季節は移ろい、徐々に夏の兆しが見えつつあるこの時期。
「つーん」
隣の席の日菜さんは、むくれていた。
しかも今日で三日目だ。
「どうしたのヒナ? ここ三日ほどご機嫌斜めじゃん」
「べっつにー」
全く関係ないはずのリサさんにもこの反応だ。
リサさんは突き放すような日菜さんの反応に、困惑しながらこちらに説明してといわんばかりに視線を送ってくる。
「多分この間の休みの日が原因かも」
「……?? どういうこと?」
説明を思いっきりはしょった為に顎に手を当てて考えたのちに、こちらにさらに詳しく聞いてくる。
「平日のお昼ごろに、生放送で対談番組をやってるでしょ?」
「あー! うんうん、やってたね」
僕のその説明にリサさんは何度も頷く。
その番組は超が付くほど有名なものなので、さわりを言えば誰でもわかるのだ。
内容は超が二つ付いても足りないほどの大物の芸能人がMCとなり、ゲストの人に話を聞いていくというシンプルなものだ。
「でも、それとヒナのこれとどういう関係があるの?」
「それは………」
リサさんの的確な問いかけに、僕は事の経緯を説明することにした。
それは約10日ほど前のことだった。
この日、スタッフの相原さんからミーティングルームに集まるようにとの連絡を受けて、僕たちはミーティングルームに集まっていた。
「皆さんおはようございます」
『おはようございます』
連絡されていた時間になったのを見計らって相原さんがミーティングルームに入ってくる。
その表情から悪い知らせではないことは分かったので、僕はほっと胸をなでおろす。
「突然お呼びしてすみません。この間のライブの評判ですが、かなり良い状況です。今後は様々な分野のお仕事の
依頼が入ってくることが予想されます」
相原さんは、そう話を切り出した。
この間の一か八かの逆転を狙って行ったライブは、見事成功を収めた。
パスパレの一件で離れてしまったファンを取り戻しただけでなく、新たなファンの獲得ができたのは、僕にとって非常にラッキーなことだった。
「早速ですが、本日『昼間の部屋』という地上波の番組に、皆さんがゲストの出演のオファーを頂きました」
「昼間の部屋!?」
「まじか」
出演依頼を出してきたのは、超が付くほどの有名な番組だった。
その番組への出演依頼の知らせに、中井さんたちは驚きながらも喜びをあらわにする。
「私、あの番組欠かさずに見てるんですっ。出演できるなんて夢みたい~」
特に、中井さんの喜びようは半端ではない。
彼女の場合、あの番組が好きすぎて毎日欠かさず見ているほどだ。
ちなみに、この『昼間の時間』だが、平日のお昼ごろに放送されているので、学生である僕たちが見るのはほぼ不可能。
なので、中井さんは一週間分録画してそれを週末にまとめてみるのが日課らしい。
しかも、全部見終えるまで絶対に他のことは何もしないという徹底ぶり。
日曜日にバンドの練習をあまり入れないのは、このためだったりもする。
バンドの練習よりも高い優先度はいかがなものかと思うが、無理に練習に引っ張っていけば確実に暴走状態になるのは実証済みなので、彼女が見終えてから練習をするという形になっていたりする。
放送時間も1時間ほどで、一週間分でも約5時間ぐらいなので、丸一日練習ができないわけでもないのだ。
「何時になりそうですか?」
「今週の祝日の予定です」
当然だが、僕たちは学生の身なので、学業を優先しなければいけない。
白鷺さんは女優の仕事で学校を休むことが多いらしいけど、どっちを優先しているのだろうか?
「もしこのオファーを受けたくないのであれば、辞退することも可能ですが、どうされますか?」
相原さんの問いかけに対する、僕たちの答えは一つしかなかった。
『喜んで、お引き受けいたします』
「わかりました。それでは、先方にその旨をお伝えいたします。当日のスケジュールなどは追ってご連絡いたしますので」
僕たちの答えを聞いた相原さんは、”それでは失礼します”と一礼して、ミーティングルームを後にした。
そんなわけで、僕たちのテレビ出演の仕事が確定するのであった。
「昼間の部屋……ねえ」
夜、自室で僕は考えを巡らす。
その内容は今日告げられた仕事のオファーだ。
(様々な分野の仕事をこなせば、ファンの獲得もできるし、ライブの機会も増えていく)
僕たちは一応ミュージシャンだ。
なので、関係のないジャンルの番組に出演するというのは遠回りをしているようにも感じるが、認知度をさらに高めていくという点では非常に有効的だ。
大体の流れは僕たちに興味を持ってもらう→僕たちの楽曲を聞いてもらう→ライブに来てもらうという形が望ましい。
この流れでファンを増やせれば、その分ステップアップへのカギにもなる。
(さらなる高みへ行くための”方法”。それが確立されるまでの間に力を蓄えておく)
それが今僕が打ち出した策だ。
実際のところ、方法はいくつか見つけているのだが、まだそれが有効なのかが立証できていないのだ。
下手に取り入れて失敗すれば大幅な後退は避けられない。
そのため、なかなか実践に移すことができないのだ。
(一回実験をしないと)
Roseliaは、技術力などが高いが、実験対象としては不適合だ。
一番いいのは、『技術力が高くなく、結成したばかりのバンド』だ。
そのバンドに僕の見つけ出した策を教えて実行させ、その効果を測定する。
そうすれば、僕が欲しいデータを手にすることができるという寸法だ。
しかも、僕たちには全くのノーリスクというおまけ付きで。
(まあ、急ぐこともない。こういう時は何事も慎重に)
いつか、ピッタリなバンドが出てくる日を、僕は大人しく待つことにする。
そのような結論に達したのだ。
閑話休題。
「今回のこの出演依頼、ミスは許されない。そのためにも」
僕は、スマホを手に取るとある人物に電話をかける。
「もしもし。突然で申し訳ないんだけど、相談したいことがあるから会って話がしたいんだけど」
僕は数コールで出てくれた人物に、用件を告げるのであった。
昼間の部屋ですが、元ネタは平日のお昼ごろにやっている番組です。
さすがに伏字でもアウトそうなので、このような形になっています。
読みたい話はどれ?
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1:『昼と夜のChange記録』
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2:『6人目の天文部員』
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3:『イヴの”ブシドー”な仲良し大作戦』
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4:『追想、幻の初ライブ』
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5:一つと言わず全部