「って、あれ? 二人ともどうしたの? なんだか顔色が悪いよ」
「彩ちゃん……」
「ドアを勢いよく開けたら、こうなると思うよ」
自分が今やったことが分かっていない様子の丸山さんに、説明するとすぐに理解したようであたふたとし始める。
「あっご、ごめんね。慌てててつい」
「それはいいけど、後ろで看護師の人が怖い顔をして立ってるよ」
「う゛……ごめんなさい」
後ろを振り向いて、鬼のように起こっているような表情を浮かべる看護師(確か看護師長だと思う)に丸山さんは一瞬硬直するが、怯えた様子で謝った。
それを見ていた看護師は何も言わずにその場を去っていく。
だが、体全体からは『次は許しませんからね』と言わんばかりのオーラを漂わせていた。
「ふぅ……」
一つ深く息をついた丸山さんは、静かにドアを閉める。
「それで、突然どうしたの? 脅迫電話って聞こえたような気がしたんだけど」
「それがね、美竹君が言った通り、スタッフの人から脅迫電話がかかってきたんだよ!」
真剣な面持ちで用件を尋ねる白鷺さんに、丸山さんは慌てた様子でスマホを取り出すと、何やら操作を始める。
「どういうこと?」
「あの男のことだから、確実にするであろうことを予想して、先手を打ったんだよ」
丸山さんをしり目に説明しなさいと言わんばかりに聞いてくる白鷺さんに、僕はその時のことを話すのであった。
それは、丸山さんが謹慎処分を言い渡された日のことだ。
「お願い? それって、何かな?」
「おそらく、スタッフの人が電話で脅迫めいた内容の電話をかけてくると思うんだ。例えば『処分を取り消す代わりに土下座しろ』とか、『俺のいいなりになれ』とかね」
「そんな、まさか……」
丸山さんは僕の言ったことを信用できない様子だった。
だが、僕にはわかるのだ。
あのクズ野郎が、どういう行動を起こすのかが。
「まあ、念には念をってことでね。それで、このアプリを丸山さんのスマホにインストールしてもらいたいんだ」
「えっと……『SP recorder』なにこれ?」
「簡単に言えば電話での会話を録音するアプリ。しかも録音データーを簡単にメールに添付することができる機能付き。再生することができないのが欠点だけどね」
そのアプリはマツさんから教えてもらっアプリだ。
何でも、証拠を簡単に得ることができるアプリなんだとかで、手軽にできることからマツさんのおすすめのアプリらしい。
「ちなみに、やばいアプリではないから。現に僕もこの通りインストールしているし」
「あ、本当だ。これをインストールすればいいんだね」
僕のスマホ画面を見て安心した様子で、丸山さんはアプリをインストールする。
そしてそのアプリの使い方を彼女に教えていく。
「これで良し。後は電話がかかってきたら今言った方法で録音をして。あと、もし何かを要求されたら”考えさせてください”って言って時間を稼いで。絶対に”はい”や、”いやです”って言わないで」
「うん、わかった!」
YESかNOを答えると、倉田が丸山さんに対してさらなる行動を起こす可能性がある。
それを避けるための時間稼ぎが目的だ。
こうして、僕は彼女に御願いをするのであった。
「なるほどね。本当にあなたって恐ろしいわね」
「自分でもそう思うよ」
確信していたとはいえ、ここまで予想通りになるというのもどこか怖いところがある。
「ねえ、美竹君。これどうすれば再生できるの?!」
「というよりも、そもそも『かかってきたときはメールに添付して』って言ったはずなんだけど」
先ほどから格闘していた丸山さんに告げた僕の言葉に、その動きを止めて硬直した。
「それに、そのアプリは録音とメールに添付する機能のみだって言ったはずなんだけど」
「あ、そう言えばそうだった。ごめんね、電話が来たから慌てちゃって」
恥ずかしさに顔を赤くしながら謝る丸山さんに、僕はもう一度メールへ添付する方法を教えた。
「それじゃ、丸山さんはこのまま家に帰って」
「え、でも私にできることがあるかも――――」
「今の丸山さんにできることは、家で身の安全を守ること。それ以上のことはないよ」
食い下がる丸山さんの言葉を遮り、僕は静かに丸山さんに言う。
これから行おうとしていることを考えても、ここで僕たちが話している内容を含めた事実を、向こうに知られるのを避けたい。
関わる人が増えれば増えるほど、向こう側に伝わるリスクは増していくからだ。
もっと言えば、これから起こる出来事に、彼女を巻き込ませたくないのが大きな理由だ。
「彩ちゃん、美竹君はねこれからすることに貴女を巻き込みたくないのよ。今の彩ちゃんにできるのは、安全な場所で身の安全を確保しておくことなの」
そこに白鷺さんが説得に加わる。
「少しすれば、状況はよくなるはずだから、僕たちを信じて待っててほしい」
「千聖ちゃん……美竹君。うぅ……ありがとう」
(結局泣くのね)
本人が言うように涙もろい丸山さんをなだめつつも、僕はこの一件の解決に向けて改めて強く意気込むのであった。
「はぁ……びっくりしたわね」
「本当に」
まるで嵐のように訪れて去って行った丸山さんに、僕たちは一息つく。
「それじゃ、再生するよ」
「ええ」
先ほど丸山さんに送ってもらった録音データを、白鷺さんにも聞こえるように再生させる。
『みょ、もしもし』
(電話で噛むなよ)
しょっぱなから噛んでいる丸山さんに、僕は心の中でツッコむ。
おそらく、慌ててアプリの録音を始めたからだろうけど。
『倉田です』
そんな中、電話の相手である倉田の声が聞こえてくる。
『何の用ですか?』
『貴女のやったことが、事務所にどれだけの負担を強いたのか理解されました?』
口調は丁寧だが、言葉の端々に人を見下しているような嫌な感じが見えている。
『貴女の処分が懲戒解雇になるのはもはや確実。なんですが……』
倉田はそこでいったん言葉を区切る。
『私の力で、それを覆して差し上げましょう。ただし条件を呑めば、ですが』
『条件、ですか?』
『ええ。私に絶対服従……口答えせずに言うことを聞くこと、ですかねぇ』
(……)
人というのは、怒りの沸点を超えると冷静になるらしい。
怒りではらわたが煮えくり返っているはずなのに、頭の中はとても冷静だった。
『少し、考えさせてください』
『構いませんよぉ。私は心が広りですからねぇ。ですが、今月いっぱいですよ』
そう言って電話が切られたのか、録音はそこで終了していた。
「「………」」
二人そろって、スマホを睨めつけるように見ながら口を閉ざしている。
いや、何を言うべきなのかが全く分からないのだ。
「外道ね」
「ああ」
スマホを睨みつけながら、一言で倉田を切り捨てる白鷺さんの目は、とても冷たかった。
「いつ、何をするつもりかしら?」
「決行は明後日。やることといえば、嘆願書を出す。『倉田のクビと損害賠償を請求する』という内容で」
白鷺さんの問いかけに、僕は簡潔に言い切る。
「嘆願書の原文はできている。白鷺さんに協力してほしいのは、提出者の署名に連名で名前を書くこと。理由はイベントの一件と同じ」
「わかったわ」
白鷺さんも相当怒っているようで、カバンから取り出したペンで、僕が彼女に手渡した嘆願書に署名する。
「これでいいかしら?」
署名を書き終えたようで、彼女から書類を受け取ると、それを確認する。
署名欄には、しっかりと『白鷺千聖』と書かれていた。
「十分。これから少しだけ慌ただしくなると思うけど、彼女たちのフォローもお願い」
「それは任せて。私にできる範囲でやるわ」
胸に手を当てて力強く頷く彼女に、僕は頷くことで答える。
「美竹君も、しっかりやってね。彩ちゃんを救って」
「もちろんだ」
そして僕も、白鷺さんに告げるのであった。
こうして、丸山さんを助けるための計画が始まるのであった。
メインヒロインは誰?
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紗夜
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日菜