皆は、テレビとかで見たことはないだろうか?
一般市民がお酒に酔いつぶれてしまい、それを警察の人に介抱されているという一場面を。
もちろん、僕もその様子を映し出しているテレビ番組をよく見ていたが、実際に目の当たりにすることは僕にはないと思っていた。
そう、この時までは。
「うぅ~。きもぢわるい~」
少しずつ空が暗闇に包まれようとする中、僕は背中に日菜さんを背負いながら歩いていた。
「少し我慢して。あと少しで着くから」
僕は背中で苦しそうな声を上げる日菜さんに声をかけ続けながら、先を急ぐ。
一応言っておくが、酔っぱらっているわけではない。
どうしてこうなったのか、それを説明するには少し前のことを説明する必要があるだろう。
それは、今から数時間ほど前のこと。
僕は日菜さんに連れられてある場所に来ていた。
「ここ?」
「うんっ! ここメニュー、とってもるんっ♪てくるものばかりなんだー!」
彼女に連れてこられたのはカフェテリアだ。
それも、CiRCLEの。
日菜さんに出されたお願いというのは、ここで彼女に好きなものを奢ること。
無茶なお願いでもされるのかと思っていた僕は、以外にも簡単なその頼みごとに、考えることもなく二つ返事で承諾したのだ。
「最近出来たばっかりなんだってー」
(ここ、一応ライブハウスなんだけど)
「それじゃ、何か好きなものを頼んじゃお」
心の中で日菜さんにツッコミを入れつつ、注文するように彼女を促す。
「いらっしゃいませ」
愛想のいい笑みを浮かべる女性店員に、日菜さんは
「すみません、ここにあるメニュー全部くださいっ!」
と注文を口にした。
「「……え!?」」
この時、女性店員と声が重なってしまったのは致し方がないことだと思う。
それほどに、彼女の口にした言葉はありえないものだったのだ。
「申し訳ありませんお客様。もう一回おっしゃっていただいてもよろしいですか?」
「ここのメニューを全種類お願いします」
店員は聞き間違いだと思ったのか、再度聞き返すものの、その答えが変わることはなかった。
「えっと、日菜さん……全部って……」
「何も問題ないよね? だって、”好きなもの”をおごってもらう約束だし」
確かに、好きなものとは言ったが、全種類はさすがにありえないだろとはっきり言えない僕の運命など、考えるまでもない。
「あたし一回やってみたかったんだー。大人注文っていうのっ」
「あの……お会計の方ですが―――」
「あ、あは……あはは」
申し訳なさそうに店員が告げてきたその金額に、僕はただ笑うしかなかった。
少しの間、その場には楽しそうに目を輝かせる人物と、困惑するものと、そして顔を引きつらせて笑っている者がいるというカオスな空間となるのであった。
「ねーねー! このアサイーボール? とってもおいしいよ!」
「それはよかった」
少しして運ばれてきたメニュー(一つのテーブルには収まらずに4つほどくっつけてその上に置いている)に舌鼓を打ちながら、目を輝かせる。
彼女の表情は、とても幸せそうな笑顔であり、それを目の当たりにすると、僕が負ったダメージなど微々たるものに感じられた。
ただ、一つ不安があるとすれば
(食べれるのか? これ)
目の前に広がる、これでもかというほどの量がある品物に、僕は嫌な予感を感じずにはいられなかった。
そして、それは数分後に現実のものとなった。
「一君」
「……なんとなく、予想はつくけど何?」
声が少し苦しそうな感じになった日菜さんの様子に、僕は嫌な予感を感じながらも先を促す。
「これ、食べて?」
「……だろうと思ったよ」
僕は日菜さんに頼まれ、運ばれてきたメニューの残り9割を平らげることになるのであった。
そして、今に至る。
食べ過ぎで動けなくなった日菜さんを、僕は彼女の家まで送り届けているのだ。
「ごめんね、一君」
「いや、いいよ。結局僕が食べちゃったし」
申し訳なさそうに謝る日菜さんを気遣い、僕はできる限り明るく相槌を打つ。
「そもそも、どうして食べれると思った?」
「だって~、いけそうだって思ったんだもん」
一体どこにそのような確信を持てる要素があるのかが疑問だが、とりあえず今は日菜さんを送り届けることが重要だ。
僕はそう思っ少しだけ速足で彼女の自宅に向かうのであった。
何とか彼女の家にたどり着くことができた。
僕はチャイムを鳴らして中にいるであろう人物を呼ぶ。
『はい、氷川です』
「すみません、美竹です。日菜さんを送ってきました」
『え?! ち、ちょっと待っててください』
どうやら、インターホンに出たのは紗夜さんだったようで、慌てた様子で切ると、玄関のほうがドタドタと騒がしくなる。
「か、一樹さん。なにがあったんですか?」
「えっと、事情を説明する前に、とりあえず彼女を横になれる場所に案内してほしいんだけど」
「わ、わかりました。上がってくださいっ」
このまま背負い続けるのもつらいので、ひとまず彼女をが落ち着けるようすることにした。
僕は、紗夜さんに案内されたリビングのソファーに、彼女を横たえさせる。
「それで、一体どうしたんですか? なんで日菜がこうなってるんですか?」
「実は――――」
嘘など許さないといった鋭い目で事情を聴いてくる紗夜さんに、僕は数時間前のことの経緯をすべて話した。
「はぁ……全く日菜ったら」
すべてを聞いた紗夜さんは、深いため息を漏らす。
なんだか、それだけで哀愁のようなものを感じてしまった。
「すみません」
「いえ、一樹さんが謝ることではないですよ。日菜がやったことですから」
「それでも、自分が元凶みたいなものですから」
元をたどれば、僕がテレビで不用意なことを口にしなければ、このような事態にはならなかったのだから、元凶と言っても過言ではない。
「……一樹さん、一つだけ聞いていいですか?」
「何? 紗夜さん」
「一樹さんにとって、日菜はどういう存在なんですか?」
その問いかけは、どことなく深い意味があるような気がした。
それはまるで、人生という名の道の分岐点のような。
「……日菜さんは、僕にとってつまらない日常を、楽しい日常に変えてくれる親友……かな」
その問いかけに、僕はそう答えた。
それが正しいのかどうかは僕にはわからない。
でも、これが僕が出せる答えなのだ。
「そうですか……もう暗くなりましたし、日菜の様子は私が見るので、一樹さんは帰ってもいいですよ」
気が付けば、そろそろ門限の時間が迫っていた。
僕は紗夜さんの言葉に甘える形で氷川家を後にするのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「……」
私は、彼が出て行った玄関のドアをずっと見つめている。
(一樹さん)
思い出すのは、さっきの一樹さんの言葉だった。
『……日菜さんは、僕にとってつまらない日常を、楽しい日常に変えてくれる親友……かな』
それは話足が一樹さんにした質問に対する答えだった。
(まだ一樹さんは、日菜に対して好意は寄せていない)
それならまだ自分のほうに振り向いてくれるかも。
そう思いかけた時、私の中でその思いは霧散していく。
(私って、どこまで最悪なのよ)
今、ほんの一瞬とはいえ日菜を蹴落としてでも彼の隣にいようと考えてしまった自分に、憎悪を感じてしまう。
「んぅ……あれ、おねーちゃん?」
そんな時、私の後ろから間の抜けたような日菜の声が聞こえてきた。
後ろを美羽と、ソファーの上で目をこすりながらあたりを見渡している日菜の姿があった。
それはまさしく寝ぼけている状態だった。
「日菜、起きたのね」
私は、先ほどまで考えていたことを忘れるように、日菜のほうに向かって声をかけるのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
僕は手に持っている財布を見て一言だけつぶやく。
「寒いな」
これから先どうしようかという問題を抱えつつ、僕は自宅に帰るのであった。
第4章 完
ということで、今回で本章は完結となります。
青空カレーの話を見て、日菜だったらやりそうな気がするなと思い、今回の話の内容になりました。
さて、次章予告をば。
季節は夏を迎えようとしている中、ついに文化祭の時期となる。
そんな中、それは静かに表れた。
星の鼓動と共に。
次回、第5章『星の鼓動』
読みたい話はどれ?
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1:『昼と夜のChange記録』
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2:『6人目の天文部員』
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3:『イヴの”ブシドー”な仲良し大作戦』
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4:『追想、幻の初ライブ』
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5:一つと言わず全部