あのライブから数日が過ぎた。
「おっす、一樹」
「おはよう、啓介」
この日も、いつものように啓介たちと待ち合わせ場所で合流して学園に向けて足を進める。
「そういえばさ」
そう話を切り出してきたのは啓介だった。
「この前のライブ。評判めっちゃくちゃいいぞ!」
「それは相原さんから聞いてるから知ってるよ」
興奮冷めやらぬ様子の啓介に比べて、僕たちは冷静だった。
少し前に、あのライブの評判を知らされた時に、喜びつくしたからだ。
結果から言えば、ライブは大成功で、観客たちは満足して帰っていったらしい。
SNSやネットニュースなどでもそれは大々的に報じられ、見事汚名返上を果たすことができた。
それに伴って、倉田が襲撃して逮捕された事件は、さほど大きく報じられることもなかったのは幸いだった。
もし大きく報じられれば、Pastel*Palettesのほうに余計なダメージを与えかねない。
それはまわりまわってこちらにも火の粉として降りかかる。
「って、皆反応が鈍いぞー」
「まあ、一樹と俺と啓介が叱られるという予想外がなければ、一樹の計画通りだしな」
「う゛……できればそれは思い出したくなかった」
田中君の一言で、僕は思い出さないようにしていたことまで思い出してしまった。
あの時、凶器を持った倉田の襲撃を足を引っかけてバランスを崩したところを田中君が拘束するという行動が、後に問題となり相原さんのお説教を受ける羽目になってしまったのだ。
『こういう場合は、立ち向かわないで逃げて我々スタッフや警備員の方に任せてください』
相原さんのその言葉は正論であり、説得力が強かった。
「それで、あいつらへのコーチはいつからになりそうだ?」
「今週末か来週末らしい。色々準備があるみたい」
あのライブの後、湊さんから(というよりは、リサさん経由でだけど)僕のほうに連絡が来た。
内容は屋上での提案を呑むというものと、コーチの開始日についてだった。
「最後の曲は、一樹の指示通り彼女たちの1.5倍のレベルで演ったが、あれでよかったのか?」
「ああ。あれでいいんだ」
ライブでRoseliaの楽曲をカバーする際に、僕は演奏のレベルを彼女たちの1.5倍ほどにするように指示を出していた。
僕にとって、カバー楽曲の演奏というのは、本家のバンドに敬意をもってするのが当然と考えている。
だが、そのバンド以上のレベルで演奏してしまうのはそれに背くことになると思っている。
なので、いつもは本家のバンドグループのレベルとほぼ同じレベルで、僕たちも演奏をしているようにしている。
これが実はかなり難しく、みんなにとっていい練習材料になっていたりする。
何せ、ほどほどの領域で下手な演奏をするようなものであり、これはうまく演奏をするのよりも難しかったりするのだ。
今回はそれを取っ払ったのだ。
(あの演奏は彼女たちでも十分にできるようになる)
だからこその1.5倍なのだ。
そして、そうなるように導いていくのが、僕の新たなミッションとなる。
「ところで、氷川妹は来てねえな」
「……だね」
「どうしたのかな?」
田中君の指摘に、中井さんは辺りを見回すが彼女の姿はどこにもない。
(とうとう来たか)
もしかしたら白鷺さんからデビューライブの一件の真相を聞かされたのかもしれない。
そうなれば、間違いなく日菜さんは怒るだろう。
(日菜さんが怒ったところなんて想像できないけど)
それはそれでどうなるのかがわからないので、恐ろしかったりもする。
だが、これだけは言える。
もう決して、今まで通りの関係ではいられなくなるということだけは。
(いい加減、覚悟を決めよう)
そういうのを承知の上で、僕はあの計画を実行に移したんだ。
今更悔やんだところで、どうにもならない
「お、来たぞ」
覚悟を決めたタイミングで、田中君のそんな声が聞こえてきた。
田中君が見ている方向を見ると、そこにはものすごい勢いでこちらに向かって走ってくる日菜さんの姿があった。
「か~---」
「あー、俺たちは逃げるか」
「え? ちょっと」
日菜さんの声を聴いた瞬間、何かを悟ったようにみんなその場から離れていく。
……僕を避けるように。
「ず~~---」
(これって、もしかしなくてもそういうこと!?)
なんとなくではあるが、自分の違う意味での未来が見えてしまった。
「ゴッ!? ぐぇ!?」
(あ、啓介が吹き飛ばされて踏まれた)
啓介が逃げた位置が、ちょうど日菜さんが向かってくる延長線上にあったため、思いっきり背後から突き飛ばされて、そのまま踏まれてしまった。
「君っ!!」
「うがっ!?」
凄まじい勢いでやってきた日菜さんのタックルに、衝撃に備えていた僕は変な声を上げながら後ろに少し飛ばされるだけで済んだ。
「おはよう、一君!! ライブすごかったよ~! もう、るるるるるんっ♪ってしたよっ」
「そ、そうなんだ。楽しんでもらえてよかったよ」
啓介と同様に興奮冷めやらぬものはもう一人いたようだ。
(でも、なんだか心地いいな。これ)
誰かの喜ぶ姿ほど、見ていて嬉しくなるものはない。
少なくとも友人を楽しませることができたという喜びくらいは、今味わってもいいかもしれない。
だが、今別の問題が発生していたりもする。
(なんだかものすごく主張してくるものがあるんだけど)
ヒントを言うのであれば、今日菜さんは僕に抱き着いており、体を押し付けている状態だ。
つまり、そういうことだ。
「おーい、そこのお二人さん」
どうしようかと考えていた僕に助け舟を出したのは、森本さんだった。
「何? 明美ちゃん」
「いつまでそんな体制でいちゃついてるのかなー?」
「へ?」
出されたのは助け船ではなくからかいの言葉だった。
「…………」
森本さんに、ニタニタと笑いながら言われた日菜さんは、自分の体勢を見てしばらく固まっていた。
「……~~~~っ!?!?」
やがて、自分の状況が飲み込めてきたのか、今度は顔を真っ赤にさせて声にならない悲鳴を上げながら、僕から離れたことで、ようやく僕は解放された。
「……一君のえっち」
「なぜ!?」
どういうわけか僕が悪いことになっていた。
「あははっ。二人とも面白すぎるでしょ」
「仲がいいのは良いことだよね」
「おーい、お前らそろそろ行かねえか?」
顔を赤くして非難の眼差しを向ける日菜さんと、それに慌てて理由を聞く僕と、そんな僕たちを見て笑う森本さんに、ほんわかとした笑みを浮かべる中井さんと、若干距離を取って声をかける田中君という、カオスな状況が出来上がってしまった。
(まあ、こんな日常もあり……かな?)
せっかくすべてうまくいったのだ。
この状況も日常として受け入れよう。
(そういえば、何か忘れてるような……まあ、いいか)
誰かの存在を忘れているような気がしたが、それも気のせいだろう。
僕はこのカオスな状況の中、そう思うのであった。
こうして、もう一つの逆転劇は成功をおさめ、僕たちは新たな一歩を踏み出すのであった。
第3章、完
「誰か……俺の安否を……気にして、くれよ……ガクッ」
僕たちから離れた場所で、力尽きた啓介の存在に気づいたのは、学園について少しした時だった。
今回で本章の話は完結となりました。
それに伴いまして、アンケートのほうも締め切らせていただきたいと思います。
回答期限は本日の23時59分59秒までとさせていただきますので、まだご回答がまだ出アンケートに回答される方は時間までにご協力をお願いします。
なお、次章からはまた別のアンケートを実施する予定です。
詳細は次回のあとがきをご覧ください。
それでは、次章予告をば。
―――
季節は変わり、梅雨の時期に差し掛かる。
そんな中、一樹はRoseliaのコーチとなり、動き出す。
それと同時に、新しい”それ”が産声を上げようとしていた。
次回、第4章『雨の日の流れ星』
メインヒロインは誰?
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紗夜
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日菜