翌日の放課後。
「やっほー、一君!」
「……すごいテンションで来るよね、日菜さん」
この日の面会者は、ものすごくハイテンションな日菜さんと
「日菜っ! ここは病院なんだから静かにしなさい!」
そんな彼女を叱る紗夜さんの二人だった。
「いや、構わないよ。日菜さんのこれは今に始まったことじゃないし」
「……一樹さんがそういうのでしたら」
納得はしていないようだが、一応引き下がってくれた。
ここが個室じゃなければ、絶対に引き下がらなかっただろうなと思ってしまったが、今はそのことはどうでもいいだろう。
「それで、体調はどうですか?」
「おかげさまで好調だよ。明日にでも退院したいくらい」
「よかった-。一君がいないと、全然るんっ♪てしないから、早く戻ってきてね」
氷川姉妹は、僕の返答に安心したのかほっと胸をなでおろしていた。
「あ、これ一君が大好きなチーズケーキだよっ」
そういって差し出してきたのは、僕の大好物のチーズケーキだ。
お店はどうやらコンビニのようだ。
「あ、ありがとう」
コンビニとは言うが、最近のコンビニスイーツのレベルは格段に向上してきている。
もはや専門店と肩を並べてもいいクラスだ。
なので、コンビニスイーツでも全然ありなのだ。
……もっとも、ウケ狙いのチェレンジャーな商品が発売されたりすることがあるのが難点だが。
それは置いとくとして、僕のお礼の言葉に、日菜さんは”えへへー”と嬉しそうに顔をほころばせているのを見ると、なんだか僕まで嬉しくなってくるから不思議だ。
「あのっ。私のも受け取ってください」
「わっ、ごめん」
そんな中、放っておかれたのが気に障ったのか、目を軽く吊り上げていかにも怒っていると言わんばかりの表情を浮かべる紗夜さんに、僕は慌てて謝る。
「これは……本?」
「ええ。入院中退屈しないために、知り合いに本好きの方がいたので見繕ってもらいました」
「えっと……SFに、ホラーに、恋愛小説……いっぱいあるね」
さすが、本好きの人だ。
軽く十冊ほど入っている。
しかも、それぞれの本の厚みがすごい。
これを読むのに、僕はどのくらいの時間をかける必要があるのだろうか?
「ありがとう。大切に読むね」
「え、ええ」
僕のお礼に一瞬言葉が詰まったが、すぐにいつもの通りに相槌を打つ。
「ねーねー、この間ね、啓介君がね―――」
違和感は感じたが、日菜さんが話し始めたためそのことは頭の片隅に追いやられる。
ちなみに、今の話のオチは、いつものように気障なセリフを後輩の女子たち全員にしていたところ、後輩の女子たちに見事『変態』という称号を与えられたというものだったりする。
そして、先生にこっぴどく叱られる羽目になったとか。
それを聞いていた紗夜さんの呆れている表情に、なんとなく啓介に同情していたりもする。
そんなこんなで話し込んでいた僕たちだったが
「って、嘘っ! もうこんな時間なのっ!?」
という、日菜さんの慌てた感じの言葉で終わりが告げられた。
「あれ、お姉ちゃんは!?」
「私は片付けて帰るわ」
「わかった! それじゃ、またね一君っ!」
紗夜さんの返事を聞くや否や日菜さんは慌てた様子で病室を飛び出していく。
「……何? あれ」
「……わかりませんよ」
どうしてあそこまで慌てていたのかという疑問は、紗夜さんの返事で迷宮入りとなってしまった。
「一樹さんは、いつもあのように日菜と話しているんですか?」
「うーん。どうだろう。気にもしていなかったけど……どうして?」
「だって、一樹さん、日菜と話しているときのほうが、楽しそうですから」
紗夜さんに言われるまで全く気付いていなかったが、もしかしたら無意識的にそうなっていたのかも
(日菜さんだからなのか、それとも話の内容だからなのか)
「私の時とは違って」
どうしてだろうと考えていた僕の耳に、ぽつりと紗夜さんのつぶやきのようなものが聞こえてきたような気がした。
「え?」
「い、いえ。何でもありませんっ」
思わず聞き返すと、紗夜さんは慌てた様子で言うと口を噤んでしまった。
「でも、日菜さんのテンションが高いからっていうのもあるかな」
わかりにくいが、いつもよりもかなりテンション(というよりは、ぐいぐいとくると言ったほうがいいかもしれない)が高かったような気がする。
「きっと、紗夜さんと一緒に来たからだと思うよ」
「私と、ですか?」
意外だったのか、目を瞬かせる彼女に僕は頷いて答える。
「だって、日菜さん紗夜さんのことが大好きだから……何があったかは知らないけど、仲良くできるのであればし
たほうがいいと思うよ。家族なんだから」
「……」
友人は人にもよるが何人もできるが、家族というのはそうはいかない。
特に、自分の生みの親などは。
僕自身も生みの親を失っている。
だからこそ、僕は紗夜さんにそう言ったのかもしれない。
もちろん、美竹家も僕にとっては家族であることに変わりはない。
……義理だけど。
「そう……ですね。努力してみます」
それに、友人のために、何かをしてあげたいという気持ちもある。
僕は、この双子の仲が良くなることを心の中で願った。
「それじゃ、私も帰りますね」
「うん、今日は来てくれてありがとう」
荷物を手に取り帰り支度をする紗夜さんに、お礼の言葉を言う。
それに対して紗夜さんは”お礼を言われるようなことじゃありません”と、返してきた。
その顔は夕陽によるものなのか、赤くなっているようにも見えたのは気のせいではないはずだ。
「一樹さん」
「何かな、紗夜さん?」
ドアのところまで移動した紗夜さんは、まるで思い出したようにこちらに振り返ると、
「ライブ、楽しみにしていますね」
と、何時にもなく微笑みながら言うのであった。
「あと3日か」
この日、僕は焦っていた。
それは先日、Afterglowのメンバーがお見舞いに来てくれたが、Pastel*Palettesのメンバー(日菜さんを除いて)は誰もお見舞いに来ていないことにも起因する。
(やはり、全員に対して謹慎処分が下されたのは本当のようだな)
啓介からの情報で、Pastel*Palettesのメンバー全員(白鷺さんを除いて)が謹慎処分になったという話を聞いていたが、まさか本当に下されているとは予想だにしていなかった。
(丸山さんはこのままいくと確実にクビだ)
あの男のことだ。
自分に都合のいい内容で監査部に申請をしているはずだ。
まだ処分は”暫定”状態だが、いつそれが”確定”に変わるかはわからない。
(もう腹は決まった)
これでパスパレのメンバーに嫌われてもかまわない。
何よりも大事なのは、彼女たちの未来を守ること。
(だから、早く来い………白鷺千聖っ!)
僕は、それを可能にするキーパーソンである白鷺さんが来るのを待ち続けていた。
そんな時、控えめなノック音が聞こえる。
「……どうぞ」
はやる気持ちを抑えて、僕は来訪者を中に招き入れる。
「失礼するわね」
開かれた扉の先に立っていたのは
「……白鷺さん」
僕が待ち焦がれていた人物、”白鷺千聖”だった。
今回で、入院編は終わります。
次回から、いよいよ巻き返し編の予定です。
ちなみに、今後の展開ですがこの章が終わった後は、再び原作の1期の話になります。
その後、二つほどのイベントストーリーの話を終えてから、メインヒロインの話に入っていく予定です。
メインヒロインは誰?
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紗夜
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日菜