いよいよライブが始まります。
同日、13時30分。
ライブ会場前に五人の少女の姿があった。
「いよいよ、ね」
「ええ」
「いやー、楽しみだねー」
会場を見ながら、表情を変えずにつぶやく友希那と紗夜。
そして、楽しみであるのか目を輝かせているリサが相槌を打つ。
「ところで、どうしてこのような時間に集合を?」
「彼が、『この時間のほうが混雑していない』というからよ」
「そういうことですか。ところで……」
紗夜の疑問が一つ解消されたところで、紗夜はふとある方向に視線を向ける。
そこには……
「聖なる大地を大いなる力が……えーっと……こう、バーンと―――」
額に手を当てて大げさな身振りをしながらセリフを口にするあこの姿と、
「るんっとさせるのだー!」
そんな彼女の言葉を遮るように言い放つ日菜の姿があった。
「えぇー! それじゃ全然カッコよくないよー」
「あははっ。あこちゃん面白い~」
セリフを変えられたことに文句を言うあこをしり目に、日菜は一人大はしゃぎしていた。
そしてその後ろには隠れるように立っている燐子の姿があった。
人見知りをする一面がある彼女にとって、ぐいぐいと距離を詰めようとする日菜はまさに強烈な存在に見えたとしてもおかしくない。
ちなみに、既に燐子は自己紹介の際に、日菜の洗礼を受けているということをここに書いておきたい。
「……」
「あはは……ヒナは絶好調だね~」
そんな光景を見ていた紗夜が頭を抱えるのを苦笑しながらフォローするリサだが、その効果はあまりなかった。
「ところで、そろそろ中にはいらないかしら? もういい時間よ」
「……そうですね。日菜、宇田川さんに白金さん。移動しますよ」
「「「はーい!(は、はいっ)」」」
友希那の言葉を受けて紗夜があこたちに呼びかけたことで、彼女たちは会場内に足を踏み入れるのであった。
この日のライブ会場は2階層に分かれた観客席が半円状に設置され、その先にはドラムやキーボードなどが置かれたステージがある構造だった。
後ろの席で見えない人ように屋根付近にモニターが設置されている。
「おねーちゃん! おねーちゃん! 楽しみだねー!」
「ええ、わかったから静かにしてなさい」
「すごいテンションだね、ヒナ」
開演前にもかかわらず、1人はしゃいでいる日菜を大人しくさせようとする紗夜をしり目に、リサは日菜に話しかける。
「うんっ! だって、一君のバンドのライブだよ! もうるるるるるんっ♪ だよ!」
「わかったから、少し落ち着きなさい。周りの人に迷惑よ」
紗夜は心の中で、本日何度目かのため息を漏らす。
紗夜はこうなる予感を感じていた。
友希那からなぜか二枚のチケットを渡されたときから。
チケットを渡された日の夜の時点で、日菜は『おねーちゃんと一緒に一君のライブに行く!』と言っていたくらいだ。
当日になればこうなることは、紗夜はなんとなくわかっていたのだ。
(それにしても、一体だれが教えたのかしら)
紗夜の中にある疑問といえばそのくらいだろう。
チケットを二枚貰っていたので、そのチケットを日菜に手渡した紗夜だったが、彼女は知らない。
ライブがあることと、チケットを紗夜が持っていることを教えたのが、聡志であるということを。
そして、聡志に言うように指示を出していたのが一樹であるということも。
(ん?)
そんな中、リサの耳にふと後ろにいる観客の声が聞こえてきた。
「これが、あの観客をだます手伝いをしたやつのライブなのね」
「どうせこのライブもふりだろ」
「どんなライブか見てやろうぜ」
それは一樹たちの演奏を嘘であると決めつけている、心無い言葉だった。
(本当のことを知らないのに)
「すごい言われようだね。一樹君たち」
「そうね」
自分の友人が貶されているのだ。
心の中で反論の声をあげながらも、つぶやいた言葉に隣に腰かけていた友希那が返したのは実に素っ気ないものだった。
「でも、彼らはそれを覚悟のうえでこのステージを用意した……だからそのステージを私たちはちゃんと見る。それが、私たちにできることよ」
少し間をおいて口にした友希那の言葉は、リサの心を落ち着かせていく。
「うん。そうだね」
だからこそ、リサもステージのほうに目を向ける。
これから始まる彼らのライブを見逃さないように。
その瞬間、会場の照明が暗くなりだす。
それと同時に、観客たちの声も止んでいく。
やがて、ステージの照明が明るくなる。
それと同時に観客の歓声が沸き起こる。
ステージには、横一列に立っている一樹たち5人の姿があった。
「本日は、ライブ『Colors』にお越しいただき、ありがとうございます。Moonlight Gloryの副リーダー、啓介です」
静寂に包まれる中、声を上げたのは啓介だった。
「ライブ開始前に……一樹から皆様にお話があります」
(そこは佐久間君じゃないんだ)
リサの心の中でのツッコミは、会場にいた者たちも思っていたようで、ざわめきが起き始める。
そんな中、啓介は素早い動きで一樹にマイクを(半ば押しつけるような形だが)渡し聡志の横に移動した啓介が聡志に軽く頭を叩かれていた。
「えー、なぜか指名された作戦参謀の一樹です。改めて本日は私達のライブにお越しいただきありがとうございます」
軽く首をかしげながらも話し始める一樹の言葉を聞こうと、会場にいる者たちは静かに耳を傾ける。
「皆さんもご存知の通り、私たちの所属する事務所に最近結成されたアイドルバンド『Pastel*Palettes』のデビューライブでの一件ですが、こちらはすべて真実でございます」
いきなりの一樹のカミングアウトに、会場中がどよめきだす。
「この度は皆様に多大なるご迷惑とご不安をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」
「………」
一樹が頭を下げたのを皮切りに、隣にいた裕美たちも頭を下げる。
それを、日菜はただただ無言で見ていたが、その手は力強く握りしめられており震えていた。
(違うよ一君……一君は何も悪くない)
芸能界のことなど分かっていない日菜でさえも、これが一樹たちが自ら進んで引き受けたことではないことは分かっていた。
本当は大きな声で反論したかったが、それを一樹が望んでいないと、日菜は心のどこかで察していたのだ。
「私たちにできる”お詫び”などたかが知れています。なので、今日ここに来ていただいた皆様に楽しんでいただけるような演奏をすることで、お詫びとさせていただきます。どうぞ皆さま楽しいひと時をお過ごしください」
そう言って再び頭を下げる一樹たちに浴びせられたのは、野次ではなく拍手の音だった。
こうして、一樹たちのライブはついに幕を開けるのであった。
メインヒロインは誰?
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紗夜
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日菜