篤”と勘違いしたっていうのがオチだろうね)
「そういえばヒナがすっごく心配してたよ。今日田中君に病院の名前を聞いてたから、多分お見舞いに来ると思うけど」
「あー、まあ覚悟しておくよ」
流石に日菜さんは弦巻さんほどぶっ飛んではいないので”そこそこ”騒がしくなるくらいで済むだろう。
……たぶん。
「あはは……あ、そういえばチケットありがとー☆。いやー、一樹君たちの演奏が、タダで聴けるなんて、ファンの人から恨まれちゃうよね」
「リサ……さすがに笑えないわ」
「右に同じく」
苦笑交じりにつぶやくリサさんの言葉に、僕たちは顔をこわばらせるしかなかった。
「皆も行くって言ってたよ」
「これは気合を入れないとだね」
別に、Roseliaが来るからというわけではないが、それでもいつも以上に気合を入れる必要がある。
「あ、これ学校の授業のノート。役に立てばいいんだけど」
「ありがとう。すごく助かるよ」
「良いって、いいって。困ったときはお互い様だし」
リサさんからのお見舞い品は、授業のノートだった。
僕はノートを受け取りながら、リサさんに感謝の気持ちを伝える
たかがノートと思うかもしれないが、これはこれで非常にありがたいのだ。
何せ、退院して学校に復帰したらどこをやっているのかがわかりません、という事態は避けられるのだから。
「……? 一樹君、大丈夫? なんだか無理してない」
「え? そんなことないけど」
先ほどの弦巻さんの一件があるので、リサさんの問いかけに一瞬息をのんだ。
「うーん、それならいいんだけど、何か悩みがあったらリサお姉さんに相談しなさいな」
「……リサと美竹君は、同い年でしょ」
「もー、そういうことは言わないの、友希那」
自分の胸を軽くたたきながら頼もしいことを言うリサさんに対して、呆れたような表情で湊さんがツッコミを入れると、リサさんは頬を膨らませながら抗議する。
それを見ていた僕は、この二人が幼馴染なんだなと実感するのであった。
「気持ちだけ受け取っておくよ。でも、本当に大丈夫だから」
「……そっかー」
僕の”これ以上踏み込まないでほしい”という気持ちに気づいたのか、リサさんはすんなりと引き下がってくれた。
そのことに心の中で感謝の気持ちと、申し訳ない気持ちとでいっぱいになる。
場の雰囲気を変えようと、僕はノートを適当に開いてみることにした。
「……………ねえ、リサさん」
「な、何かな?」
適当に開いたページを見た僕は、リサさんに確認をとる。
「これ書いたの、日菜さんでしょ?」
「えぇっ!? なんでわかったの!?」
「だって、こんな書き方するのあれくらいだし」
書いた人物を言い当てた僕に驚きをあらわにする彼女に、僕はそれを見せる。
ノートの内容は、普通に黒板に書かれた内容を写しているだけなのだが、ときより『ビビット』や『るんってなるよ』といった、日菜さん独特の言い回しの擬音が出てくる。
「あはは、ヒナらしいや」
「……大丈夫なのかしら」
それを見たリサさんはツボに入ったのか笑い出し、湊さんは不安そうな声を漏らすのであった。
「それじゃ、あたし達は帰るね」
「うん、気を付けてね」
それからしばらく他愛のない話(主にリサさんとだけど)をした僕は彼女が返っていくのを見送る。
(もう今日は面会はないかな)
面会ができるようになって最初の一日は、なんだかんだ言って充実したものになった。
おかげで、退屈さは感じない。
「ん? どうしたの、湊さん。忘れ物?」
「ええ。ちょっと話しておきたいことがあって」
なぜか1人で病室に戻ってきた湊さんに聞いてみると、ある意味予想通りの答えが返ってくる。
リサさんといるときに何かを言いたげだったので、もしかしたらまた来るかなとは思ったが、まさか引き返してくるとは思わなかった。
「この間の屋上の話。大丈夫なのかしら? その調子で」
「心配かけてごめん」
「別に心配なんて……ただ、あそこまで言って私たちの曲を演奏するのだから、変な風にしてほしくないだけよ」
リサさん曰く、湊友希那という人間はものすごくわかりやすい人物だ。
表情からは、心配してくれているのは十分なほどに伝わってくるのだから。
「それなら安心して。あの曲の譜面やメロディーはすべて頭の中に叩き込んでいるし、シミュレーションもばっちりできている。後は音合わせをするくらいだから」
嘘だと思われるかもしれないが、実際に夢の中でも、その曲を弾いていたくらいだ。
十分と言えるだけのシミュレーションはできている。
後は、それを本番でどれだけ活かせられるかだ。
「………まあいいわ。ライブ、楽しみにしてるわ」
「ああ。ぜひとも楽しんでくれ」
一瞬何かを言いたげな様子を見せた湊さんだが、やはりいうのを辞めたようで僕の返事を聞くと、彼女は『お大事に』とだけ告げて病室を後にしていった。
(本当に、失敗は許されないな)
僕は改めて、あと数日ほど先に控えたライブに向けて気合を入れるのであった。
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