ということで、原作では3話の話になります。
いよいよ迎えた日曜日。
この日はあいにくの雨模様で朝から雨が降っていた。
「あ、一君! こっちこっち!」
「ちょっと待たせちゃったね、ごめん」
集合場所でぴょんぴょんと傘を持ちながら飛び跳ねて手を振る日菜さんのもとに駆け寄って待たせたことを謝る。
「別にいいよ。アタシが早く来ただけだから。後は……」
「あいつだけだ」
いまだに集合場所に来ていない、
雨が傘にあたる雨音を聞きながら待つこと数分。
「ふっ。待たせたな!」
「「……」」
僕たちの前に、演技かかったポーズとセリフで黒いサングラスをかけた啓介が現れた。
「何やってんだ? お前」
そんな啓介に返せた言葉は、辛辣なものだった。
「な、なぜだっ。一番かっこいいセリフとポーズを調べてからやったのにっ」
ガッデムと言わんばかりに叫ぶ啓介に、僕は恥ずかしさのあまり周囲を見渡すが、幸い周囲に人の姿は見当たらなかった。
「ひ、氷川さんはかっこいいって、思うよな?」
「ううん、全然」
縋るように啓介が日菜さんに聞くが、日菜さんが返したのは無情にも残酷な答えだった。
「あはは、佐久間君って面白いねー」
「お、面白……い?」
さらに追い打ちをかけるように、くすくすと笑いながら日菜さんが言葉を続ける。
「うんっ! なんで、それがかっこいいって思ったのかがわからないんだ。分からないことって面白いよねー!」
「――――」
日菜さんの言葉がトドメとなり、啓介はまるで石化したように固まる。
「クソっ、ここでもリア充に軍配が上がるのかよーっ」
「ちょっと……って、行っちゃったよ」
”ちくしょう!”と言いながらかけていく啓介の姿はある意味滑稽だった。
「……私何か悪いことしちゃったかな?」
そんな啓介の様子に、表情を曇らせながら聞いてくる日菜さんに僕は少し考えたうえで
「……いや、あれは啓介の自爆だから」
と返す。
日菜さんに悪気はない。
ただ、思ったことをそのまま言っただけだ。
言うなれば、自業自得というやつだろう。
「それじゃ、僕たちは先にライブハウスにでも行くか」
「そうだね」
どうせ啓介のことだから目的地に向かっていくはずなので、僕たちもライブハウス『SPACE』へと向かうのであった。
「ここが、SPACEか」
「そう! ガールズバンドの聖地、だっ」
目的でもあるSPACEに到着した僕たちを、予想通り先に来て待っていた啓介の説明を聞き流しながら見る。
「とりあえず中に入らない?」
「そうだな」
ぱっと見はどこにでもある建物だが、さすがに外観のみでは分からないので、中にはいることにした。
中にはいるとすぐに目に入ったのは、受付と思われるデスクのところにいる、白髪の女性の姿があった。
もっと目立つものがあるはずなのに、この女性の放つオーラがそれを弱らせるのだ。
「いらっしゃい」
「すみません、ここは高校生でも大丈夫ですか?」
気さくな感じで話しかけてくる女性に、僕は最初に尋ねる。
ライブハウスによっては年齢制限を設けているところもある。
一般的にはそのようなものはないのだが、念には念をということでの確認だ。
「もちろんだ。高校生は600円」
「あたしも高校生です」
女性にチケット代を支払う。
(600円か、ちょっとだけ痛い出費だな)
今月はパスパレの一件によって活動を停止していた関係で、お給料が少ないのだ。
600円でもかなり財布へのダメージがでかいのだ。
「あんたは?」
「ふっ、この俺のダンディーなオーラは高校生では出せないぜ、マドモアゼル」
女性の問いかけに、啓介は先ほどの挽回と言わんばかりにきざったらしいセリフとポーズで答える。
何気にその場の温度が少し下がったような気がした。
「……1200円」
「お、おーけー」
演技がかったセリフによってか、啓介は僕たちの倍のチケット代を支払うことになった。
お金を出す手が震えていることから、この結果は予想外だったとみる。
「ど、どうだい? この俺の大人なオーラは、時に大人料金を請求されるという事実を見て」
「あははっ、やっぱり佐久間君は面白いっ! とってもるんっ♪ってするよ!」
啓介の顔が青ざめている時点で、全く説得力がなかったりもするが、ここは僕がとどめを刺すべきだと思い
「僕たちの倍の料金を支払ってまですること? というより、あとで金貸してなんて泣きつかないでくれる?」
「お、お前は鬼かっ」
鬼なのではなく、ただ呆れているだけなのだが。
そんな僕たちの茶番をよそに、女性は僕たちに二枚組のチケットを手渡す。
「あの、これは?」
「ドリンクチケット、あっちで好きな飲み物を頼みな」
そう言って女性が指し示した方向には個々のスタッフなのか、女性スタッフがカウンターに立っていた。
見れば、飲み物を受け取っているので、あそこで間違いないだろう。
「楽しんでいきな」
「ありがとうございます」
女性のその言葉に一礼して、僕たちは飲み物を注文しに行くのであった。
「いえーーーい!」
(ん? あれは市ヶ谷さんだよね。彼女もこういうところに来るのか)
場違いな歓声にふと視線を声のほうに向けると、両手を振り上げている猫耳のような髪形の少女と相席という形で座っている市ヶ谷さんの姿を見つけた。
イメージからしてこう言う場所には縁がなさそうだと思っていただけに、驚きだがおそらくは歓声を上げた少女に連れてこられたのだろうと解釈しつつ、僕は彼女たちから視線を外すのであった。
『ありがとー!』
ライブが始まり、会場はいい感じに盛り上がっていた。
横を見ると、日菜さんも楽しんでいる様子だった。
だが、僕はといえば
(うーん、やっぱりあまりぱっとはしないかな)
満足がいくほど楽しめてはいなかった。
これまでステージに立った多くのグループの演奏を聞いていても、僕の心を揺さぶるような演奏をする者はいなかったからだ。
下手というわけではない。
楽しくないというわけでもない。
ステージに立つどのバンドの人たちも、形は違っても楽しく演奏している。
だけど、僕の心を揺さぶるほどの人物はまだ一人もいないのだ。
「やはり、物足りなさそうだな、一樹君」
「……それが何?」
そして、僕のこの心理状況を予想していたのか、啓介は不適の笑みを浮かべる。
理不尽ではあるけど、なんだかムカついた。
「か、一樹。目が怖い。そんな一樹にビッグニュースを伝えようと思っただけだって」
「ビッグニュース?」
どうやら顔に出ていたようで、軽く怯えている啓介の様子に軽く自制しつつも、気になったので内容を詳しく聞く。
「この次のバンドが俺がこの間言っていた花女で人気のバンドなんだよ。一樹も聞いたら絶対はまると思うぜ!」
「へぇ。で、そのバンドの名前は?」
啓介の推し具合から言って、かなりの演奏をするという期待が高まる。
「そのバンドの名前はな――「Glitter*Greenだよ~」――ぬがぁ!? お、俺のビッグニュースが~~」
「いやあれだけ前振りしてれば、すぐにわかるし」
何せ、手元には出演するバンド順にバンド名が記されているパンフレットがあるのだ。
次のバンド名で探せば、すぐにわかってしまう。
「楽しみだね~、グリグリ」
「そうだね。じっくりと聞かせてもらうとするよ」
バンドについては後で調べるとして、僕はいよいよ次に迫ったGlitter*Greenの演奏が始まるのを待った。
だが……
「あれ?」
「……あのバンドの人ってグリグリの次だよね?」
ステージに立ったのはGlitter*Greenとは別のバンドグループだった。
突然の出来事に、僕たちは顔を見合わせることしかできなかった。
ただ、僕たちの視界の端で、慌ただしく動いているライブの関係者と思われる人たちの様子から、何らかのアクシデントが起こったのではないかと感じ始めていた。
その後も、いくつものバンドグループがステージに立つが、Glitter*Greenがステージに立つことはなかった。
そして
「皆っ! 今日は聞いてくれてありがとうー!」
出演順では一番最後にあたるグループの演奏が終わり、彼女たちはステージを後にする。
「あ、明かりが……」
会場の照明が明るくなる。
それは、このライブが終了であることを意味していた。
彼女たちはライブに間に合わなかったのだ。
次回はついにある種のトラウマっとも言えるあれが登場します。
読みたい話はどれ?
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1:『昼と夜のChange記録』
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2:『6人目の天文部員』
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3:『イヴの”ブシドー”な仲良し大作戦』
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4:『追想、幻の初ライブ』
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5:一つと言わず全部