今回の話で、物語が大きく進むことになります。
そして、いつもより少しだけ長いです。
それでは、どうぞ。
「「馬鹿野郎ッ!」」
「「ごめんなさい!」」
病院で、俺と聡志の父親が着た瞬間に駆けられた言葉は、それぞれの子供の身を案ずるものではなく怒鳴り声だった。
「彼を助けるためとはいえ、不良グループに殴り込むなど、言語道断だっ!」
「彼の身を案ずる気持ちはわかるが、その前にまず自分たちの身を大事にしろ」
とてもきつい言葉だが、その言葉の端々には心配の色が伺えた。
「ごめんなさい」
「……ごめん」
それが分かるからこそ、俺たちはもう一度謝ったのだ。
「医者に話を聞いたが、今度は大事には至らなかったそうだ。意識が戻れば一日ほどで退院できるらしい」
「よかった」
あの後、搬送された一樹だが、この間の事故の時とは違いそれほど大きなけがはしていなかったらしい。
だが、頭を打った可能性を考慮して、意識が目覚めて一日ほど様子を見るというのが、医者の下した判断のようだ。
「さあ、今日は早く帰りな。あの時とは違い明日は学校だ。それに生死の境を彷徨っているというわけでもないんだから」
「……はい」
父さんに促されるまま、俺たちは帰路に就くのであった。
一樹の意識が戻ったのは、その次の日のことだった。
休み時間に見た父さんからのメールでは、脳にダメージなどもなく、当初の予定通り明日には退院できるらしい。
俺はとりあえず、そのことをメールで一斉に全員に送信して知らせておく。
一人以外同じ学園なのだから、別に直接言えばいいのだが、聡志以外クラスが違うので、こっちのほうが手っ取り早いのだ。
現に全員から意識が戻ってよかったというたぐいのメッセージが返ってきたし。
ただ、お見舞いは一人で行こうと思っている。
どうしても聞かなければいけないことがあるのだ。
(あの時、どうして飛び込んでまで自分を傷つけたやつを助けたんだ……なんて、他の奴がいる前じゃ聞けない)
なんとなく、他の皆には聞かせてはいけないような気がしたのだ。
そう思っていると、机の上に置いておいたスマホが着信を告げるように振動し始めたので、俺は相手を確かめる。
「電話……父さんからだ」
俺はスマホを手に廊下の窓際に立つと、電話に出た。
「もしもし」
『すまない、今大丈夫か?』
時間を確認すると、休み時間が終わるまであと数分ほど余裕がある。
「大丈夫」
『今日見舞いに行くつもりだろ?』
「もちろん」
『それなら、病院に行く前に一樹君の家に行って着替えのほうを持ってきてもらいたいんだ』
父さんのお願いに、僕は目を瞬かせる。
「着替えだったら、病院で借りれるんじゃ……」
病院では洋服のレンタルサービスを行っていることがあり、レンタル代さえ払えば替えの服の量を減らせることができるらしい。
『そうなんだが、彼がそれを嫌がってね。すまないけど』
「わかった」
どうやら、一樹が嫌がる理由はお金がかかるからのようだ。
『それと、一樹君を殴っていた不良グループなんだが、一樹君への脅迫と暴行での立件は見送り、啓介たちへの暴行に切り替えるそうだ』
「なっ!?」
父さんから告げられた言葉に、俺は驚きを隠せない。
一樹への脅迫や暴行など、まぎれもない事実であり明白だ。
罪に問はないなんてことはありえないはず。
(まさか、奴らは国家権力までもを意のままにしているのかよ)
『先ほど警察の人が事情を聴くために彼を訪ねてきたんだが―――』
「……なんだよ。それ」
悔しさをにじませていた俺に、父さんが告げた言葉は、俺の予想を完全に裏切るものだった。
「えっと、一樹の部屋は……ここだ」
放課後、俺は一人で一樹の家を訪れると、一樹の部屋に入っていた。
部屋の位置は何度も遊びに来ているのでよく知っている。
「確かタンスは……違うか」
タンスの位置までは知らないため、手短なところから順々に開けていくことにした。
「ここは……っと!?」
扉を開けた瞬間、上から何かが降ってきた。
どうやら、上段に置いていたのがバランスを崩したらしい。
落ちてきたのは小さなアルミ缶だった。
「お、ビンゴっ」
下段には洋服ダンスと思われるものがあったので、俺はラッキーと思いながら一日分の衣類を出すと手に持っているものをまとめてカバンに詰め込んだ。
そして、開けた扉を全て閉めて元通りにすると、そのまま一樹の部屋を後にして、一樹の家を出るのであった。
「えっと、一樹の病室は……ここ――「聴かせてくれ」――っ!?」
病院で、一樹の病室に入ろうとした瞬間に聞こえた団長の声に、俺は息をのんだ。
(まさか、報復しにっ)
俺は、気づかれないように出入り口のほうで話を聞くことにした。
「どうして俺を助けた? てめえを散々いたぶった俺を」
それは、俺が一樹に問いたかったことだった。
俺は一樹の答えを待った。
「だって………当たったら痛いじゃないですか」
「は?」
一樹の返答に目を丸くしたのは、俺だけじゃないはずだ。
それぐらい、ありえないものだった。
「痛いっておめえな……いや、ならどうして、証言をしなかった? そうすれば、俺は実刑は免れねえのに。俺たちに恩でも売ろうって腹積もりか?」
一樹の返答に呆れた様子の団長は、それ以上何かを言うのをあきらめ、次の疑問を投げかける。
それは俺も考えたことだった。
恩を売れば、奴らも手を出せなくなるかもしれないという考えだと、
「そんなんじゃないんですけど、それなら一つだけお願いがあります」
「……言ってみろ」
「これ以上僕の知り合いに危害を与えようとするのをやめてくれませんか? 彼らは僕の大事な友達なんです」
(……一樹)
一樹の”友達”という言葉に、俺は心を打たれた。
いくらお互いに思っていることが分かるとはいっても、直接口にするのとしないのとでは大きな差があるのだ。
「私がやったことで、そっちのメンツをつぶされたてその仕返しにということならば、どうぞ私をお殴りください。でも、あいつらは全くの無関係。これ以上手を出すのはおやめいただきたい。もし恩を売ったと受け取るのであれば、この願い事でチャラ……そういうことにしてください」
「………わかった。俺の肩書に賭けて誓おう。金輪際、お前の知り合いには手を出さない」
暫くの沈黙ののち、団長はそう口にした。
「聞きたいのはそれだけだ。じゃあな」
(やばっ)
団長が病室を出る前に、俺は泡あてて近くの柱の陰に身を隠す。
俺がいる方向に向かってきたらアウトだが、団長は俺とは真逆のほうに歩いて行ったので、ほっと胸をなでおろす。
(それにしても、着替えどうしよう)
「一樹じゃないか。どうした、こんなところで」
「っ。何でもないよ、父さん」
後ろから父さんに声をかけられた俺は、一瞬心臓が止まるかと思うほど驚いた。
「着替え持ってきたよ」
「助かる。会ってくか?」
「………いや、今日は止めておくよ。それじゃ」
なんとなく、今は一樹に会わないほうがいいと思った。
俺は父さんに洋服を手渡すと、そのまま背を向けて、病院を後にするのであった。
「……」
夜、夕食もお風呂も入り、特にやることがなくなった俺は、机の上でふと物思いにふける。
(痛いから助けたって、嘘ついて)
父さんとの電話のやり取りがのことが、脳裏をよぎる。
それは、洋服を届けてほしいとお願いした時の電話での父さんの言葉だった。
『先ほど警察の人が事情を聴くために彼を訪ねてきたんだが、本人は”暴行を受けた記憶も事実も私の知る限りはない”と言い続けたらしい』
その言葉は、俺にはこう受け取れた。
(一樹は、あの時死ぬ気だった)
瓦礫の下敷きになれば、命を落とす可能性だってある。
そんなことは小学生でもわかること。
それを行ったのは、一樹にそう言った願望があることのこれ以上ない証明だった。
(一樹の心は、救われてない)
あの事故から、一樹はずっと苦しみ続けていたんだ。
(俺は、それを大丈夫だなんて)
悔しさのあまりに、手を思いっきり握りしめていたらしく、手がじんじんと痛む。
だが、そんな痛みなんて今はどうでもいい。
(このままじゃだめだ。このままじゃ)
何とかしなければと、俺は椅子から立ち上がり、部屋の中をぐるぐると歩き回るが、妙案は浮かび上がらない
「っうわ!?」
誤ってかばんを蹴ってしまい、床にカバンの中に入っていた筆記用具入れが落ちていた。
慌てて筆記用具入れをカバンの中にしまおうとしたとき、中にアルミ缶が入ってるのに気が付いた。
「あちゃー。一樹の部屋から持ってきちゃったんだ」
そういえば、手に持ってるものを全部カバンの中に押し込んだっけと、思い出すと、頭を抱える。
(明日一樹に会ったら謝って返そう)
そう心の中で決めると、ここに帰ってくるまでの衝撃か開きかけていた蓋を閉じようとしたところで、俺は缶の中身を見てしまった。
(なんだろう、これ)
それは好奇心でもあった。
アルミ缶の中に入っていたのは、学生証と思われるものが一枚と、メモ用紙サイズの紙が一枚だけだった。
「これって、一樹の父親の学生証だ」
そこに写っていたのは、モノクロではあるが若かりし頃の一樹の父親の顔写真付きの学生証だった。
「あれ?」
そこで、俺は違和感に気づいた。
ぱっと見は普通の学生証だが、ある部分がおかしくなっていた。
「名前が……苗字が違う」
そこに記されていた名前は『
(どういうことだよ。これ)
俺は頭の中が混乱していた。
一樹の苗字は”奥寺”だ。
美竹ではない。
(調べてみるか)
知ったからには調べずにはいられない。
俺はスマホで苗字を打ち込むと検索をかける。
本音を言えば、あてになんてしてない。
同じ苗字なんていくらでもいるし、そもそも出てくるとも思えなかったのだ。
「あった。えっと……嘘、だろ」
俺はそこに記されていた検索結果に、何度目かわからない衝撃を受ける。
そこにはこう記されていたのだ。
『100年以上の歴史を誇る、華道の家元』と
俺は、震える手で一緒に入っていた手紙を手にする。
そこにはたった一行だけ、こう記されていた
『何かあったら、ここに連絡しなさい』
と。
「……」
一文の下に記された番号を見つめながら、俺は思う。
(これって、俺にできることってやつじゃないか)
ここに連絡をして一樹を引き取ってもらうようにお願いすれば、一樹の問題は……寂しさは解消できる。
俺が一樹を救ったことになるのだ。
「よし、そうなったら早速電話をしよう!」
見てることしかできなかった俺が、ようやく一樹のために何かをしてあげられる。
そのことに喜びながら、俺は番号を入力すると発信した。
『……美竹ですが』
数コールの呼び出し音ののちに出たのは、男性の声だった。
「あ、あの。俺……私は――――」
この連絡が、取り返しのつかない結果を招くことなど、この時の俺には知る由もなかった。
これで4つのバンドメンバーとかかわりができたということになります。
残る1つのバンドは……追々ということで(汗)
章のことで、賛否両論はあると思いますが、今書いているのは過去の話のようなものなので、あえてこのような表記としております。
とはいえ、さすがに―2はやりすぎだと思っていたりもするので、この章が終わり次第、調整をしていくつもりです。
未だにオリキャラのみですが、次の章は原作のキャラが出てくると思いますので、今しばらくのお待ちください。