これでまだ中間付近なんです(汗)
それは、あの『クライブ』からしばらく経った日の放課後のことだった。
「……よし」
僕はあるお店の前で気合を入れていた。
そこは、別に気合を入れるほど入りづらいお店というわけではない。
なぜなら、そこは『やまぶきベーカリー』なのだから。
どうして僕がやまぶきベーカリーに来ているのかというと、きっかけは中井さんがかけてきた電話だった。
「文化祭?」
『そう、文化祭』
気が付けばもう文化祭の季節だ。
花女と羽丘は、文化祭の開催時期が微妙にずれている。
なので、お互いの文化祭に行こうと思えば行くこともできるのだ。
今年は花女のほうが先に、そして僕たちが後に開催するとのことらしいが、たまには同日開催と化してみてもよさそうだとは思うが、色々と調整があって大変だろうなと思っていたりもする。。
それはともかくとして、僕は彼女から詳しく話を聞いていく。
『一樹君に頼まれた件だけど、バンド名を決めたみたいで、チラシを貼ってたよ。確か”Poppin’Party”っていう名前だったと思う』
僕はあのクライブの時に、中井さんにあることをお願いしていた。
それは『戸山さんたちの動向をしばらく見守っていてほしい』というもの。
要するに彼女たちの監視だ。
これは、あの時の彼女たちの演奏において僕が用意していた計画にぴったり合うバンドだという確信が持てたからだ。
ただ、ドラムがいない以上、僕が見つけ出した策を伝えるのは早すぎるので、中井さんに彼女たちを見ていてもらえるようにお願いしていたのだ。
ちなみに、その段階で彼女たちがバンド名を決めていないという事実を知ったわけなのだが。
だが、そのバンド名も決まり、問題も残すところあと一つだけだった。
「あとは、ドラムを見つけるだけだな」
『それだけど、もう見つかってるみたいだよ』
「なに!?」
これにはさすがに驚いた。
何せ、足りないピースが一気にそろい始めたのだから。
ここまでとんとん拍子に進むと、若干怖くなってきたりするのだが。
「それで、ドラムは誰?」
知り合いかどうかは分からないが、とりあえず名前だけでも聞いておこうと、僕は中井さんに尋ねた。
すると、中井さんは嬉しそうに答えたのだ。
『山吹さんだって♪』
と。
(山吹さん……だと?)
彼女の口から出てきた名前に、僕は信じられない気持ちでいっぱいになる。
彼女が、ドラムを……バンドをやるとは思ってもいなかったからだ。
『それでね、今度の文化祭でライブをやるみたいだよ。楽しみだね!』
僕の気持ちとは裏肌に、楽しそうに電話口で話す中井さんがうらやましく思えてきた。
「ありがとう、助かったよ。それじゃ」
『あ、うん。ばいばい』
とりあえず情報を教えてくれた中井さんにお礼を言いつつ電話を切った僕は、どうしたものかと考える。
(一度、本人に聞いたほうがいいよね)
なんとなく戸山さんが勝手に名前を書いたのだろうとは思うが、一度本人に話を聞くべきなのは間違いない。
「とはいえ、ちょっと躊躇しちゃうんだよな」
彼女と話をすれば、必然的に”あの事”の話をする必要がある。
また、これは彼女の問題であり、赤の他人の僕が口を出すべき話ではない。
そういった言い訳めいたことを自分に言い聞かせるように考えつつも、それでもやらなければいけないと自分を奮い立たせるということを考えていた結果、頭の中がごちゃごちゃになってしまう。
結果、僕はとりあえず話だけでもしてみようと思ったこの日、『やまぶきベーカリー』を訪れていたのだ。
「いらっしゃい。久しぶりだね、一樹君」
「ご無沙汰してます。亘史さん」
店内に入った僕を出迎えてくれたのは、このお店の店主で、山吹さんの父親でもある亘史さんだった。
「あ! 兄ちゃんだ!」
「ん? お-! 純坊じゃない。見ないうちに大きくなったな」
家につながる場所から姿を現した小さな少年、純の成長ぶりに、僕は思わず感嘆の声を上げてしまった。
最後に会ったのは、約3年ほど前なので、本当に驚いていた。
「や、やめろよ! 俺もう大人なんだからな!」
「あはは、わかってる分かってる」
照れ隠しにそっぽを向くのも昔のままだ。
「こんにちは、一樹お兄ちゃん」
「こんにちは、紗南ちゃん」
亘史さんの後ろに隠れながらも挨拶をしてくる女の子、紗南ちゃん。
この二人が山吹さんの弟と妹なのだ。
「ところで、娘さん……沙綾さんはご在宅ですか?」
「あー、沙綾は今お友達と会っていてね。良ければ上がって待っててもらってもいいかな?」
娘という表現では、紗南ちゃんとごっちゃになりそうだと思った僕は、山吹さんの名前を言って慌て背貰おうとしたのだが、どうやら先客があったようだ。
(取り急ぎというわけでもないけど、この機会を逃すのももったいないな)
「すみません、お言葉に甘えさせていただきます」
僕は、亘史さんの言葉に甘える形で、家のほうにお邪魔するのであった。
「それじゃ、ここで待っててくれるかな?」
「わざわざすみません」
リビングに案内された僕は、入れてもらったお茶を飲みながら、静かに待つことにした。
(それにしても、彼女を訪ねてきた先客って、一体誰だろう?)
そんなことを考えながら待つこと数分。
「あれ、一樹先輩!?」
いきなり僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
見れば、そこにはりみさんや市ヶ谷さんに、花園さんの姿があった。
全員僕を見て、驚きを隠せない様子のようで、目を見開かせていた。
「何で、美竹先輩が山吹さんの家に」
「ちょっとした野暮用でね。そういう皆は……彼女と話をしに来たといったところかな」
どうやら、今日は全員が考えていることが一緒のようで、山吹さんと話をするために、彼女たちもここを訪れたようだ。
(戸山さんがいないということは、先客は戸山さんかな)
彼女の計り知れない行動力であれば、それも頷ける。
とりあえず、僕は端のほうに移動することで、りみさんたちが座れる場所を確保すると、彼女たちは次々に席につき始める。
「じゅんじゅんも一緒に座ろ」
「お、俺は大人だからいいっ」
(じ、じゅんじゅん?)
花園さんが口にした純のものと思われるあだ名に、目を瞬かせる。
そのあだ名に、どういうことなのかをきこうと思ったが、間違いなくこちらにとばっちりが来そうな感じがしたため、僕はあえてスルーすることにした。
「そんなわけないでしょ!!」
「うわ、びっくりした」
「きゃ!?」
その時、突然上のほうから聞こえてきた山吹さんの怒鳴り声にも近い大きさの声に、りみさんたちが驚きながら、声のほうに視線を向ける。
そんな中、僕は彼女の声に静かに耳を傾ける。
「香澄にはわからないよ! ライブをめちゃくちゃにして、みんなに迷惑をかけたんだよっ! 一緒にやったって練習にも行けない……香澄たちはSPACEのライブに出るんでしょ? もっと練習しないと! 皆の足手まといになるだけじゃんっ」
それはもはや、心からの悲鳴に近い叫び声だった。
「っ!」
そんな山吹さんの声に驚いたのか、純は慌てた様子でお店のほうに走って行ってしまった。
それは誰がどう見ても逃げていったと思うだろう。
(戸山さんたちの目標は、SPACEのステージに立つことか)
それと同時に、彼女たちの目標も知ることができた。
「そうしたらみんなまた私を気遣う。それでいいの? いいわけないじゃん! というより、私はどんな顔して出ればいいのっ!!」
「……私はこれでお暇するよ」
「え?」
先ほどから聞こえてくる山吹さんの言葉に、重苦しい雰囲気が包まれる中、僕は静かに席を立って帰ろうとした。
話をする以前に、聞きたいことはほとんど聞けてしまったのだから、これ以上長居する必要は皆無だろう。
僕は出口のほうに向かい歩き、ふとあることを思い出して再び振り返る。
「りみさん、明日の文化祭のライブのセトリ、教えてほしいんだけど」
「え? えっと、最初が『私の心はチョココロネ』で、次が―――」
りみさんから教えてもらったセトリは、幸いにも僕たちが知っている曲名だった。
つまりは”僕たちでも演奏ができる”ということだ。
そこで、僕は一つ、彼女たちに提案をしてみた。
「2年に、『中井裕美』というやつがいる。もし、必要であれば彼女に声をかけるといい。担当はベースだが、人並みにはどの楽器でも演奏はできるから、最初の曲のみにはなるが、ヘルプでたたくように話を通しておく」
「本当ですか!?」
りみさんの驚きと喜びの混じった確認の言葉に、僕は静かに頷いて答える。
「ただし、ヘルプは最初の一曲のみ。セトリを聞くと後は新曲……できないこともないけど、テンパられたりすると後始末が面倒になる。もし、それまでに来ないようなら僕が出張ろう」
「ちょっと待って! どうして、私たちにそこまで? 美竹先輩には何の得もないですよね?」
矢継ぎ早に僕が言いきると、市ヶ谷さんが軽快した様子で待ったをかける。
確かに、会ったばっかりの人間に、ここまでされれば警戒されても仕方がない。
「別に深い理由はない。この間のクライブのお礼だよ。せっかくお招きいただいてるのに、礼の一つもしないのでは、人として……同じミュージシャンとして失礼だからね」
最後に、”新曲の音源か譜面、どっちでもいいからメールで教えて”とだけ伝えると、僕はそそくさとその場を後にする。
というか、逃げた。
(ちょっと、言いすぎたかも)
先ほどの言い方では、自分もバンドをやっているとカミングアウトしているに等しい。
隠したいわけではないが、だからと言って誰彼構わずに言いふらすつもりもない。
(とりあえず、少し自重しよう……たぶん)
もしかしなくても、今後も同じミスをしそうだなと思いながら、僕は中井さんに申し送りの連絡をしながら帰路につく。
ちなみに、サポートで入るように言ったところ『ふぇぇぇ』という誰かの口癖と思われる声が返ってきたのは余談だ。
「ただいま」
「おかえり。あと少しで夕飯だから、着替えてきなさい」
家に帰ると、ちょうど義父さんが出迎えてくれたので、僕は相槌を打ちながら着替えるべく自室に向かう。
「っと、そうだ。一樹」
「何? 義父さん」
そんな僕を呼び止める義父さんに用件を尋ねる。
「明日は定期診察だから、忘れないように」
「………あ」
僕、美竹一樹は花女の文化祭当日に、病院の予約を入れているのを忘れていたのであった。
読みたい話はどれ?
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1:『昼と夜のChange記録』
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2:『6人目の天文部員』
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3:『イヴの”ブシドー”な仲良し大作戦』
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4:『追想、幻の初ライブ』
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5:一つと言わず全部