BanG Dream!~隣の天才~   作:TRcrant

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今回は、ついに一部でトラウマともいわれたあの話になります。



第134話 雨の日の流れ星

「えー、グリグリは―?」

 

会場からはGlitter*Greenの演奏を楽しみにしていた観客の声が上がる。

先ほどまでの盛り上がりが嘘のように消え去り、残念といった暗い雰囲気に包まれる。

 

「なあ、一樹。俺達でステージに立って繋げよう!」

 

その空気に耐えきれなくなったのか、啓介が必死な面持ちで僕に訴えかけてきた。

 

「俺たちと氷川さんの三人がいれば繋ぎくらいはできる。だから―――」

「却下だ」

 

啓介の言葉を遮るように、啓介の案を却下する。

 

「どうしてだよっ」

「僕たちはどの楽器でも演奏が可能だ。だが、即興で演奏する楽曲は持ち合わせていなければ、譜面もない。いくら日菜さんでも、演奏するのは不可能だ」

 

いくら天才の日菜さんであっても、聞いていない可能性が高い楽曲や、高難易度を誇る楽曲の演奏をするのは無謀すぎる。

 

「それに、ここはガールズバンドの聖地。その聖地に僕たちが土足で踏み荒らしたとなればただでは済まない。Moonlight Gloryだけではなく、パスパレにも重大な影響を与えるんだ」

「っく」

 

啓介が悔し気に唇をかむ。

啓介の気持ちは分かる。

僕だって、できることだったらやっている。

それでも、僕にはできないのだ。

 

「……ねえ一君。グリグリはどうなるのかな?」

 

いつになく日菜さんの真剣な表情の問いかけに、僕はオブラートに包むことなく告げた。

 

「……理由はともあれ、ステージに穴をあけたバンドというレッテルを貼られて、信頼を失う。少なくとも、このライブハウスは出禁だろうね」

 

残酷なことだが、こういった音楽の世界では、信頼度が重要になってくる場面がある。

ステージに穴をあけるというのは、言ってしまえば時間にルーズという結論になってしまう人だって少なくない。

そういうバンドとは対バンなどは組まないという判断も、ライブを成功させるためにはとる必要がある。

 

「一君だったらどうする?」

 

その問いかけはある種の確認のようなニュアンスだった。

 

「時と場合にもよるけど、基本的には一緒のステージに立つことはない」

 

なので、僕が答えられるのはそのくらいだった。

 

「……帰ろっか」

「「……うん(そうだな)」」

 

これ以上ここにいて暗い気分になるのが嫌だった僕は、日菜さんの提案を受け入れた。

見れば、ほかの観客たちも帰り始めているようだ。

 

「残念だったなー。グリグリの演奏を見てみたかったんだけどね」

「そうだな」

 

日菜さんのいつもの感じの残念そうな言葉に相槌を打ちつつ、会場を後にしようとした時だった。

 

『こんにちはっ!!』

 

会場のスピーカーからその少女の声が聞こえてきたのは。

 

「ん?」

 

その声に、僕たちは足を止めステージのほうに振り返る。

そこには先ほどロビーのほうで歓声を上げていた猫耳のような髪形の少女だった。

 

「私は、戸山 香澄です!」

 

――戸山 香澄

そう名乗った少女は遠目から見ても緊張していることが分かるくらい、握りしめた拳が震えているように言えた。

 

「何をする気だ?」

 

隣で啓介がつぶやく言葉が、この場にいるもの全員の気持ちに違いない。

先ほどまでとは打って変わって、会場内に静まり返る。

そんな中、戸山さんは深呼吸をすると歌い始めた。

……きらきら星を。

 

「すごい根性してるよ。この状況下であれを歌おうとするなんて」

「どうしよう、俺めっちゃ感動してるんだけど」

「あはは、啓介君まるで彩ちゃんみたい」

 

突然始まったきらきら星に、涙ぐむ啓介とそれを見て笑う日菜さん。

そして、色々な意味で感心している僕ということなった反応ではあるが、歌い続けている彼女を見ているという点では同じだった。

すると、彼女はいきなりステージ袖のほうに向かうと、すぐに戻ってきた。

 

「うわぁ!? ちょっまじでな……に」

 

……市ヶ谷さんと一緒に。

強引に連れてこられた市ヶ谷さんは、こちらのほうに視線を向けると顔を引きつらせる。

 

(どう見てもGlitter*Greenが来るまでの時間稼ぎのようだけど、さすがにそう長くはもたないな)

 

きらきら星は、時間にして約2分程度の童謡だ。

そうこうしているうちに、彼女は歌い切った。

 

「リピート!?」

 

(おいおい)

 

歌いきったらどうするのかと思っていると、また最初から歌い始めたのを見て、僕は言葉を失った。

ある意味市ヶ谷さんのツッコミが的確だったりもするが。

そんな僕の心境などわかるはずもなく、戸山さんは、再びきらきら星を歌い始める。

 

「えぇ!?」

 

そして軽くマイクを市ヶ谷さんのほうに動かして、一緒に歌おうといった内容を視線で言っているように見えた。

最終的には小さな声で歌い始めた。

それからも彼女達のきらきら星は続いていき、途中で手拍子で市ヶ谷さんに何かを促すとなぜか彼女が持っていたカスタネットをたたいて音を鳴らし始めたりもしていた。

 

「これ、いつまで続けるんだ?」

「というかもう5週くらいしてるぞ」

 

日菜さんは楽しそうにしているが、さすがに5週目に入るとだんだん頭の中がごちゃごちゃしてき始める。

 

「お、また誰か出てきたぞ」

「あれって、りみさん?」

 

6週目に入り始めようとしたとき、ステージ袖から現れたのは、僕の知り合いの先輩の妹にあたる少女だった。

 

「知り合い?」

「まあ、中井さん経由でちょっとね」

 

意外と中井さんがきっかけで知り合いになる人が多かったりするのを感じてはいたが、今はそのことはどうでもいいだろう。

なんだか啓介から恨めしそうな視線を送られているが、それはもっとどうでもいいことだ。

りみさんは手にしていたベースにリードを付け、それをアンプに接続すると、

 

「おぉ~、ベースの音がいいね。痺れるぜ」

 

曲は同じきらきら星でもベースの音が加わるだけでいろいろと違ってくる。

それだけでも音楽というのは不思議だなと実感する。

 

「ねーねー、二人も手拍子しようよ!」

「……そうだね、そのほうがましか」

 

いくらベースが加わっても歌っているのは同じ曲なので、このまま何もしないで聞いていたら気が変になりそうなので、日菜さんの提案に乗る形で僕たちは戸山さんたちのきらきら星に合わせて手拍子をうつ。

ライブハウス独特のノリなのか、僕達の手拍子がその場にいた観客たちに伝わっていき、最終的には観客全員が手拍子をしていた。

そして6週目が終わった時、ステージ袖から制服姿の女子学生たちが姿を現し、楽器のほうに移動していく。

どうやら彼女たちがGlitter*Greenのメンバーなのだろう。

 

(あ、ゆりも先輩いる)

 

「SPACE! まだまだ遊ぶ準備はできてますかー?」

 

ゆり先輩の呼びかけに答えるように、さらに歓声が上がる。

その反応を見た彼女たちは、戸山さんたちも交えてきらきら星を演奏し始めた。

だが、そのきらきら星はこれまでのとはどこか違って見えた。

その後、戸山さんたちはステージ袖に入って姿を消し、仕切り直すように彼女たちのライブが始まるのであった。

こうして、ちょっとしたアクシデントはあったものの、何とかライブが無事に終えるのであった。

 

 

 

 

 

「いやー、ひやひやしたぜ」

「う~ん、とってもるるるんって、したね!」

 

ライブが終わりロビーに出た啓介と日菜さんの二人が、感想を口にするのを、聞きながら僕は体を伸ばす。

 

「なっ。すごいだろ? グリグリは」

「ああ。予想以上だったよ」

 

きらきら星は別として、そのあとに彼女たちが演奏した曲は非常に良かった。

名前は『Don't be afraid!』

アップテンポな曲調は、聴けば盛り上がること間違いなしと言っても過言ではないほどの出来だった。

 

(チケット代以上の収穫を得られたんだし、今日は啓介に感謝かな)

 

かねてから計画してた作戦を実行に移すためのカギをようやく手にできたのは非常にでかい。

 

(後は、ゆり先輩を通して、交渉の端緒だけでも進められればこっちの物か)

 

「一樹―、早くしないとおいて帰るぞー」

「あ、ごめん。すぐ行く」

 

僕は即座に計画の細かい部分を頭の中で詰めていく中、先にライブハウスを出た啓介にせかされる形で僕も出口のほうにかけていく。

 

「待ちな」

 

そんな僕を呼び止めたのは受付にいた女性……このライブハウスのオーナーだった。

鋭いその視線は、僕に緊張を与えるのに十分なものだった。

 

「あの、何か?」

「やりきったかい?」

 

それは唐突だった。

いきなりのその問いかけに、頭の中が混乱しかける。

 

(あ、そうか。この人は僕がバンドをやっていることを知っているんだ)

 

だが、すぐにそう結論付けることで、何とか落ち着きを取り戻すことができた。

いくら気づかれにくいとはいえ、気づく人は気づくのだ。

ならば、このオーナーの人の問いかけに答える内容は決まっている。

 

「いいえ。まだまだ全然です。私がやりきった時……それは私たちの宿願が成就した時です。なので、まだやりきっていません」

 

それは僕の率直な言葉だった。

 

(もしかして、ここはやりきったというべきだった?)

 

答えた後で、僕はふと自分の答えに不安を持つ。

やりきったと言ってから、今のセリフを言うべきだったのではないか。

そんな不安が渦巻く中、オーナーはね踏みをするかのようにさらに鋭い視線で僕のことを見る。

 

「なら、頑張んな」

 

やがて、オーナーが口にしたのはそれだけの簡単な言葉だった。

 

「ありがとうございます」

 

僕はオーナーの言葉に、一礼をして背を向けてその場を後にする。

 

(なんだか不思議な気分)

 

あの人の”やりきったかい”という問いかけが、なんだか懐かしく感じてしまうという不思議な気持ちを抱きながら、僕は先に外に出ていた日菜さんたちと合流し、帰路につくのであった。

 

 

 

ちなみに、この一件が後にきらきら星事件と呼ばれたとか呼ばれなかったとか。




まだまだこの章は続きます。

読みたい話はどれ?

  • 1:『昼と夜のChange記録』
  • 2:『6人目の天文部員』
  • 3:『イヴの”ブシドー”な仲良し大作戦』
  • 4:『追想、幻の初ライブ』
  • 5:一つと言わず全部

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