BanG Dream!~隣の天才~   作:TRcrant

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第137話 昼間の部屋

「緊張するナ」

「ああ。ライブとはまた違った緊張だ」

 

楽屋では先ほどからそわそわとせわしなく歩き回っている啓介と椅子に腰かけている田中君の姿があった。

ちなみに、田中君は落ち着いているようで、先ほどから何度も壁にかけられている時計を見ていたりする。

要するにみんな緊張しているのだ。

 

「お、おれ何か変じゃなイカ?」

「めちゃくちゃ変」

 

緊張のあまりに片言になっている啓介に、僕はそのまま告げる。

 

「そ、そういう一樹は全く余裕そうだよな」

「ああ、全然緊張してねえし。チートだろ、ていうかズルい」

 

そしてなぜか僕が責められる。

 

「そうかな? こう見えても緊張で心臓が止まりそうなほどバクバクいってるんだけど」

「……縁起でもないこと言うなよ」

「冗談だったんだけど」

 

半分本当のことだが、半分幅を和ませるための冗談だ。

二人にはあまり効果はなかったけれど。

 

「こ、この仕事には、俺たちの今後がかかっている。皆、気合を入れて頑張るぞっ」

『おう!』

 

啓介の声を上ずらせながらの号令に、僕たちも応える。

なんだかんだ言って、啓介は十分リーダーに向いているのかもしれない。

 

「Moonlight Gloryさん。まもなく時間です」

「わかりましたっ」

 

そんな中、ついに番組スタッフの声がかけられる。

僕は気合を入れて楽屋を後にすると、スタジオに向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタジオはいたってシンプルな作りで、洋風の談話室をイメージさせる白を基調としたインテリアが置かれ、横に長いソファーと一人掛け用の椅子が置かれている。

前者が僕たちの、後者が司会の人の席である。

 

「本日はよろしく頼むわね」

『よろしくお願いします』

 

司会の人……大西さんに、僕たちは声をそろえて返事をする。

 

「本番10秒前!」

 

そんな中、ついに開始の合図がスタッフの口から出た。

大西さんが一人掛け用のいすに腰掛ける中、僕たちは慌ててソファーのほうに腰かける。

席順は左から田中君、啓介、僕、森本さん、中井さんの順だ。

 

「3,2,1、キューっ」

「皆さんこんにちは。昼間の部屋、司会の大西です。今回はゲストにMoonlight Gloryの皆さんをお迎えしております」

『よろしくお願いします』

 

そしてついに番組は始まりを告げるのであった。

最初の出だしは好調だった。

 

「Moonlight Gloryは昨年結成したバンドみたいですけど、メンバーは全員幼馴染なんですってね」

「ええ。自分たちは全員、幼馴染になります」

 

基本的に、バンドについて受け答えをするのはリーダーである田中君が答えると打ち合わせている。

そして時折、僕や啓介が答えるという形だ。

 

「曲ができるまでってどのような感じでされるんですか?」

「一樹が作曲したメロディーに、啓介が歌詞をつけて、そこから五人であれやこれやと、どのような音を奏でるのかを話し合って決めます」

「そのあとは普通に練習ですね」

 

大西さんから出された質問は、ごくごく普通のものだったので、田中君が答える。

 

「私は、よく作曲は大変だという話を伺っているのおですが、やはり、作曲をされるというのは大変なものなんですかね?」

「大変……と感じたことはそんなにないかもしれないですね。ただただ自分が思いついた物を作っているだけですので」

 

それは嘘ではない。

没になった曲は数あれど、それはすべて僕が思いついた音をそのまま書いているだけなのだ。

 

「へぇ……それじゃ―――」

 

そんな感じで、始まったトーク番組は順調に進んでいき、ついに前半戦を終えることができた。

 

「それではここからはゲストの皆さんをさらに深く掘り下げていきたいと思います」

 

(ついにきたっ)

 

僕はできる限り冷静を装いながら緊張感を高める。

僕が一番懸念しているのはここからなのだ。

一応、プライベートに関することは嘘と本当を適度に混ぜて答えるように打ち合わせはしているが、それだけで不安をぬぐうことができない理由があったりする。

 

「聡志さんは、休日とかによくランニングをされているそうですが、やはり健康に気を使ってですか?」

「両方ですね。健康もそうですが、やはりドラムは体力が一つのカギになりますし」

 

最初は田中君からだったが、それほど問題もなさそうなため、本当のことを答える。

その後、森本さんに中井さん、そして啓介と言った順番で質問は続けられた。

尤も、啓介の回答は”ちょっとあれな性格”というキャラを活かしているため、大西さんも少しひいていたが。

ちなみに質問の内容は”いい人はいるのか?”だった。

 

「それでは、最後になりましたけど、一樹さん」

 

名前を呼ばれただけなのに、心臓の鼓動がものすごく速くなっているのが分かる。

 

「一樹さんは、あの”Pastel*Palettes”のギターの氷川日菜さんととても仲がよろしいようですね。よく手をつないでいらっしゃるとか」

 

(やっぱりか……)

 

僕がこの番組に出演するにあたって一番危惧していたことが現実のものとなったことに、僕は心の中で頭を抱える。

日菜さんの性格は、どちらかというと大胆なほうだ。

つまりスキンシップが激しく、よく手をつかんで僕を引きずるように走ったりなど日常茶飯事だ。

そういった行動も、彼女がアイドルであるということだけしか知らない第三者から見れば、スキャンダラスな光景に見えてしまうのだ。

これに関しては、完全に僕の考えが浅はかだったとしか言いようがない。

 

(まあ、過ぎたことを悔やんでも仕方がない)

 

重要なのは、これから先のことだ。

僕はここで起死回生の一策を用意していたのだ。

幸いにも、この番組は生放送。

よくある”都合のいいところを編集でカット”という手法は不可能に近い。

ましてや、この事柄は誰からも興味をそそる内容だ。

つまりは、最高の環境なのだ。

 

「一樹さんから見た彼女ってどういう感じですかね?」

 

一応念のために言うと、大西さんは下心などは全くなく、純粋に疑問をぶつけてきているだけだ。

そういう人柄が、この番組を長く続けさせているのかもしれない。

それはともかくとして、大西さんの問いかけに対して僕は

 

「そのまま……としか言いようがないですね。彼女はブレーキのない暴走機関車のような感じですから、たまたま席が隣だったので、よく彼女と交流がありますが色々なトラブルに巻き込まれたりしました。プライベートではあまり騒がしくしたくないので、いつも全力でトラブルを引き起こす彼女に巻き込まれながらもいろいろと充実した日々を過ごさせていただいてますね」

「そ、そうですか」

 

僕のその答えに、さすがの大西さんも顔を引きつらせていた。

かくして、無事に『昼間の時間』への出演の仕事を終えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということなんだ」

「あー……もしかして」

 

彼女から少し離れた場所で、すべての事情を聞いたリサさんも、さすがにこの後に続くオチは分かったようで、再び日菜さんのほうに視線を向ける。

 

「彼女も、この番組を見ていたみたい」

 

僕のこの計画の大きなミスの一つは、それを本人が見るという可能性を考慮していなかったことだろう。

ちょっと考えればすぐに考え付いた事柄な故に、思い浮かばなかった自分に呆れるしかない。

 

「それに、ちょっと調子に乗って言いすぎちゃったし……」

 

致命的なのは、”嘘”を盛り込みすぎて、悪口になってしまったことだ。

 

(それでも、僕の思惑通りのリアクションがあるだけに複雑だ)

 

僕の一連の回答は瞬く間にネットのニュースに掲載されることになり、僕は”日菜さんに振り回されている哀れでちょっとうらやましい奴”という扱いが定着したようだ。

これなら、これからもある程度であれば普段通りのスキンシップをしていても、スキャンダラスなことにはならないだろう。

 

「一応あれは嘘だってことは、説明はしたんだけどこの状態で」

「つんつんつーん!」

 

許してくれるどころか、変に拗ねてしまっている状態だ。

 

「……あのさ、一樹君がもしさ、ヒナに同じことを言われたら、どう思う?」

「そんなこと聞かれなくてもわかってる」

 

真剣な表情で聞いてくるリサさんに言われなくても、十分にわかっている。

僕でも絶対に怒っているはずだということくらいは。

 

「だったらさ、ここは男らしく謝ろう。そうすればヒナだって許してくれるはずだし………たぶん」

「その最後の一言が怖いんだけど………まあ、腹をくくるよ」

 

こちらから視線を外して呟くリサさんにツッコミつつ、僕は覚悟を決めて日菜さんのところに近づく。

 

「日菜さん」

「……」

 

僕の呼びかけに、日菜さんは何も答えない。

 

「この間は本当にごめん。たとえ必要なウソだったとしても、言っちゃいけないことだった」

 

それでも僕は心を込めて謝罪の言葉を口にする。

 

「今度ああいうことを言うときはちゃんと事情を話してからにする。だから、許してほしい。この通りだ」

「………」

 

そっぽを向いている彼女に、僕は頭を下げる。

なんだか教室内がざわついているが、今はそんなことはどうでもいい。

彼女に許してもらえれば、あとのことなんてどうでもいい問題に過ぎないのだ。

果たして、どのくらいその時間が続いただろうか?

 

「本当に?」

 

日菜さんが何日かぶりにちゃんと口をきいてくれたのは。

 

「今言ったことは本当のことなんだよね?」

「……ああ。もちろんだ」

「あたしといると迷惑だとか、そういうのは嘘なんだよね?」

 

日菜さんの確認するように投げかけてくる問いかけに、一つ一つ頷いて答える。

 

「じゃあ……あたしのお願いを聞いてくれたら許してあげる」

「もちろん、それで許してくれるんなら。それでお願いって?」

 

ようやっと、日菜さんに許してもらうことができる。

僕は心の中でほっと胸をなでおろしつつ、彼女の頼みごとを聞く

 

「それはね―――――」

 

僕に待ち受けている運命など知らずに。




おそらく次回で本章は最後になります。

読みたい話はどれ?

  • 1:『昼と夜のChange記録』
  • 2:『6人目の天文部員』
  • 3:『イヴの”ブシドー”な仲良し大作戦』
  • 4:『追想、幻の初ライブ』
  • 5:一つと言わず全部

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