BanG Dream!~隣の天才~   作:TRcrant

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第141話 チョココロネ

「えっと、戸山さん」

「あ、私のことは明日香でいいですよ。苗字だと姉とごちゃごちゃになりそうですし」

 

戸山さんの妹から、ありがたいことに名前呼びの許しが出た。

確かに、このままだと姉とごちゃごちゃになりそうだったので、お言葉に甘えさせてもらうことにした。

 

「明日香さんは、これに何か迷惑をかけられてない?」

「え゛っ!?」

「ちょっ―――」

 

僕の質問に、明日香さんは顔を引きつらせ、中井さんは抗議の声をあげる。

 

「中井さんの性格から迷惑をかけているような気がしたから。正直に言ってもらって構わないよ」

「えっと……」

 

おそらく、先輩である中井さんとその知り合いの僕との間で板挟みになっているようで、彼女はどうしたものかと言わんばかりに悩んでいる様子だった。

少しの間、中井さんと僕のほうを交互に見ていた明日香さんだが、踏ん切りがついたのか、一息つくと静かに口を開いて話し始める。

 

「最初の時は、牛込先輩の後ろに隠れていたりしましたけど、時間が経って普通に話せるようになっていましたか

ら、迷惑はかけられていません」

「明日香ちゃん」

 

彼女の答えに中井さんは嬉しそうに目を潤ませる。

 

(やっぱりか)

 

そんな中、僕は予想通りの展開に、少しだけ頭を抱えたくなった。

人見知りの激しい中井さんのことだから、初めて会う人と会話をするのは難しく、おそらくは他の人の後ろに隠れると思っていたのだが、本当にその通りだった。

 

(いつか、中井さんの人見知りは克服してもらう必要があるかな)

 

それはMoonlight Gloryの今後の課題候補として、記憶しておくことにした。

 

「ジュースでよかったかな?」

「あ、はい。ありがとうございます」

「美竹君だったかな。本当に座らなくてもいいのかい?」

 

そんなことを考えている僕に、市ヶ谷さんのお婆さんが、僕に話しかけてくる。

そう、今僕は、立っているのだ。

というのも、ソファーなど人が座れる人数は6人が限界。

席順もお婆さん、山吹さん、中井さん、そしてゆり先輩に明日香さんという形だ。

この後、もう一人観客が来るらしく、もし僕が座るともう一人の人も座れなくもないが、かなり詰める必要がある。

流石に、それは気が引けるので僕は自ら立ち見を希望したのだ。

 

「はい。僕はある意味乱入者みたいなものですし、そもそもライブは立って聞くのが一般的だったりするのでこれ

でいいです」

 

僕はそう言って、お婆さんに答える。

そんな時、いきなり何かが明日香さんの膝に乗っかった。

 

「え、うさぎっ!?」

「何でこんなところに」

 

その正体はうさぎだった。

 

「あっちゃん、ウサギ見なかった!?」

 

色々とツッコミどころが満載な状況に、首をかしげていると階段の上のほうから、戸山さんが慌てた様子で顔をのぞかせて妹である明日香さんに聞いてきた。

 

「ここにいるけど」

「ありがとう、あっちゃん!」

 

先ほど現れたウサギを抱えながら応えると、戸山さんはほっとした様子だった。

 

「いきなり放すなよ、香澄!」

「ご、ごめん」

 

どうやらウサギが逃げ出した原因は、戸山さんが放してしまったかららしい。

とはいえ、根本的な疑問が残る。

 

「何で、ここにウサギが?」

 

下に降りてきた二人に僕は疑問を投げかける。

そもそもここにウサギがいることのほうが僕には疑問だったのだ。

 

「それは……」

「私が連れてきたんだ」

 

市ヶ谷さんが答えようとしたとき、1人の少女が姿を現した。

やや長めの背丈に腰まで伸びている黒髪の少女が。

 

「この子はオッドアイのオッちゃん。皆の演奏を見せたくて連れてきたんだ」

「な、なるほど」

 

当たり前のように言っているが、それで連れてくるところがある意味すごいと思っていたりする。

 

「ところで……君は誰? 有咲の彼氏?」

 

いきなり少女からとんでもない質問をされた。

 

「ち、違げえよ!」

「じゃあ、香澄の?」

「違うよ」

「それじゃ、りみ?」

「ち、ちち違うよ!」

 

しかも手あたり次第に聞いて行っては、必死に否定されるという光景が繰り広げられていた。

 

「それじゃ、まさかの――――」

「違うからっ! 誰の彼氏でもないからっ!」

 

市ヶ谷さん、戸山さん、りみさんにゆり先輩に中井さん山吹さんの順番でくれば、最終的にはお婆さんのほうに行きかねないので、僕は慌てて否定した。

心なしか、戸山さんの時よりも疲れたような気がする。

 

(何で、僕が誰かの彼氏という扱いになるんだ)

 

聞いてみたいが、なんだか答えを知るのが怖い自分もここにいる。

 

「はぁ……美竹 一樹。よろしく」

「花園 たえ。よろしくー」

 

とりあえず、何とか自己紹介をすることはできた。

……本当に疲れたけど。

 

「ライブは?」

「あ、はい、今やります!」

 

ゆり先輩の一声で、ようやくライブが始まろうとしていた。

急いで楽器のセッティングをする戸山さんたち。

その手はどこか震えているような気がした。

 

「ん?」

 

そんな時、最後に来た花園さんが、ギターを手に戸山さんの隣に立つとセッティングを始めたのだ。

 

(中井さんの話だと3人だったはずなんだけど……)

 

今、僕の前に立っているのは4名だ。

おそらくは、中井さんが知らない間に一人加わったのだろう。

 

「緊張するね」

「うん、私も」

 

狭いというわけではないが、ものすごく広いということでもないので、彼女達の会話が僕のほうに聞えてくる。

 

「今この時だけは、観客の目は気にしないでいい」

「え?」

 

あまり緊張されて全力が出せない状態なのは問題なので、力になれるかはわからないが、助け舟を出すことにした。

 

「誰も、あなたたちが神がかった演奏をするなんて思っていない。だから、自分ができる演奏をすればいい。そうすれば大体はうまくいくから」

『は、はいっ!』

 

ひどい言い方かもしれないが、実際にはその通りなのだ。

自分たちで”最強”と触れ回っていれば話は別だが、そうでない限りは誰だってそこまでの技術を求めてはいないはずだ。

求められるのは、ただ、『聞かせてくれること』それだけだ。

 

「すぅ……こんにちは! 戸山香澄です!」 

 

一度深呼吸をして自己紹介を始める戸山さんの言葉に、僕は静かに耳を傾ける。

 

「有咲~!」

「ちょ、お婆ちゃん!」

 

おばあさんからの声援に顔を赤くする市谷さんの姿は初々しさを感じた

 

「今日は、クライブに来てくれてありがとうございます! 今日はおばあちゃん、さーや、ユリさん、中井先輩、

あっちゃん、美竹先輩とおたえをドキドキさせます! してくれたらうれしいです」

 

(ドキドキ……ある意味今が一番ドキドキしてるんだけど)

 

だが、きっとそれはこのことをさしているのではないのは明らかだ。

 

「この日のために、一生懸命練習しました。聞いてください」

『私の心はチョココロネ』

 

戸山さんのMCに続く形で、全員で楽曲名を口にする。

それと同時に、りみさんが携帯を操作し始める。

すると、携帯からリズムをとるように『カチカチ』という控えめな音がなり始める。

 

(さあ、お手並み拝見)

 

一体、あのSPACEの時に感じた物が何だったのかを、僕は理解するために神経を集中させる。

そして、演奏が始まった。

戸山さんと花園さんのギターの音と、市ヶ谷さんのキーボードの音がきれいに絡みあい、そこにベースの音と(打ち込みだが)ドラムの音が加わる。

 

(演奏技術は低いな)

 

リズムキープもできていないので、曲の進行速度が遅くなったり早くなったりしている。

もちろんほんの少しの領域ではあるが。

 

(練習の期間があのSPACEの時以降だとすると、うまいほうかな)

 

ギターも花園さんは安定してうまいが、戸山さんのほうは若干テンポがずれたりしているのも気になった。

ボーカルのほうも音を外したりしているし。

 

(でも、何なんだろう? 体の内側から湧き出てくるような感覚は)

 

先ほどから彼女たちの演奏を聞いていると、体の内側から何かが湧き出てくるような感覚を覚える。

楽しさなのかどうなのかはわからないが、体を動かすような衝動すら感じる。

そんなことを考えながら僕は、彼女たちの演奏を聞き終えた。

音の余韻が残る中、僕たちは彼女たちに拍手を送る。

その後、花園さんが喜びのあまり戸山さんたちに抱き着いたりしてはいたが、ライブは無事に幕を閉じた。

 

『成功』という結果を残して。

 

 

 

 

 

「一樹先輩!」

 

ライブを終え、市ヶ谷家を出たところで、りみさんがパタパタと駆け寄ってくる。

 

「どうしたの? りみさん」

「私たちの演奏どうでしたか?」

 

感想を求めるりみさんの表情は真剣そのもので、不安の色もうかがえる。

 

「演奏技術が足りていない感が強いから、そこは今後要練習。でも、それを加味しても悪くなかったよ。これからも頑張って。応援してる」

「あ、ありがとうございます!」

 

ちょっと言いすぎたかと思ったが、りみさんは嬉しそうにお礼を言って一礼すると元来た道を戻っていく。

どうやら戸山さんたちに伝えに行ったようだ。

 

「もう、素直に良かったって言えばいいのに」

「ほっといて」

 

くすくすと笑いながら言ってくる中井さんに、照れ隠しにぼそっと言ってから視線を逸らす。

 

「一樹君、裕美さん」

「あ、ゆり先輩。お疲れ様です」

 

りみさんとすれ違う形で門から出てきたゆり先輩に、僕は労いの言葉をかける

 

「今日はゆり先輩のおかげで素晴らしいものをいさせていただきました。ありがとうございます」

「ううん。お礼を言う必要はないよ。逆に私が言いたいくらい。一樹君が見に来てくれたから、妹も喜んでたしね」

 

くすくすと、ゆり先輩はからかうような口調でお礼の言葉に答える。

この人は、なんだかんだでこういう風にからかってくるので、最近はあまり動じなくなったりする。

 

「ところで、ゆり先輩……Glitter*Greenの皆さんに折り入ってご相談したいことがあるんですけど」

 

僕のその一言で、ゆり先輩の表情から笑みが消え、一気に真剣な面持ちに変わる。

 

「……何かな?」

「実は、対バンをしてほしいバンドがありまして―――」

 

こうして、休日のこの日に、僕はかねてより計画していた事柄を二つほど、開始するべく動き出すのであった。




前回の中で、誤字を見つけましたので、修正しました。

読みたい話はどれ?

  • 1:『昼と夜のChange記録』
  • 2:『6人目の天文部員』
  • 3:『イヴの”ブシドー”な仲良し大作戦』
  • 4:『追想、幻の初ライブ』
  • 5:一つと言わず全部

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